今日は卯ノ花隊長と一緒に一番隊の隊舎まで来ています。
といっても来ているのは私たち四番隊だけではなく、他隊の隊長・副隊長も一同に集まっています。
なんと今日は、砕蜂の二番隊隊長就任に伴って新任の儀が執り行われる日なのです。
おめでとう、砕蜂! 頑張ってたものね。
私と一緒に訓練するようになってから、彼女はメキメキ腕を上げていきました。
そして気がつけば隊首試験に合格して正式に二番隊の隊長になると同時に、隠密機動の軍団長にまでなってしまいました。
早い話が、夜一さんの後任を一手に引き受けたようなものです。
ですが、実はコレにはちょっとだけカラクリがありまして。
まず大前提として。
本来ならば隠密機動の軍団長は、代々の四楓院家当主が就く決まりなのです。
けれど皆さんご存じの通り、現当主の夜一さんは姿を隠しました。
つまり四楓院家は現在トップが不在という有様です。
夜一さんには弟の
決定しているのですが――
彼はまだ若くて経験が足りない。
ならば分家から一時的に当主を立てても良いのではないか?
いやいや、現当主の夜一が帰ってくる可能性もある。その問題をハッキリさせずに新当主を擁立するのはいかがなものか?
等々……
上記の理由から、即座に当主に据えるには問題がある。
そうなると隠密機動のトップが不在のままになってしまう。
二番隊の隊長に砕蜂が就いた。なら、二番隊と隠密機動は仲良かったし、そのまま砕蜂に軍団長も任せてしまおう。舵取りの人間がこのまま不在よりはずっと良い。
という事になりました。
とはいえ永久的ではなく、あくまで軍団長カッコカリです。
夕四郎が――もしくは分家の誰かかも知れませんが――家督を継いだ暁には速やかにその座を譲り渡し、彼女自身は補佐役に回ること。
これを条件として、特例的に軍団長に就くことが承認されました。
まあ、二番隊も隠密機動も長らく頭が不在で難儀してましたからね。
そこに現れたのが、実力もあって、隠密機動に務めていた経験があって、夜一の近くにいて色々と細かいことも知っている。
という丁度良い人材です。
砕蜂が隊長と軍団長を兼務することになったのは、ある意味ではなるべくしてなった。収まるところに収まった、といったところなのでしょうか?
あるいは世界の強制力みたいなのが働いたのでしょうか?
はたまた、砕蜂が「夜一さんの帰ってくるところを守ってみせる」みたいな強烈な思いを発揮して、無理を通して道理を引っ込ませたのか?
どうも三番目っぽい動きがあったようなのですが……
とにかく隊長と軍団長になったのは事実です。
「おめでとうございます! 砕蜂隊長」
「あ!
新任の儀も終わり、各隊長や関係者との挨拶を終えた頃を見計らって、砕蜂に声を掛けました。
もう、呼び捨てになんて出来ませんよね。
相手は隊長、私は副隊長なんですから。
「そ、それと……そのように畏まられなくとも……わ、私としては
と思ったけれど、どうやら相手の方はそう捉えてはくれなかったみたいね。
モジモジしながらも、今まで通りに扱って欲しいと言ってきました。
「それは、さすがに他の者に示しが付きませんから」
「うう……そうですよね……」
目に見えてションボリしてますね。
仕方ない……
「他人の目が無いところでは、いつも通り呼ぶから。だから我慢して。ね? 砕蜂」
「は! はいっ!!」
そっと耳元で囁けば、物凄い元気に返事をしてきました。
なにかしら……わんこがブンブン尻尾振ってる絵が見えるわ……
「今日はもう二番隊で、新隊長就任の挨拶ですか?」
「いえ。まずは四楓院家に向かい、隠密機動の長に就任することへのご挨拶と、あくまで代理として就くことへの宣誓をする必要があると……」
「それはなんとも……お察しします」
「ありがとうございます。ですが、自分のような未熟者が軍団長を兼務する以上、こう言った取り決めは当然ですので」
うん、飴をチラつかせればちゃんと隊長と副隊長同士の会話っぽいのをしてくれます。
……若干まだ、私を上に見てるみたいですが。
あと今さらではあるんですが、取り繕わないよりはマシなはず。
それにしても、貴族の縄張り争いみたいな儀式がまだ残ってるのね。
早い話が、砕蜂に「これはあくまで代理だぞ、わかってるよな? 軍団長にはさせてやるけれど立場は弁えろよ」という通告と「わかってます。出過ぎた真似はしません」という意思表示をさせるワケですよ。
