お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第58話 一緒に修行しましょう。そして修行の後は……

 まずは前回の近況報告から。

 

 探蜂さんですが、四番隊で下働きして貰うことになりました。

 お料理を作ったりお裁縫のお手伝いしたりをして貰ってます。

 (あ、当然卯ノ花隊長には事情説明と許可取得済みです)

 住所は、過去に四番隊を辞めてお料理屋さんを開いた隊士がいまして、そこのお店にお願いして住み込みです。住み込みなのでその料理屋さんも手伝ってます。

 探蜂さんは料理が素人だったので、基礎レベルは私が仕込みました。

 

 当然ですが、本人(探蜂さん)にもちゃんと説明したんですよ。

 「匿えます。仕事も回せます。ただ刑軍と全然違う仕事だけど平気ですか?」って。そうしたら「問題ありません」って言いました。それならコッチも「じゃあそれで」といった具合に決まりました。

 結構力仕事もあるので、意外とお役に立ってるみたいです。

 

 それと。

 万が一に備えて、シラを切れるだけのカバーストーリーや刺客からの逃走経路なんかも打ち合わせはしています。

 厄介ごとを拾ってきたのは私ですので、その辺は用意しました。

 最悪の場合には、私が刺客を消します。痕跡すら残さずに。

 

『実際に消す担当は拙者でござりますぞ! できれば女性の刺客だと嬉しいでござるなぁ!! ……敵に捕まったくノ一プレイ……網タイツにラバースーツ……デュフフ……』

 

 なにやら不穏なことを言っていますが、聞かなかったことにしておいて。

 

 ということで探蜂さん――偽名を使っているので今はこの名前ではありませんが――については、こんなところです。

 

 

 

 続いて砕蜂の方ですが……

 

「その……本当に大丈夫でしょうか? 私は一応部外者なわけで……」

「大丈夫、大丈夫」

 

 四番隊用の訓練場で戸惑っている彼女を安心させるように声を掛けます。

 四番隊(ウチ)の訓練場って、規定の訓練時以外にはほとんど使われないのよね……たまに隊長が誰かと使っていることもあるけれど、それ以外は全く。

 だから人がやってくることもまずないってわけ。

 ……他の隊は自主訓練とかする子もいるわけで、だから砕蜂は"自分が使っても大丈夫なのか? 邪魔にならないのか?"と意味で聞いたけれど……四番隊(ウチ)だから……

 

「人は滅多に来ないから安心して。それじゃ、稽古を始めましょうか?」

 

 ということで、約束した強くなるために一緒にお稽古です。

 休みが上手いこと噛み合った――砕蜂は非番で私は夜勤明けだけど――ので、こうして朝から始められました。

 彼女の実力がよくわからなかったので、場所は訓練場にしておきました。

 

「とりあえず、全力で打ち込んできて貰えるかしら?」

「全力で……ですか!?」

 

 そう言うと戸惑った様子を見せます。

 

「ええ、勿論。そうでないと今の砕蜂さんの実力がわからないから」

「わ、わかりました!」

「そうそう、斬魄刀も勿論使っていいわ。文字通り全力でお願い」

「……っ!?」

 

 今度は息を飲みましたね。

 

「……わかりました。では、行きます!」

 

 流石は刑軍所属よね。

 戸惑いこそすれ、すぐに思考から感情を切り離したみたい。迷いのない瞳で私に襲い掛かってきました。

 初手は白打――つまり素手での近接戦闘術からみたい。

 小柄な体格を活かした、速度で勝負する動きを見せてきました。

 

「ふんふん……」

 

 瞬歩(しゅんぽ)を使って――ううん、これはまたちょっと違うわね。隠密機動か(フォン)家独自の歩法か何かかしら?

 相手に自分の動きを悟らせないようにしながら、拳と蹴りを流れるように放ってきます。速度も上々、夜一さんに目を掛けられて、探蜂さんに指導を受けた賜物でしょうかね?

 

「あたら……ないっ……!」

 

 とはいえ、私も卯ノ花隊長に鍛えられていますから。

 このくらいでは当たってあげられません。

 右拳、左拳……これはフェイント、こっちが本命。この蹴り、は避けられた時の為の対策ね。むしろ下手に避けた方が危険、かしら?

