「お願いします!! 湯川副隊長、どうか! どうか! 浮竹隊長に!!」
伏して床に額を擦りつけながら、清音さんは叫びます。
……土下座して懇願されるのって色々キツイのよね……
「あのね、清音さん。やめて、本当にやめて! せめて時と場所を考えて! お願いだから!!」
「清音、副隊長の言う通りだから! 私まで恥ずかしいからぁ!!」
そんな彼女を私と勇音の二人で必死に止めます。
だってここ、綜合救護詰所の中なんですよ!
土下座されるには人の目が多すぎるんですよ。変な噂が立っちゃう……
清音さんへのマッサージ後、唐突にお願いされた「浮竹隊長もマッサージしてください」事件から数日経過しました。
あの日、どういうことかと話を聞いてみたところ――
・マッサージを受けると元気で健康になる、という話を聞いた。
・ならば浮竹隊長もマッサージして貰えば元気になると思った。
・敬愛する隊長にお勧めする前に、自分で体験しようと思った。
――ということだそうです。
ふと「十三番隊の隊士の中にも私のマッサージを受けた子はいるから、その子から直接どんな案配なのか話を聞けばよかったんじゃない?」と尋ねてみたところ「自分の身体で確かめないと、身銭を切って体験しないと本当にオススメできるかどうか判断なんてできない!」と熱弁されました。
なるほど、だからあの時の彼女はどこか上の空な部分があったのね。
……危なかった。
あの日もしも彼女が一人目だったら、精一杯の施術をした結果、私がマッサージにかこつけてセクハラする変態死神みたいな悪評や風評被害が広がりかねなかったわね……
『
余の辞書にそんな言葉はない!!
『落丁本ってレベルじゃないでござるよ!! 返品! 返品を求めるでござる!!』
もう絶版だから無理よ。
とはいえその日は遅かったので、説得してお帰り頂いたのですが。
数日後、
必死なのは良いんですよ、良いんですけれどやり方を考えて。
当事者である私は勿論、肉親である勇音まで間接的にダメージを受けています。
「姉さんは黙ってて! これは私と湯川副隊長の話なんだから!!」
「そういうワケにもいかないでしょう!!」
この子、どれだけ浮竹隊長好きなのよ……
「ああもう! ちょっとごめんなさい!」
「え、わぁ!?」
流石に救護詰所のド真ん中で土下座され続けるのは迷惑以外の何でもありません。
なので、乱暴な手段だとは理解していますが、一番手っ取り早い方法を取ります。
「虎徹さ……勇音も一緒に来て!」
「え!? あ、はいっ!」
清音さんをお姫様抱っこで持ち上げると、そのまま有無を言わさずに副隊首室まで連れ込みました。
あそこなら土下座されても人目はありませんからね。
……移動中、後ろを付いてきているはずの勇音からなんだか恨みがましい目を向けられた気がしたのは何故でしょうか?
「とりあえず清音さん、まずは言わせて」
無事、副隊首室まで連れてこられました。
移動途中、何人もの隊士とすれ違って若干変な目で見られましたけどね。
「浮竹隊長のことを思うのはわかるけれど、ああいう場所でああいうことをされると、回り回って浮竹隊長や十三番隊にも迷惑が掛かるから。だから、もっと考えてね」
「そうだよ清音! 私、物凄く恥ずかしかったんだから!!」
「うう……はい……」
私と勇音、二人を前にして正座している清音さんはしゅんとした表情で俯いています。
真っ当にお説教されれば、そりゃまあこんな反応しますよね。
「それとね、清音さん。私が無理に行かなくても、あなたが近くにいてくれるだけでも浮竹隊長は大助かりなのよ」
「……え!? ど、どういうことですか!?」
「それはね――」
この段階で本人に言ってしまうのもどうかと思いましたが、伝えておきました。
清音さんがどうして十三番隊に、それも入隊直後から隊長付きになれたのか。
その回道の腕前を見込まれての抜擢だったということを。
「――ということなの」
「そ、そうだったんですか……確かに、自分でもいきなり隊長警護になったのは変だなーって思っていましたけれど……」
この反応から察するに、自分がどうして十三番隊に入ったのかは今まで知らなかったみたいですね。
驚きと感激と戸惑いが入り交じったような表情を浮かべて呆然としています。
「私も浮竹隊長を診たことは何度もあるけれど、あなたが隊長付きになってから
「そうだよ清音、卯ノ花隊長も湯川副隊長も褒めてたんだよ。腕が良いって。それを聞いてて私すごく嬉しかったんだから」
「え、えへへ……なんだか照れちゃう……」
ストレートに直接褒められるのって照れるわよね。
「一番近くにいて浮竹隊長のことをよく見ているからか、細かい所まで良く気付けてるわ。今からでも
