お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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嵐「来たよ」


第47話 君の名は - 卍解 -

藍俚(あいり)殿藍俚(あいり)殿!』

 

 どうも、副隊長です。もとい、湯川藍俚(あいり)です。

 絶賛刃禅中です。

 視界には天から植物が巻き付いたビルがにょきにょき生えていて、地には青空が広がってます。

 

 ……あ、すみません。逆でした。何しろ現在ブリッジ中ですので。

 つまりはいつもの精神世界の光景です。

 

 頭で支えてブリッジしていて、両腕は胸の前で組んでます。

 お腹の上では、射干玉がポヨンポヨン跳ねてます。

 なんでそんなことをしているのかって?

 だって射干玉のリクエストだったから……あの子が何をしたかったのは知らないわよ? でも、射干玉なりに求めている何かがあったんでしょうね、きっと。

 

 ととと、いけない。射干玉が話し掛けてきていたんだった。

 

「……何?」

 

『や・ら・な・い・か?』

 

「バ・ラ・バ・ラ・イ・カ? 烏賊(イカ)をバラバラにするような悪戯すると干物造りの人から怒られるわよ」

 

『じぇじぇじぇ!? 違うでござるよ! というか、文字数くらいは合わせて欲しいでござる!!』

 

「ごめんなさいね。それで何をするの? 私は青いツナギでも着て公園のベンチに座ってればいいの?」

 

『それだと逆でござるよ……そうではなく、卍解(ばんかい)でござる!』

 

「そう、卍解ね……卍解!?」

 

 一瞬聞き流しかけたけれど、今何て言ったの!?

 思わず姿勢を正します。お腹の上で跳ねていた射干玉は私が動いても動じることなくポヨンと跳ね、地面に着地しました。

 

『その通り! そろそろ卍解の季節でござる!! 昔から良く言うでござろう? 柿が赤くなると卍解がしたくなる、と……』

 

「そんな(ことわざ)、聞いたことないわよ……」

 

 医者が青くなる、でしょそれは。

 

『卍解が出来るとあんまがひっこむ、でござったか……?』

 

「それは"秋刀魚(さんま)が出ると"ね……」

 

『目黒の……』

 

「サンマ! って、それもう諺じゃなくて落語じゃない!!」

 

 ボケ合戦に付き合ってる暇はないんだけどなぁ……

 

「……で、結局何が言いたいわけ?」

 

『ですから、卍解でござるよ! そろそろ覚えられるでござる!!』

 

「またまたご冗談を」

 

『ふっふっふ、三つの()でござる』

 

二歩(にふ)を通り越してるじゃない」

 

 でも歩三兵(ふさんびょう)ってルールが将棋にあるのよね。ハンデとして二歩どころか三歩をやってもOKっていうローカルルール的な物が。

 

「そもそも遊んでばっかりじゃない。始解の条件は"同調"と"対話"だからまだわかるけれど、卍解には"具象化"と"屈服"が必要なんでしょう?」

 

 以前にもお話したように、始解は斬魄刀との同調と対話――大雑把に言えば仲良くなって名前を教えて貰えば何とかなります。

 対して卍解をする場合には、具象化と屈服――つまり精神世界にいる斬魄刀本体をこちらの世界に呼び出す"具象化"と、その具象化させた相手(斬魄刀)に自分の力を認めて貰う"屈服"が必要になります。

 

 そもそも具象化と軽く言ってはいるものの、精神世界に存在する相手を自分の霊圧でこの世に顕現させるだけでも、並々ならぬ霊力が必要になってきます。この時点で並の隊士では卍解を試すことすら出来ないわけです。

 そして屈服ですが、これは千差万別。斬魄刀の性格次第ですね。

 単純に戦ってパワーフォージャスティス(力こそ正義)なノリで認めて貰える場合もあれば、禅問答みたいなのに答える必要があるとか、パターンは色々あって。

 他人のアドバイスはまずアテになりません。

 

 ……屈服させるだけなら、ジャンケン十連勝とかでも良いんでしょうか?

