お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第68話 噛ませ犬に適してる

「はい、じゃあ夜勤組からの引き継ぎ事項はこれで全部ね。他に何か言っておくことはない? 有給休暇の申請予定とかは大丈夫かしら? その場合は早めに言ってね。勤務表を直すから」

 

 今日は普通にお仕事の日です。

 ちょうど夜勤組と早番組の勤務交代の時間でした。

 なので二組で簡単にミーティングをして、注意事項や連絡事項の共有をしています。

 いわゆる交代時の引き継ぎというやつですね。

 

「はい、じゃあ何も無いようなので。これで引き継ぎは終了。夜勤組の皆さん、お疲れ様でした。早番組の皆さん――」

 

 そこまで口にしたところで、部屋の戸がガラッと乱暴なくらい勢いよく開かれ、一人の男性が勝手に入ってきました。

 

「――今日も一日……何? 誰?」

 

 おもわず不審な声を上げてしまいます。

 隊士の子たちも突然の闖入者に目を白黒させて驚いていました。

 

「十一番隊、五席。斑目(まだらめ) 一角(いっかく)だ!」

「じゅ、十一番隊!!」

「い、いったい何の用があって!?」

「まさか、副隊長を狙って来たんじゃ……!!」

 

 あらら、部下の子たちが浮き足立ってるわ。

 まあ、無理もないか。

 殴り込み事件を瀞霊廷通信でネタにされてから、まだ三日と経ってないものね。

 そんな折にこうやって来られたら、萎縮するのも無理ないわよ。

 

 斑目一角。

 見た目はスキンヘッドのヤンキーって感じの男性ね。

 三白眼のせいで目つきも悪いしガラも悪い。

 オマケに十一番隊所属だけあって腕も立つ。

 

 ……立つ、はずなんだけど……

 

 なんでかしら? この男を見ると"噛ませ犬"って言葉しか出てこないのよね。

 あともう一つ"斬魄刀ガチャ失敗"って言葉も出てきたんだけど……これ、なんでだったかしら?? 理由が思い出せなくて……

 たしか彼の斬魄刀って……

 

 …………………………………………………………………………

 

 まあ、どうでもいっか。

 

『(ちょっとだけ可哀想でござるなぁ……斑目殿は後付け設定の被害者のようなものでござるというのに……あ! 斑目殿って言うと、なにやら別の御仁を思い浮かべますな!! こう、視覚の文化について研究したくなってくるでござる!!)』

 

「その斑目五席が一体何の用事かしら?」

 

 怯える部下たちを庇うように前に出て、毅然とした態度で応じてあげます。

 

「オウ、テメェが湯川って副隊長だろ? この間の十一番隊での件といい、瀞霊廷通信のことといい、随分と暴れてるみてぇじゃねぇか」

「……それが何か?」

 

 因縁の付け方がチンピラのそれなんだけど……

 

「何か、だと!? 十一番隊にも面子ってもんがあるんだよ!! 他の隊から弱ぇと思われたり、更木隊長の強さを疑われるのは我慢がならねぇ!!」

「それで、あなたが出張ってきたってこと?」

「そういうこった」

 

 ……あ、そうか。思い出した。

 以前殴り込みに行った時に、この男はいなかったわね!

 だから来たんだ。

 既にぶっ飛ばされた連中が今すぐにリベンジに来ても、恥の上塗りだもの。実力が伴わないもの。

 

「私と戦って瀞霊廷通信のあの記事を訂正させたり風評を払拭したい、ってこと?」

「ああ」

 

 なるほど、なるほど。

 今の状況が我慢ならないから刺客を送り込んできた、みたいな事なのね。

 

 ふーん……

 

 そのためにわざわざ、始業直前にやってきた……ってことなのね……

 

「わかったわ。それじゃあ、今すぐやりましょうか――」

「おお、話が早ぇな!」

「――って、なるわけないでしょうがぁぁっ!!!」

「ぐおおおおおおおっっ!!」

 

 外に出る素振りを見せて油断を誘ったところで、即座に一角の顔面を掴みました。

 いわゆるアイアンクローです。

 握力だけで顔の骨を握り潰さんばかりの勢いで力を入れてやりました。

 

「今から通常業務が始まるの!! 十一番隊と違って遊んでるわけにはいかないの!! 入院している患者の面倒を見なきゃいけないのよ!! あんたの相手をしてる暇なんてあるわけないでしょうが!!!」

「は、離しやがれっ!! て、テメェ!! いつでも掛かってこいって言ってたじゃねぇか!! いだだだだだだだっ!!!」

 

 実は一角よりも私の方が一寸(3cm)ほど背が高いのです。

 なので、ちょっとだけ上からアイアンクローをしています。

 一角は軽く宙ぶらりん状態になってて、背伸びして何とかバランスを取っています。

 

 相手も大した物で、不安定な状態になりながらも私の腕を掴んで引き剥がそうとしてますが、そんな力の入れ方じゃ十年掛けても外せないわよ?

