お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第65話 殴り込みと鉄拳制裁は四番隊の華

「副隊長! ありがとうございました!!」

「はい、気をつけてね。また何かあったら、いつでも呼んで頂戴」

 

 頭を下げてお礼を言う後輩たちと別れてから、私は軽く息を吐きました。

 

「はぁ……またか」

「何が"また"なんですか?」

「わぁっ!! う、卯ノ花隊長!?」

「なんですか、人が声を掛けるなり驚くなんて……無礼ですよ?」

 

 音も気配もなく隊長に出現されたら、驚くに決まってるんですよねぇ……

 

「い、いえ失礼しました! それと溜息を吐いていたのは、十一番隊の隊士たちの態度についてです!」

「十一番隊の……ああ、なるほど」

 

 これだけの情報で、どうやらある程度理解していただけたようです。

 ですが齟齬がないためにも一応、最後まで言います。

 

「はい。少し前に鬼厳城隊長から更木隊長に代替わりしましたよね? あれがどうやら増長を後押ししているみたいで」

「更木、剣八……ですね……うふふ……」

 

 ひっ! な、なんだかヤンデレみたいな表情を浮かべてます!!

 

 さて、ここでおさらいです。

 

 十一番隊は戦闘専門部隊の異名を持ち、腕に自信がある死神たちが集まります。

 そして隊長になった者は"何度斬られても倒れない"という意味の"剣八"という名を引き継ぐ習わしです。

 (例えば山田 太郎が剣八になったら、山田剣八になります……弱そう……)

 そして十一番隊の隊長は、基本的に決闘で決まります。

 当代の剣八を倒すことで新しい剣八が誕生する。

 そうして代々剣八の名と強さは高まっていく――血で血を洗って剣名(けんめい)を高めていくというやべーシステムです。

 

 ……そのやべーシステムの初代は、今私の目の前にいるんですけれどね。

 

 十代目の剣八となったのが鬼厳城(きがんじょう) 剣八(けんぱち)

 ひげぼーぼーで熊みたいな大男でした。礼儀や態度も悪くて自分勝手で最悪でした。式典なんかも「面倒だから」と言ってサボってました。

 

 それを倒して十一代目になったのが、皆さんご存じの更木(ざらき) 剣八(けんぱち)

 北流魂街八十地区という最も治安の悪い場所からやって来たやべーやつです。

 更木剣八が新隊長になって、十一番隊も新体制でスタートしました!

 

 ……と、そこまでは良かったんですよ。

 

 鬼厳城隊長を倒して新隊長になったことで、十一番隊の隊士たちが調子に乗ったんでしょうね。

 近年、やたらと四番隊の隊士たちが十一番隊の隊士たちに当たられてます。

 ――十一番隊(ウチ)の隊長は最強だ! 俺たちは護廷十三隊で最強だ! 戦わない四番隊の言うことなんざ聞けるか!! 後ろに引っ込んでろ!!――

 という、いつものアレが近年はやたら多いです。

 鬼厳城隊長の頃から段々と規律が緩くなっていって、更木隊長になったことで一気にタガが外れたんだと思います。

 さっきもそんな暴れて迷惑を掛ける十一番隊の隊士をシメたんですが、喉元過ぎればなんとやら。舌の根も乾かぬうちから頻発しています。

 

 そりゃ、溜息も一つ二つどころか、ダース単位で吐きたくなるってものです。

 

刳屋敷(くるやしき)隊長の頃は、皆さん礼儀正しくて良かったんですけどねぇ……」

 

 もういなくなってしまった十一番隊の隊長に、届かぬ思いを馳せます。

 

 刳屋敷隊長は、七代目の剣八だった方です。

 見た目はかなりワイルド系でしたけれど、礼儀正しくて頼れる兄貴分って感じでした。

 特筆すべきは強くて強くて、もひとつオマケに強くて。卍解も四十六室から使用制限を掛けられるくらい強力でしたね。

 刳屋敷隊長に憧れてか、あの頃は十一番隊を志望する女性隊士も多かったんですよ。

 十一番隊全員が"真正面に立って凜々しく戦う戦闘集団!"みたいに統率が取れてて。

 そりゃあもう、カッコ良かったんですから! 