 

「私、卍解できるほど強くなってないわよ……?」

 

『そこが素人の赤坂見附お次は溜池山王乗り換えたら国会議事堂前でござるよ!』

 

 東京メトロ、体感だとすごく懐かしいわね……銀座線から丸ノ内線に乗り換えかぁ……

 

藍俚(あいり)殿! 何のために毎日毎晩藍俚(あいり)殿と一緒に遊んでいたと思っているでござるか!? あれらは全て修行でござるよ!!』

 

「……いや、遊んでいたでしょう?」

 

『では藍俚(あいり)殿、先日の高層ビルの窓拭きごっこを思い出すでござるよ』

 

 ……そんなのやったっけ? まあ、えーと……窓拭き……

 

「こんな感じ?」

 

『とおおおぉぉぉっ!!』

 

 こう、窓を雑巾で拭くような感じで手を動かすと、射干玉が身体を変形させて攻撃してきました。

 忘れがちだけどこの子ってスライムなのよね。だから身体の形なんてあってないようなもの、身体の一部を鞭のように伸ばして変形させると鋭い突きを放ってきました。

 

「……っ!!」

 

 窓拭きごっこをしていた私は咄嗟に同じ動作にて、円を描くようにしてその攻撃を払い落とします。

 

「これって……」

 

『マ・ワ・シ・ウ・ケ……近代空手最高峰の受け技でござるよ』

 

「でも、こんな技を何時の間に!?」

 

『これが拙者の特訓でござる!! 日常の何気ない動作の全てが修行に繋がっている!! これこそが空手の神髄!! そして卍解への下準備もとっくに完了してるにござるよ!!』

 

「そ、そうなのね!! ごめんなさい射干玉! 疑ったりしてごめんなさい!!」

 

『いいんでござる、いいんでござるよ藍俚(あいり)殿……わかって頂ければ、それだけで拙者は……拙者は……!!』

 

 私は射干玉をそっと抱き寄せて――

 

「って、んなわけないでしょうがあああぁぁっ!!」

 

『アアアアアァァッ!?!?』

 

 ――とりあえず思いっきりベアハッグします。

 とはいえ射干玉の魅惑の軟体ボディに効果は無いんでしょうけれど"ふざけるな!"という想いは伝わるはずなので。

 

「それ、あの映画でしょうがっ!! だいたいあの回し受けだって、卯ノ花隊長から教えて貰った(身体で覚えさせられた)技でしょうがああぁぁっ!!」

 

 剣術の稽古だったはずが、始解を覚えて少し経った頃から向こうから手が出始めました。

 剣で戦っていたところに空いた手で殴られたり、刺されたり、蹴られたり、気がついたらバランス崩されてたり、投げられたり、踏みつけられたり、骨を折られたり、切断されたりしてました。

 卯ノ花隊長こわい……

 

『おっぱいが! おっぱいがぎゅーぎゅー当たってるでござるよ!! んほおおぉぉぉっ!! たまんねぇええぇぇぇっ!!』

 

 

 

 

 

 

『まあ、卍解が覚えられるというのは本当でござるよ』

 

「マジで?」

 

『マジでござるし、サジでござる』

 

 紋章の謎は名作よね。

 

『だいたい藍俚(あいり)殿、お気づきではござらぬのですか?』

 

 なにかあったっけ?

 

『例えば藍俚(あいり)殿のセクハ……もといドスケベマッサージを受けた女性死神が、お肌がツルツルになっていたでござろう?』

 

 ちょっと待て、なんで言い直したらもっと酷くなってるのよ! ……って、うん?

