お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

56 / 292
第56話 十二番隊新隊長と魂魄消失事件

 その日、護廷十三隊の各隊――とある一部を除く――は、朝早くから奇妙な緊張感に包まれていた。

 独特と表現しても良いかも知れない。

 例えるならそれは、祭りの当日。祭事が開催されるのを今か今かと待っているような、そんな何とも言えない雰囲気だ。

 

「隊長、少し早いですがそろそろ向かいましょうか?」

「そうですね。変にお待たせするよりは、こちらが待っていた方がよほどマシです」

 

 四番隊副隊長 湯川 藍俚(あいり)の言葉に、同隊隊長 卯ノ花 烈は柔和な笑みを浮かべながら頷いた。

 

「けれども。まさか、三年前に続いてまたなんて思いもしませんでした」

 

 目的地への道すがら、藍俚(あいり)はなんとなくそう切り出す。

 

「……変革の時が来ているのかも知れません」

「変革、ですか……?」

「ええ。以前にも何度かあったでしょう? 歴史の節目――とでも呼ぶべきでしょうかね。良きにつけ悪きにつけ、この世界そのものに大きな影響を及ぼすような何かが起こる……そんな時期が」

「はぁ……」

 

 卯ノ花のそれは抽象的な物言いではあったが、藍俚(あいり)には何度か思い当たる事例があった。

 例えば今から百年ほど前に起きた、死神たちによる滅却師(クインシー)殲滅作戦などがそうだ。あの時には結果として、護廷十三隊の顔ぶれが大きく変わった。

 今回もまた、そんなことが起きるかも知れない。

 

「ですが今日は、新隊長の就任を素直に祝っておきましょう。何より相手はあなたの知り合いでもあるのでしょう?」

「ええ、そうなんです。四番隊に洗濯機や冷蔵庫を作ってくれましたし、伝令神機だって! ただ本人はちょっと……変わった性格をしていますけれどね……」

「あれらは本当に助かりましたね。そういった功績もあったからこそ、今回の結果も納得というもの」

 

 卯ノ花は"それは当然の結果だ"と言わんばかりに頷く。 

 

「儀が終わったら、改めて祝いの席でも設けてあげたらどうです?」

「それも良いかもしれませんね。でも、何か考えがあるみたいですし日を改めた方がよいかも……あ、見えてきましたね」

 

 視線の先にあるのは"(いち)"という文字が刻まれた巨大な扉、そしてその扉を誇るに相応しいだけの威容を誇る建築物があった。

 

 真央区・一番隊舎。

 

 本日この場所には各隊の隊長・副隊長が集まり、新隊長就任に伴う新任の儀が執り行われようとしていた。

 

 

 

 

 

「あらら、お二人とも。お早いお着きで。ささ、中へどうぞ」

 

 巨大な扉がギイギイと軋むような音を立てながらゆっくりと開き、中から三人の男女が顔を出す。

 二人を出迎えたのは八番隊隊長の京楽だった。その後ろには同隊副隊長のリサと、十三番隊隊長の浮竹もいる。

 扉を開けた浮竹は、歓迎するように挨拶をしながら二人を中へと案内する。

 

「今日は随分と早い到着ですね、京楽隊長。普段であれば開始直前にならないと来ないと記憶していたのですが」

「いやぁ、そうでしたっけ? ボクはいつでもちゃんとしてるつもりなんですけどね」

「浮竹隊長は、本日はお身体の具合はいかがです?」

「ご心配どうも。でもここ最近は調子も良いので大丈夫ですよ」

「何かあったらすぐにご連絡くださいね、ウチの藍俚(あいり)を行かせますから」

 

 と、隊長たちが話をしている横では、副隊長同士もまた話に花を咲かせていた。

 

「お久しぶりです、師匠」

「リサも久しぶり。ごめんね、最近色々忙しくて。せっかくのお誘いも断ってばっかりで全然付き合えなくて……」

「ええってええって、気にせんといてください。またええ本(・・・)見つけときますから」

「楽しみにしておくわね。新刊も増えてるんでしょう?」

「そらもう」

 

 そうやって軽く近況を交わし合いながら、同時に共通の趣味についても語り合う。

 とはいえその趣味の内容は色本――俗に言うエロ本についてのことなのだが……周りからは普通に読書の話だと思われてるので、問題はない。ということにしておこう。

 

