お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第427話 刈り取る形をしているだろう?

 時灘の身体をボッコボコにして、心をバキバキに折ったので、戻ってきたんだけど……

 ……なにこれ? 何がどうなってるの??

 

 私たちの目の前に広がっていたのは――

 

 傷を負って苦しんで今にも倒れそうな彦禰(ひこね)さん。

 

 その彦禰(ひこね)さんを庇う様に優しく支えている、スーツ姿の謎の美女。

 

 二人を遠巻きに見ている破面(アランカル)や滅却師(クインシー)……つまり、この場に残って足止めをしてくれた子たち。

 

 あと卍解している更木副隊長と言ったところでした。

 ……あ、卍解を解除した。やちるさんも出てきたわね。

 

『やちる殿って、途中まで藍俚(あいり)殿と一緒に行動していたような気がするのでござるが……』

 

 うん、私もそう思う。でも気がついたら、いつの間にか消えていたわ。

 でも彼女のやることだから、別にいいかなぁって思って……

 

『ううむ……その意見には謎の説得力がありまくりでござるよ……』

 

 更木副隊長の足下には、なにあれガラクタ……? いえ、ガラクタじゃないわね。今にも粉々に砕け散りそうな斬魄刀が転がっています。

 彦禰(ひこね)さんが何も持っていないところから察するに、アレってまさか已己巳己巴(いこみきどもえ)なのかしら……?

 でも、何があったら斬魄刀があんなボロボロに……

 ……いえ、傍らに卍解した更木剣八がいた!

 この情報だけで、原因と結果はビックリするくらいよく解るわね!! 経過は一切解らないけど!!

 

『ご愁傷様……ただその言葉しか、見つからないでござるよ……已己巳己巴(いこみきどもえ)殿……』

 

 ……あっ! 忘れるところだったわ!!

 謎の美女だけど、お山(おっぱい)が大きいです。かなり色っぽい女性です。

 

『それ、今必要な情報でござるか!?』

 

 必要でしょ!! 当然、必要に決まっているでしょ!! むしろコレを言わずして何を言えと!?

 なにしろね、彼女の霊圧が突然現れた瞬間は「え、これ誰の霊圧!?」って思ったんだから!!

 

 一応、時灘戦(あっち)でも彦禰戦(こっち)の戦場の霊圧を感知はしていたから、何が起きたかはなんとなく理解してるわよ?

 王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)が放たれたとか、大きな霊圧が膨らんだとか。

 

 でも詳細に何が起きたかは不明なの。何にも解ってないの。

 一緒に来た浮竹総隊長達も、ぽかーんとしているからね。

 

 だからとりあえず、誰かに話を聞いてみることにしましょう。

 

「えっと……チルッチ? リリネット?」

「あ、藍俚(あいり)。そっちは終わった?」

「ええ、勿論。あんな感じよ」

 

 チラッと顔を向けて、彼女らにその方向を見るように促します。

 視線の先には狛村隊長にふん捕まえられている時灘の姿があり、それを見たチルッチ達は納得したように頷きました。

 

「ありがとうね。本当に助かったわ……それで、こっちでは何があったの?」

「えっと、あたしにもよく解んないんだけど……アンタは知ってる?」

「オレが知ってるわけねえだろ……」

 

 リリネットが首を横に振ります。

 

「とりあえず、解る範囲で良いから何があったかを教えて――」

 

 ――もらえるかしら?

 

 そう尋ねようとしたところで、謎の美女はバッと勢いよく顔を上げました。

 続いて首だけでクルッと振り返ると、私の顔をじっと凝視します。

 

「あの女、急に出てきたんだけど……藍俚(あいり)の知り合い?」

「ううん……知らない……」

 

 謎の美女さんの鬼気迫る様子に気圧されたのか、チルッチが尋ねてきますが……

 うん、多分知らない人ですね。

 

 でも美人だわぁ……

 四番隊に来て、専属秘書とかやってくれないかしら……すごく似合いそう……

 

『勇音殿が泣くでござるよ』

 

 ほっぺをぷくーって膨らませて、ヤキモチを焼く勇音は可愛いと思うの。

 

「その顔、その姿、その名前……あの、貴女様はもしかして……」

「え?」

「お願いです! 彦禰(ひこね)を、彦禰(ひこね)をどうか助けて下さい!!」

「え? え?」

 

 立ち上がったかと思えば、凄まじい勢いで私に駆け寄ってきました。続いて私の手を取ると、強引に引っ張って行こうとします。

 その向かう先と視線の先は、苦しんでいる彦禰(ひこね)さんでした。

 

「ちょっと! アンタ何をしようとしてんのよ!?」

「私では……私の力だけでは足りないのです! ですから……お願いします! 治療を! 代価はどんなことでも致しますので!!」

 

『ほほう、どんなことでも?』

 

 じゃあ、四番隊(ウチ)に来て秘書やって貰いましょうか。とりあえず業務としてセクハラを受けるのを必須項目にして……

 

 ……じゃなくて!!