 

「ああ、そういえば……でもあれってギャグじゃなかったの!?」

 

『拙者はちゃんと"テヘペロ★"したでござるよ!! あれも立派な具象化でござる!!』

 

「うそ……」

 

 信じたくないなぁ……それ……

 

『これが拙者の具象化!! オイルに混ざってそっと塗りたくられることで女性のお肌はつるつるスベスベ!! まるで二十歳若返ったかのよう……ってそれじゃあ奥様は赤ちゃんになっちゃいますね、申し訳ございません! エステに行って帰って来た女房が付き合い始めたあの時の姿に戻っててお父さん大喜びで今夜は大ハッスル! なあ、弟と妹どっちが欲しい? の術でござるよ!! 勿論拙者はいもうと――』

 

「そーれっ!!」

 

『じゅうににんんんんんっっっっっっっ!!』

 

 最近あまやかしが過ぎたからね、そろそろぶっ飛ばして(サーブって)おかないと。

 おー、一瞬で見えなくなるまで飛んでいったわ……我ながら強くなったわね。

 

 

 

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「――ということで、甚だ急な話ではありますが有給休暇を取らせてください」

 

 翌日、隊首室に行くなり卯ノ花隊長に頭を下げました。

 斬魄刀から卍解に至れるようになったと言われたこと、なので卍解取得のために時間を作りたいということ、卍解取得のためには日数が必要だろうから休みを取らせてほしい。

 ということを訴えました。

 

「卍解ですか……ようやくそこまで辿り着きましたね」

「相変わらず亀の歩みのような速度で、本当に申し訳ございません」

 

 始解に百五十年、そこから数えて大体四百年――改めて振り返ると、成長遅すぎますね私……隊長も良く見捨てないでいましたね。

 本当にありがたいです。

 

「まあ、そういうことなら良いでしょう」

「本当ですか!?」

藍俚(あいり)は確か……今週末が非番でしたね? ならその翌日を休暇として許可します。二日もあれば十分でしょう?」

「え……?」

 

 何を言っているのか、思わず隊長の顔を凝視します。

 

「その二日の間に卍解を取得してきなさい。できないとは、言わせませんよ?」

「え、あの……二日ですか?」

 

 が、隊長は一切表情を変えることはありませんでした。

 

「どこかおかしかったですか? 非番の日に卍解を取得し、その翌日は休暇ですのでゆっくり身体を休められます。これならその翌日の業務に支障も出ないでしょう?」

 

 まるで当然のことのように言ってきます。

 あの、それって、卍解を一日で取得しろって言ってますよね……? 卍解って一日で習得できるような容易いものでしたっけ??

 

「卍解を使いこなすための修練も必要ですが、それはまた日を改めてやればいいでしょうから……何か問題でも?」

 

 言外に"異論は絶対に認めません。文句があるなら私を倒してから言いなさい"と脅されている気分でした。

 というか絶対にそう言ってます。だって纏う雰囲気がお仕事モードじゃないですから、本気でお稽古モードのような殺気を込めて霊圧まで放ってますよ!!

 

 そんな誠心誠意、心ある説得をされてしまっては、私が言えるのは一つだけです。

 

「いえ、何も問題ありません! その二日間で必ずや卍解を会得してきます!!」

「その意気です、期待していますよ」

「ありがとうございます! では、本日の業務がありますので失礼します!!」

 

 勢いよく頭を下げて、隊首執務室から退出しました。さて……

 

 

 

 ……射干玉、聞こえる?

 

『なんでござるか?』

 

 この二日で、何が何でも卍解取得するわよ? あんたも全力で協力しなさい!!

 

『が、合点承知の助でござる!!』

 

 ……卍解取得って、こういうものでしたっけ? 斬魄刀を脅すって……

 

 

 

 

 

 

『勝てば天国、負ければ地獄! 知力・体力・時の運! 花も嵐の中も輝いて、やってきました木曜日! 行くが女の生きる道!!』

 

 どこから突っ込めば良いのかしらね?

 まず、それじゃ私はクイズでアメリカを横断しなきゃならないじゃない。

 次に、今日は土曜日よ。

 最後に、それどこの映画よ。でもまあ、行かなきゃ隊長に殺されるから、生きる道というのは間違ってないわね。

 

『元気がないぞー! 卍解を取得したいかー!! 罰ゲームは恐くないかー!!』

 

「罰ゲーム……卯ノ花隊長……ごめんなさい、こわいです……ごめんなさい……」

 

『あああああぁっ! 申し訳ないでござるよ!! 藍俚(あいり)殿、お気を確かに!! 今のは、今のは拙者の失言でござったですから!!』

 

