お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第51話 旧友との再会、そして……

「え、小鈴さん!?」

「久しぶりね、藍俚(あいり)さん」

 

 合流予定の場所にいた女性死神――それは、霊術院時代の同期生の蓮常寺(れんじょうじ) 小鈴(こすず)さんでした。

 予想していなかった相手とのまさかの再会に、私は思わず目を白黒させます。

 

「……いえ、もう湯川副隊長って呼ばないと駄目なのかしらねえ?」

 

 彼女は昔を懐かしむように遠い目をしながら、そう呟きました。

 

 

 

 事の発端は、卯ノ花隊長に呼び止められたことからでした。

 

 ――上位席官になって、すっかりご無沙汰になっていた(ホロウ)退治の任務を、久しぶりに持ってきた。ただこの任務は他の部隊の死神と共同で行う必要がある。既に先方に話は通してあるので、この時間にこの場所へ行ってくれ。詳しい話は一緒に行く死神が知っている――

 

 というものでした。

 緊急の用事とのことなので、今日の日常業務を全て後回しにしてこの依頼を優先させることとなり、急いで向かった先にいたのが彼女――小鈴さんでした。

 

「そんなことはないわよ。昔通りの呼び方で良いってば」

「そう? なら藍俚(あいり)さんって呼ばせて貰うわね」

 

 彼女は六番隊に配属されて、そのまま六番隊で働いていました。

 席官になるのも私より速くて、そのまま三席か副隊長か? という期待をされていたのですが、人生というのは何がどう転ぶかわからないものですね。

 

 私は四番隊の副隊長になり、今の彼女は六番隊の五席です。

 席次でいえば私の方が上なのですが、まあ昔から知ってる間柄ですから。それに公的な場でもないので、改まった呼び方は不要ですよ。

 

「でも久しぶりよね。ちょっとその、関係性がぎくしゃくしちゃったから……」

「そうね、幸江さんの葬儀の時……あれ以来ね。こうやって分け隔て無く話すのは」

 

 霊術院時代にはもう一人、綾瀬(あやせ) 幸江(さちえ)さんという仲の良い子がいて、卒業してからもときどき一緒に遊びに行ったりしたのですが。

 幸江さんが(ホロウ)に殺されてからは、なんとなく疎遠になっていました。元々彼女がムードメーカーみたいなところがありましたからね。

 彼女がいなくなったことから私たちの関係性が少しずつズレていって、次第に仕事以外の関わりというのがなくなっていました。

 自分たちの所属する部隊の隊士と交流するようにもなっちゃいますからねぇ。

 

「それにしても藍俚(あいり)さん、昔と変わらないわねぇ……霊術院時代を思い出すわ……」

 

 どこか、少しの嫉妬と羨望の混ざった視線で私を見てきました。

 同期だった頃の小鈴さんは、お嬢様という感じのする美人さんだったのですが、さすがに時の流れには勝てないです。

 今ではすっかりお婆ちゃんといった風貌になっていました。彼女からすれば、私の姿を見てそう思うのも無理はないでしょうね。

 死神の風貌が衰えていくというのは、それだけ霊力が弱いということなのですから。

 

「そんなことは……小鈴さんは結婚して子供もいて、素敵だと思うわ。お世辞とかじゃなくて、純粋に本心からそう思う」

 

 今の彼女はとても上品なお婆様という雰囲気でして、その雰囲気に羞じないだけの貫禄ある容姿をしています。

 六番隊での活躍もそれとなく耳には入っていましたし、決して卑下する必要はないはずです。それに歳取ったら強キャラになれるのは間違いないですよ。

 伊達に私と同じ年月だけ死神やってるわけじゃないでしょう?

