お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第6話 希望は捨てない方向で

 あれから月日は流れ、師匠に稽古を付けて貰う日がやってきました。

 

「はあっ!」

 

 現在、稽古の真っ最中です。

 内容は師匠の攻撃を躱すというもの。攻撃自体も武器ではなく素手の一撃。

 加えてとても――とってもとっっっても、物凄く手加減されているのがわかりますが、それでも師匠は瀞霊門の番人として名の知られた死神にしてこの巨体です。

 放たれる一撃には確かな威力が秘められており、当たればタダでは済みません。

 私は必死で避け続けます。

 

 回避完了と同時に軽くステップを入れて距離を取り、すぐさま体勢を整えるころには師匠の次の一撃がやってきます。

 それを今度は腕を使っていなすようにして躱す。

 回避の動きに振り回される事のないように。重心を意識してバランスを崩すことのないように。

 次の動作に、次の次の動作に繋がるように動けるように意識しながら動いていきます。

 

 やがて、何度目かも分からなくなった攻撃を避けたところで、師匠が手を止めました。

 

「ふむ。まあ、良いだろう。合格だ」

「あ……ありがとうございます!」

 

 ようやく合格を貰えた嬉しさで胸がいっぱいになり、思わず涙ぐんでしまいます。

 

「まあ、もう一年(・・)は経っておるからな。いい加減、合格してもらわねば」

「うう……不肖の弟子で申し訳ありません……」

 

 再び目から涙が。今度は情けなさと申し訳なさで胸がいっぱいです。

 

 そう。

 最初に師匠に稽古を付けて貰った日から、既に一年が経過していました。

 昼は自主練に励み、夜は居酒屋のお手伝い。時々按摩師から手ほどきを受ける。そんな生活を一年続けてようやく……ようやく……

 

「これでようやく、死神見習いとしての稽古が始められるな」

 

 ようやく、まともな修行を始められる様になりました。

 

 ええ、今までは身体作りと霊力制御の特訓だけです。一年掛けてやっと、普通の人レベルになれました。

 ちなみに、今の私くらいになるには――普通の人でも一ヶ月。才能がある人なら数日もあれば、このくらいには上達するそうです。

 

 だというのに私は……いえ、上達していなかったわけじゃないんですよ。

 ただ、普通の人がレベル1→2と成長するところを私の場合はレベル1→1.1と成長してるような遅い速度感じで……

 下手したら、私よりも赤ちゃんの方が強いんじゃないかしら? ってくらいで……

 

 ……笑いたければ笑いなさいよ! 違うから! 私は大器晩成型なだけだから!! レベル101から急上昇していくタイプだから! 凄いんだから!!

 

「まあ、少しずつではあるが動きも良くなってきている。この調子ならば、霊術院の合格も――」

「本当ですか!?」

「――む……時間は、掛かるだろうが……」

 

 サラシは偉大ですね。おかげでかなり動きやすくなりました。あ、下は(ふんどし)です。もっこ(ふんどし)です。心身が引き締まります。

 けれども、それらを差し引いてもこの程度かぁ……

 思わず食い気味に聞いてしまった言葉に、師匠は困った顔をしながらなんとか頷いてくれました。気を遣わせてすみません。

 

「まあ、それはそれとして、だ。今日から本格的な稽古に入るぞ。まずは刀の振り方から」

 

 師匠から木刀を受け取ります。

 これも、半年くらい前から用意はされていたんですけどねぇ……私がポンコツなばっかりに、延期に延期を重ねて今日まで延びてしまいました。本当にごめんなさい。

 

 さて、木刀を手にして素振りを――

 

「んっ!? あわわわわわわっ!?」

 

 ――しようとしたら体勢を崩しかけました。がなんとか踏ん張って持ちこたえます。その結果、見るも不格好な素振りを披露する羽目になりました。

 師匠の目が瞬く間に残念なものを見るような目に変わっていきます。

 今度こそ! と意気込むものの、結果は同じ。上手く剣が振れません。

 

 む、胸が! 胸が邪魔すぎる!!

 

 くぅぅっ! ここに来てもなお私の前に立ち塞がりますか!! サラシで克服出来たと思ったのに!!

 

「……まあ、地道にやっていくしかないだろうな」

 

 良く言えば達観したような、悪く言えば全てを諦めたような師匠の声が心に突き刺さりました。

 

 

 

 

 

 悪夢のような肉体鍛錬の時間がようやく終わり、今度は霊力の鍛錬の時間です。

 

「霊力についても、今日より本格的な稽古に入るぞ」

「はい!」

「まあ、お主も霊圧の制御については――その、なんだ。剣術などと比べれば得意な方ではあるからな」

「師匠……お気遣いは嬉しいですが、その……はっきり仰っていただいて構いませんから」

 

 言い淀んだのとその言い回しをするくらいなら、もうハッキリ言ってくださいよ。自覚はしているんですから!!