「こらこら、あんまり藍俚(あいり)ちゃんを困らせるもんじゃないよ」

 

 と、そんな話をしているところに京楽が乱入してきた。

 

「ごめんねぇ、うちのリサちゃんってばホント仕事しないで本ばっかり読んでるから……少しは藍俚(あいり)ちゃんを見習いなさいな」

「いやや!」

「あのね、普通は藍俚(あいり)ちゃんくらいお仕事してて当然なの!」

「まぁまぁお二人とも……」

 

 藍俚(あいり)が宥めようとしたところで、誰か新しい隊長たちが訪れたのだろう。扉の方から挨拶の声が聞こえてきた。

 

「あ、はーい。すみません、ちょっと行ってきますね」

 

 話の途中で中座するのを済まなそうに両手を合わせて謝ると、藍俚(あいり)は新たな来訪者を出迎えるべく扉へと向かった。

 当然、京楽とリサが残される。

 

「……リサちゃんも行っといで」

「なんでや?」

 

 当然のように動かない副官の様子に思わず苦言を漏らす京楽だったが、返ってきたのは疑問の声だった。

 その様子に彼は思わず頭を抱える。

 

「あのねぇ……ほら、あれが副隊長の正しい姿だよ。さっきだってボクに扉開けさせちゃうし、隊長を率先してこき使う副隊長がどこにいるのよ?」

「ここにおる!」

「でもそれだと、藍俚(あいり)ちゃんだけ働かせることになるよ? いいの? 師匠とか呼んでる間柄なんでしょ?」

「……それもそうやな」

 

 そこまで説得してようやく動き出した。

 上司である自分よりも他隊の副隊長を優先させるその姿を少しだけ納得のいかない目で眺める。

 

「……相変わらず、破天荒な性格だな」

「そう思うでしょう? でもね、あれで結構可愛いところもあるのよ」

 

 いわゆる"手間の掛かる子ほど可愛い"の心境で、浮竹の言葉をやんわりと否定する。

 

「ところでさあ、浮竹……藍俚(あいり)ちゃんのこと、気付いてる?」

「気付いてるって……卍解のことか? それとも霊圧のことか?」

 

 声のトーンを二段階ほど下げ、他の者には聞こえないように囁く。明らかに様子を変えた親友の姿に、浮竹もまた小さな声で答えていた。

 

「どっちも正解。だけどボクが聞いてたのは前者の方かな。ちょっと前から予兆はあったんだけど、意見が一致したとなりゃこれはもう疑いようが無いね」

「あれだけの霊圧を持っていれば、卍解を覚えたって思うのは当然だろ? 普段は抑え込んでいるけれど、その奥から感じる霊圧は到底副隊長の器じゃない。今日だって、彼女が昇進すると思ってたくらいさ」

 

 浮竹、京楽の二人にとってみれば、藍俚(あいり)のことは彼女がまだ今よりもずっと下っ端だった頃から知っている相手だ。

 明らかに立場に合わない霊圧を誇る彼女の姿を見て、幾度となく首を傾げたものだ。

 

 そんな彼女が頭角を現し始めたのは、百年ほど前から。

 一気に上位席官まで上り詰めたかと思えば、気がつけば副隊長に。そして卍解を覚えたと確信させるほどの霊圧を放っている。

 本来ならば隊長になっていてもおかしくはないのに、未だ副隊長のままだ。

 上が気付いていないというのはありえない。

 ならば何か理由があって意図的に昇進させずにいるのだろう。

 

「……山じいは知ってるのかね?」

「どうだろう? さすがに彼女も卯ノ花隊長には知らせているだろうけれど、それでも副官のままでいるってことは何か考えがあるんじゃないか?」

「ま、卍解出来るのに副隊長のままの隊士がいるってことについちゃ、山じいも強くは言えないだろうから。案外お目こぼしされてるのかもね」

「ああ、なるほど……」

 

 二人の脳裏に浮かんだのは、一番隊副隊長 雀部(ささきべ) 長次郎(ちょうじろう)の姿だった。

 彼は二人がまだ霊術院に入る前から一番隊副隊長として働いており、その実力は下手な隊長顔負けのほどだ。

 

「……浮竹、彼女の実力ってどう思う?」

「どう、とは?」

「今の隊長たちと比べて、どのくらい強いかなってこと。ま、深く考えないでいいよ。遊びの話だから」

 