 

「そう? そう言われると悪い気はしないけれど、でもやっぱり複雑ね……こうして今も変わらない藍俚(あいり)さんを見ていると、自分の力の無さを見せつけられる気分だわ……」

「だからそれは……」

 

 そう言い掛けて、私はそれ以上の言葉を紡ぐことが出来ませんでした。

 彼女の瞳の奥には、複雑な感情が渦巻いているのがなんとなくわかりました。

 決して私への嫉妬だけではない。

 もっと複雑に絡み合い、年月を経て熟成された様な何かが。

 

「……ねえ、小鈴さん。何かあったの? この依頼だって、(ホロウ)退治なら普通は六番隊の隊士に応援を頼めばいいはずなのに、どうして私を?」

「そうね。あなたの言う通り、色々あったの……まあ、歩きながら話してあげる。あなたを呼んだ理由も含めてね」

 

 そう言って、先導するように歩き始めた彼女を慌てて後を追います。

 

「とは言っても、何から話したものかしら……」

「最初から、でいいわよ。いつまでだって付き合ってあげるから」

 

 二人並んで歩きますが、それでも私の方が上背があるので大股になってしまいます。なので彼女に気を遣わせないように、それでいてバレないようにゆっくりと歩いておきます。

 

「そうね……最初に思ったのは、やっぱり自分の力の無さ、かしらね。こうしてどんどん老いてしまう。死神として霊圧が弱くなっていく。それが悔しくてね」

「小鈴さん!? でもそれは、当然のことだから。総隊長だって、いつかは……」

「ええ、そんなことはわかってるわ! でもわかっていても、どうしようもない思いがあるの……」

 

 彼女は悲痛に叫びました。

 

「彼女が――幸江が死んだ時に、私は彼女の無念を晴らしてあげたい……仇を討ってあげたい……そう誓ったの。でも肝心の(ホロウ)は見つからず、気がつけばこんなに時間が……」

「え……そう、だったの!?」

 

 あの時から数えれば数百年ですよ!? 私も彼女を手を掛けた相手はそれとなく注視していましたが、もう討伐されたとすら思っていました。

 

「ええ、そうよ。情けなく聞こえるかもしれないけれど、私はあの子のことをかけがえ無いくらい大切な親友だと思っていたの。損得全てを抜きにしても付き合いたいって思えるくらいにね……」

 

 小鈴さんの気持ちはわかります。私だって彼女は――幸江さんは大切な友達です。

 ただ、彼女を失ったときに方向がちょっと変わっちゃったんですね。

 私は何としてでも癒やしたい。

 彼女は何としてでも報いを受けさせたい。

 

 ああ、そうか……だから彼女と、少しずつ離れていってしまったんでしょうか?

 

「だから見つけたかった! でも見つからなかった……私は老いてもう護廷十三隊には……死神を続けられないと判断された。そんなときに、あなたが瀞霊廷通信に掲載されていた記事を見つけたわ」

「ああ、アレね……なんだか恥ずかしいわね……」

「正直に言って、嫉妬したわ。霊術院時代の成績は普通で、隊士になってからも活躍はしていなかったのに……あなたはまだ若いままだった。私が望んでいた時間がまだあるなんて……何て羨ましい、そう思ったわ」

 

 そういう剥き出しの負の感情を相手に伝えるのって、お世辞にも言いやすいことではないはずなんですが……いえ、下手に隠されない分だけ好感を持てますね。

 それとも、そういう気遣いをするほど余裕がないのか。はたまたそんな気遣いは無用と信頼されているのか。

 

「そ、そうなの……?」

「ええ、そうよ。でも妬んでもどうすることもできない。このまま私は死神を辞することになるだけ……少し前までそう思っていたわ」

「少し前まで? ……あっ! まさか!!」

 

 こんな風に言われたら、私でなくても気付きますよね。

 

「ええ、そうよ。私が待ち望んでいた(ホロウ)の情報が、やっと来たの! あなたのことを知って、時間が無いと思った時に、憎い憎い(ホロウ)を倒す好機が巡ってきた!! これは天の配剤だとすら思ったわ!!」

 

 ……気持ちは、わかります。

 

「じゃあ、この討伐依頼に私を呼んだのは……一緒に復讐を果たすため?」

「それの気持ちもあるわ。でもね、自分の輝かしい時代を知っている相手に……私の死神のとしての最後のご奉公を、藍俚(あいり)さんに看取って欲しい……そういう想いもあるわ」

 

 そこまで言うと彼女は足を止め、自虐的な笑みを浮かべました。

 