……面倒よねぇ……
「そうだ、砕蜂隊長! 落ち着いてからで構いませんが、お誘いしたいところがあるんです。お時間は作れますか?」
「時間、ですか……? ええ、しばらくは身の回りのことでバタバタするとは思いますが……それでもよければ」
「よかった。それではまた、都合の宜しい頃にご連絡します。お忙しい所をお引き留めしてしまい、申し訳ありませんでした」
まあ、こんなところかしら。
砕蜂も忙しい身の上になっちゃったし、長々と時間を使わせるのも問題よね。
それに、こっちの準備もしておかないと。
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あの約束から半年くらい月日が流れました。
ようやく暇が出来たので、あの時の約束を果たしたい。と砕蜂から連絡がありました。
こんなに時間が掛かっちゃうなんて、やっぱり忙しいし身の振り方も色々面倒だったみたいね。
特殊な立場だったものねぇ。
二番隊と隠密機動との間の軋轢とか、部下たちの掌握とか色々あったんでしょうね。
とあれ――
「
――こうして彼女は無事にやってきました。
隊長になったので隊首羽織を羽織ってますし、この下にはあの刑軍の軍団長だけが纏うというあの格好をしています。
背中から腰まで脇に掛けてガバッと空いてて横乳から何から丸見えになっちゃう。
夜一さんの前までは男性だったからまだよかったですが、女性が着るとホントにアウトな格好ですよね。
そんな痴女を疑われるような格好に、若干負けてはいるものの、砕蜂もかなり美人に育ちました。
子供の頃の面影を残しつつもしっかり成長しています。
胸とか腰回りとかもね。
……正直に言って、私の知ってる姿よりもちょっとだけ肉付きが良くなってるのよね。
雌の匂いが漂ってくるっていうか、見ただけでグッと来る様になったと言うか……
カップが二つくらいは上になってるわよね。
彼女はスレンダーなタイプだからわかりにくいけれど、相対的に見ると……うん、おっきくなってる。
隠密機動の男衆のアイドルみたいになってそうなスタイルしてるわ。
これが射干玉の力……!!(ごくり)
「砕蜂、忙しかったんじゃないの? よく抜けられたわね……」
とまあ、そんな彼女の成長っぷりに感動しつつも応対は普通にします。
「はい! なんとか暇を作って来ました! こんなに時間が掛かってしまい、申し訳ありません!!」
「ううん、こっちも準備とかあったから。寧ろ丁度良かったかしら」
「準備、ですか……それは一体……?」
「ふふっ、それはまだ秘密。さ、こっちよ。着いてきて」
準備、という言葉に何をされるのか首を傾げる砕蜂をはぐらかしつつ、彼女を連れて瀞霊廷内を少しだけ歩きます。
なにしろちょこちょこと場所を変えているからね。
この辺りにいるってことだけは決まってるんだけれど……
ああ、いたいた。
「ご主人、お待たせしました。ほら砕蜂も、こっちよ」
「え、あの……これは……!?」
「いいから、座って座って」
砕蜂が戸惑うのも無理もないかしらね。
私が連れてきたのは、おそば屋さんの屋台なんだから。
大八車みたいに車輪がついてて移動が出来て、屋根があって料理場があって。のれんが着いてて提灯もあって。
夜鳴きそば・夜鷹そば・夜そば売りみたいな名前を一度くらいは聞いたことあるでしょう? アレよアレ。
横長の椅子もしっかり完備してて、お客さんが座ってゆっくり食べられます。
「それじゃあご主人、おそば二人前ね」
彼女の腕を引っ張って座らせながら、注文します。
「はい、毎度!」
「
困惑した表情のままでしたが、ご主人の声を聞いた途端に砕蜂が固まりました。
どうやら彼女もようやく気付いたみたいです。
「に、兄様!?!?」
「ははは、久しぶりだな砕蜂」
ということで、おそば屋さんのご主人は砕蜂のお兄さん、探蜂さんでした。
皆さん覚えていますか? 指南役をクビになって、料理屋さんで働きだした彼です。
ですけど大怪我で霊力が弱まってしまい、それから歳月も経過しているので、もう出会った頃の若々しさはありません。
見た目はギリギリ初老に届かない程度の、渋い素敵な男性になってます。
老練さが感じられてとても頼りになりそうで、正直若い頃よりもモテそう。
オジサマ趣味の子は絶対に放っておかないわよコレ!