「お誘いは嬉しいんですけれど、私は……」
「わかってるわよ、清音さんは浮竹隊長一筋だもんね」
「…………」
あらら、今度は顔を真っ赤にしちゃったわ。
「まあ、そういうわけなの。だから、無理に私に頼らなくても清音さんが近くにいてくれるだけで浮竹隊長は凄く助かってるの。わかったかしら?」
「はい……」
まーだ憮然とした態度をしてるわね。
はぁ……仕方ない。
「――勇音、次に私が空いている日って何時だったかしら?」
「え!? えーっと……」
「面倒を掛けるけれど、調べておいてもらえる? 多分、一ヶ月後くらいだと思うけれど。それとその日は先約アリで埋めておいて」
「あの、副隊長……それってまさか……」
「行き先は十三番隊の敷地内、
そう言った途端、姉妹二人が喜色を浮かべました。
「あの! 湯川副隊長!! ありがとうございます!!」
「良かったね清音。でも、副隊長にちゃんとお礼を言わないと駄目だよ。それと浮竹隊長にもちゃんとお伝えして……ああっ! まずは私が日程を調べて連絡しないと……」
キャーキャー楽しそうな声が聞こえてきます。
ああ……また休日の予定が勝手に埋まっちゃう……私ってホント、チョロい……
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ということで月日は流れておよそ一ヶ月後。
あの時の浮竹隊長をマッサージするという約束を守るために、こうして十三番隊の隊舎まで足を運ぶことになりました。
「なんだか十三番隊に来たのも久しぶりねぇ……」
「え、そうなんですか?」
といっても私一人ではなく、勇音も一緒ですが。
あの時あの場所にいたのが原因か、彼女も同席することになりました。
勿論強制ではありませんよ。寧ろ彼女の方から付いていきたいと言い出したくらいです。
まあ、
「隠密機動の定期往診にずっと時間を取られていたからね。それに浮竹隊長のお身体の具合も随分良くなってきていたし。清音さんのおかげよね」
「はい! 自慢の妹です」
「その自慢の妹さんに、詰所内で土下座されたけれどね……」
「あ、あははは……あれは……その……すみません!」
そんな会話をしながら、十三番隊の敷地内を歩いていきます。
勝手知ったるなんとやらではありませんが、過去に何度も来ていますからね。
道順とかは覚えています。
とはいえ、
その辺はどんな感じかしら?
『
黙ってなさい。最低限のやる気だけでいいから。
『あれ、そういえば浮竹隊長といえば……』
ん? なにかあるの??
『い、いえ! なんでもござりませぬぞ!!』
……射干玉、何か企んでる?
『い、いいいいいええええええ!!!! 全然全くちっともさっぱり滅相もございませんでござり
分かり易すぎるでしょ!! ギャグ漫画じゃないんだから!!
とまあ、そんな馬鹿話をしていたら到着しました。
「わぁ……!」
「あれ? 勇音はここに来るのって初めてだったかしら??」
「はい。妹から話は聞いていたんですが、こうやって実際に見るのは初めてで……」
「そうよねぇ……私も昔はそうだったわ」
目にした途端、勇音が息を飲みました。
けれども無理もありません。
ここが十三番隊の名所、
この小さな湖の上に浮かぶ小さな庵は、肺病を患っている浮竹隊長のための静養所になっています。
静養所だけあって辺りは自然がいっぱいの風流な光景が広がっていて、湖には鯉までいるという。
湖の青と自然の緑が融和した景色が一年中楽しめるという、物凄いビックリするほど贅沢な場所です。お金持ちが理想の茶室を作ったら、こんな感じかな? を余すところなく実現させました! みたいな場所です。
こんな森厳な場所、初見で驚くなと言われても無理ですよね。
こんな風流な場所を隊首室として使ってるんですよ。羨ましい……
なんて良い環境なのかしら……自然のエネルギーと清涼な空気で痛んだ身体を全力で癒やしてやる! という強い意志を感じます。
……ひょっとしてこれも総隊長が手を回したのかしら??
だとしたらあの爺様、甘過ぎでしょ……
「お待ちしておりましたぁ!!」
と、光景に心を奪われてたところに野暮ったい声が聞こえてきました。
「四番隊の湯川
「うるさいぞ小椿!!」
角刈りにねじり鉢巻きで顎髭まで生やした男臭い感じの死神が出てきたかと思ったら、清音さんにドロップキックで吹き飛ばされました。
「副隊長、それに姉さんもよくぞいらっしゃいました! 首を長くしてお待ち――」
「何してくれんだ虎徹!!」
そのまま丁寧にお辞儀したかと思えば、復活した小椿君に頭を掴まれました。
なにこれ?