 あの後も自主鍛錬を重ねた結果、なんと虚閃(セロ)虚弾(バラ)も二発撃っても倒れないようになりました。

 威力も上がっていて、今では虚閃(セロ)で枝に付いた葉っぱを打ち落とすこともどうにか可能になりました。

 

 ……ええ、その程度よ! なによ、笑えばいいじゃない。

 

「まあ、そう自棄になるな。霊力の稽古と平行して、お主に一つ鬼道を教えてやろう」

「え……っ! ほ、本当ですか!?」

「無論だ。まあ、儂はこの巨体を活かした戦い方をするということもあって鬼道は不得手でな。それに、まだ死神見習いですらないお主に教えるのだ。当然、最も簡単かつ単純なものとなるが構わんな?」

「はい! 勿論です!! 大丈夫です!!」

 

 見た目通りというべきでしょうか、師匠は鬼道が不得意だったようです。それに、私みたいな一般人(今日ようやく一歩前進した)に強力な鬼道を教えるのは色んな意味で問題でしょうからね。

 仰ることは一々ご尤も。

 それでもようやく鬼道を覚えられるんです! 嫌なわけも、断る理由もありません!

 

「では行くぞ……破道(はどう)の一 (しょう)

 

 術名を唱えると、師匠が構えた指先から霊圧が放たれました。地面に向けられていたそれは大地を殴りつけたような衝撃を放ちます。

 

「威力はかなり控えめに、詠唱も破棄しているが。どうだ、鬼道を目にした感想は?」

 

 これが……これが本物の鬼道! 凄い! 私の虚閃(セロ)モドキとは違います。

 嬉しさと感動で声も出せずにいると、師匠はその反応で納得したようでした。

 

「お主にはもう話したかもしれんが、鬼道には破道(はどう)縛道(ばくどう)の二種類がある。破道は攻撃に、縛道は防御などの為に用い、それぞれ一番から九十九番まで術が存在している」

 

 へぇ、最大は九十九番までだったんですか。それは知りませんでした。

 

「数字が大きいほど術は高度で強力なものとなり、扱いも難しくなる。また、先ほど儂が放ったように詠唱を破棄することで即時放つ事も可能だ。とはいえその分だけ効力は落ちるので、鍛錬が必要なのだがな」

 

 ああ、やっぱりそうでした。詠唱破棄の弊害、私の記憶は間違っていませんでした。

 詠唱を破棄すれば簡単に使えるけれど、弱くなってしまう。

 記号的な表現であれば術名を叫びながら放つのは、お約束のようなもの。でも実際に使うのであれば、簡単に使えて強力な攻撃を放てる方法もあった方が便利に決まっています。

 

 詠唱を破棄するだけでなく、術名も破棄――つまり先ほどの"破道の一 衝"という言葉すらも省略して、それでも使い勝手が変わらない。

 それが理想なんですけれど。そんな方法、ありませんか?

 

「あの師匠。では、詠唱を破棄しても威力は変わらない。そんな鬼道を放つ方法って、ありませんか?」

「わはははは! 確かにそれが出来れば理想だろうな。だが儂もそんな方法は聞いたことがない」

「やっぱり、ありませんか……」

「まあ、そう都合の良いことばかりではないということだ」

 

 むむむ、やっぱりそうですか。まあ、この方法も諦めずに探すだけ探してみましょう。

 ひょっとしたら師匠が知らないだけで、鬼道が得意な死神の中には"そういった手段"を生み出している人がいるかもしれませんし。

 

「最初から楽を覚えようとしても、上手くは行かぬものだ」

 

 いえ、別に最初から楽をしたいわけじゃないんですけどね。基本は基本として、応用でそういった便利な方法がないかと思っただけで。

 

「それに鬼道は訓練を重ねることでようやく扱えるようになる術でもある。そんな便利な方法があるとすれば、地道な積み重ねしかないであろうな。さあ、まずはやってみろ」

「はい!」

 

 師匠がやったのと同じように、霊圧を込めて指先を突き出して――

 

「破道の一! 衝!!」

 

 ――ポフッ!

 

 指先からそんな、オナラみたいな気の抜けた音が響きました。同時に、そよ風のような小さな小さな衝撃も生み出されています。

 ……威力が小さい分だけ使いやすいはずの詠唱破棄ですらこれかぁ……やっぱり私の才能って、この程度なのね。

 

「……まあ、先程も言ったが訓練を地道に積み重ねねば伸びぬからな」

 

 師匠に必死のフォローをさせてしまい、本当に申し訳ないです。

 

 ――ってまさか! あの音にそよ風だからって、私がオナラしたと勘違いしてませんよね!? 違いますからね!!

 




●もっこ褌
大雑把に言うと、結び目が片方だけの紐パン。
歌舞伎の女形が使っていた。

サラシと褌はロマン。

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