 

 それがあんなことがあって痣城(あざしろ)隊長に代替わりですからねぇ……

 痣城隊長も一年くらいで隊長を下ろされちゃいましたし……

 その後は当時の副隊長が九代目剣八(仮)として取り纏めていました。あの人も頑張っていたんですけどねぇ……

 

 ……あれ?

 

 ってことは鬼厳城隊長って、剣八の定義から外れるんじゃ……だって正式な先代は痣城隊長だし……カッコカリを倒して偉そうにふんぞり返ってたってことは……

 精々が"剣八(仮免許練習中)"くらい……?

 

 しまった!! あのヒゲダルマオヤジ、いなくなる前に二、三回ぶっ飛ばしておけばよかったわ!!

 

「刳屋敷隊長ですか……確かに、彼は良い死神でしたねぇ……」

「あの頃とまでは言いませんけど、せめて救護詰所内では四番隊(ウチ)の隊士の言うことには素直にしたがって欲しいですよ……新人の子は怯えてますし……」

 

 新人教育に悪いんですよねぇ……アレ……

 

「ふむ……では藍俚(あいり)、あなたはどうしたら良いと思います?」

「えっ? そうですね……やはり刳屋敷隊長みたいな、ビシッと締めてくれる人が必要なんだと思います。十一番隊の隊士たちが頭が上がらないような人が目を光らせていれば、振る舞いも落ち着くと思います」

「ふふ、確かにそうですね。良い案だと思いますよ」

「……?」

 

 にっこり笑顔を浮かべる隊長の顔を見た時に気付くべきでした。

 

 ああ、これはフラグだったんだなって。

 

 

 

 

 

 

藍俚(あいり)、今日はあなたに特別任務を申しつけます」

 

 あのやりとりから一週間後。

 朝のお仕事を開始する直前、隊長から突然そんなことを言われました。

 

 ――特別任務。

 

 この言葉を聞いた途端、猛烈に嫌な予感しかしませんでした。

 

「……あの、隊長……その特別任務というのは一体……?」

「百聞は一見に如かず、と言います。まずはこれを読みなさい」

 

 そう言いながら隊長はなにやら手紙のような物を差し出しました。

 

「は、はぁ……どれどれ……?」

 

 受け取り、目を通します。

 まず目に付いたのは――

 

 果たし状

 

 ――の四文字。

 もうこの時点で予感は確信になりました。

 さらに読み進めていくと、大体こんなことが書いてありました。

 

----------

 

 十一番隊の隊士諸君。

 貴方たちの横暴な振る舞いは目に余ります。

 あまりにも目に余ったので、個人的に制裁することにしました。

 

 あ、ごめんなさい。

 貴方たちは頭が悪いから、何のことかわかりませんよね。

 分かり易く言うと。

 お前たちを見ているとムカつくから、全員シメてやるってことです。

 

 七日後の朝四ツ(午前十時)に、十一番隊隊舎へ殴り込みを掛けます。

 精々頑張って迎え撃ってください。

 

 出来るものならね。

 あなたたちは弱い者相手にイキり散らすしか出来ないから無理ですよね。

 精々ビビって命乞いの準備をしておいてください。

 泣きながら逃げても一人残らずぶっ飛ばして、恐怖と礼儀を叩き込んであげます。

 首を洗って待っててくださいね。

 

 四番隊副隊長 湯川 藍俚

 

----------

 

 意訳ですけれど、大体こんな感じの文章です。

 

「……あの、なんですかこれ?」

「見ての通りですよ?」

「いえ、ちょっ!? 私、こんなの書いてませんよ!?」

 

 省略してますけれど、このお手紙には前文と末文がちゃんと書いてあるんですよ。

 "拝啓"で始まって"敬具"で終わってるんです。

 文章も物凄い丁寧に書かれてるのが、逆に煽りレベル高いですよね。

 

 じゃなくって!!