「ふぇっ! わ、私ですか……!?」
そして同じ名字なので勇音に流れ弾が飛び火……なにこれ??
「ん! ああ違う違う! あんたじゃなくて……テメェ虎徹! 何紛らわしい名字してんだ!!」
「そっちこそ! 何姉さんを泣かせてんよっ!!」
うわぁ……収拾が付かなくなってる……なにこれ???
「……もう二人は放っておいて、先に行きましょう」
「え! い、いいんですか!?」
そりゃ勇音にすれば、妹が喧嘩してるんだものね。
心配になるわよね。
「大丈夫大丈夫、わりと良くあることだから。浮竹隊長があの庵にいるのまで、いつものことだから。さ、行きましょう」
「え……副隊長!?」
勇音は戸惑うように何度も見比べ、やがて私の後ろに追従しました。
「……って、こんなことしてる場合じゃない! 待ってください湯川副隊長!!」
「あっ! 虎徹テメェ!! 待てっ、俺も行く!!」
「いやぁ、湯川副隊長。わざわざすまないね」
「いえいえ、そちらの清音さんに頼まれたので」
庵の中では浮竹隊長が伏せていました。
とはいえ今は私たちが来ているので身体を起こして応対しています。
隊長には大体二ヶ月に一回くらい、定期検診ということで四番隊までご足労頂いていますが、その時と比べても顔色は良いままですね。
良い傾向です。
随分と肺の病気もよくなっているみたい。
酷い時なんて隔日で
それと比べたら天と地ですよ。
長期療養と清音さんの日々の献身の賜物ですね。
「その話は聞いています。どうやら清音がご迷惑をお掛けしたようで、本当に申し訳ありません」
あの土下座事件は浮竹隊長の耳にも当然入っていました。
というか救護詰所に十三番隊の隊士も来て現場を見ていましたから耳に入るのは順当。
それと清音さんが怒られたというのは勇音を通して教えて貰いました。
「まあ、その辺は彼女の浮竹隊長への並々ならない気持ちが暴走したということで。このお話はお終いにしましょう。もう一ヶ月も経っていますから」
「そう言って貰えるとありがたいですよ。清音も、反省するんだぞ」
「はい……」
清音さんと小椿君の二人は、浮竹隊長の傍に座っています。
そして私は隊長と向かい合うようにして座っていて、あと勇音が私の後ろにいます。
位置関係はそんな感じです。
なので、怒られて"しゅん"とした清音さんと"ざまぁ"な表情の小椿君がよく見えます。
「けれど、その気持ちはありがとうな。お前の回道にはいつも助けられているんだ」
「隊長……!!」
あ、表情が逆転した。歓喜とぐぬぬな顔になったわ。
「お話はこのくらいにして、さっそく施術の方を始めたいのですが……大丈夫ですか?」
「ああ、勿論。いつでもどうぞ」
「それと、私の按摩は主に女性を対象としてきたので、男性の浮竹隊長にはどれだけ効果があるかはわからないんですが……」
「あははははっ、ご謙遜を。湯川副隊長の腕は、あなたがまだ二十席の頃からよく知ってますから。期待していますよ」
懐かしい……あの頃はまだ上位席官だった頃だものね……
「そんなこと言われると、腕を振るわないわけにはいきませんね。では、始めさせていただきます。勇音、預けておいた道具を頂戴」
「はい、これですよね」
道中、勇音はマッサージの道具を持ってくれました。
別にいいって断ったんですけれど、自分の方が立場が下だから荷物持ちくらいは当然だって言って聞かなかったの。
道具の中からオイルとかお香とか、あと汚しても良いように布を大量に取り出します。
「それと浮竹隊長は――って、ええっ!?」
「おおっ!!」
「んまーっ! んまーっ!!」
「あ、あわわわわ……!!」
「清音の話だと、服を脱ぐと聞いたので……何か変でしたか?」
ちょっと目を離した隙に、浮竹隊長は服を脱いでいました。
隊首羽織も死覇装も脱いで、褌一丁の姿です!
肌色が! 肌色が一面に!!
流石に病弱なだけあってか、全体的に身体の線が細いですね。
それでもやはり、死神の隊長を務めるだけのことはあります。細いながらもしっかりと絞り込まれていて、筋肉質です。
黒のブーメランパンツとか履かせたら、凄く似合いそう。
けど何より目を引くのは肌の白さです。
しっろ!! ホントにしっろ!!
うわぁ……下手な女性より肌が白いわよ……
オマケにちょっとだけ恥じらっているので、妙な色気が……
小椿君はなんだかガッツポーズしてるし。
清音さんは興奮して顔を真っ赤にしてるし。
勇音も手で顔を押さえているものの隙間からしっかり見ているし。
あんたたち、それでいいの……? 特に小椿君……
『……じゅるり』
射干玉!? 落ち着いて!! 帰ってきなさい!!