 踏み込んで来て? 払い、突き……

 

「くっ……!」

 

 あら、隠し武器を投げたのね。

 近接攻撃の動きに合わせて放ってる。しかも武器の影にもう一本。

 これは結構な初見殺しねぇ……

 

「よっ、と」

「掴んだ!?」

 

 投げられた二本の短刀をそれぞれ掴んで止めます。

 隊長の剣に比べたら遅すぎるし、これくらいはサービスってことで。

 

「……ならっ!」

 

 斬魄刀を抜いた、か……

 手にしたのは小太刀や脇差しのように短い――忍刀とか言うんだっけ? 取り回しがしやすそうな形状です。

 速度を活かすというのなら、これは当然ですよね

 ここから更にどうなるのかしら?

 

「あああああああっ!!」

 

 気合は良いけれど太刀筋は……ふんふん。

 速さに加えて剣と拳を巧みに織り交ぜてきてる、技巧面はかなりのものね。ただ腕力や体格で劣っているから、どうしても剣の方に意識を集中させる傾向があるみたい。

 攻撃にどんどん遠慮が無くなっているのは、稽古に身が入っている証拠かしら?

 様子見としてはこれでも充分すぎるけれど、どうせなら"全部を見たい"って思うのは当然よね。

 

「ここ」

「ああっ!?」

 

 刺突の動きに乗って動き相手の身体を掴むと、その勢いを利用して軽く投げます。

 まさか反撃してくるとは思っていなかったのか、辛うじて受け身は間に合ったものの砕蜂は軽く宙を舞って地面に叩きつけられました。

 ……本当なら投げたら即座に即死不可避な追撃を入れるんだけど、稽古なので当然それはなし。死んじゃうもの。

 

「砕蜂さん、私は"全力で"って言ったわよね?」

「っ!?」

 

 すぐに起き上がろうとする姿勢は良いわね。

 痛みに若干顔を顰めつつも体勢を立て直し掛けていた彼女は、私の言葉に心底驚いたようでした。

 

「全力で……良いんですか?」

「勿論」

「……わかりました!」

 

 ほんと、素直で物わかりの良い子よねぇ……

 こんな良い子を置いていくとか夜一さんは酷いですね。

 

 彼女はさらに覚悟したように刀を構えると――

 

尽敵螫殺(じんてきしゃくせつ)! 雀蜂(すずめばち)!」

 

 ――始解しました。

 

 斬魄刀はまるで変わった手甲かリング状の腕輪のように彼女の右手に絡みつき、中指だけを覆うように変化しました。

 いわゆるアーマーリングのアクセサリーみたいな感じですね。

 その名の通りスズメバチの体色を思わせる金と黒のコントラストは、一瞥すると特異な装飾具にも見えるような美しさがあります。

 

 ……この子ももう始解しちゃったのかぁ……私、百五十年……

 

「行きます……やああっ!!」

 

 第二ラウンド開始、と言ったところでしょうか。

 

 やっぱり彼女の戦法の基本は徒手空拳ですね。始解による強化に加えて両手が自由になったおかげか、動きが見違えるように鋭くなりました。

 けれども戦術パターン自体は変わらないので、そこまで脅威には映りません。

 

「なん、で……っ!? 掠りもしない……っ!!」

 

 ……でもねぇ……確か、この子の斬魄刀の能力って……

 となると、やっぱり一度くらいは受けておくべきかしら……うん、そうしましょう。

 

「やっ!」

「ここね」

「……あっ!!」

 

 右手の手刀による突きを、私は左手で相手の拳を掴むようにして受けとめます。

 当然、雀蜂による刺突が手の平を貫きました。

 

「す、すみません!!」

「謝らなくて大丈夫、自分から受けた傷だから」

 

 とっくに無意識レベルで回道を使っているので、手の平には傷跡一つ残っていません。

 

「それより、これは?」

 

 そこには傷の代わりのように奇妙な紋様が刻まれていました。

 

「え……な、なんで傷が……い、いえそれよりも!! それは蜂紋華(ほうもんか)と言って、私の斬魄刀の能力です!!」

 

 やっぱり、記憶違いじゃなかったみたいね。

 

「その文様のところへ雀蜂でもう一度攻撃を仕掛けることで、相手を必ず死に至らしめる――弐撃決殺(にげきけっさつ)というのが、能力なんです! すみません、今すぐ解除しますから……」

「あ、平気よ。このくらいなら……」

 

 患部に霊圧をぐーっと込めて紋様を抑え込みます。

 紋様は小さくなっていき、そして……

 

「き、消えた……!?」

 

 所詮は霊圧同士の殴り合いみたいな物ですからね、こうして力尽くで消せます。

 

「なんで……!? まだ刻んだばかりで、時間は余っているはずなのに……」

「相手にもよるけれど、霊圧を込めればこのくらいはできるのよ」

 

 説明をしても驚きは継続したままのようで、目を白黒させています。

 

「それよりも大体わかったわ。基本的には白打と刑軍用の体術を伸ばしていく方向で良いのかしら?」

「え、あ……はいっ! それでお願いします!!」

 

 

 という感じで、修行が始まりました。

 

 

 そこではなんと、思いもしなかった出来事が!!

