お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第71話 教育の基本は飴と鞭

「皆さんには、私と殺し合いをして貰います」

 

 そう言った途端、青ざめる者、近くの新入生たちと顔を見合わせる者、下を向いて何かぶつぶつ呟く者、反対にやる気に満ち溢れた顔をする者。

 反応は人それぞれでした。

 

「ふふ、冗談! 冗談ですよ!」

 

 適当にある程度静かになったタイミングを見計らい、努めて柔和な笑顔を見せます。

 

「皆さん緊張している方が多く見受けられたので。現世風に言うなら、小粋なジョークというやつですよ。少しは緊張が解れましたか?」

 

 どうやら先程の言葉は冗談だと信じたようで、全体的に弛緩した空気が流れました。

 何人かは、見てわかるほどの安堵した表情を浮かべています。

 まあ、入ったばかりで"現役隊士と殺し合え"なんて言われたら、誰でもそんな反応を見せますよね。

 

 ただ、そんな空気の中にあってほんの一握りだけですが、抜き身の刃のようなギラついた雰囲気を纏っている者がいました。

 さっきの言葉を本気だと受け取ったままの人間が。

 いいですね、そういう子を炙り出したかったという狙いもありましたから。

 

「本来ならこれから講義を始めるのですが、今回は初日なので特別です。少し運動の時間を設けたいと思いますので、皆さん外に出てください」

 

 おっと、再びざわつき始めました。

 さっきの"殺し合い"発言が尾を引いているようですね。

 

「大丈夫、軽い身体能力の検査だけですから」

 

 半信半疑になりつつも、全員が外に移動していきました。

 さて、ここからが本番。愉しい愉しい授業の始まりですよ。

 

 

 

 

 

「講義の前に一つ質問をします。皆さんの中で、十一番隊を志望している方はいますか?」

 

 外の訓練場にて、整列した院生たちに尋ねてみれば、ちらほらと手が上がりました。

 全体の一割くらいですかね?

 そのほとんどがチンピラというか半グレというか、腕っ節には自信があります! な人たちです。真面目な武人、みたいなのは見当たりません。

 

「では、今挙手した人たちはお手数ですが前に出てきてください。先生と一つ、簡単なお遊戯をしましょう」

「お遊戯、ですかぁ?」

 

 おっと、挙手した一人が苛つきつつも一応の敬意を払うような喋り方で聞いてきました。

 とはいえその態度の端々には"四番隊が何言ってんだ?"な意識が感じられます。

 

「ええ、お遊びです。特に十一番隊志望の皆さんには、簡単すぎるお遊戯みたいなものですよ」

 

 予め用意しておいた木刀を、彼らに手渡していきます。

 

「今から貴方たち全員で、私に掛かって来てください。一撃を――いえ、掠る程度でも良いので私に攻撃を当てられたら、その人は霊術院を飛び級で卒業できるようにしてあげます」

 

 おっと再びざわつき始めました。

 色々と規格外で頭おかしいことを言えば、そんな反応にもなりますよね。

 

「その話、嘘じゃねぇだろうな?」

「勿論、嘘じゃないですよ。今の段階で現役隊士に掠らせられれば、死神として必要な強さは充分備えていると断言できます。個人の素質にもよるけれど、最低でも二年は特進を保証しますし、より優秀なら今年で卒業もさせてあげます」

 

 おっと、今年卒業と聞いて一気に目の色が変わりました。

 

「他にもそうね……十一番隊へ推薦してあげる、なんていうのはどうかしら?」

「なっ……ほ、本当か!?」

「馬鹿、こいつは四番隊だぞ!? どうして十一番隊に推薦ができんだよ!?」

「本当よ。私は四番隊所属だけど、十一番隊には色々と縁があるの。私が"実力に問題なし"って太鼓判を押して推薦すれば、向こうの方から"入隊してくれ"って言ってくるわ。下手すれば、席官待遇での入隊だってありえるわよ」

 

 先程よりも更に興味を惹いたようです。院生たちが口々に言ってきました。

 席官で入隊なんて、本当にエリート中のエリートみたいなものだもん。ある意味では飛び級以上にガッついて来るわよね。

 

「ああ、それとも……もっと単純に、私に何をしてもいい――ふふ、そんなご褒美でも構いませんよ?」

 

 死覇装の胸元をほんの少しだけ(はだ)けさせ、軽く前屈みのポーズを取ります。

 努めて妖艶な表情を浮かべ、相手の劣情を催すように意識しながら軽く胸元を寄せてやりました。

 自分がグッとくるような仕草をすれば、それがそのままに挑発に繋がります。

 実に簡単なお仕事、勝手知ったる悲しい男の(サガ)ですね。

 

 そして案の定、効果は抜群。

 野郎共はある意味十一番隊への推薦を提示した時以上の食いつきを見せてきました。

 

 遠慮無く身体に刺さってくる下卑た視線が痛いわぁ……

 

『ぐへへへへ、ねーちゃんええ乳しとるのぉ! でござる!!』

 

 あんたもかい!

