「隊長! 不肖、湯川
「おや、そうですか」
平家十九席で実験したり、個人でも色々試し終えた翌日。
隊首室にて卯ノ花隊長にそうご報告したところ、こんな風にあっさりと言われました。
「……あの、それだけですか?」
「あなたが卍解を習得してきたのは見ればわかりますよ。身に纏う霊圧が一昨日までとは、まるで別人ですから」
そういうもの……なんですか? 私、親しい知り合いの中に「卍解会得したんだ」って死神はいないのでわからないです。
「それに私はあなたが卍解を会得してくると信じていましたからね。言うなればこの結果は必然。それに何を驚く必要がありますか?」
「た、隊長……!」
信じていてくれたんだ。
そう思うだけで、思わず目頭が熱くなりました。騙されているだけかもしれませんが、でもそう言うのって反則ですよぉ……
「そうそう、これで一応隊長になるための最低限の資格を得たわけですが……
「……あ! そういえばそうでしたね」
護廷十三隊の隊長になるには、まず卍解を会得することが最低条件として求められます。色々とありますが、まず強くてこその死神ですから。
でも私、今の今まで別に気にしたことありませんでしたね……
来たるべきハリベルとバンビエッタを
「今なら十番隊の隊長が空いてますよ? 挑戦しますか?」
「十番隊、ですか……?」
十番隊って結構の間、隊長不在のままなんですよね。今は副隊長が隊長業務を代行していますが。
あ、そういえば十一番隊もそんなことがありましたね。懐かしい……
「うーん……いえ、今はそこまでは考えられません」
「そうですか。ならばそれで問題ありませんよ」
「……あの、断っておいてこんなことを聞くのも失礼なんですが、良いんですか?」
隊長も護廷十三隊の一員ですよね? なら、手の足りない他部署のために手を回すとかそういうのは……
「構いませんよ。本人がやりたくないと言っているのに、無理強いするものでもないでしょう? それに
隊長業務なんてどこもそう変わり映えしないと思うんですが……いえまあ、上位席官や副隊長になってまだ日の浅い私ですから、苦戦するとは思いますが……
「なにより……まだ私に卍解を会得した強さを見せていないでしょう?」
「……っ!!!!」
なんてことのない、世間話か何かをするかのように軽い口調で言ってはいますが、その言葉の奥には身の毛もよだつ程の殺気が込めれていました。
普通の死神なら、ちょっと変だな? くらいにしか感じないでしょうが、今の私は凄くよくわかってしまいます。
「次回の稽古は……ああ、
一日千秋、とでも言うのでしょうか。
誕生日やクリスマスを心待ちにするような無邪気な気持ちで、けれども底冷えするほど物騒なことを考えている……
空は雲一つない晴天に恵まれ、日光が穏やかに差し込んでいるはずなのに、この部屋の中だけはとてつもない暗雲に包まれている。
虎の尾を踏んだとか地雷原を走っていると言う言葉が子供の遊びとしか思えないような、恐ろしい予感しかしません。
この日、本気で願いました。
お願い! 来月なんてこないで!! ……と。
「良い天気ですね」
「はい……」
まあ個人が祈った程度で時の流れを止められるわけもないんですけどね。
あっと言う間に月日は流れ、隊長との稽古の日がやってきました。
もはや通い慣れた山中の稽古場。
ここに来るだけで体力を使い果たしていたあの頃が懐かしいですね、もう普通に走るだけでは息も乱れません。
「長かったですね……あなたがここで私に稽古を付けて貰うようになってから、およそ五百年ほどですか……」
「それは……ですが、卍解を習得することも出来ました!」
「そうですね。卍解は才能ある者が専心して鍛えても十年の
才能がある、ですか……隊長にそんな風に両手放しで褒められたのは初めてかも知れません。
「あ、ありがとうございます!」
「私にはない才を持ち、腐ることなくここまで上って来た……あなたの努力が報われた日と言って良いでしょう。今日はとても良い日……とても良い
「――ッ!!」
音も無く放たれた隊長の剣の一撃を、私はなんとか受けとめます。
「……とても良い、
「いえ……死ぬのはまだちょっと、困ります……」
口調こそ世間話のようなものですが、刃を交えた先から伝わってくるのは本物の殺気――今まで感じていたものを何十倍にも濃厚にした気配が土石流のように襲い掛かってきます。
「……では、生き延びて見せなさい!」
「言われずとも、そのつもりです!!」
遂に来ました!