 

「だからって、本当に来る馬鹿がいるのかしら!? せめて事前に"この日に伺いますがご都合は大丈夫でしょうか?”って通達くらいはしておくべきでしょうが!! アンタの頭の中には常識ってもんが無いのかしらっ!? その頭カチ割って空っぽの中身を少しはマシにしてあげましょうか!? 大丈夫、傷跡は完全に消してあげるから!!!!」

「ぐ、ぐおおおおおおっっっ!!!」

「す、すごい……」

「副隊長……一生付いていきます!!」

 

 一角の悲鳴と、部下たちの尊敬に満ちた視線だけがそこにはありました。

 

 ……なにこれ?

 

 

 

 

 

 

「さて、と……皆。ごめんね、ほったらかしにしちゃって」

「いえその、その方は良いんですか?」

「斑目五席? いいんじゃない? 礼儀知らずなんて放っておいて今日の業務を始めましょう」

「誰が礼儀知らずだゴルアァァっっ!!」

 

 あ、復活した。

 完全にアイアンクローで沈めたから、半日くらいは床を舐めてると思ったのに。

 

「事前に連絡の一つも入れず、急に来るのは充分礼儀知らずでしょう?」

「チッ! なら、何時なら良いんだよ?」

「えーっと……」

 

 物凄い不機嫌に予定を聞いてきたので、私は予定表を確認します。

 

「……来月くらい?」

「そんなに待てるかっ!! テメェ、ふざけてんのか!!」

「ふざけてないわよっ!! こっちにだって予定ってものがあるの!!」

 

 按摩とか、整体とか、マッサージとか!!

 砕蜂と一緒に修行して癒やされたりとか!! これはそろそろ終わりそうだけど!

 卯ノ花隊長との修行だってまだ続いてるのよ!! あの人、この間の更木剣八と戦った時からまた一段と恐くなったんだから!! 一角、あんたが隊長との修行を代わってくれるっていうのかしら!?

 

 ……ん? 代わってくれる?? あ、これはアリかも。

 

「気が変わったわ……」

「あん?」

「え、あの……湯川副隊長?」

「オモテに出なさい。四番隊(ウチ)の訓練場があるから、そこで少しだけ相手をしてあげる」

 

 急に態度を変えた言葉に、一角を含んだ全員が胡乱げな表情を見せました。

 

「……何を企んでやがんだ?」

「別に何も。それより来るの? 来ないの? 今を逃すと次は一ヶ月後よ?」

「くそっ! わーったよ!! 行けばいいんだろ、行けばよ!!」

「そういうことだから、皆は先に業務を開始してて。すぐに戻るから」

 

 他の皆にそう告げると、外に出ました。

 

 

 

「すぐに戻るたぁ、甘く見てくれるじゃねぇか」

 

 訓練場に着くなり、一角はそんなことを言ってきます。

 やだ、気にしてたのね……事実なんだから気にするだけ無駄なのに……

 

「それよりもはい、これ木刀よ」

「いらねぇよ!!」

 

 せっかく差し出した木刀を一角は弾き飛ばしました。

 

「悪いが、そんな玩具じゃ()った気がしねぇ。コイツで()らせて貰うぜ」

 

 続いて腰に差していた斬魄刀を抜きました。

 

 けど、玩具ねぇ。

 射場さん含めてそっちの隊士たちは、その玩具でぶっ飛ばされてるんだけど……

 

「あら、そっちがお好み? そっちだと、ちょっと手加減が出来ないんだけど……」

「手加減だぁ? 甘くみてんじゃねぇぞコラァッ!!」

 

 まだこっちが抜いていないのに、もう襲い掛かってきました。

 まあ、まだ抜くつもりもなかったんだけれど。

 

 一角の戦闘スタイルって、ちょっと独特よね。

 片手に斬魄刀を、もう片方の手には鞘を握ってる、ある種の二刀流なのよ。

 刀で攻撃を、鞘で防御を担当してるのかしら?

 でも時々鞘でも殴ってきてるから、良い意味で変幻自在、悪い意味だといい加減な戦闘スタイルってとこね。

 

「ふんふん」

「くそっ! チョコマカと……!!」

 

 連撃を避けながら観察します。

 確かに、結構強い。

 でもこれじゃあ、まだ剣八の相手はできなさそうね。

 

 その後も攻撃を避けて見学に徹していましたが……見極めはこんなところかしら。

 

「はい、ここまで」

「ぐあっ!!」

 

 斬魄刀を抜き、峰で何度か叩きます。

 相手の目には一瞬で複数回斬られたように見えたでしょうね

 

「素質は良いけれど、まずは基礎から鍛えてきなさいな。そんなんじゃ私には届かないし、このままだと更木隊長にも見限られるわよ?」

 

 最後に相手の心を擽るようにそう言って、背を向けます。

 

 こう言えば一角も少しは反骨心から強くなってくれるでしょう。

 そうして強くなってくれれば、更木剣八が対戦相手として興味を持ってくれるはず。

 剣八の目が一角に向けば、私は闘わなくても済みます。

 なんていう素敵な計画なんでしょうか!