 ……一緒に稽古していくってことは、刑軍や(フォン)家の秘伝みたいな技術を私もどんどん知っちゃうんですよ。

 

 いいのこれ!? 情報セキュリティとかコンプライアンスみたいなのは大丈夫なの!?

 

 恐くなって尋ねたら「湯川様でしたら問題ありません!」と良い笑顔で断言されました。

 いいのね? ホントに大丈夫なのね!? もう責任取れないわよ!!

 

 ちょっと恐くなったので、私も新しい技術を教えてあげることにしました。

 卯ノ花隊長の剣術の一つにあった物なのですが、相手の動きの流れを操って体勢を崩したり、攻撃を逸らしたりするものです。

 今でいうところの柔術に近い感じですね。それをもっと実戦的にしたような。

 これなら非力な砕蜂であっても充分に役に立つと思います。

 

 あと、ちょっとだけ口を滑らせてしまいました……でも、このくらいなら別に問題無いと思います。遅かれ早かれ彼女が自力で辿り着いたので、ちょっと近道になったくらいです。

 むしろ気を遣わせてしまいました……

 

 一通り教えていたらお昼になったので、一緒にお弁当も食べました。

 これも曳舟元隊長から教わった"食べると強くなる技術"を利用して作っているので、栄養満点効果抜群です。

 食べる前にはちゃんと蝦蟹蠍(じょきん)しておいたから、衛生面も問題なし。

 すっごく美味しそうに食べている砕蜂が印象的でした。

 

 拗らせないでいると本当に可愛いのね、この子ってば。

 

 午後は午前中の復習と基礎訓練による地力の底上げです。

 こういう地味な修行って一人だと辛いけれど、誰かと一緒だと頑張れますよね。

 砕蜂も稽古に集中してるのか、顔に悲壮感なんて微塵も感じられません。少なくとも鬱屈した感情とかは無いみたいね。

 

 何より死の危険に直面しない稽古って素晴らしいと思います。

 

 修行を続けていたら夕方になりました。

 

 ……うん、これはもう誘っちゃいましょう!

 

 

 

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「当たら……ない……っ!!」

 

 今まで学んできた技術を、思いつく限りの戦い方を、鍛えた全てを一切の遠慮無く繰り出し続け、それでも目の前の死神――藍俚(あいり)には一切通用しない。

 まるで雲を掴もうとしているかのようだ。

 

 一緒に稽古をしないか?

 そう誘われたのは嬉しかったが、冷静になると砕蜂は少しだけ不安だった。

 

 藍俚(あいり)の医療の腕前は疑う余地もないが、はたして武術の腕前はどうなのだろうか? 百年ほど前の滅却師(クインシー)との戦争で名を馳せたと言うが、それは噂に尾ヒレがついて大げさに広まっただけなのではないのだろうか?

 

 結論から言えばそれは無駄な杞憂でしかなかった。

 

 自分が積み上げてきた全てを惜しみなくぶつけ続けているのに、まるで手が届かない。

 目の前の彼女に引っ張られる形で攻めの手はどんどん鋭くなり続け、遠慮する余裕などとうの昔に無くなっている。

 なのにまるで相手にならない。

 藍俚(あいり)はまだまだ余裕がありそうなのに、自分はもう限界だ。

 底が全く見えない。

 二人の間の実力の差が、想像も付かなかった。

 

「はぁ……はぁ……っ!! ぐっ!!」

「砕蜂さん、私は"全力で"って言ったわよね?」

「っ!?」

 

 油断をしたつもりは一切無かった。だが気付けば投げられていた。

 そればかりか、藍俚(あいり)は全力を――始解を見せろとまで言ってくる。

 

尽敵螫殺(じんてきしゃくせつ)! 雀蜂(すずめばち)!」

 

 既に砕蜂の中には遠慮や手加減という言葉は微塵も無い。

 言われるがままに始解し攻撃を続けるが、差は一歩たりとも縮んだとは思えなかった。むしろ、始解して霊圧が高まったことで朧気に感じていた実力差がはっきりとわかってしまった。

 

 遠く、遠く、さらに遠く……目の前の彼女は一体どこまで先に行っているのだろうか。

 置いていかないで欲しい。

 砕蜂の心の奥底が、そんな願いを生み出した。

 

「あっ!」

 