「べそべそ……ほんとぉ?」

 

『ホントでござる! ほらだから、もう泣き止むでござるよ!! ほーら、飴ちゃんでござるよ~!』

 

 反射的にうずくまってしまった私を、射干玉が必死で励ましてくれました。

 

「あめ……美味しい……」

 

『いかがですかな? 拙者ご自慢の黒飴でござる! 他にもハッカ味や梅紫蘇味もありますぞ!!』

 

「チョイスがお婆ちゃんなのよ!!」

 

 ということで週末です。明日は有給です。なので二連休です。

 卍解を会得するためにこうして、流魂街の外れにある誰もいないような山の中までやってきました。

 ここなら何か起こっても人的被害はでないはずですし、もしも山津波みたいなことが起こっても流魂街の人々が気付いて逃げるだけの余裕もあるはずです。

 

 うん、なんだか(ツッコミを入れていたら)元気が湧いてきました。

 

「……よっし!! やるわよ射干玉!!」

 

『その意気でござる!! 拙者も全力で協力いたしますぞ!!』

 

「今さらだけどさ、全力で協力って一体何をするの?」

 

『それは当然、屈服しましたという書面を発行してから認め印をポンポンポンと……』

 

「……射干玉・三文判とか言うのが真の名前じゃないわよね?」

 

『ギックウウゥゥッッ!!!!』

 

「いや、そういうのもういいから……ちゃっちゃと始めましょう」

 

『あらら、バレてしまったでござるか?』

 

「何年アンタと一緒にいると思ってるの? それじゃあ具象化、行くわよ?」

 

『バッチコイでござる!!』

 

 とは言っても、具象化自体はそれほど難しくはないのよね。

 必要とされるのは何よりも大量の霊圧……斬魄刀本体を具象化して、それでも相手を屈服させるほど暴れ回れるくらい大量の霊圧です。

 ということで霊圧を解放して、そこに斬魄刀と意識をつなぎ合わせて、二つを馴染ませて……

 

「……どう、射干玉? 具象化できた?」

 

 ごっそりと霊圧を削られた感覚があったので、成功したはずですが……はて?

 どうしたことでしょうか? 別に何も――

 

「あら?」

 

 ――額に一筋の汗が流れ落ちるような、そんな感覚がありました。それを手で拭い、なんとなく確認してみたところ……

 

「……黒い、汗……?」

 

 すーっと血の気が引いていき、嫌な予感が思い切り警鐘を鳴らしているのがわかりました。ですが気付いた時にはもう手遅れでした。

 汗によく似た感覚は背中にも胸にもお腹にもお尻にも足にも、身体のあらゆる場所から襲い掛かってきました。

 

「な……っ!? これ……っ!!」

 

 こうなってはもう確認するまでもありません。

 全身から湧き上がった黒い汗――おそらくはこれが射干玉の本体が具象化した姿なのでしょう。黒い汗たちは、まるでそれぞれ全てが意志を持ったようにぶわぁっと広がり、私目掛けて襲い掛かってきました。

 

「こ、コイツっ!! くっ、射干玉!! これが屈服のための試験ってわけ!?」

 

 汗は今や巨大な粘液の塊となっており、無数の粘液触手が身体へと絡みついて来ました。まるで私の身体全てを蹂躙せんとするかのように、死覇装の僅かな隙間からですら入り込み、私の全身を我が物顔で這い回ります。

 ぬるぬるとねばついた黒い液体がまるで蛞蝓(なめくじ)のように這い回り、そしてその勢いは蛞蝓とは比べものにならないほど速いです。

 物凄い勢いでの上を這い回り、僅かでも穴が有ればそこに押し入って来ました。

 

「離れなさ……がぼっ!?」

 

 その内の一つは私の口の中へと勢いよく飛び込み、鼻から口から遠慮無く内側へと進んで喉の奥まで押し入っていきます。

 プールや水辺で誤って水を飲んでしまった時によく似た感覚、あれを数倍苦しくしたものが身体の奥底から湧き上がってきて――

 

「げ、が……あが……ぬ、ぬばだば……いった……なに……」

 

 ――喉、奥……!! 無理、息が……溺れる……飲み込まれ……

 

 ……違う!!