 

「あ、でもごめんなさい。四番隊とはいえ副隊長を相手にしろなんて、恐くって戦えないわよねぇ。今の話はやっぱり聞かなかったことにして頂戴。大丈夫よ、そんな怖じ気づいて戦えないような根性無しが十一番隊志望なんて、誰にも言いふらさないわ。だって、物笑いのタネにすらならないんだから」

「なんだと!!」

「ざけんな!!」

「誰が怖じ気づくんだ!!」

「今言ったこと、後悔させてやるよ!!」

 

 はい、阿呆たちが完全に釣れました。

 

『そんなエロい餌に拙者が釣られクマー!!!』

 

 あんたもなんで引っ掛かってるのよ!!

 

「うおおおおおっっ!!」

「死ねやあああっ!!」

 

 手にした木刀を握りしめながら血走った目で襲い掛かって来ました。

 

 ――それから一分後。

 

「あら、もう終わり? それで十一番隊志望だなんてよく言えたわね。ほら、どうしたの? 立ちなさい! まだ意識はあるんでしょう!?」

 

 近くに倒れている院生の顔を踏みながら、そう怒鳴ります。

 

「で? 他のあなたたちもいつまでそうしているつもりなの? 痛みに苦しんでる暇があったら立ちなさい! 時間が勿体ないわ! 私が敵だったら、貴方たちはもう殺されてるのよ?」

 

 倒れているのはこの踏んでる子だけではありません。

 先程手を上げた十一番隊志望の子たち全員、仲良く地面を舐めています。

 言うまでもありませんが、私がぶっ飛ばしました。

 ちゃんと手加減してあげましたから、物凄い痛いけれど気絶はしてません。痛みと戦いながらも全員私の話を聞いているはずです。

 だってあちこちからギクッとした気配がしましたから。

 

 まあ、皆さんはもうなんとなくわかっているとは思いますが。

 今までの流れは全部予定調和です。

 

 剣のお稽古、というお題目で調子に乗ってる新入生たちの鼻っ柱を折って、そこから上下関係をしっかりと叩き込むのが目的です。

 生け贄役には十一番隊志望の子たちになってもらいました。

 ……だってあそこが一番面倒なんだもん。早めにシメておいた方が楽になるんだもん。

 

 なんだか軍隊みたいですね、心を折って言うことを聞かせるとか。

 ですが霊術院側には「こういうことをしますよ」という了承は取っています。

 普通の学校でこんなことやったら大ひんしゅくで即問題に発展すると思いますが、死神だから大丈夫です。(ホロウ)相手に殺すか殺されるかの戦いに身を投じるわけです。

 

 だから何にも問題ありません、多分。

 

 

 

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「やれやれ、どうやら本当にもう誰も立ち上がってこないようね……」

 

 木刀を肩に担ぎながら、藍俚(あいり)は地に伏した院生たちを見渡す。その全員が痛みに顔を顰めており、立ち上がる気力はどうやら誰も残っていないらしい。

 つい先程、一人だけ立ち上がってきた勇敢な者がいたのだが、その者を藍俚(あいり)が一蹴してしまい、その光景を見たことでどうやら全員の心が折れてしまったらしい。

 

「…………」

 

 そして、その光景を見ていたのは何も十一番隊志望だった者だけではない。

 他部隊を志望していた者――つまり、先程の問いかけに挙手しなかった大勢の生徒たちも目撃しているのだ。

 

 彼らは、震えていた。

 挙手こそしなかったとはいえ、多くの者たちは"四番隊"という名を聞いて軽んじていたのは事実だった。

 だがその認識はものの百秒足らずで書き換えられた。それも途轍もない刺激を伴って。

 

「さて、それじゃあ次は……」

 

 藍俚(あいり)が残った生徒たちを見れば、その全員が絶望に彩られたような表情を見えた。

 

 次はきっと自分たちの番なんだ。

 あれほど腕っ節に自信がありそうだった者達が一瞬でたたき伏せられた。

 なら、自分たちの腕前では殺されるかもしれない。

 ごめんなさいごめんなさい、もう二度と軽んじたりはしません。

 

 心の中で祈り、謝罪の言葉を念仏のようにひたすら繰り返し続ける。

 だが、彼ら彼女らのそんな想像は、良い意味で裏切られた。

 

 

 