 

 当然ながら、身に覚えは一切ありません。

 そもそもこれは私の字じゃありません。というかこの筆跡、毎日見てます。

 

「あらあら、おかしな事を言いますね。先週、口にしていたではありませんか。目に余るから引き締める必要がある、と」

「それは言いましたけど……えっ!? ええっ!? アレをですか!?」

「ですので、私が気を利かせて代筆しておきました。あ、それは下書きです。清書したものは既に十一番隊に配達済みですよ」

「ああああぁぁっ!!」

 

 思わず頭を抱えてうずくまってしまいました。

 

「しかもこの七日後って……」

「勿論今日のことです。約束の時間まではあと半刻(六十分)程ですね」

 

 お日様の位置を確認しながら、楽しそうに言ってくれます。

 他人事だと思って……あ、他人事か……

 

「つまり私は、今日の業務を中止して、十一番隊まで行って各隊士をシメろってことですか?」

「あらあら藍俚(あいり)ったら、そんな乱暴な言葉を使ってはいけませんよ。四番隊の流儀に従えない方々を、十一番隊の流儀で懇切丁寧に一人一人説得して回る。それが、今日の任務です」

 

 言ってることはともかく、やってることは一緒ですよね……

 むしろ"さも大義名分はこちらにあります"みたいでイラッと来るんですが……

 ……おかしいなぁ。隊長って、こんなに脳筋な物の考え方をする人でしたっけ?

 

「……なにか?」

「いえっ! 全く何も問題はありません!!」

 

 ナチュラルに心を読むの止めて貰えませんか。

 

「まあ、安心してください。私も鬼ではありませんよ。こちらで出来る限り手は回しておきましたから」

「はぁ……」

「それと、これは餞別です」

 

 そう言いながら隊長は、どこからともなく大量の……木刀ですねこれ。

 五十本くらいの木刀が背負子(しょいこ)に括り付けられています。

 二宮金次郎像が背中に(まき)を背負っているじゃないですか、アレみたいなのを取り出しました。

 

「この大量の木刀は一体何に……?」

「何って……ふふ、おかしな事を言うのですね」

 

 私が木刀の山と隊長とを見比べていると、隊長はくすくす笑いました。

 

「敵地に乗り込む際には、持参した物以外は決して信用してはならない。常識でしょう?」

「い、いえ! その教えは確かに隊長に習いましたが……!! 敵地、なんですか……? 十一番隊は同じ護廷十三隊の死神ですよ!?」

「同じ仲間だから、木刀を使うんですよ。まさか藍俚(あいり)、あなた斬魄刀を仲間の死神に向けるつもりだったんですか?」

「ああああぁぁっ!!」

 

 は、話が通じない!! 私にどうしろっていうのよ!!

 

「つまり、この木刀で全員シメ――」

 

 ギロリ! そんな音が聞こえそうなくらい睨まれました。

 

「――も、もとい! 十一番隊の流儀に従って説得して回れば良いんですね?」

「そういうことです」

「ちなみに、知らなかったことにして帰ってしまう、というのは……」

 

 おっかなびっくり提案してみると、隊長の笑顔がより一層にこやかになりました。

 

「まあまあ、面白い冗談ですね。うふふ、面白すぎて笑えませんよ」

 

 あ、これ逃げ場がどこにもないやつだ。

 

「わかりました! わかりましたよ!! 不肖、湯川藍俚(あいり)! これより特別任務を遂行してきます!!」

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 卯ノ花隊長に見送られながら、私は十一番隊の隊舎に向けて出発しました。

 

 大きな荷物を背負って救護詰所から出て行ったので、四番隊(ウチ)の隊士たちから不審な目で見られました。

 

 

 うふふ、あなたたちの副隊長は今から魔獣の巣窟へ殴り込みに行くのよー♪

 応援しててねー♪

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

『いやぁ、よもやこのような一大テンタクルスな展開が待ち受けていようとは!! お釈迦様でも知らぬが仏というやつでござりますなぁ!!』

 

 テンタクルス……? ああ、スペクタクルね。

 でも、まさかあの時の言葉がこんなアホな展開に繋がるなんて思ってもみなかった。

 そこだけは同意しとくわ。

 

『しかし、大丈夫でござりますか? 今の十一番隊には……』

 

 言わないで!

 

『ザラキーマ殿が……』

 

 名前を出すな!!

 わかってるのよ、そんなことくらい!!

 

 更木剣八。

 我らが主人公にして永遠のツッコミ役、黒崎一護が最初に勝った隊長よね。

 

 ……なんで主人公はアレに勝てたの??