 

 これは、射干玉は、中に入ろうとしてるんじゃない!! 私の内側から溢れ出てきてる!!

 

 あ、これは……まずい……溺れる……!

 

 こわい……私が、自分が……意識、が……

 

 射干玉に……乗っ取ら……みたい……に……

 

 気をつよ……く……持……

 

 

 

 あれ……私……なんで、こんな……こ……と……

 

 ばん……かい……なに、それ……? 

 

 

 

 

 まっくら……

 

 

 

 まっくろ……

 

 

 

 ぬるぬる……

 

 

 

 ぐちゃぐちゃ……

 

 

 

 やわらか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んがああああああああああぁぁぁっ!!!」

 

 身体の中に残った酸素と微かな意識をかき集めると、全力で叫びながら口の中に入った粘液触手を掴み、思いっきり引っ張り抜いてやりました。

 

「げほ……っ!! ごほっ、がはっ……うげ、うげげげげっ!!」

 

 長い長い昆布か何かを丸呑みして、お腹の奥底まで飲み込んだ辺りで思い切り吐き出したなら、きっとこんな感覚なんでしょうね。

 お腹の奥が物凄くムカムカして気持ち悪いです。

 無理矢理引きずり出した黒い粘液触手からは、私の胃酸とおぼしき酸っぱい匂いが漂っていました。

 私の喉の奥からもなんとなく焼け付くような感覚とすっぱい匂いが感じられるので、多分間違ってないと思います。

 

「おげっ!! うげええええぇぇっ!! ……はぁはぁ……死ぬかと思ったわ!!」

 

 一応私は、役所の書類に提出する時にはこう書かないと窓口で怒られる程度には女性ですが、もう恥とか外聞とか気にしてられません。

 まだお腹の奥底に残っているような気持ち悪さを感じたので、普通なら女が口に出してはいけないような声を思いっきり上げて、思いっきり吐瀉してやりました。

 これで私もゲロインの仲間入りです! 出したのは真っ黒な塊ですけどね!!

 

 全部吐き出してようやくスッキリできました。

 ただ、あのままだったら確実に死ぬ――よりもずっとずっと危険な(ヤバい)事になっていたと思います。

 直感ですけど、あの気持ちよさは身を委ねたら即終了レベルの何かです。ギリギリとはいえ良く復活できたぞ自分!!

 

「~~ッ!! い、いつまで人の中にいるつもりよ!!」

 

 先程も言いましたが、この黒い粘液は私の穴という穴に入り込もうと――いえ、穴から出てこようとしてきます。

 なのでこう、ありますよね。人間の身体には下半身の方にも穴が。

 

「とっとと出て行きなさい!!」

 

 袴の中に手を突っ込んでそのままこう、ずるーっと一気に……

 

 ……うん、詳しく描写するのは省きましょう。もう今日は女捨ててばっかりですね。

 とにかくこれで、こう……私の中に巣くっていた粘液は多分コレで全部かき出せたと思います。

 

「あ、藍俚(あいり)殿! 申し訳ない! 申し訳ないでござるよ!! ちょっと拙者の中の胎内回帰願望と申しますか、赤ちゃんプレイがしたい欲と言いますか、そう言った純情な感情が爆発してしまいまして……気がつけば……ふひひひ!!」

「何が純情な感情よ!! 上等じゃない射干玉!! そっちがその気ならこっちもその気でいかせてもらうわよ!!」

 

 もう話し合いで済むレベルはとっくの昔に超えてます。

 射干玉の弱点は"火"とわかっているのですから、こっちも手加減はしませんよ!!