 声のトーンを陽気なそれへと戻し、からからと笑いながら戯けた調子で口にする。だがそんな親友の態度とは裏腹に浮竹は真剣な表情で悩み、やがて口を開いた。

 

「……下手したら、俺よりも上……かもしれない」

「ええっ、それ本当?」

 

 目を丸くしながら尋ねれば、ゆっくりと首肯する。

 

「気が合うねぇ……ボクも自分と比較して、そう思ってたところ」

 

 そう言うとにやりと笑って見せた。

 

「あの、何かご用ですか? 京楽隊長、浮竹隊長?」

「ん、いやいや何でもないの。こっちの話」

 

 応対と案内が終わって、自分に向けられる視線に気付いたのだろう。

 小首を傾げながら尋ねる藍俚(あいり)に向けて、京楽は笑顔で手を振りながら応える。やがて彼女は、また新しくやってきた者の応対のために離れていった。 

 

「……いやはや、普通に見てるだけじゃとてもそうは思えないんだけど」

 

 京楽は再び藍俚(あいり)にこっそり目を向ける。

 

 丁度、背後から放たれたひよ里の跳び蹴りを視認せずに躱し、そのまま首根っこを掴んで口頭で注意している場面だった。

 その姿は良くある日常の一コマのような、何気ない光景でしかなかった。

 

 だが、死角から奇襲を受けたというのに相手を一瞥すらせず、当たり前のように動いて避ける。それは自然体でいられるほど霊圧知覚が身体に染みついているということ。相手を感知する能力が極限まで磨き上げられているということだ。

 

「ああいう事をサラッとやっちゃうところがねぇ……」

 

 戦闘が主任務ではないはずの四番隊で、何をどうすればあそこまで鍛え上げられるのか。

 疑問は尽きなかった。

 

 

 

 

 

 

 その後も次々と隊長たちが集まり、全隊長――十一番隊は欠席(サボり)だが――が集まり、そして最後に本日の主役がやってきた。

 七日前に、十二番隊の隊長だった曳舟 桐生が零番隊に昇進のため退位。それに伴って空席となった隊長の座には、浦原 喜助が就任。

 本日この時この儀を以て、十二番隊新隊長に任ぜられたということだ。

 

 だがそんな厳かな儀の中にあって、藍俚(あいり)だけは胸の奥に忸怩たる想いを抱いていた。

 

 何しろこの数年後、尸魂界(ソウルソサエティ)を揺るがす大事件が起こることを彼女だけは知っているのだから。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 ――浦原喜助の隊長就任から九年後。

 

 流魂街にて、住人の変死事件が起こる。

 それは衣服だけを残して消失するという、さながら生きたまま人の形だけを失うような怪異だった。

 

 原因究明のため九番隊が調査に出向き、異常を発見。

 十二番隊の副隊長が調査に出向くものの、その先にて調査隊に異常事態が発生。

 後続として三・五・七番隊の各隊長と八番隊副隊長、鬼道衆の副鬼道長が出向く。

 

 だが、十二番隊隊長は極秘裏に出発し、そこに大鬼道長までもが追従して現場へ。

 

 その結果。

 大鬼道長は禁術であった"時間停止"と"空間転移"の術を使った罪で。

 十二番隊隊長は(ホロウ)化と呼ばれる邪悪な実験を仲間に施した罪で。

 

 (ホロウ)化の影響を受けた隊長ら八名は、(ホロウ)として処理されることが決定される。

 

 だが刑の執行と(ホロウ)の処理が行われる直前、賊が侵入して全員の身柄を連れ去るという事件が発生。

 

 同時に、二番隊隊長が尸魂界(ソウルソサエティ)より完全に行方を眩ませる。

 

 四十六室はこの賊を四楓院夜一と断定。

 重罪人および(ホロウ)らの逃走幇助罪として、その地位を剥奪されることになる。

 

 

 

 これら全ての顛末を知ると、藍俚(あいり)は一人胸を痛めていた。

 




●何もしないの?
逆にどう絡めというのですか?
下手に動くと褐色&金髪&巨乳(ティア・ハリベル)が登場しなくなっちゃう。
(最低の理由)

この話は浮竹と京楽の「おいコイツとうとう卍解まで取得したぞ? なのに何で副隊長やってんだ? というかもう下手な隊長格より強くない??」な会話で終わってます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。