 

 私だって更木隊長のことくらい知ってます。

 新隊長就任の際に直接見たことだってあります。

 見た目は野性の獣が裸足どころか足が千切れても逃げるくらい剣呑。

 とんでもない霊圧を垂れ流しにしてて、しかも霊圧の底が見えない……強さの上限が見えないんですよね。

 ギラギラした目をしてて年がら年中戦いを求めてる、みたいな隊長です。

 三度の飯より喧嘩が好きという言葉が服を着て歩いているような人――が、目が合った瞬間に土下座して命乞いしそうなくらい、とんでもない人ですね。

 

『そもそも喧嘩よりも斬り合いの方が好きな御仁でござるからな』

 

 言わないで……くじけそうになるから……

 

 結構強くなった自信はあるんだけど、アレに勝つイメージは全く湧かないわ。

 それと今思い出したけれど"剣は両手で振った方が強い"って当たり前の理屈に気付いただけで十刃(エスパーダ)を一人倒してたわよね。

 敵の名前は忘れたけれど。なんだっけ? ルンガルンガみたいな名前の人。

 

『(ノイトラ殿の聖哭蟷螂(サンタテレサ)でござるか……)』

 

 うん、改めて考えても頭おかしい。

 多分私が知らないだけで、滅却師(クインシー)との決戦の際にはもっと頭おかしいことやってるはず。

 おそらくきっと多分絶対に間違いない。

 

 ……ホント、主人公はなんでアレに勝てたの?

 

 このまま進むと更木隊長と戦うことになる。

 かといって戻れば卯ノ花隊長に殺される。

 

『前門の虎、後門の狼でござるな……』

 

 虎と狼が相手だったらまだ勝てるんだけどねぇ……

 

 そんな話をしていたら、漂ってきました。

 そろそろ気を引き締めましょう。

 

 なにがって、鉄錆と暴力の匂いですよ。

 さっきから香りはありましたが、この辺りからは格別濃い匂いがしています。

 (いか)つい顔をした住人たちが私を奇異の目で見てきます。当然ですよね、私はこの地区にはちょっと似合わないでしょうから。

 

 彼らは皆、十一番隊に憧れた者達。

 剣八の強さを間近で見たいという血の気の多すぎる猛者たちが、誰に頼まれたわけでもなく自ら望んで住んでいるそうです。

 

 そんな戦闘馬鹿たちの総本山がこちら十一番隊です。

 大扉がデデンと行く手に立ち塞がり、傍には門番であろう二人の隊士がいました。

 

 ここからもう、勢いでやるしかないわよね。

 

 

 

「こんにちは」

「あん? なんだテメェは!?」

 

 皆さん聞きました? 近寄って挨拶しただけなのにこれですよ。

 まあ、背中に大量の木刀を背負った相手が近寄ってきたら私も警戒しますけど。

 

「用がねぇならとっとと失せろ! 今日はこれから身の程を知らねぇ四番隊……」

 

 あら、どうやら気付いたみたいですね。

 私を見る目の色が変わりました。

 

「テメェまさ……かはっ!!」

「遅い」

 

 顔面に裏拳を一つ叩き込めば、それだけで一人は沈みました。

 

「はい、もう一つ」

「がぁっ!!」

 

 同じようにしてもう一人も殴り飛ばしました。

 まったく……そこで驚いて動きを止めちゃ駄目じゃない。

 何のために二人で門番してたのよ? ちゃんと熨斗付けて返品してあげるからね。

 

「さて、と。それじゃあ……おっ邪魔しまーすっ!!」

 

 気絶した二人の襟元を掴んだら、なんとびっくり両手が塞がってしまいました。

 なので勢いよく挨拶しながら大扉を蹴り飛ばせば、爆発したような音が響いて扉は一瞬にしてひしゃげ、内側目掛けて飛び込んで行きました。

 

 ……勢いで壊しちゃったけれど、このくらいは必要経費でアリですよね?

 

「なんだァ! 今の音は!?」

「正面の門からだったぞ!!」

「はっ! ようやく来たか、身の程知らずが!!」

 

 轟音に反応してか、奥から隊士たちが押っ取り刀な様子で次々に現れます。

 ふむふむ、この即応性は評価してあげる。五点加算ってところかしら。

 それにしても多いわね、人数が。

 ひょっとして十一番隊の隊士全員が集まって来てる? 私の相手をするために?? 普段の業務を休んでまで???