 

 ……あ、今気付きましたが。

 具象化してるので射干玉が普通に喋ってますね。どこが発声気管なのか知りませんが、テレパシーみたいなのじゃなくて普通に声を出しています。

 

「破道の七十三! 双蓮蒼火墜(そうれんそうかつい)!!」

 

 こちらは蒼火墜の上位版といったところ、双蓮の名の通り倍の火力で相手を焼き尽くす鬼道です。

 両手から放たれた青い炎はそのまま黒い粘液の塊へと激突しました。

 

「うそっ!?」

 

 が、有効打とはなりませんでした。

 確かに燃えてはいますが、その炎の奥には表面が軽く炙られた程度の粘液塊がいます。軽く乾燥した程度ですので、これでは倒すのはおろか倒すのも不可能です。

 

「ぬほほほほ! 藍俚(あいり)殿、確かに拙者は炎が弱点でござりますが、今は卍解でござりますよ!? この程度の火力ではレアステーキも焼けませんな! 大根おろしソースでさっぱりとお召し上がりいただけますぞ?」

 

 くっ! 腹が立つわね!!

 

「なら、破道の八十六! 鳳凰真炎(ほうおうしんえん)!!」

 

 一気に燃え上がった炎が不死鳥の姿を形作り、射干玉目掛けて放ちます。双蓮蒼火墜よりも強力な炎であり、これなら鉄だって容易に溶かす筈なのですが……

 地面が高熱で焼け上がり一部結晶化までしているのに、射干玉はピンピンしています。

 

「おおっ! サウナですかなサウナですかな!? ロウリュのサービスはございませぬか!? ふひひひ、拙者を焼くには三千度は欲しいところですな」

 

 サウナ!? その発想はなかったわ。それにロウリュもいいわね!! 今度マッサージの後のコースとして入れようかしら……

 じゃなくて!!

 三千度!? タングステンでも加工する気なの!! いくら詠唱破棄で威力は落ちてるとはいえ、これだって相当な火力なのよ!?

 

「だ、だったら……」

「おおっと! すでに藍俚(あいり)殿は二回も攻撃を行っておりますぞ! 次は拙者のターンですな?」

 

 なおも鬼道を唱えようとしましたがそれよりも先に射干玉が動きました。

 固まっていた粘液が爆発でもしたようにばあっと広がったかと思えば、次の瞬間には火に掛けられた巨大な釜がありました。

 

「くっ!! ……は?」

 

 何か爆発するような攻撃かと判断して身構えていましたが、予想外の光景に思わず脱力してしまいました。

 釜の中からはぐつぐつという音と湯気が立ち上っており、熱湯が沸かされているのだろうというのが一目瞭然です。

 

「目には目を! 火には火を! ということで、箱の中身はなんでしょねゲーム!! でござる!!」

「…………は?」

 

 え、なにこれ? え? え??

 

「今回ご用意したのはこちら! 盟神探湯(くがたち)にござりまする!! この煮えたぎるお湯に手を入れても、正しい者ならば決して火傷はせず! 反対に罪のある者は大火傷を負うという、日本書紀にも登場する由緒正しく霊験あらたかな物でござるよ!!」

 

 それは聞いたことあるけれど……大体それって嘘でしょうが! え? なにこれ……? 今のうちに攻撃しちゃ駄目なの??

 

「……これで、何をしろと?」

「当然! このお湯の底には、とある物が沈んでおります! それが何なのか、手で拾ってからお答えください!!」

 

 ……は?

 

 ……あ、よく見れば沸騰してて見難いけれど何か沈んでるわね……

 

「あ、たわしを掴んで"ハリネズミ"って答えるようなベタな展開、拙者は大好きでござるよ」

「何がハリネズミよ! だいたい熱湯の底にハリネズミってのは無理でしょうが!!」

 

 怒りのままに斬魄刀を構え、攻撃しようとしますが……

 

「ふーん、藍俚(あいり)殿はこの程度も逃げるようなチキンちゃんでござったか……そうか、そうか、つまり君はそんなやつだったんでござるな……」

「………………やってやろうじゃない!!」

 

 怒ってないですよ、私は冷静です。

 緑色した知将が赤くなったとき(冒険王ビィトのグリニデ様)くらい冷静です。

 

 煮えたぎり湯気を上げる釜の前に立ち……

 

「押すなよ! 絶対に押すなよ!!」

 

 ええい! 黙んなさい!! 集中集中!!