卯ノ花隊長が
「……くっ!」
隊長の剣は変幻自在。
無数の剣閃を放ったかと思えば、なんの前触れもなく必殺の一撃を放ってきます。その必殺の一撃を避けた瞬間、空いた手で殴られました。
ダメージは皆無――鍛え上げた強固さに加えて、今やこの程度ならほぼ無意識で回復するようになっていますから――ですが、防ぎきれずに先手を取られたという意識が、私の中に少しだけ重くのし掛かりました。
「……始解は、使わないのですか?」
「隊長も……使っていないでしょう?」
そう口にした途端、隊長の目がとてつもなく冷ややかな物になりました。
「白々しい……私の始解は、あなたも知っているでしょう?」
隊長の始解――
……当然ながら、刀身が変化するので霊圧は高くなっても戦闘能力――隊長が望む戦闘能力には繋がりません。
『ちなみに拙者も召喚されてるでござるよ!! 俺のターン!!
今は黙っててね、ホントに本気で!
「私は"あなたの始解と戦わせなさい"と言っているのですよ、
「
躱したつもりが躱しきれませんでした。頬を軽く斬られ、薄く血が流れ出ます。
「卍解を習得したのであれば、始解にも同じく影響が出る……単純に霊圧が強くなり、斬魄刀を屈服させているのですから当然です。いわば今こそが、真の始解と言って良いでしょう。私はそれを破ってみたいのですよ」
…………っ!!!!!
「射干玉!!」
『お呼びとあれば即参上!!』
ほとんど本能レベルで行動していました。
卍解を覚えたことで解号を口にする必要もなくなり、仮の名を呼んだだけで始解が可能となります。
始解状態となり真っ黒になった刀身を見ながら隊長は満足そうに薄く笑いました。
「そう、それです。まずはそれを破ってみたかった!!」
「ひいっっ!!」
鬼神のような顔で襲い掛かってきますが、こちらも慣れたものです。
粘液を一気に分泌させて自分の身体へと一瞬で纏います。自分に向けた効果なのですから操るのは簡単なもの。
全身をうっすらと粘液塗れにしながら、けれども私はその一撃を剣で受けとめました。
「おや?」
「そう簡単に、リクエストにはお応えできませんよ隊長? 私だって成長してるんです。そう簡単に斬れるとは思わないでください」
「よろしい、それでこそ打ち破る価値があるというもの……私の為に斬られなさい!」
神速を誇る無数の斬撃が放たれました。
それらを全て刃で受け止め、流したはずなのですが……
「斬られ……た……」
「ふふ……いいですね。斬ったはずなのに斬れていないこの手応え、何度体験しても不思議ですよ……」
一太刀、受け損ねました。これが実戦だったならば、間違いなく斬られていました。
ですが以前とは違い、衝撃すらありません。
攻撃を完全に受け流し、
「そしてどうやらダメージもない! 日々の修行の成果と始解を完璧に使いこなしている証拠と言えます。見事、実に見事です」
『お褒めに預かり恐悦至極……』
突っ込まないわよ!!
「ですがその始解は熱に弱いということも既に知っています。弱点を敵に知られたまま、次はどうやって凌ぎますか!?」
再び隊長の攻撃が始まりました。
本来ならば炎系の鬼道を使えば一瞬でカタが付くのですが、隊長はあえてそれをしません。斬撃を何度も加えることで摩擦熱で温度を上げ続け、発火させるのが目的です。
今まではそれで破られていましたが、そう何度も何百年も同じ手が通用するとは思わないでくださいよ!!
何度も攻撃を防ぎ、反撃をしてみせますが、それでもやはり実力は隊長の方が上。ダメージこそないもののじわじわと攻撃を当てられていきます。
「これで終わり、発火です!」
「……甘い!!」
「っ!?」
隊長の剣を技と身体で受け、そのまま能力で受け流します。
発火せずそのまま受け流されたのを見て、隊長は僅かに目を丸くしました。
今までの稽古の中で発火するのにどの程度攻撃を加えれば良いのか、その回数と具合は完全に見切られていました。
ですがそれが逆に狙い目です。
射干玉の始解は召喚されたスライム本体。そしてその本体は流動させることもできる。斬られながらも体表に塗りたくられた本体を巧みに移動させ続け、温度上昇を防ぎ続けていました。
その結果は大成功。
隊長相手に、値千金の一瞬の隙を生み出しました。
「やああああああぁぁっ!!」
「くっ!!」
今この瞬間だけは攻守が入れ替わりました。
渾身の一撃を受けとめようとしましたが、僅かに足らず。
卯ノ花隊長は大きく姿勢を崩しました。
「そこですっ!」
「ふふ……」
攻守逆転はそのまま続きます。
無我夢中に、今まで教わった全てを試すようにして剣を振るい、隊長へと攻撃を仕掛続けました。
ですがさすがは隊長、私の攻撃をいなしながら少しずつ劣勢を盛り返してきます。
「今っ!!」
「ふんっ!!」
全力の一刀を放ちますが、隊長も既に体勢を立て直して反撃の刃を振るってきます。
二刀が交錯しあい、そして――
「……はぁ……はぁ……」