 

「彦禰(ひこね)さんが苦しんでいるのよね? わかったわ。任せて」

 

 彼女の必死な説得に心を打たれた私は――

 

『すっごい嘘くさいでござるなぁ……』

 

 心を打たれたの! それでなくても苦しんでいる彦禰(ひこね)さんを放置はできないでしょうが!!

 あの子の様子を診ることにしました。

 

「えっと……これ、傷……小さな生き物にでも噛まれた? いえ、直接の原因じゃないわね……これはもっと……」

「くくく……ははははは……ははははははっ!!」

「時灘!? 貴様、何がおかしい!!」

 

 傷を調べて原因を調査していると、時灘が突然笑い出しました。

 捕縛している狛村隊長が時灘を掴む手に力を込めますが、それを意に介すことなく時灘は楽しそうに笑い続けます。

 

「この状況は想定とは違ったが、予定通りだアウラ! お前のそんな顔を見られたのは、僅かな収穫だよ!! 出来れば裏切った後で踏みにじってやりたかったがなぁ!!」

「黙れ! 黙らぬか!!」

「裏切り……? どうして私が裏切ると……」

 

 何だか当人同士で会話が成立しているけれど……それより今、アウラって言ったわよね!? 多分、この美女の名前よね!?

 あとその名前って、現世の宗教団体の代表の名前よねぇ!?

 なんで現世の人間がここにいるの!?

 

『あの、銀城殿も現世の人間でござるよ……いえ、正確には完現術者(フルブリンガー)なのでござるが……』

 

 え、じゃあこの美人秘書さん――いえ、アウラさんも完現術者(フルブリンガー)なの!?

 あと彦禰(ひこね)さんが母親みたいな存在って言ってたし、能力を持っているのは予想が付いてたけども!

 XCUTIONの名前を名乗っていたから、可能性としては十分にありそうだけども!

 まさかこんなタイミングで会うなんて!!

 

『(もう秘書にするのが藍俚(あいり)殿の中で確定しているでござるよ……)』

 

「彦禰(ひこね)を自らの手で生み出したあの時から、母性とでも言うべきか……お前は今までに無かった感情をその胸に抱いたのだろう?」

「……ッ!」

「その感情が十分に膨らんだところで、それを踏みにじってやるつもりだったのだよ!」

「時灘ああぁぁぁっっ!!」

 

 なるほど、胸に抱いたワケね。その大きな胸に……

 

『……ゴクリ』

 

 って、今はそんなことを言ってる場合じゃ無いのよ!!

 

「なるほど、そういうことね。霊王の肉体を奪い取られている。だから変調を起こしているんだわ。でも、それにしては弱りすぎているんだけど……彦禰(ひこね)さんに、何かあったの?」

「それは……」

「アウラさん、答えてください。些細な手がかりであっても、必要なんです」

 

 そう告げると、彼女は何があったのかを簡潔に教えてくれました。

 

 彦禰(ひこね)さんが戦っていた途中、更木副隊長がやってきて、卍解をした。

 その姿を見た途端、恐慌状態になって泣きじゃくった。トラウマを揺り起こされた子供みたいな、大泣きだった。

 と思ったら突然彦禰(ひこね)さんが苦しみだした。

 已己巳己巴(いこみきどもえ)が彦禰(ひこね)さんの霊王の力を奪い取って、復活しようとした。

 手持ち無沙汰だった更木副隊長(卍解済み)が、一撃必殺だった。

 

 ――なるほど。そんなことがあったのね。

 

「私は、泣く彦禰(ひこね)の姿にいてもたってもいられなくなって、飛び出してしまい……それで……」

「そう……ありがとう。だったら、彦禰(ひこね)さんを助けるのは簡単よ」

 

 不安そうな表情で瞳に涙を浮かべるアウラさんの姿は、まさに母親そのものでした。

 私は彼女を安心させるように、力強く断言します。

 