 

『専門用語で言うところの、リリース要員とか素材要員という奴でござるな!!』

 

 長いとテキスト読む気になれないのよねぇ……

 効果説明欄は三行まで! それ以上長文のカードは全部一生禁止でいいのに。

 

『どうせ基本はイラストアド目当てでござるよ!!』

 

「待てよ……何、勝手に終わったことにしてんだゴラアァァッ!!!」

「……!!」

 

 あら驚いた。

 気絶するくらいのダメージは与えたつもりだったのに立ち上がったわ。

 

「しかも峰打ちだと……っざけんなテメェ!! 延びろ! 鬼灯丸!!」

「始解……」

 

 一角の持つ斬魄刀が鞘と一つとなり、一本の槍になりました。

 そういえばそんな能力だったわね。

 

「そこまでやったら、もう冗談じゃ済まなくなるわよ?」

「遊びでやってんじゃねぇんだよっ!!」

 

 と、槍を手に襲い掛かってきましたが……

 

「はあっ!!」

「ぐあああああっ!!」

 

 一刀でケリが付きました。

 始解しても、素の実力がありすぎなのよね。

 

『即堕ち二コマと言う奴でござるな』

 

 でもまあ、刃を返させた気迫だけは褒めてもいいかな。

 

「が……く……そが……っ……」

 

 斬ってしまったので、当然出血しています。

 痛みと衝撃で意識が朦朧としているはずなのに、それでも悪態を吐いているその根性だけは大した物ですね。

 

「はいはい、もう少し強くなってからまたお越しください」

 

 意識を失いつつある一角に向けて、私は回道を唱えました。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「あはははははっ!! ばーかばーか!!」

「ぷ、くくく……い、一角……!! それは……くく……」

「くっ……笑っちゃいけんと思っちょるが、これは……」

 

 後日、十一番隊は笑い声に包まれていた。

 

「くそっ!! 笑いたきゃ笑えっ!!」

 

 その原因は斑目一角である。

 

 何しろあれだけ自信満々に出て行ったかと思えば、一撃で負けて帰ってきたのだ。

 オマケに真剣で斬られて、その傷を完璧に治されて送り返されてきた。

 恥の上塗りどころの騒ぎではない。

 

 やらかしを重ねたということで、罰として。

 今の一角は額に「負け犬」と書かれた鉢巻きを、首から「私は盛大に負けました」と書かれたプレートを下げており、極めつけは顔中にやちるの落書きが書かれている。

 禿頭のおかげでキャンバスが広く、墨で塗られていない部分の方が珍しいくらいびっしり落書きされているとなれば、笑いものになるのも無理はなかった。

 

「クソがっ!! この屈辱は絶対に忘れねぇからな!!」

 

 嘲笑に包まれながら、一角は今よりももっともっと強くなると決意を新たにする。

 余談ながら、この日から定期的に四番隊に出かけては藍俚(あいり)に返り討ちにされる一角の姿が目撃されることとなった。

 図らずも彼女の思惑通りに、強くなっていくのだがそれはまた別のお話。

 

「オメェらも、これでわかったろうが。藍俚(あいり)は半端な腕じゃねぇ。手を出すなとは言わねぇが、やるなら相応の覚悟を持って行け」

 

 そして更木剣八は、部下たちにそう告げる。

 実際、藍俚(あいり)の所へ単身乗り込んだ一角は強さにより貪欲になったのだ。

 ならば部下たちの中にも、戦いを挑めば同じ結果を得られる奴がいるかも知れないと思うのも無理はない。

 強い相手が増えるのは大歓迎だ。戦いを愉しめる相手が増える。

 

「ますます欲しくなったぜ。アイツがいりゃあ、どれだけ死にそうな傷でもすぐに癒やせる……永遠に戦いを愉しめるってことじゃねぇか!! なんとか引き抜けねぇもんか……」

 

 藍俚(あいり)がいれば、遊び相手がもっと増える。もっと長く愉しめる。

 良いことずくめの展望を夢想して、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。

 

 

 

「…………っ!?!?」

 

 同時刻、四番隊で仕事をしていた藍俚(あいり)は背筋にこれまでにない悪寒を感じたらしいが、真相は不明である。

 




●斑目一角
噛ませ犬にもなれないに決まってるじゃないですか(タイトル詐欺)

ですがコイツを強くして剣八にふっかければ、多少は狙われなくなるんじゃないか。
という藍俚ちゃんの下衆な考え。

五席なのは射場さんがいるから。もう少しすると三席に昇進するはず。
(射場さんも狛村さんの所に引き抜かれるだろうし)

●斑目殿
げんしけんの方。
東京卍リベンジャーズでも嘘食いでもない。

●リリース要員・素材要員
遊戯王TCGとかの用語……でいいのかな?(少なくとも本人はそのつもりで記載)
いわゆる「特定カードを活用するためのコストとして用意した存在」のこと。
拙作中では「更木隊長と代わりに闘って満足させてあげてくれ」の意味で使用。
人身御供とか生け贄とかと同義。

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