あんただけは冷静でいなさい!!
『はっ!! せ、拙者は今何を……!?』
大丈夫、まだ取り返せるから!! 今のはなかったことにしておきなさい!!
「……えーと、そうです。こちらから指示する前に脱がれていたので少し驚きましたけれど……では、汚れても良いように
ということで、浮竹隊長のマッサージがスタートしました。
見た目からわかっていたことですが、触れるとさらによくわかりますね。
身体がカチカチです。凄い鍛え込まれた肉体ですよ。
男性っぽいゴツゴツした感触が凄いです……
オイルでぬるぬるにしても感じられるくらい、ゴツゴツです。
これはちょっと……触ってるとドキドキします。
あ、でもやっぱり身体はかなり疲労していますね。
襲い来る病魔に相当お疲れのご様子。
少し揉んでいくと、その辺がよくわかります。
「どこか、重点的にやっておきたい部分はありますか?」
「そうだなぁ……やっぱり背中とか、かな?」
「背中……ああ、この辺ですね」
「お……おおー……っ……そこそこ……さすが、お上手……」
この辺、特に凝ってますね。
それに臥している時間が多いせいか、ちょっとだけ
痛んでいる箇所も修復して……回道と霊圧照射を併用して……っと。
「おおおーっ! そこ、そこ……もう少し強く……ああ……っ……」
すっごい気持ちよさそうな声が上がりました。
大分お疲れでしたからねぇ、この辺は特に効くと思います。
「これが、副隊長の按摩……初めて見た……」
「え? 姉さん知らなかったの?」
「う、うん……」
「なんでよ? 同じ隊なんだから、機会なんていっぱいありそうなのに」
「それは……お願いする時を決めてるの!」
「ふーん……?」
なんだか後ろで話をしていますね。
でも私は気にしている余裕がありません。
浮竹隊長の按摩に集中しているのと――
「……っ!! ……ぉぉっ!!」
――なぜだか鼻息を荒くして、食い入るように見つめている小椿君が気になって仕方がないからです。
この子、私を見て興奮してるの? まさか浮竹隊長の半裸で興奮してないわよね?
そっちの道はトゲトゲがいっぱい生えている道よ……薔薇なのよ……
そのままマッサージはお腹側に突入しました。
隊長は肺の持病があるので、胸元を中心的に施術します。
合法的ですよ! 合法的に触り放題ですよ!!
……でもこれって、おっぱいではなくて
そして、
『じゅるり』
だからアンタは正気に戻りなさい!!
『い、いや違うでござるよ!! 確かに浮竹殿も素晴らしいでござったが――』
もういいから、ブランの相手でもして落ち着きなさい。
と、マッサージはこんなものね。
いつもならこの後はお風呂なんだけれど、今回は布で油を拭き取って……と。
「はい、こんなものですが……いかがでした?」
「いやぁ! 素晴らしい!! こんなに身体が軽く感じたのは何時ぶりだろう!? また機会があればお願いするよ!!」
「ふふ……ありがとうございます。あ、早い内にお風呂で汗を流してくださいね」
なんだかんだ、喜んで貰えると嬉しいものですね。
これで相手が
施術後の浮竹隊長はホントに元気になりました。
清音さんもそれがわかったんでしょう、嬉しそうにしています。
小椿君……は、見なかったことにしましょう。
「副隊長……すごかったです!!」
そして勇音はしきりに感動していました。
……この後「凄く元気になれた。忙しいのはわかっている。でも半年……いや、一年に一回でも良いから定期的に按摩をしてくれないか!?」と言われました。
……うう、私がそういうのに弱いって知ってて頼まれてる気分です……
そして首を縦に振ってしまう弱い私……
帰り道にて。
『
なぁに?
『拙者、今なら何でも出来そうでござる!!』
……今までだって散々好き放題やってたでしょう? まだ暴れられるの……?
『まあその辺は、後のお楽しみにとっておいてくだされ!!』
うえぇ……嫌な予感しかしないわね……
●浮竹隊長をマッサージ
いわゆる健康フラグ。
白髪病弱イケメンを好き放題とか、その趣味の人には堪らないですね。
●なんとなく一覧
浮竹:身長187cm
勇音:身長187cm
藍俚:身長185cm
小椿:身長183cm
清音:身長154cm
平均:身長179cm
なんだこの空間……
●虎○勇○
お姫様抱っこ……清音、いいなぁ……
●○王様
「右腕が! 右腕がなんかすっごいヌルヌルしてる!? いやぁぁっ! しかも蠢いてるぅぅっ!!」