 あと、そのお話の最中、狛村隊長はずっと時灘を強く締めていました。

 顔が青紫色になってきてるから、そろそろ手を放してあげてね。

 

「欠けて無くなった力を、少し補充してあげれば良いの。でもそれだけじゃ駄目。心が弱っているからね。彦禰(ひこね)さんを支えてあげられる人が必要なのよ」

「支える……彦禰(ひこね)を……ですか……?」

「ええ、そうよ。怯えて心が弱って、それが身体にも悪影響を与えているの。強く心を持てるようになれば、自然と回復するわ」

 

 そう告げながら、私は斬魄刀を抜いて「卍解――射干玉(ぬばたま)三科(さんか)」と唱えます。

 

「回道と卍解の能力の併用で、霊王の力でも完全に元に戻せる。でもアウラさんも、協力してくれる?」

「協力ですか……? 私に、何が……」

「彦禰(ひこね)さんの誕生に関わっているんでしょう? その時みたいにやればいいの。ただ、彦禰(ひこね)さんのことを想ってあげて」

「彦禰(ひこね)を……私が……想う……わかりました!」

 

 覚悟を決めたように表情を引き締めます。

 そこには不安や迷いの感情は一切ありませんでした。

 

「うん、良い返事。それじゃ、いくわよ」

「はい!」

 

 私たちは、彦禰(ひこね)さんの治療を始めました。

 

 

 

  

「なんだ……? 何をしている……? 彦禰(ひこね)を助けて、それでどうするというのだ? そのようなことをしても、欠けた力が戻るものか……!」

「いやぁ、藍俚(あいり)ちゃんならやるでしょ?」

 

 私たちが治療をする背後から、時灘のあざ笑うような声が聞こえてきました。

 ですがその意見に、京楽隊長の異論の声が割って入ってきます。それに続いて、浮竹総隊長の声も聞こえてきます。

 

「ああ、湯川の卍解ならな。俺の臓腑とも長年付き合ってくれたばかりか、ユーハバッハをも封印したのだからな」

「何ッ……! 馬鹿な、ユーハバッハは……黒崎一護が……知らぬ……そんなことを、ただの死神が……!?」

「あれ? もしかして知らない……あ、知らないよね。当事者でも無ければ、知る機会は無いか……秘匿されてるからねぇ……記録もおかしくなっちゃったし」

 

 時灘の驚きの声に、京楽隊長は余裕たっぷりの声で答えます。

 治療に集中しているので見えませんが、きっと悪い笑顔をしているのでしょうね。

 

「尸魂界(ソウルソサエティ)の歴史を司ってきた綱彌代の家に生まれた者が、最後は記録に振り回されたか……」

「もはや貴様が気にする必要もないことだがな」

 

 朽木隊長と狛村隊長の、哀れむような声も聞こえてきました。

 

 

 

「……ふう。よし、これなら」

「本当ですか!?」

 

 治療を開始して十分(じゅっぷん)も経過した頃でしょうか、彦禰(ひこね)さんの容態が落ち着いたのを見計らい、私たちは手を止めました。

 

「う……うう……あれ? 自分は、確か……」

「彦禰(ひこね)!」

 

 目を覚まし、惚けた表情を見せる彦禰(ひこね)さんにアウラさんは感極まったように抱きつきました。

 

「よかった……よかった……」

「かあ、さま……あ、いえ! アウラ、さん!? 自分は一体……」

 

 何がなんだか解らないといった様子で、アウラに抱きつかれながら、それでも嬉しいのでしょうね。されるがままにされながら、彦禰(ひこね)さんは周囲を見渡し始めます。

 そして――

 

「時灘様!」

「あっ……」

 

 捕縛されている時灘を見た途端、彦禰(ひこね)さんは勢いよく立ち上がりました。

 その動きに、アウラさんは小さな悲鳴を上げながら弾かれます。

 

「時灘様、その姿は一体……いえ、自分はこの方達を殺す……あ、あれ……? 已己巳己巴(いこみきどもえ)……? 自分は已己巳己巴(いこみきどもえ)の力を解放……いえ、その先でもっと……何かが……」

「なんだ、やる気になったのか?」

「……ヒッ!!」

 