「それともあなたは、そんな詰まらない感傷に――私の個人的な我が儘に付き合わされるのはゴメンだったかしら?」

 

 私はゆっくりと、首を横に振りました。

 

「そんなことはないわ。もしもこのままだったら、あなたとずっとすれ違ったままになっていたかもしれない。幸江さんのことをちゃんと知らずにいたかもしれない。だから、感謝の気持ちしかないわ。ありがとう」

 

 素直な気持ちを聞かせてもらって、どうして恨めますか。嫌な顔ができますか。

 

「そう、そう言って貰えると、私も……ありがとうね」

 

 小鈴さんもほっと安堵したように笑いました。

 どうやらようやく、わだかまりが解消されたような……そんな気がしました。 

 

「ふふ……あはははっ! やっぱり駄目ね、私……こんなことにも今まで気付かなかったなんて。あなたを妬む資格なんて、初めからなかったのかもしれない」

「急にどうしたの?」

 

 しばらく私を見つめていた小鈴さんですが、唐突にそんなことを言い出しながら自嘲するように笑い始めました。

 

「その手絡(てがら)よ」

「ああ、これ?」

 

 そう言われて、髪を結ぶリボンを軽く手で触れます。

 

「それ、昔三人で一緒に買い物に行った時に贈ったものでしょう?」

「うん……思い出の品だったからね……あの時からずっと付けてたの」

 

 大昔に貰った物なのですっかりくたびれていて、それでも補修を繰り返して使っていたのですが。流石はプレゼントした当人ですね、大分見た目が違ってしまったのにしっかり気付いてくれました。

 

「あなたはあなたなりに、幸江のことを受けとめていたのね。こんな事にも気付けなかったなんて……自分の目がどれだけ曇っていたのか、自分の狭量さが情けないわ……」

 

 うーん、すっかり落ち込んでしまいましたね……このリボンじゃあ気付けなくても無理はないんですが……そうだ!

 

「……ねえ、小鈴さん。この仕事が無事に終わったら、一緒にお茶でもしましょうか?」

「え? お茶に?」

「食事でもいいし、昔みたいに真央区で買い物とかも良いかもね。どう?」

 

 唐突な私の提案にぽかんとした様子で聞いていましたが、やがて何を言いたいのかわかったように笑い出しました。

 

「……そうね、昔みたいに……ね」

「そうそう、幸江さんの分も私たちで騒ぎましょうよ。滅多にない機会なんだから」

「あら、こんなお婆ちゃんに騒げっていうのかしら?」

「平気平気! 下手な女性隊士顔負けに美人なんだから」

 

 そんな冗談交じりの会話をしながら、目的地へと向けて進んでいきました。

 

 

 

『死亡フラグでござるな!!』

 

 あっ! こら、射干玉! 今回ばかりは遠慮しなさい!! せっかく空気を読んで黙ってると思ってたのに!!

 

『いやいや、それがなんとも……素敵な予感がビンビンでござったので!! こうして辛抱溜まらずに出てきてしまいました!!』

 

 素敵な予感がビンビンって……

 

『アンテナ三本ですぞ!! 三本も恥知らずにビンッビンにおっ立っておりますぞ!!』

 

 はいはい、感度良好なのね。

 

 そういえば伝令神機がようやく実用化しそうなのよね。

 整備も整って、あのマッドサイエンティストが情報インフラを手中に納めちゃうわけよ。あとちょっとで普通に電話を始めそうなのよ。

 

 そうなれば指令や(ホロウ)の情報もメールで来るはずだから、もう少し楽になるのかしらね?

 

 

 

「情報だと、この辺りなんだけれど……」

 

 二人で近況報告やら部隊での苦労あるある話をしながら、目的地――つまり(くだん)(ホロウ)がいるであろう場所までやって来ました。

 

 何度か(ホロウ)退治の依頼で、こういった敵が隠れ潜んでいる場所には来たことがありますが、何度来ても慣れませんね。

 独特の緊張感というか、死と恐怖の匂いというか。油断できないという張り詰めた空気を感じます。

 

 辺りは木々や草、植物が鬱蒼と生い茂っていて、死角も多いです。私だけなら霊圧知覚で反応できますが、小鈴さんは……さすがにもう出来ますよね?