 

「…………はっ!!」

 

 それは一瞬の出来事。

 瞬時に釜に手を入れ、底に沈んだ物を掴み引き上げました。

 鍛えた身体を集中させれば、これくらいなら火傷しません。むしろ水面に波ひとつ立てることなく取ってやりましたよ。

 

「では、お答えは!?」

「正解は…………はぁっ!?」

 

 手にしたそれ(・・)を見て、私は目を丸くしました。

 だって、それは――

 

「ク……クリームパフェ?」

「正解!!」

 

 ――どこからどう見てもクリームパフェでした。

 

 チョコとクリームとフルーツがたっぷりで、ガラスの器にスプーンもついていて、すごく美味しそう。手で触れるとひんやり冷たいです。

 食材に触れた感触も全部本物。食品サンプルなんじゃありません。

 

 つまり――熱湯が茹だる釜の底から引き上げたのに、冷たくて形が全然崩れていないクリームパフェってなーんだ?

 

 ……なにこれ?

 

「では第二問!! 今度は火の反対で冷たい方で行ってみましょう!!」

「ちょ、ちょちょちょちょ!! まだこんなバカ展開続けるの!?」

「お忘れですかな!? 藍俚(あいり)殿は二回攻撃しておりますので。ならばこちらも二回攻撃の権利を持っている筈ですぞ!!」

 

 う、そう言われると……って、別にターン制の戦闘するゲームじゃないんだから、別に律儀に従う必要ないじゃない!!

 

 そう文句を言うよりも早く、周囲には巨大な氷のオブジェが生まれていました。

 

 

 

 

 

 

 その後も、延々と訳のわからないバラエティ番組みたいな展開は続きました。

 

 地面の中から金棒がにょきにょき生える道を全力疾走させられたり、大量の水が襲い掛かってきて沈められたり、大量の蛇や蛙に襲われたり、なにやら粘着性の床に襲われたり、ぬるぬるの触手に全身撫で回されたり、単純に爆破されたりしました。

 

 こっちも攻撃はしてるんですが、全然効果が無いんですよね……

 斬撃は始解の時点でまず無効化されますし、氷も駄目。風や土、虚閃(セロ)などの霊圧攻撃も無力化。炎は弱点らしいですがあれ以上の火力を出せないので、実質無効化されていますし……

 そのたびに「拙者のターンですな!」とやられていました。

 一度、休憩の意味を込めて回道を使ったところ「大食いチャレンジ!!」と、どこから用意してきたのか大量の食材を目の前に出されたりもしました。

 ……いくら美味しくてもあの量は無理……

 

「つ、次は……」

 

 正直、もう帰りたいのですが。何か攻略の糸口が見つからないものかと考え、こうして付き合っています。

 それに帰ったら……隊長に……何をされるか……

 

 朝早くから開始したのに、今はもう真夜中です。

 さすがに体力がもうキツイです……そろそろ限界……倒れるかも……

 

「ごうっ!! かああああぁぁくっ!!!」

 

 それでも何が来るのかと身構えていると、射干玉は突如そう叫びました。

 どこから用意したのか、ガランガランとハンドベルまで鳴らしています。福引きに当たったんじゃないんだから……

 

「ごうかく……?」

「そうでござるよ藍俚(あいり)殿!! 長い間お疲れ様でございました!!」

 

 ……は?

 

「どういうこと?」

「説明しよう!! 藍俚(あいり)殿は拙者を認めさせたでござるよ!! よって……」

「そういうことじゃなくて! これで合格なら、じゃあ今までのバカ展開はなんだったの!?」

 

 さっきまで疲れて言葉も喋りたくなかったのですが、今はもう怒りでパワー満タンです。変なこと言ったら即座に素粒子レベルまで粉々にしてやるわ!!

 

「ですからアレが試験でござるよ。それらを見事突破し、藍俚(あいり)殿は拙者を認めさせるだけの活躍をみせたでござる! いやはや、拙者もう藍俚(あいり)殿に屈服しまくりんぐテンパリングでござるよ!!」

「アレが!?」

 

 どう考えても、からかわれていただけじゃない!!