 立ち上がり、殺気を放ちながら、記憶を思い出していったのでしょう。彦禰(ひこね)さんは幼い顔を恐怖に歪ませ始めました。

 そこに斬魄刀を担いだ更木副隊長が声を掛ければ、彦禰(ひこね)さんは恐怖から逃れるようにアウラさんに抱きつき、震えだしました。

 

「彦禰(ひこね)君、落ち着いて聞いてくれるかい?」

「あなたは確か、死神の……」

「ああ、総隊長を務めている者だ。そして先ほど、時灘を捕縛した」

「ええ……っ……!!」

 

 そんな風に怯える彦禰(ひこね)さんを刺激しないように腰を落とし、視線の高さを合わせながら浮竹総隊長が口を開き始めます。

 

「時灘はキミを『王様にしてくれる』と約束してくれたそうだね? でもね、もう彼にはそんな力はないんだ。権力も霊力も、何もかも。キミを王にする理由すらない」

「そんな……時灘様は……」

「真央四十六室も承認済みだ。時灘の行動は、間違っているとね。尸魂界(ソウルソサエティ)の誰も認めていない。それでもキミは王に……霊王になりたいのかい?」

「違います……自分は……時灘様に……」

「時灘の言葉は関係ない。俺はキミの考えを聞いているんだ」

「自分の、考え……」

 

 どうやら説得をしようとしているのでしょう。

 けれど彦禰(ひこね)さんは時灘様と繰り返し口にするだけです。

 考えてみれば、偏った知識や経験を与えられて、王になることを命令されてきたわけですから。

 その指示が間違っていたと告げられて、どうすれば良いのか解らなくなっています。

 

 ふむ……じゃあ、少しだけ口を挟みますか。

 

「霊王になるのなら、私たち死神も――いえ、この場にいる全員が、まず敵になるわね」

「敵に……ヒッ……!」

 

 ちらりと更木副隊長を見て怯えました。

 そこまで怖いかしら……いえ、怖いわね……

 

『経験者は語るでござるなぁ』

 

「でもね、アウラさんと一緒に暮らす道だってあるわよ。彦禰(ひこね)さん、言ってたでしょう? アウラさんにお菓子を作って貰いたいって」

「え……! いえ、あの、それは……」

「まあ……」

 

 私に教えてくれた胸の内を言われて、彦禰(ひこね)さんは恥ずかしがります。

 反対にアウラさんは顔を真っ赤にしています。これは……母性の顔ね!

 

「それに気付いている? 彦禰(ひこね)さん、アウラさんのことを“母様”って呼んでるのよ。反対にアウラさんは“彦禰(ひこね)”って、子供に向けるみたいな優しい声で呼びかけているし」

「え……あ……!」

 

 今まで気付いていなかったんでしょうか。

 指摘されてアウラさんは顔を真っ赤にしながら頬を押さえます。

 

「ねぇねぇ」

 

 いつの間に動いたのか、彦禰(ひこね)さんにやちるさんが声を掛けます。

 更木副隊長の肩に乗ってた、はずなんだけど……

 

「はい、これ。あげる」

「これは……?」

「これね、あいりんのお菓子だよ」

「え……? あ、あれ!? いつの間に……!?」

 

 その言葉に慌てて懐の袋の中を見れば、半分くらい減っていました。

 

「これあげるから、泣かないで。剣ちゃん、怖くないから。だから、はい。泣き止んで」

「ありがとう、ございます……」

「はい、おねーさんにも」

 

 彦禰(ひこね)さんが受け取ると、今度はアウラさんにも差し出します。

 

「これは……」

「あいりんのお菓子を食べるとね、元気になれるんだよ。おねーさん、お菓子を作るんでしょ? じゃあ、あいりんみたいになれるように頑張ってね!」

「え、あの……」

「あと上手にできたら、食べさせて。約束だよっ!」

 

 そう言うと、やちるさんは自分用に確保していた分を食べ始めました。

 にこにこと笑顔で食べるその姿を見て、アウラさんは何かを決意したように、少しだけ表情を強ばらせました。

 

「あの、彦禰(ひこね)様……よければ、私の分も、どうぞ……」

「え……あ……」

 

 差し出されるお菓子を前に、彦禰(ひこね)さんは少しの間困惑して、やがておずおずと受け取りました。

 

「でしたら、自分の分をどうぞ……」

「彦禰(ひこね)様……?」

「それと、自分のことは……彦禰(ひこね)と、呼んで頂きたいのですが……駄目、でしょうか……?」

 