 新人や平隊士じゃないんですから。

 

「二手に分かれて探しましょうか? 見つけたらすぐに知らせて、相手の退路を塞ぐ。どっちが見つけても恨みっこ無し。でどうかしら?」

「それで構わないわ。でも幸江の仇はできれば私に取らせて頂戴」

 

 やる気満々ですねぇ小鈴さん……なんだか危なっかしく見えます。

 まあ、卍解も会得しましたし。そもそもただの(ホロウ)相手ならそう苦戦することもないでしょう。小鈴さんも席官だから始解までは到達してるでしょうから、万が一があっても後れを取ることはないはずです。

 

「わかったわ、それでいいから。もう少し落ち着いて、ね?」

「ごめんなさいね……でも、長年の想いが成就するかもしれないって思ったら……つい」

「気を急きすぎるとそこを突かれるから。心は熱くても頭は冷静に、いつも通りを意識して行きましょう」

 

 念のため再度念押ししてから、彼女が向かったのと反対方向を探し始めます。

 霊圧知覚を全開にしながら、辺りに何かが潜んでいないかをじっくりと探っていきます。

 

 ですが、しばし探せどもそれらしい反応はなし。

 方角が違っていたのでしょうか、それとも情報そのものが間違っていた?

 

「……卍解で一気に探そうかしら?」

 

『むむむ! 拙者の出番でござるか!?』

 

 鞘に収めたまま腰に差した斬魄刀をちらりと一瞥します。

 卍解した射干玉でこの辺り一帯を大捜索してた方が安全かもしれませんが、それだと彼女の心が晴れるかどうか……はてさてどうしたものか――

 

「あああああああぁぁっっ!!」

「え!?」

 

 ――その考えは、背中の方から聞こえてきた悲鳴で強制的に中断させられました。

 

「今の声って……!!」

 

 間違いありません、小鈴さんの声です。

 つまりあっちが正解の方角だったということですか!? まさか(ホロウ)が出た!? ならなんで合図を出さなかったのか……?

 

「ああもうっ! 迂闊だったわ!!」

 

 おそらく、仇敵を前にしてそんな考えは彼方に飛んでしまったのでしょう。逸る気持ちを抑えきれなかったのでしょう!

 少し考えればわかるじゃないですか!! なんで目を離したの私!! 卯ノ花隊長にちょっと認められたからって、天狗になってたんじゃないの!?

 

 斬魄刀を抜きながら、大急ぎで彼女の声のした方へと瞬歩(しゅんぽ)で一気に移動します。

 

「小鈴さん! 無事……えっ!?」

「ぐっ……藍俚(あいり)、さん……」

「おやおや、死神がもう一人……しかもこれはまた、随分と若いねぇ……キヒヒヒッ! こりゃあ運がいい!!」

 

 そこには予想通り、(ホロウ)がいました。

 (ホロウ)はその爪で小鈴さんのお腹を貫き、獲物を眺めるように舌なめずりをしていました。ですが私が飛び込んできたことで、注意をこちらに向けました。

 

 その光景は、ある意味では予想通り。

 ですが、予想と違ったのは(ホロウ)の姿です。

 

 見た目は線が細くて女性っぽいフォルムをしており、狐や狼といった獣を連想させるシルエットをしています。

 それだけならばさして問題にはなりませんが、問題はその(ホロウ)の霊圧です。

 彼――いえ、彼女でしょうか? 思ったよりも甲高い声をしていたので――は予想よりも遥かに強大な霊圧を持っていました。

 

巨大虚(ヒュージ・ホロウ)……いえ、大虚(メノス・グランデ)のなりかけ……?」

 

 巨大虚(ヒュージ・ホロウ)というのは、個体として極めて巨大な身体を持った存在のことを言います。

 突然変異のように生まれた大型で、普通の(ホロウ)よりも強くて手強いですが、それでもちょっと特別なだけ。(ホロウ)という存在の枠を出られません。

 

 そして大虚(メノス・グランデ)とは、幾百もの(ホロウ)が共食いを繰り返して生き残った個体が姿を変えた存在です。

 (ホロウ)の上位存在と呼んで良いでしょう。

 