 

「えー、ご説明させていただきます、球審の射干玉です。まず最初、藍俚(あいり)殿は拙者の誘惑に見事打ち勝ちました!」

「ああ、あれ……って、アレも試験だったの!?」

「当然でござる!!」

 

 あれって、もう少し遅かったらあのまま飲み込まれて、意識を失って……多分、溶けて消えていたはず……

 

「あの、射干玉……ちょっと聞きたいんだけど、あの時点で失敗していたら……?」

「聞きたいでござるか?」

「………………もしかして、失敗した前例って何回かあったりする?」

「ええと……藍俚(あいり)殿! 申し訳ございませぬが手を貸してくださりませぬか、指が足りませぬ!!」

「ごめん、やっぱりいいわ」

 

 あ、これ多分聞いちゃいけないやつ。知ったらご飯が不味くなるし、夜ぐっすり眠れなくなるタイプの情報だわ絶対に。

 

「そうでござりますか? では話を戻しますぞ! 藍俚(あいり)殿は強い意志を示しました! そして次は拙者を使いこなせるかの試験です!!」

 

 ……あれ? 意志を示すだけなら、射干玉が私の中から出てくる必要はなかったんじゃ……

 

「続いては拙者が出題した数々のバラエティ番ぐ――ごほんごほん!! 試験を突破でき、耐えられる程の霊力を持ちうるか否か! そこが肝でございました!!」

「……もうバラエティ番組でいいわよ……」

 

 投げやりですが、とりあえずツッコミは入れておきます。

 

「なにせ卍解するということは拙者を使いこなすということですからな!! あれだけ振り回されても諦めることなく平然と出来るくらいでないと!! 悔しい、でも、身も心も藍俚(あいり)殿に従っちゃう!! びくんびくん状態にはならないでござるよ!!」

「そういえばあんたって、一応神様だったのよね……」

 

 絵に描いたような変態キモオタって認識が強すぎて。

 

「まあとにかく、卍解取得できるってことでいいのよね?」

「無論でござります!! ……どうやら、拙者の真のコテハンを藍俚(あいり)殿に教える時が来たようでござるな……」

「コテハン!?」

 

 相変わらずこの子って、なんというかネタがちょっと古いのよね。

 

「おっと、放送時間が尽きたようでござる! そろそろお別れの時間にござるな! まあ今日はぐっすり休んで、卍解の方は翌日にでもお試しくだされ! 何しろ拙者の能力は使えば使うほどでござりますからな!!」

「ちょ! ちょっと! 名前、名前!!」

 

 具象化の霊圧が切れたのでしょうか、ゆっくりと消えていく射干玉に私は大慌てで叫びます。

 まあ、後で聞けばちゃんと教えてくれるのでしょうけれど、様式美といいますか……ここで聞いておきたいじゃない。

 

「おお、忘れるところでございましたな!! 拙者の名は――――――でござるよ!!」

 

 それがあなたの名前なのね、しっかりと心に刻んだわ。

 

 

 

 

 

 翌日、卍解した射干玉の力を試しました。

 

 率直に言って、規格外にも程があると思いました。

 

 この能力をちょっとマッサージに活用してみようと思い、平家十九席(ちょっと昇進しました)に実験台になってもらったところ、凄く調子が良くなったそうです。

 彼女曰く「全身の細胞全てが新しく入れ替わったみたいな感じ」だそうで。

 前から可愛い子だったのが、更に美人になりました。

 

 その変わりっぷりと言ったらもう――

 

「彼に結婚を申し込まれちゃいました! 副隊長、どうしましょう!?」

 

 ――と、相談されるくらいです。

 

 ……いや、知らないわよ。結婚したら良いんじゃない?

 




真知子と申します。
数寄屋橋で別れた春樹さんはどうしているかしら……
(タイトル詐欺回)

●ボケの数々
だが、私は謝らない。

●破道の八十六 鳳凰真炎(ほうおうしんえん)
オリジナル鬼道。一刀火葬の1つ下のイメージ。
強い炎攻撃が欲しかったので。

●卍解
名前はまだヒ・ミ・ツ♥(でござるよ★)

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