 

 やだ、私ってば人気者。

 

「お前でいいんだよなぁ? 十一番隊(ウチ)にあんなふざけた果たし状を送ってきたのは!?」

 

 いいえ、卯ノ花隊長です! って言っても絶対信じないわよねぇ……

 果たし状にはしっかり私の名前が書かれてたし。

 集まってきた中には注意した(脅した)ことのある顔がちらほらいますから、顔バレもしていますし。

 

 ……そう言えばこの人たち、一週間も時間があったのによく何も言ってこなかったわね。

 変な箝口令とか敷かれてたのかしら?

 

「だったらどうする? ああ、それとも内容が理解できなかったのかしら? どれだけ注意しても理解してもらえないみたいだから、そっちのやり方で説得してあげるって書いてあるのよ。理解できたかしら?」

 

 なのでこっちも精一杯虚勢を張ります。

 するとどうしたことでしょう?

 辺り一面にいた十一番隊の隊士たちが全員、おでこに怒りマークを浮かべました。

 青筋立てて、今にも飛びかかってきそうです。

 

 一体何が悪かったのかしら……? こんなにも親切丁寧に説得してるのに……

 

「……いくら副隊長でも四番隊風情がいい度胸だ。そこだけは認めてやるよ」

「残念だけど、あなたたちに認められても格が下がるだけなのよ……ねっ!!」

 

 両手で掴んでいた二人をそれぞれ別方向に投げれば、全員の視線が一瞬だけ二人に集まりました。

 この一瞬の隙の間に、背負った木刀を――自分用に一本だけ確保しておきますが――バラバラに投げます。

 

「あっ、コイツらは外にいた!」

「うぉっ!? なんだ!?」

「ぼ、木刀が……ぐわっ!!」

 

 空から突然降り注いだ木刀の山は、さながら驟雨(しゅうう)ってとこかしら?

 注意が削がれていた彼らは反応が遅れて、まともに直撃する人もチラホラいます。

 

 そうなるように仕向けたとはいえ、虚を突かれすぎでしょ……

 

「せいっ!」

「がぁ……っ!」

 

 混乱の隙を突いて、手近にいた一人に木刀を一閃。

 まともに対応すら出来ぬまま、一撃で泡を吹いて気絶しました。

 

「どうしたの? 果たし状の送り主が来てるのに油断してたなんて……もしかして、審判役が"初めっ!"って言わないと戦えないの?」

「テメェ!!」

 

 やれやれ、やっと火が付いたみたいね。

 その辺りに散らばっている木刀を各々拾い上げると、血走った目で私を睨んできます。

 

「あらら、犯されちゃいそう……」

「死ねえええぇぇっ!!」

 

 ようやく襲い掛かってきてくれました。

 これで鉄拳制裁が出来ます。

 

 ですが現状は、驚くくらいの多対一です。

 よく「多人数を相手にする場合は強い奴から倒せ」なんて言うけれど今回はそれはなし。

 だって全員ぶちのめさないと、私が隊長にぶちのめされるからね。

 

 なので今回注意すべき点は、可能な限り一対一の状況を作るように心掛けること。

 複数を同時に相手をすることのないように、状況全てを利用すること。

 

 例えば――

 

「邪魔!!」

「うおおおっ!?」

「馬鹿、来るなっ! ぐおおおおっ!」

 

 近くにいた隊士を掴み、別の隊士目掛けて投げつけます。

 すると相手はそれを避けきれずに、仲良く絡み合うようにして倒れました。

 

「くそっ! 舐めんなっ!!」

「はい、あなたの相手はこっち!」

「ぐっ……って、うおおぉっ!?」

「だあっ!! って、すまん!!」

 

 近くにいた隊士を身代わりにします。

 襲い掛かってきた相手は剣を止められず、綺麗な同士討ちになりました。

 

 ――とまあ、こんな風に。

 利用できるものは敵でも利用して、立ってる者は親でも使うわけです。

 こうしないと囲まれて袋だたきにされますからね。

 

 他にも――

 

「はい、あげる」

「え……? がっ!?」

 

 ――手にした木刀を軽くパスすれば、相手は一瞬だけ怯みました。

 その隙にぶん殴って倒します。

 

 まあ、こんな虚を突く手段は何度も使えないんですけどね。

 そもそもこの殴り込みは"わからせ"が目的ですから。

 何が起こったかわからないくらい一瞬で倒しちゃうと、わからせられないので。

 