「……どっちにしろ、一筋縄では行かない相手、か……」

 

 霊圧から察するに、彼女はどうやら大虚(メノス・グランデ)へと至る途中の存在、もう少しで進化しそうといった様子です。

 ですがこれも当然と言えば当然ですね。

 彼女が本当に幸江さんを襲った(ホロウ)ならば、あれから何百年経過しています。歳月から逆算すれば、寧ろ遅いくらい。とっくに進化していてもおかしくありません。

 

「小鈴さんを離しなさい!」

 

 手にした斬魄刀を正眼に構えながら叫びます。

 

「嫌だね!! アタシを倒したけりゃ、こいつに構わず斬ればいいじゃないか? それが死神ってもんなんだろう!? キヒヒヒヒッ!!」

「あ、藍俚(あいり)さん……コイツの言う通り、よ……ぐふっ! 私はいいから、(ホロウ)を……あぐぅ!!」

 

 (ホロウ)は腕を揺らし、その先にいる小鈴さんの存在をことさら強く誇示してきました。

 口から血の泡を吐きながら、それでも死神としての矜持かはたまた仇敵を絶対に逃がさないという強い想いからか、彼女は自らの腹を貫く爪を掴みながら叫びました。

 

「五月蠅いねぇ! 誰が勝手に喋って良いって許可したんだい?」

「う……が……ああああぁぁっ!!」

「……くっ! やめなさい!!」

 

 ですがそれが気に入らなかったのでしょう。

 (ホロウ)は開いた方の手で小鈴さんの頭を押し潰さんばかりに力いっぱい握りました。苦しげな悲鳴が上がり、大量に吐血しました。

 

「けどこの死神の言う通りさ。ほらほら、この死神を犠牲にして自分だけ助かれば良いだろう? アタシを倒すのも、逃げて応援を呼ぶのも、全てあんたの自由だよ!!」

「…………っ!!」

 

 この(ホロウ)、私が動けないのをわかってて言ってますね。

 下手に動けばその瞬間に小鈴さんを殺す、こうして動けなくしてから私をじっくりと殺す。そのための三文芝居です。

 なら、これ以上猿芝居に付き合う必要はありません。

 私のやることは決まってます。

 

「だったら、彼女を離しなさい!」

藍俚(あいり)さん! ごほっ! な、なにを言って……」

「私が代わりになるって言ってるのよ。ほら、これでいいでしょう?」

 

『あ~れ~、でござる』

 

 見せつけるように大仰な動作で、手にしていた斬魄刀を遠くへと放り投げました。

 ……なにか変な声が聞こえたけれど無視無視。

 

「見ての通り、丸腰よ? これでもまだ私が恐いかしら?」

「駄目ッ! 馬鹿なことは止め……あああああぁぁっ!!」

「いいねぇ、いいねぇ! 気に入ったよ!! 死にかけた仲間のためにその身を無駄に犠牲にする!! 死神同士の美しい友情ってやつかしらねぇ!! 反吐が出るわ!!」

 

 上機嫌で叫びながら、(ホロウ)は彼女を掴んだ手へさらに力を込めたようでした。

 

「アタシもこんな出し殻(だしがら)みたいなババアなんて要らないのさ! どうせならアンタみたいな若くて美人の方が良いからねぇ!! ああ、羨ましい妬ましい!!」

 

 そんなに若くないわよ私。

 

「ほら、コッチにおいで! この干物ババアの代わりにアンタを食ってやるとするさ!!」

藍俚(あいり)さん……やめ、ごほっ! なさい……!!」

「……小鈴さん、あなたは幸江さんの仇を討つんでしょう? だったらこんなところで見殺しになんてできないわ。そんなことになったら、私は自分で自分を許せなくなっちゃうから……」

 

 なおも血を吐きながら私を説得しようとしますが、こっちにも譲れないものがあるんですよね。

 だからそのお願いは聞くわけにはいきません。

 (ホロウ)が望むまま、彼女へと近寄って行きます。

 