「驚いた?」
「お、驚きましたよ!! どういうことですか、これ!?」
「本当は隊長に就任した日に連れてきたかったんだけどね、その頃はまだちょっと、料理の味が合格点を出せなくて、屋台も準備中だったから……」
「そういうことではなくて!!」
ばんばんと台を叩きながら興奮したように砕蜂は叫びます。
「兄様は
「こんな小さな屋台をやっているのか、かしら?」
「はい! だって前まで働いていたお店は、とても大きくて立派でした! あそこなら兄様はずっと安泰だったはずです!!」
「それには理由があってな」
探蜂さんがポツリと語り始めました。
「死神として、隠密機動として日々頭角を現していくお前を見ていると、自分が恥ずかしかったんだ。温情を受けて、大きなお店で細々と働いている今の自分は、妹に胸を張れるのか? と疑問に思ってね。いつまでも人に使われるままでは、隊長になったお前と胸を張って会えないのではないかと思って……」
「それが……この屋台ですか?」
「ああ、小さいが自分だけの店だ。鶏口となるも牛後となるなかれ、と言うだろう?」
解説するまでもないでしょうが、大きな団体の一員でいるよりも小さくても頭になった方が良い、と言う意味ね。
今は小さな屋台でしかないけれど、社長になって自分の力だけで立派に生きているぞ、という姿を砕蜂に見せたかったそうです。
男の人は幾つになっても見栄っ張りですから。
「勿論、長年お世話になった恩を仇で返すような真似は苦しかったんだが……今の自分じゃあ指南役として復帰するのも難しい。じゃあ出来ることと言えば、学んだ料理の腕くらいかと思ってな」
この話は私も相談を受けていました。
なので、催促無しのある時払いで開店資金も用立ててあげました。
本当なら、もっと大きなお店を構えさせてあげたかったんですけどね。
死神も長いことやってるので貯えはありますし、実は伝令神機の作成を依頼した際に、アイデア料として特許の極一部を貰ってます。おかげでお金結構あるんですよ。一括で土地込みの小さい食堂が開けるくらいには。
けれども探蜂さんは"屋台で良い"って意固地でした。
「それに、もう一つ良いことがある。この屋台なら、いつでもお前と会うことが出来る。小さな屋台の店主が、まさか二番隊隊長と親族とは思わんだろ?」
「に、兄様……!!」
それは知らなかったわ。
前にお店で働いていたときは、探蜂さんの素性は秘密だったからね。会いに行っても、お客と店員の関係以上には接触してませんでしたから。
なるほど、屋台にしたのは彼なりの気遣いもあったってことなのね。
「これなら堂々と会えるんだ。辛いことがあったらいつでも来い! 何しろ私は、お前の兄なんだからな! 遠慮することは無いぞ!!」
「…………っ!!」
「よかったわね砕蜂。ずっとあなたのことを大切に思ってくれる、素敵なお兄さんで」
「はい……はい……!! 自慢の、自慢の兄ですっ!!」
あらら、感極まって泣いちゃいました。
でも良かったわね。
心を落ち着かせて、素の自分でいられる場所があるのって大事なのよ。
「ほらほら、もう泣かないの。せっかくの祝いの席に、涙は似合わないわ」
「そうだぞ砕蜂。ほら、蕎麦もできた。湯川殿にも合格を頂いた自信作だ! 食べてみてくれ!!」
「はい……はいっ!! 美味しい……美味しいです!!」
「愚痴なんかもあったら、ここで全部吐き出してすっきりさせちゃいなさい。立場は一番上でも、この場ではあなたが一番年下なんだから。遠慮することないわ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!!」
私に抱きついて、涙を流しながらお蕎麦を食べるというとても可愛らしい砕蜂の姿が見られました。
それと愚痴ですが……
自分の卍解が一撃必殺過ぎて困る、という悩みが仕事のそれよりも大きかったのは正直に言って意外でした。
キチンと話を聞いたところ「二日に一度しか撃てない」「反動でマトモに動けない」「暗殺に全然向かない! 使いたくない!!」出るわ出るわ……
彼女との修行は卍解会得の直前で区切り付けて終了させちゃったので。
その後についてはノータッチだったから知りませんでした。
……あ、そうか。
この子の性格からすると、卍解取得したら「見てください!! これが私の卍解ですよ!!」って得意満面に言ってきそうだものね。
でも黙ってたってことは、そんなに嫌だったのね……見せたくなかったのね……
卍解の悩み、聞いちゃったからなぁ……またこの子に修行してあげたいんだけど……
でも他隊の隊長と一緒に修行するのって大丈夫なのかしら……?
●おそば屋さん
昭和のホームドラマみたいな雰囲気でほのぼのさせたかった。
隊長職と軍団長の兼務で荒んだ心が、あったかいおそばで癒やされます。
(なお、麺は富倉そば。汁は土たんぽを使った本格派。おこわ・お稲荷さん・お酒などもある。と設定しましたが、活用できるかどうかは不明。この屋台、もう1回くらいは登場させてあげたい)
(そば粉とツナギの割合が二対八!(二八そば) 2×8でお勘定はお蕎麦一杯16環! とか入れたかったです)
●雀蜂雷公鞭
二回刺したら誰でも殺せるよ→じゃあ次は一撃必殺だね。
という男らしさ満点の能力。
原作では三日に一度くらいじゃないと無理! 撃てない!
と言っていますが、此処では「二日に一度」と言わせています。
(つまりその分だけ砕蜂が強くなってる)
個人的にこの卍解は砕蜂が絶対に使い込んでいない(練度不足)と思ってます。
使いこなせれば、もうすこし便利になると思います。
(卍解は覚えてからが本番、更に長い長い修行が必要らしいので)
(しかし、暗殺者に「ミサイルで吹き飛ばせばもっと確実に殺せるでしょ?」とか言ったら「ふざけんな!」って意固地にもなりますよ)