 気付けば藍俚(あいり)は雀蜂の一撃を手で受け止めており、これには砕蜂も――確かに貫いたはずの傷が一瞬で跡形も無く消えていたのにも驚かされたが、そのこと以上に――肝を冷やした。

 弐撃決殺の能力を知っている彼女からすれば、今の藍俚(あいり)は弱点を剥き出しにしているような物なのだ。

 すぐにでも能力を解除しようとする砕蜂の目の前で、なんと霊圧差で蜂紋華を無理矢理消してみせたではないか。

 

(そんな……馬鹿な……)

 

 未だ未熟な身の上のため、時間が経てば蜂紋華は勝手に消えてしまう。

 極めれば紋様を永遠に刻み続けることも可能だろうが、今は不可能。

 言ってしまえば未完成の始解なのだ。

 

 だがいくら未完成だからといっても、これはない。

 

 霊圧に差がありすぎる場合はこのような現象が起こると知っているが、仮にも刑軍に現役で在籍している者を相手にして、この仕打ちはない。

 

 蜂紋華を霊圧で握り潰してしまうなんて。

 

 軽く霊圧を探れば、すぐにわかった。

 幻術などで隠しているのではなく、あれは本当に霊圧だけでかき消してしまったのだと。

 

「――白打と刑軍用の体術を伸ばしていく方向で良いのかしら?」

「え、あ……はいっ! それでお願いします!!」

 

 呆然としていたところに声を掛けられ、砕蜂は正気に戻った。

 

 強くなろう。

 強くなれば全てを取り戻すことも、夜一を部下にすることも不可能ではない。

 

 目の前の相手はその言葉を信じるに値するだけの力を間違いなく持っているのだから。

 蜂紋華をこうも容易く無効化されれば、疑う余地はなかった。

 

 

 

 その後の稽古は砕蜂にとって、夢のような時間だった。

 

「あ、わわわっ!?」

「どう? 役に立ちそうかしら?」

 

 攻撃を仕掛けたと思えば動きを支配され、気がつけば投げられていた。

 時には手刀の一撃が自分の身体を攻撃するように操られることもあった。

 柔らかな動きで全ての攻めが封殺されてしまう。

 

 とても不思議な技術だった。

 隠密機動全体にも、(フォン)家が受け継いできた戦闘術とも違う。

 けれども使いこなせたら、確実に役に立つ。

 そう確信するのに十分だった。

 

「ありがとうございます! すごく便利そうです!!」

 

 これを教えて貰えるのなら、歩法や体術など自分の知りえる全てを差し出すのに、なんの躊躇いがあろうか。

 心の底からそう思ってしまうほどに。

 

 

 

「今日はともかく、もう少ししたら鬼道もしっかり鍛えていきましょうね」

「え、鬼道ですか……?」

 

 稽古の最中、藍俚(あいり)に突然そんなことを言われ砕蜂は少しだけ戸惑った。

 鬼道についても当然一通りは学んでいるが、部隊の性質上あまり使用されない。暗殺や虚を突く隠密機動の戦術からすると、目立つ派手な術は少々使い勝手が悪い。

 そもそも鬼道を扱うのならば専門の鬼道衆がいる。

 無用とまでは言わないが、もっと優先すべき技能は幾らでもあるのではないか?――そんな風に考えてしまう。

 

「ええ、だって瞬鬨(しゅんこう)を使うには鬼道が必須でしょう?」

「しゅん……こう……? それって一体……?」

「確か鬼道を手足に集めて、殴る蹴ると同時に炸裂させるって技術で――」

「ええええええぇっ!? そ、そんな方法が!?!?」

 

 だが砕蜂のそんな考えはあっさりと覆された。

 鬼道を籠手(こて)臑当(すねあて)といった小具足(こぐそく)のように纏い、攻撃手段として用いるなど、聞いたことはおろか考えたことすらない。

 

「――あっ! ごめんなさい! これ、確か隠密機動の総司令だけが継承してたはずなの……」

 

 慌てて謝り出したのを見て「なるほど、どこか記憶を絞り出すような言い方をしていた理由はこれだったのか」と砕蜂は納得する。

 うっかり喋ってしまったのも、藍俚(あいり)がしっかりと覚えていなかったのが原因だからに違いあるまいと判断していた。

 

「だから、聞かなかったことに……は、無理よねぇ……」

「それはその……申し訳ありません、無理です! 忘れられません!!」

「そうよねぇ……」

「で、でもでも大丈夫です!! 私が次の総司令になりますから!! だから湯川様は秘密を漏らしたことにはなりません!! 順番がちょっと入れ替わっただけです!!」

 