「それに、私も死ぬつもりはないから……だから安心して!」

「何を馬鹿なことを言ってんだよ! アンタはここでアタシに食われるのさ!! そりゃあ!!」

「……ぐっ」

「いやあああああああああぁぁ!!」

 

 空いた手が翻り、その爪が私のお腹を貫きました。

 

「あはははは! 何が死ぬつもりはないだ!! 腹に穴開けられて無事でいられるもんかい!!」

「……ごほっ」

 

 そうでもないわね。

 わりと日常茶飯事だったから。

 このくらいなら自分で簡単に癒やせるわよ。

 でもまあ、もう少しだけ泳がせておきましょう。

 

「そら、約束通りこのババアは解放してやるよ。しかし、死神ってのはどいつもこいつもバカばっかりだねぇ……! あのチビの死神も、こんな風に庇って無駄死にしてて! 笑っちまうよ!!」

「チビの……死神……? それって幸江さんのこと、かしら……?」

 

 苦しくて動けない演技をしながら、ゆっくりと顔を上げて尋ねます。

 

「ああ!? 名前なんて覚えちゃいないさねぇ! ただ下っ端死神と一緒に来ていて、そいつを逃がすために犠牲になってたよ! ああ思い出した! あの後すぐに追加の死神どもが来て、全部食えなかった!! 今思い出しても腹が立つねぇ!!」

「……ふーん。そうなんだ……」

 

 幸江さんが襲われた当時の状況や、遺体の傷とも一致します。

 どうやら、こいつで本当に間違いなかったみたいですね。

 

「小鈴さん、やっぱりコイツで間違いないみたいね。身体を張った甲斐があったわ」

「……え!? あ、藍俚(あいり)さん……」

 

 傷の痛みも忘れたようにぽかんとした表情で私の方を見ました。

 まあ、当然ですよね。

 お腹を貫かれているのに、まるで意に介すことなく普通に喋っているんですから。

 

「力尽くで脅してもよかったんだけど、助かるためには平気で嘘をつくから。だから、調子に乗らせて喋らせる方法を取ったんだけど、大正解ね」

「お、お前なんで! どうして動けるんだ!?」

「お生憎様! 四番隊じゃこの程度はかすり傷にも入らないのよ!!」

 

 目の前の爪に肘をたたき込んでブチ折り、強引に拘束から抜け出ます。

 

「ぐあああ! アタシの爪が!! あんた、なんで……そ、その怪我は!?」

「ああ、これ? 治したわ」

 

 無理矢理爪を砕かれた痛みも吹き飛ぶ程の衝撃だったのでしょう。だって、さっきまでお腹に空いていた穴が一瞬で塞がっているんですから。

 

「治した、だって!? ふざけるなああぁぁ!!」

 

 激昂したように飛びかかってきて、口を大きく開けてその牙で噛みついて来ました。ですが私はそれを避けることはしません。

 ただされるがままに、攻撃を我が身で受けとめます。

 

「そうそう、そうやって怒りに身を任せて抗ってみせなさい? それ全部、私が無力感に変えてあげるか……らっ!!」

「ぐぎいいいいいぃぃっっ!!」

 

 肩から胸に掛けて牙を突き立てられながらも、動じることはありません。

 むしろ相手が動きを止めたチャンスです。

 すぐ近くにあった(ホロウ)の腕を掴み、そのまま力任せにねじ切ってやりました。

 

「……そうすれば、少しは幸江さんの供養にもなるでしょう?」

「ぐ、ぎぎぎぎ……ごどどんだ(このおんな)! ぐぶっでる(くるってる)!! ぐぞ(くそ)! ぐぞ(くそ)ぅ!! ごうばべば(こうなれば)!!」

「そうそう、そうなっても口を離さないのは立派よ。だからもう少しだけ、ご褒美をあげるわ!」

 

 食いちぎろうとでもしているのでしょうか? なにやら必死で抗っていますが、造作もありません。

 続いて繰り出したのは正拳。ただ思いっきり殴るだけの一撃を、(ホロウ)の顔面目掛けて叩き込んでやりました。

 

「ぎゃああああああ!!」

 

 さすがにこれには耐えきれなかったのでしょう。

 仮面を強引に砕かれて顔を殴られる痛みに、思わず口を離して悶絶しています。

 