「はっ!」

「ぐあああっ!!」

「ぎゃあああ!!」

 

 なので適度に手加減しつつ、一太刀でぶった斬ります。

 まあ木刀なので斬れずに――頑張れば斬れますけど――打撲や骨折が関の山です。

 

 これで三十人くらいは倒しました。

 けれどもまだまだ人数は多く、相手の士気も高いみたい。

 

「くそっ! 四番隊のくせになかなかやるじゃねぇか!!」

「……そう?」

 

 見た感じ、真っ先に来ているのは若い隊士みたいね。

 新人に経験をつけさせようと思ってか、それともベテラン隊士はストッパーとして後に控えているのか。

 ……うーん、若い隊士とはいえこのくらいの腕かぁ……

 霊術院をちゃんと卒業したはずでしょうに――

 

「――この程度で強いと思えるのね……」

「んだとコラアアアァァ!!」

 

 あらいけない、口に出ちゃってた。

 激昂して襲い掛かってきた相手を、今度は力尽くで吹き飛ばします。

 

「ぎゃあああああぁっ!!」

 

 良く飛ぶわねぇ。

 吹っ飛んだ十一番隊隊士はそのままゴロゴロと転がって……

 

「オウ、元気よう転がり回っとるみたいじゃのぉ」

「い、射場三席!?」

 

 一人の死神の足にぶつかって止まりました。

 

「久しいのぉ、湯川副隊長」

「ええ、こちらこそ。射場三席」

 

 この人は顔も名前もちゃんと知ってます。

 十一番隊の射場(いば) 鉄左衛門(てつざえもん)さんです。

 角刈りにサングラスまで掛けたいかつい容貌の男性です。

 オマケに広島弁で喋るので、見た目と相まってどう見ても"ヤのつく自営業の方"にしか見えませんが、話してみればちゃんとスジを通す仁義に熱い人です。

 

 良い人ですよ、みかじめ料とかも要求されませんし。

 

「あんたからあんな手紙が届いた時には、冗談かと思うたわ。じゃがこうしてここに来とるいうこたぁ、本気じゃったんじゃのぉ」

「ええ、まあ。十一番隊の皆さんがちゃんと四番隊(ウチ)の言うことを聞いてくれれば、こんなことをする必要もなかったんですけどね」

 

 これは本当。

 射場さん良い人だし立場もあるんだから、部下をちゃんと締めてくれれば私もこんな事しなくて済んだのに……

 ちょっとやらかした新人隊士(チンピラ)に「ワレ(お前)エンコ詰めんかい(指を切断しろ)!!」って言ってくれるだけで良かったんですよ?

 

藍俚(あいり)殿、思考がおかしくなってるでござるよ! 仁義がなくなってるでござる!! それは創作物の中だけで勘弁して欲しいでござる……』

 

「それならそう、ワシに言うてくれりゃあ良かったんじゃ。そしたら引き締めることもできたんじゃが……もうここまで被害が出ると、下のモンも収まりがつかん。なにより、十一番隊(ウチ)にも面子というものがあるけぇの……」

 

 そう言いながら、落ちていた木刀を拾い上げると正眼に構えました。

 

「すまんが骨の一本や二本は、覚悟してもらわにゃならん!」

 

 すっごい似合ってる! Vシネマみたい!!

 

 ……この人は礼儀正しいし、特に四番隊で暴れることもない良い人なので……

 戦いたくないなぁ……

 でも中途半端は駄目よね。

 

「よっ、と……?」

 

 襲い掛かってきた剣を受け止め――あら、なんだか妙ね。

 本気の剣じゃないわね、私に受けてくれってお願いしてる太刀筋だった。

 だからつい受けちゃったんだけど……

 

「(おい、聞こえとるか?)」

 

 やっぱり何か狙いがあったようで、鍔競り合いを装って小声で話しかけてきました。

 

「(なに?)」

「(あがいな手紙()ろうては、隊士たちがいきり立つのも当然じゃ。止められんかったんはワシにもちいと責任がある、認めたるわ。じゃけぇ、ここでワシに負けちゃあもらえんか? そうすりゃ後はワシが何とかするけぇ)」

 

 なるほど、そういうこと。

 