「……ふふふ」
――互いの剣はそれぞれ、相手の眉間を貫く直前で止まっていました。
「うふふふふふ、見事ですよ
「いえ、まだまだです……」
喜びの言葉を言われましたが、私には素直に喜べませんでした。
「これは稽古ですから、稽古では戦法や技術があるはずです。なにより隊長は剣だけで戦っていました。死神は鬼道を使うことも出来ますから……確かに戦いぶりは本気だったかもしれませんが、まだまだ手加減されていてこれです……」
これは稽古です。
殺し合いのように見えても、稽古なのです。
本気の戦い、死合いではありません。それに優勢だったはずが瞬く間に引き戻されましたから……
「それがわかっていれば、問題はないでしょう」
ですが隊長は、それすらも織り込み済みだと言わんばかりの態度を見せました。
「確かにまだまだ荒削りではありますが、及第点を出すには十分なほど強くなっています。やはり、卍解を覚えただけのことはありますね」
「そ、そうですか……?」
「勿論ですよ。これならば、私も本気を出せます……」
……え、い、今なんて……
問い質す暇はありませんでした。
不敵な笑みを浮かべたまま、隊長は刀を構え直し、そして――
「卍解――
――瞬間、周囲に血の雨でも降ったかと錯覚するほどでした。
真っ赤な液体が辺り一面を塗りつぶし、その血はやがて刀身へと集結していき、赤い刀身が生み出されました。
据えた匂いが鼻を突き、錆色が全てを支配する空間。
そこに佇むのは、鮮血したたるドス黒い剣を持つ卯ノ花隊長。
見た瞬間、否応なく理解させられる恐怖。全ての本能が危険の警鐘を鳴らし続けます。
「余興はこのくらいでいいでしょう?」
「卍解!! ――――――!!」
これに対抗できるのは卍解だけ。
隊長に合わせるように真の力を解放します。
刀全てが真っ黒へとそまり、皆尽の赤い世界を塗り直すように黒が周囲の空間を浸食していき、そして……――
「見事でした」
――全身を真っ赤に染めながら、隊長はそう告げました。
その赤は、私の返り血と隊長自身が傷を負って付いた赤とが入り交じったもの。純白だったはずの隊首羽織はもう白い部分が皆無なほどに赤く汚れ、死覇装は乾燥した血液でばりばりになっています。
それは私も同じでして、全身が血だるまのようにされました。
「お、終わりですか……」
「ええ、勿論。卍解込みでこれならば、私も骨を折った甲斐があるというものです」
淡々とそう口にしてはいますが、隊長もまた全身傷だらけです。
立っていられるのが不思議なくらい大怪我をしており、疲弊しすぎて回道を使うことすら出来ないようです。
なので私が今現在、必死で治療中です。
隊長の卍解のせいで、稽古を超えてガチの殺し合いになってしまったのが原因ですね。
物凄く恐かったです。
多分、四桁くらいは死んだと思います。
私も何とか、五十回くらいは隊長を殺せたと思うのですが……
……え? 変なことは何も言ってませんよ。
隊長の卍解
その名の通り、卍解に飲み込まれた者は"皆" "尽"きぬ命を得て戦わされる。
故に…… 皆尽 ――みなづき――
頸動脈斬られても生きて戦えるって凄い体験でした……
そして卍解状態ですので、隊長の霊圧も一気に上がっていまして、さらに恐ろしい剣技の数々を相手に必死で戦い続けましたよ。
『すっげー恐かったでござるよ!! メーデーメーデー!! ガチで逝ってよし状態だったでござる……テラコワス、テラコワスだったでござるよ……』
ほら、珍しく射干玉が本気で怯えてる。
……え? わからない? これこの子のガチの反応よ。
で、こっちも死にたくありませんから、覚えたての卍解を必死で操って。
考え得る限りの事は全部やって戦ったと思います。
ただ、そんな中であっても隊長は剣術だけで戦ってきたので、やっぱり手加減されていたのだと思いました。
「これでいかがでしょう?」
「ふむ、問題無いようですね……
「いえ……この傷は全部、私が付けた物ですから」
ちょっと時間は掛かりましたけれど、回復は完了しました。
……剣術だけが原因の綺麗な傷を受け続けた私と違って、隊長の傷は千差万別でしたから。回復にはその分だけ時間が掛かってしまいました。
「そう責任に感じることはありませんよ」
「で、ですけど……」
「まあ、どうしてもと言うのなら……」
「
にっこり笑顔で、とんでもない爆弾発言が飛び出してきました。
●卍解
まだ引っ張る……そんな引っ張る程の物じゃないんですけどね。
●皆尽(みなづき)
原作に出てないから仕方ない。
まあ、流れと名前から言って「不死のフィールドを作る。ここで戦う者はどのような傷を負っても決して死ぬことはない」という感じだろう。
と思って、そうしました。
(無限に戦いたい欲で頭の中がいっぱいの人が生み出したわけですから。
始解(肉雫唼)は回復させるから無限に戦える。
卍解はもっと簡単に無限に戦える。
……卯ノ花隊長こわい……)