 もじもじと、恥ずかしがるように。勇気を振り絞ったように、彦禰(ひこね)さんが尋ねました。

 その言葉に、アウラさんの表情が破顔します。

 

「問題はありま――いえ、構いませんよ。彦禰(ひこね)。でしたら私のことも、その……」

「か、母様……?」

 

 そこから先には、もう言葉は不要でした。

 二人は無言で抱き締めあいながら、お互いが手に持ったお菓子を分け合います。

 その姿に、これまで沈黙していた時灘が声を荒げました。

 

「なんだ、これは……つまらん! 実につまらん茶番だ! こんなつまらないものを見るために私は! 尸魂界(ソウルソサエティ)の業を引き継いだのではない!! 私は――」

「あー、うるせえな!」

 

 殺意の籠もった視線を向けながら、銀城君は時灘の襟首を掴み上げました。

 

「コイツが、俺たちの人生を狂わせやがったヤツか……こうやってツラを会わせるのは初めてだよなぁ?」

「銀城空吾か……ハハハ! ならば感謝しろ! 私のおかげで今のお前はあるのだから!!」

「ああ、そうだな……ありがと――よっ!」

「ぐ……っ……」

 

 狂ったように笑う時灘の顔面に頭突きを一発叩き込むと、もう興味は失せたとばかりに彼はアウラさんのところへ近寄ります。

 

「なあ、空気が読めてねえのは解ってんだけどよ。あんた、どこかで会ってるか?」

「銀城……空吾さん……」

「俺の中の記憶が、どうも知ってるような知らねえような気がしてんだ……」

「いえ、おそらくその記憶は正しいですよ」

 

 くすっと笑い、アウラさんは続けます。

 

「私の名前は道羽根アウラ……ですがこれは、母方の姓です。父の名前は、安賀多(あがた)天晶(てんしょう)と言います」

「安賀多(あがた)のオッサンの娘か! なるほど。だからどこかで……しかも親子揃って完現術者(フルブリンガー)ってことかい……?」

 

 得心がいったとばかりに頷くと、銀城君は頭を下げました。

 

「すまねえな。あんたの親父を殺しちまったのは、俺が呼びかけたからだ」

「銀城! それは違う! それは時灘が……! いや、それならば俺も同罪だ……」

「浮竹……」

 

 かばい合う二人の姿に、アウラさんはそっと声を掛けます。

 

「いいえ。結果はどうあれ、絶望と恐怖しかなかった父の瞳に一瞬でも光を灯してくださったのですから。感謝こそすれ恨みを持つ理由はありません。それに……」

「それに?」

「銀城さんに責任があるというのならば、この事態を招いた私にも責任があります」

 

 そう前置きをしてから、アウラさんは自身の身に何が起きたのかを語ってくれました。

 

 父親から、外の環境から隔絶された軟禁のような生活を続けていたこと。

 時灘の策略で父が殺され、一人になったところを時灘が声を掛けてきたこと。

 その後は、時灘の言葉通りに動いていた。主に現世側の仕込みを担当していたこと。

 そんなある日、自らが作り出した彦禰(ひこね)さんに愛着を……いえ、母性を抱いたこと。

 そして、彦禰(ひこね)さんと共に暮らしたいという心の内を――

 

 えっと……つまり、ぜーんぶ時灘が悪いってことじゃない。

 凄いわね、この男……

 

『この事件全部に、大体関わっているでござるよ。これだから権力持っているヤツは……ケッ! でござる』

 

「ですが、私は許されるのでしょうか……」

 

 そこまで語ったところで、アウラさんは悲しそうに顔を歪めました。

 

「湯川様の作ったお菓子を食べて、思いました……私には、こんな料理は作れそうもない……料理も知らない私が……いえ、完現術(フルブリング)を使っただけの私に、彦禰(ひこね)の母親の資格が、果たしてあるのでしょうか……」

 

 改めて口に出したことで、怖くなったんでしょうね。

 自分には母親の資格などない。父親からは確かに愛されていたが、歪んでいた。

 そんな自分に、本当に母を名乗ることができるのかと。不安で仕方ないようです。

 

「大丈夫ですよ、アウラさん」

「湯川様……?」

 

 悩む彼女に、私は再び声を掛けます。

 

「母親の資格なんて、本当にあるのか? 皆さんそうやって悩みながら、母になっていくんですから。不安なら私も相談に乗ります。それに私、立派な母親を二人も知っているんですよ。ねえ、朽木隊長?」