「ほら、どうしたの? これで終わりかしら? せっかくの人質よ? 丸腰なのよ?」

「やべろ、ぐぞっ!! なんだおばえは!?」

 

 なおも煽りますが、どうやらこの程度で諦めるような根性無しみたいですね。

 はあ……こんな程度の奴に、幸江さんはどうして殺されなきゃならなかったのかしらね。あんな良い子だったのに……

 

「なら、もういいわ……破道の八十八 飛竜撃賊震天雷炮(ひりゅうげきぞくしんてんらいほう)!」

 

 鬼道を唱え、手の平から巨大な雷撃を放ち(ホロウ)を焼き尽くします。

 

「……少しは苦しみがわかったかしら?」

「か、ひゅ……が……あぁ……っ!」

 

 本来ならばこの鬼道は、この程度の相手なら瞬時に全身を消し飛ばすほどの威力を持っているのですが、そこは手加減と微妙な調整済み。

 丁度(ホロウ)の胸から上と片腕を残して生きている程度に抑えてあります。

 一瞬にして自分の身体の半分以上が焼失した衝撃と痛みはいかほどのものでしょうね。過呼吸を繰り返しながら悲鳴を上げている。そんな様子になっています。

 

「ほら、小鈴さん。起きて」

 

 続いて重症を負っていた彼女の元へ行くと、そっと手を差し伸べます。

 同時に回道で傷を癒やしておくのも忘れません。

 

「え……なんで、怪我が……!?」

「さっきも言ったでしょう? 私が治したのよ」

 

 あれ、そういえば小鈴さんは私の回道の腕って知らないんでしたっけ?

 お腹に空いた穴が一瞬で塞がり、耐えがたい苦痛も消えた驚きを隠そうともせずに、私と傷があった場所とを何度も見返していました。

 

「幸江さんの仇、取るんでしょう?」

「……っ! まさか、そのためにあんな危険な真似を!?」

「約束したじゃない」

 

 信じられないといった目で私を見ましたが、やがて立ち上がると自らの斬魄刀を手に取りました。

 

「かひ……がひゅー……」

「幸江の……仇!!」

 

 既に虫の息となった(ホロウ)目掛けて刀を一閃。

 それで終わりました。

 

「これで、これでやっと……」

「そうね。おめでとう」

 

 本懐を遂げた、とばかりに荒い呼吸を繰り返しています。

 おそらく彼女の中では、色んな感情が渦巻いているのでしょう。こればっかりは、落ち着いて心を整理するだけの時間が必要ですね。

 

「あ、藍俚(あいり)さん。それ、その髪……」

「え?」

 

 何のことかと思ったその瞬間、まるでリボンが限界を迎えたように破れ、結んでいた髪がふぁさっと広がりました。

 

「あの(ホロウ)に壊されたのかしら? 大丈夫、怪我はない?」

「大丈夫よ。でも、もしそうだったら、あの程度で済ませるんじゃなかったわ」

「え、あれでまだ加減していたの?」

「ええ、勿論……っ!?」

藍俚(あいり)さん!?」

 

 突然頭を襲った強烈な痛み。

 いえ、頭だけではありません。身体の中から全身を破裂させんばかりに、強烈な痛みが襲ってきます。

 思わず意識を失いかけ、そこを小鈴さんが慌てて支えてくれました。

 

「さすがにちょっと、無理をしすぎたみたいね……ごめんなさい、今日のお茶は延期して貰っても良いかしら?」

 




●次回
(ホロウ)の恐怖。

●今気付いたこと
ゆ かわあい り    → ゆ り
れ んじょうじこす ず → れ ず

……いえ、ホントに偶然なんですよ。

●鬼道
副隊長は八十九番までしか教えて貰えない。
九十番から先は隊長か鬼道衆にしか教えて貰えない。
(特例を除く)
みたいな思い込みが私の中でありました。
(だから断空(八十九番以下の破道を完全防御)みたいな術があるんだと)
そんな頭悪い思い込みがあったので、八十八番で攻撃です。
でなけりゃ、黒棺でぐちゃぐちゃに潰してました。

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