 砕蜂精一杯のフォロー。

 

 

 

「うわぁ……! これ、これって……!!」

「遠慮しないで食べてね。全部砕蜂さんのために作ったの」

「これ全部、私のため……?」

 

 重箱を前にして、砕蜂は子供のように目をキラキラ輝かせていた。

 

 三段のお重――その内の一段にはおにぎりが詰まっているが――の中には、色とりどりの料理が詰め込まれている。

 目にも鮮やかな料理の数々はどれも食欲をそそられ、どれから手を付ければ良いのか迷ってしまうほどだ。

 どの料理もが「私を食べて」と誘っているようで、けれども見た目が鮮やかすぎて食べるのが勿体なく思えてしまう。

 

「じゃ、じゃあ……まずはこれから……!」

 

 散々迷った末、その内の一つに箸を付ける。

 

「どう?」

「美味しい……美味しいです……!!」

「よかった。お口に合ったみたいね」

 

 とても優しい味がして、砕蜂の目から涙がこぼれ落ちたほどだ。

 そこからは夢中になって食べていた。

 どれもが美味しくて、美味しくて、驚かされて……

 

 この料理が話題の"食べるだけで怪我や病気に強くなる"という四番隊特製の料理だと知って更に驚かされた。

 

 

 

 食事、食休みを挟んでからの稽古は再開される。

 そこで砕蜂は、食事の効果が早速あったのか、午前中とはまるで別人のような鋭い動きを見せた。

 地味な基礎能力向上も、無限に続けられそうだと思ってしまうほど力が溢れている。

 

 けれども何より嬉しいのは、隣で常に自分のことを見てくれる者がいることだった。

 自分の動きを常に見て、丁寧に丁寧に合わせてくれる。(つまづ)いたと思った瞬間には、もう手を差し伸べてくれる。

 

 この人は私よりもずっとずっと先にいる、でも私を置いて何処かに行ってしまうことは絶対にない! 先に行っても待っていてくれるんだ!!

 根拠は無い。だが、無条件にそう信じられた。

 

 しかし、藍俚(あいり)がどれだけ待ってくれても、時間は人を待たない。

 

「もうこんな時間なのね……今日はもうそろそろ終わりにしましょうか?」

「……はい」

 

 辺りは夕焼けに染まり、日は沈みかけていた。

 終業の鐘の音が遠くから聞こえてくる。気付けば夜はもう間近に迫っていた。

 

 なんとも残念そうな面持ちで砕蜂は呟く。

 闇夜の中での戦い方も訓練したいです! とでも言えば、きっと目の前の彼女は付き合ってくれるだろう。だが身勝手な都合だけで振り回すわけにもいかない。

 

 願わくば、今が――藍俚(あいり)との時間がもっと続けば良いのに、と不満に思ってしまう。

 そんな彼女の願いが天に通じたのだろうか。

 

「そうだ砕蜂さん、まだ時間はある?」

「時間、ですか?」

「よかったら、ウチに泊まっていく?」

「……………………是非お願いします!!」

 

 今の彼女に、迷う必要はなかった。

 というか、藍俚(あいり)が口にした言葉を理解した瞬間に天にも昇る気持ちで舞い上がっていた。

 どのくらい舞い上がっていたかというと――

 

(兄様……梢綾(シャオリン)は今日、大人になるかもしれません……)

 

 ――と、改めた筈の幼名で自分のことを呼んでしまうくらい舞い上がっていた。

 




●働く探蜂さん
唐突に藍俚の知り合いの料理屋さんが出たと思われるかも知れませんが。
36話にて「教え子の中には死神やめてから調理人になった子もいるくらい」とあるので。
(歳を取って霊力が弱まり除籍(引退)したから老後は技術を活かして小料理屋でも初めてみるか!! な感じで出来たお店のイメージ(おかくら))
兄が安全で真面目に働いてるので、砕蜂の精神も安定。

●蜂紋華を力尽くで抑え込む
藍染さん意識の展開です。
が。
原作のアレは疑って掛かるべきシーンみたいですね。
どうやら
・(バラガン戦後で)弱ってる砕蜂が刺したから、霊圧で消せた
・鏡花水月さんが親切に「これ見えなくしとくね」してくれた
みたいな言い訳ができてしまうらしいので。
漫画的には「こんなに力の差が!?」という演出だと素直に受け取れますが……

●虎○勇○
……副隊長と一緒に稽古……いいなぁ……
……お持ち帰り……お泊まり……いいなぁ……

(一応、この子も機会はちゃんとある)

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