お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第7話 少しは成長しました

「荷物は全部乗せ終わりました」

「ありがとうよ、藍俚(あいり)ちゃん」

 

 大八車に荷物がいっぱい乗っています。大きい物もあれば小さい物もあります。

 これほとんど、私が一人で乗せたんですよ。すごいでしょう?

 

 今日は用事があったので、自主練習はお休みです。

 居酒屋のご主人たちの知り合いが新居を構えたそうで、朝から引っ越しのお手伝いをしていました。

 現在日本なら業者に頼んでしまえば済みますが、流魂街にはそんなのありませんからね。

 釜やら箪笥やら大荷物を手作業で大八車に乗せて、人力で運ばなきゃいけません。

 牛とかいれば、運送は楽になったんですけどね。あいにく都合が付かず、ここから人の手で引っ張って運びます。

 

「それにしても、これだけの荷物をほとんど一人で片付けちまうとはねぇ」

「まあ、死神を目指して修行をしていますからね」

 

 その評価にちょっとだけ得意気になって、胸を反らせます。

 霊力が強くなれば、肉体も活発化して強くなる。伊達に修行はしていません。今の私は、その辺の男性よりも力強くなれました。修行の成果ってやつですね。

 

 一応女性なのに力自慢というのはどうなのかと思うかもしれませんが、背丈自体はその辺の男性よりもずっと高いです。なので力持ちでもそれほど違和感はありません。

 

「そうだねぇ……で、今年は斷蔵丸さんから合格を貰えそうかい?」

「ら、来年こそは……」

 

 ご主人の一言に私は目を逸らします。

 

「今年で何年目だっけ?」

「じ、十年……です……」

「……合格、できるといいね」

「はい……」

 

 ……ええ、そうです。十年ですよ十年!! まだ師匠の下で修行してます。

 

 周りからは"もう諦めた方が良いんじゃないか?"とか"このまま居酒屋の後を継いでしまえ"とか言われます。

 物凄くよく言われます。自分でもちょっとその気になってしまうくらい。

 でも刀を操れるようになったし、素手の戦いも教えて貰っています。歩法だって習っていますし、鬼道もそこそこ……

 

 ……うん、そこそこは出来るようになったんですよ!!

 虚閃(セロ)だって何発か撃てますし、血装(ブルート)だって少しずつ発現出来るような感じになってきました。

 血装(ブルート)を強めに使って負荷とすることで修行効率を上げるのだって――あれって効果あるのかなぁ……? ――きっとそのうち花実が咲くはずなんです。

 

 まだスタートラインにも立ってないのに、こんな中途半端なところで止められません!

 

「まあ、合格云々の話は置いておいてだ。そろそろ出発しようか?」

「そうですね、じゃあ動かしますよ?」

 

 取っ手を掴んで、力一杯ひっぱると大八車がゆっくりと動き出しました。

 さっきも言いましたよね? 牛が引っ張れば楽だけど都合が付かなかったって。だから代わりに私が引っ張るんです。

 この大荷物を! 私が! 手で引っ張って! 引っ越し先まで! 歩いて!

 

 いいんですよ、どーせ。

 十年も燻ってるんですから、このくらいは好きに使ってください。

 

藍俚(あいり)ちゃん、一人で動かせるんだな……」

「ホント、死神になんてならずにウチの店でずっと働いててくれりゃいいのに……」

 

 ご主人とそのご友人の感心するような呆れたような言葉は、聞かなかったことにします。

 

 

 

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「女将さん、追加の料理できました」

「はいよ。じゃあこれはアタシが運ぶから、あっちの注文を聞いておいておくれ」

「はーい」

 

 日中に引っ越しのお手伝いをしましたが、夜にはお店もちゃんとあります。なので、こちらの方も抜かりなく。

 良いことと言えば、十年もやっていたのでお料理を仕込んで貰えたくらいですね。今までは注文取りや配膳、後片付けに会計くらいでしたので。今ではお店の料理も一通り作れるようになりました。

 ご主人たちがいなくても、なんとかお店をやっていける程度には鍛えられましたよ。

 

 死神の修行も、これくらい上達してくれればいいんですけどね……

 

「ご注文は?」

「そうだな……」

 

 注文を考えるフリをしながら、お客さんの手がそーっとお尻に伸ばされました。

 その伸ばされた手をピシャリと叩いて払いのけます。

 

「おっと、もうお触りは駄目ですよ」

「ちぇっ! 最近藍俚(あいり)ちゃんも勘が鋭くなったなぁ……」

 

 ほぼ死角から伸ばされた手なので、私からは見えないはずとタカを括っていたのでしょう。叩かれた手を軽くさすりつつ笑って誤魔化そうとしています。

 

「仕方ない、いつもの加えて侘び料代わりだ。魚の煮物も付けてくれ」

「はい、毎度ありでーす」

 

 どうも最近、常連さんたちの間で"私に気付かれずに触れるか。気付かれたら一品追加で注文"という決まり事が出来たようです。

 私本人はそれ、了承どころか話すら聞いていないんですけどね。

 

「なんだ、お前も駄目だったか」

「まったくだよ。昔はよかったんだけどな」

「しかし見えなかったはずなのに、どうやって気付いたんだ?」

 

 ふふふ、不思議がっていますね。

 私だって伊達に十年も酔っ払いのセクハラをいなしてきたわけではありません。

 

 なんと! 霊圧による知覚が出来るようになってきました! 死角でも感知できるようになったんですよ。

 

 まだ完全ではないですし、酔っ払ってるくらい容易い相手でないと気付けないんですけどね。

 これを戦闘中に使えるようになるのは、まだまだ先の話みたいですけど……

 

 でも、按摩師としての腕はどんどん上がってるんです。

 最近だと噂が噂を呼んで、近所の方々が集まってきたりもします。大人気ですよ私!

 

 死神としても、このくらい順調に成長出来れば良いんですけどねぇ……

 


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