「む……!? ……ああ、緋真のことか……確かに、そうだな……」

 

 急に話の矛先を向けられ、戸惑いながらも朽木隊長は頷きました。

 ちなみにもう一人は、海燕さんの奥さんこと都さんです。

 

「その二人から、教えを請うのも良いと思います。料理ができないのであれば、私がちゃんとお教えします。彦禰(ひこね)さんの母親に、なりたいんでしょう?」

「湯川様……は、はいっ! 私は……私は!! ありがとうございます!」

 

 号泣しながら私の手を取るアウラさんの姿に、更木副隊長は詰まらなそうに背中を向けました。

 

「話が違うじゃねえか、藍俚(あいり)。俺はもう帰るぜ」

「いいの、剣ちゃん?」

「泣いて怯える弱いガキを斬る趣味はねえんだよ。もうちょいマシになったら、考えてやるけどよ」

「そっか! 剣ちゃんやさしいね! ばいばい、あいりーん! またねー!!」

 

 そう言いながら去って行きました。

 

 ……って、ここ叫谷(きょうごく)なんだけど? どうやって帰るのかしら? まさか、入り口に使った黒腔(ガルガンタ)まで戻るの?

 

「いやいやいやいや、いいものを見せて頂きましたよ」

 

 去って行く更木副隊長と入れ替わるように、今度は浦原喜助が姿を現しました。

 いつのもの飄々とした態度はそのまま、先ほどまでのやり取りをみていたらしく扇子で口元を隠しながら上機嫌です。

 空中楼閣の中から出てきたようで、彼の背後には涅隊長もいます。

 

「え……? 浦原さん? なんで、どうしてここに……? 現世にいたんじゃ……」

「いやぁ、それがですね。話せば短いんですが。そちらのアウラさんともう一人の方に、拉致されちゃいまして」

「もう一人?」

「……なるほど、雪緒の仕業か」

 

 話を聞いていた銀城君がそう言うと空間が割れてゲートのようなものが開き、そこから雪緒君が出てきました。

 

「ご名答だよ。よく解ったね」

「お前らとは能力を一部分け合ってるからな。微かにでも霊圧がありゃ解る」

「ってことは、この世界に来てからずっと気付いてたの? それなら言ってくれればよかったのに」

「言う機会が無かったからな」

 

 確かに、ずっと集団行動していたし……口を挟むタイミング、ないわよね……

 

「現世からこっちに連れてこられていたんスよ。それでも独自に行動しようと思ってたんですけど、湯川さんが来ちゃってましたし。それに涅さんが何やら裏で動いているのも解ってましたからね。邪魔するのも悪いかなと思って」

「フン。お前にしては殊勝な心がけだったヨ。私の動きに気付いていたのは腹立たしいがネ」

 

 つまり……二人がコンビを組んで時灘の敵に回ってたと?

 あ、それは無理ね……勝てる絵が本気で浮かばないわ……

 

「けどアタシも頑張ったんですよ? 涅さんの邪魔にならない程度にお手伝いしつつ、他にも色々と――」

 

 そう言いかけて、浦原はポンと手を打ちます。

 

「そうでした。迷っていた子がいましたんで、連れてきてたんスよ」

「迷っていた子?」

「ど……どうも……」

 

 そう尋ねると、とても申し訳なさそうな態度で檜佐木君が現れました。

 その姿はいかにも所在なさげで、落ち着きがありません。目を白黒させながら周囲を見回しています。

 

「あのー……ひょっとして、もう全部終わってる感じ……ですか……?」

 

 恐る恐る尋ねる彼に向けて、私たちは一斉に頷きました。

 




●今話のタイトルについて
 本来は頭に「見ろよ、このプロット。檜佐木の出番を――」という一文があったはずなのですが。
 タイピングをミスしたようで、大変申し訳ございません。

 ……というか、檜佐木を卍解に目覚めさせるとか無理……(泣)

 藍俚(あいり)殿が完全無視・無関係を貫いたとしても、剣ちゃんが大暴れして速攻で解決しちゃう未来しか見えなかったんです。
 なので檜佐木が首を突っ込む暇がない。
 (最悪、不可能では無いと思いますが。劣化コピーにしかならなそう。それをやるくらいなら原作を読めば済むので)

 ならもう「(檜佐木は)出オチで大オチでした」みたいな扱いにする方がまだオイシイかなぁと……
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