「ほらそこ! 足下がフラついてるわよ!」

「は、はいっ!」

「剣先がブレてる! そんなんじゃ(ホロウ)相手に返り討ちよ!」

「すみません!」

「ん? ……っと! 危ない危ない、今のは良い一撃だったわ。合格ね、お疲れ様」

「ありがとうございます!!」

 

 不安に押し潰されそうになっていた彼らに申し渡されたのは、藍俚(あいり)と一対一で剣の稽古――それも藍俚(あいり)は絶対に攻撃をせず、会心の一撃を出せればその時点で終了。

 という内容だった。

 

 一番手は死を覚悟しつつ挑んだが、これが言葉通り本当に手を出してこない。

 藍俚(あいり)はひたすら回避に専念して、生徒は攻撃だけに集中できる。そして認められるだけの一撃を放てれば、藍俚(あいり)がそれを受けとめて終了となる。

 という形式の稽古だった。

 加えて、回避しつつも一撃ごとをしっかり見極めてアドバイスを与え、適宜修正していくのだ。

 

 一人目が何事もない終わり、それが二人目、三人目と続いていけば、いつしか彼らの中に渦巻いていた不安は霧消していた。

 

「さっきの感覚を忘れないでね。自習の時も、まずはあの一撃を自由自在に繰り出せることを目標に練習してみて。それじゃ、次の子は?」

「自分です! よろしくお願いします!!」

 

 次の者もまた、意気揚々と剣を構える。その姿からは怯えはもう微塵も感じられない。

 

(上手く行ったわね)

 

 思わずそう独白する。

 

 最初に強烈なインパクトを与え、その後は丁寧に指導することで生徒たちの心を掴み、尊敬を集めさせる。

 いわゆる飴と鞭の効果を狙ってのことだった。

 そしてその狙いは、どうやら寸分違わずに効果を発揮したらしい。

 

 やがて全員の稽古が終わると、藍俚(あいり)は再び地に伏した者たちへと向かう。

 

「さて、これでわかったでしょう? 四番隊でも、あなたたちよりも強いの。決して下に見たり軽んじて良い存在じゃないのよ。ついでに言えば私なんてまだまだ、四番隊にはもっと強い人がいるんだから」

 

 治療を施しながらそう告げれば、彼らは皆驚愕する。

 ……その強い相手というのは、四番隊隊長の皮を被った初代十一番隊隊長なのだが……嘘ではない。彼女と比べれば藍俚(あいり)はまだまだ未熟なので、間違いでは無い。

 

 だがそんな裏事情を知らぬ新入りたちは、死神となった者に対する認識を改める。

 

「といっても、素直には頷けないわよね? なら、こうしましょう。私が霊術院にいる間なら、大抵は挑戦を受けます。一撃でも与えられれば、正式に謝罪してさっきの条件も全部叶えてあげる。どう? やってみる?」

 

 柔らかな口調で投げかけられたその提案に、返事はなかった。

 身の程という物をどうやら理解させられたらしい。

 だがこれはこれでいい。

 

 素直な生徒たちは飴を貰えた。

 理想的な一撃を体験させ、まずはこれを目標にすればいいという分かり易い指針も与えたのだ。こうすれば生徒たちのやる気も上がり、これを切っ掛けとして言うことも聞きやすくなるだろう。

 

 反対に最初にぶっ飛ばした生徒たちは、これで心が折れて素直に言うことを聞くようになってくれれば儲けもの。反発して来てもそれはそれで見込みがある。

 意地と根性だけでも、評価の対象になるのだから。

 

 こうして初日の授業は終わりを迎えた。

 

 非常勤扱いである藍俚(あいり)が霊術院に顔を出すのは一月(ひとつき)に二回。

 だがそこで行われる講義は、生徒たちにとても分かり易いものだった。

 長年下にいたのは伊達では無い。

 講義内容に似た実例と、それに対する解決策など山ほど体験している。

 成績の悪い子相手には――自分を見ているようなのか、とても親身になって接しており、初日の恐怖を吹き飛ばすほど人気が高まっていた。

 

 霊術院側も、生徒たち全員が上下関係を強く意識して、講師の言うことを素直になったのは大きな収穫だった。

 その意識は護廷十三隊へ入隊後も続いて発揮され、各隊は大なり小なり規律に厳格になっていったという。

 




●教育
霊術院時代からこうやって説得すれば、面倒ごとも少なくなる。はず。

まだ右も左もわからないような新入生たちを挑発しておいて、遠慮無く心を折るとか鬼畜も良いところですね。
まあ、世の中そんなにうまい話は無いということと、先輩には敬意を払いましょう。
を学べたと思います。

●一回生だけ脅すの?
基本的に、入学一発目に脅して上下関係を叩き込んでいる想定です。
(教師になった初年だけは、二回生から六回生も後々シメてると思いますが)
あとは、目に付きすぎたら個人的にシメてる可能性もありそう。

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