 挑発された以上、溜まった鬱憤をガス抜きさせる意味でも戦わせるのは必要だった。

 でも多勢に無勢なら私は絶対にどこかで負けるはず。

 そのタイミングを見計らって、射場さんが登場して場を取りなして、丸く収める。

 これが彼が当初想定していたシナリオだったってことね。

 

 すみません、ウチの隊長が先走ったばっかりに気を遣わせてしまって……

 

 オマケに想定外に私が暴れちゃったせいで、シナリオが完全に狂っちゃった。

 でもまだ修正は可能。

 射場さん自ら出張ってきて相手をすることで、他の隊士の手出しを封じる。

 そして"副隊長といえども所詮は四番隊"なら"三席相手なら負けてもおかしくない"という大義名分が出来るし、戦闘終了後には彼が睨みを利かせれば報復される心配もない。

 後は適当に死んだフリをしていれば、勝手に場を納めてくれるってわけね。

 十一番隊はこの喧嘩に勝ったということで名に傷は付かないし、四番隊が殴り込みに来るくらい怒らせたということで、平隊士たちを強く諫める理由にもなる。

 

 なるほど、完璧な作戦よね。

 

 ……私が従えば、だけど。

 

「ごめんなさい」

 

 鍔迫り合いの形のまま腕力で射場さんを突き飛ばして距離を取ると、瞬時に斬撃を何発も叩き込みます。

 

「な、なしてじゃ……なしてこがぁなこと……」

 

 どうして従ってくれないのか信じられない、理解できない。

 といった様子を見せながら、射場さんは倒れました。

 

 まあ、わからないですよね。

 負けたら卯ノ花隊長に何をされるかわからない以上、私が背水の陣で臨んでいるなんて。

 ……ああ、なんて弱い私……

 

「射場さん!!」

「テメェ!!! よくもやりやがったな!!!」

「ぜってぇ許さねええぇぇ!!」

 

 そりゃ、こうなりますよね。

 下っ端チンピラならともかく若頭に手を出されたら、組のシメシがつかないもの。

 

 復讐に燃える隊士たちの群れに向けて、私は木刀を構えました。

 

 

 

 

 

「ぐわああああああぁぁっ」

「ふぅ、これで全員ね」

 

 このくらいなら負ける道理がありません。

 確かに手強かったといえば手強かったのですが、流石に負けませんよ。

 人数が多かったので息は乱れましたが、その程度。

 怪我もありません。

 

 反対に十一番隊側は酷い有り様ですね。

 全員が地面に倒れていて、見た目だけなら死屍累々の屍山血河な状態です。

 二百名くらいはいますね。

 勿論殺してなんかいませんよ。

 気絶している人もいるみたいですが、多くの方は苦悶の呻き声を上げています。

 

 さて、これからが本番ですよ。

 この人たちを――

 

「……ッ!!」

 

 ――身体の底から震え上がるような殺気!

 

 考えるより先に身体が動いて、反射的に防御を固めます。

 すると、防御したのとほぼ同じタイミングで、強烈な一撃が木刀に叩き込まれました。

 思わずバランスを崩す程の強烈な一撃。

 こんなことが出来るのは……

 

「ハハハハハハハッ!! つまんねぇ仕事を終わらせてきてみりゃ、随分面白いことになってるじゃねぇか!!」

 

 ……今まで一体どこにいたのやら。

 

 更木剣八が木刀を片手に狂喜の笑みを浮かべていました。

 




●タイトル
我ながらなんという頭の悪い……

●十一番隊の隊士たち
結構まとも、というか義理堅くて律儀な人も多いみたいですが。
彼らには犠牲になってもらいました。ネタの犠牲に。

●射場さん
病気の母親(元三番隊副隊長)の治療費のため、誘いを受けて七番隊副隊長になった人。

元十一番隊所属なのでここで登場。
加えて"この頃だとこんな立場かな?"と安易に三席決定。
そして真面目そうなので、文中のような落とし所を作ってくれました。
(その提案を我が身可愛さに断ってしまう下衆)

彼の口調(広島弁)は「恋する方言変換」というサイトにお世話になりました。
(感想で教えていただきました。誠にありがとうございます)
(ただこの人の場合はVシネマとかのが参考になったかもしれません(苦笑))

●ザラキーマさん
来ちゃった。

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