お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第77話 月と玉砂利と枯山水

 部屋の外に出てみれば……あら、満月。

 月が綺麗ね。

 

『あ、藍俚(あいり)殿!! いきなり告白だなんて……友達とかに、噂されるの恥ずかしいでござるよ!!』

 

 それを私は"死んでもいいわ"とでも言えばいいのかしら?

 そもそも漱石がそれを言ったって明確な証拠は無いし。

 

『拙者としては"死んでもいいわ"よりも"だーめ♥ だって、お月様が見てる……"などと返していただけると非常に捗るのでござりますが……』

 

 それもう I Love You を通り越してるじゃない! そうじゃなくて!!

 

 勇音と話をしていたときは夕方くらいだったのに、今はもう夜になってて! 移動と治療で時間をたっぷり消費してて気付けばもうこんな時間になってる! ってことを言いたかったの!!

 

 ……こほん。

 

 さすがは朽木家ですね。

 廊下に出て少し歩けば、お庭には見事な枯山水がありました。

 しっかり箒目で紋様が細かく描かれていて、物凄い匠を感じます。

 こういうのいいわよね。木々や花で彩られたのもいいんだけど、石・砂・コケなんかだけで無限の表現がされてて。

 ああ、見ているだけで心が落ち着いていく……

 

「湯川副隊長? お話とは一体……?」

 

 あ、静かになったはずの心が一気にささくれ立ちました。

 

「朽木副隊長……緋真さんはもうしっかりお休みになっていましたか?」

「ええ、そうとう疲れたのでしょう。それはもうぐっすりと。それが何か?」

「それは良かった」

 

 なら、聞かれる心配もないですね。

 私は白哉の隣に立つと、にっこり微笑みます。

 

「朽木白哉……歯ぁ食いしばりなさい!!」

「ぐああっ!?」

 

 おもむろに殴りました。それもグーで、思いっきり。

 油断していたところを殴られて、白哉は当然吹っ飛んでいって……って、ああっ!! お馬鹿! 庭に吹き飛ぶんじゃない!! ああっ!! 紋様が!! 枯山水が崩れていく!!

 

「な……い、一体何を……!?」

「何をじゃないわよ!!」

 

 私もまた白哉を追って庭に降りると、倒れている白哉の胸ぐらを掴んで引き上げます。

 ――ああああああっ!! 枯山水踏んじゃった!! この芸術品を壊したくないのに!! 私に壊させないでよっ!!

 

『撃ちたくない、撃たせないでっ!!』

 

「緋真さんのことよ! なんで、どうしてあんなになるまで放っておいたの!?」

 

 余談ですが、白哉と私では一寸六分(5cm)ほど身長に差があります。私の方が背が高いんですよ。

 そんな私が白哉の胸ぐらを掴み上げた日には、もうなんていうかカツアゲの最中みたいな絵になってます。

 

 ……なんだか前にもこんなこと言った気がする。世の男たちって小さいのね。

 

「彼女は流魂街出身! それを貴族の中に入れるには問題が山ほど出てくるなんて言われなくても分かってたことでしょうが!! 回避する方法くらい幾らでもあったはずよ!」

 

 たとえば。

 緋真さんを、どこか仲の良い貴族の養子に出して戸籍上は貴族にする。その上で白哉が嫁に迎え入れるとか。

 マネーならぬ戸籍をロンダリングしちゃうの。

 そうすれば名目上は立派な貴族同士の結婚だから、少なくとも角は立たない……よけいなしがらみは付いてくれるかもしれないけれどね。

 それでも「自分の嫁さん、流魂街出身の最下層民なんすよ」と馬鹿正直に周知するより、百倍はマシだったはず。

 

 そんなこと、白哉だって分かっていたはずよ。

 

「なのにアンタはそれをしなかった! 白い目で見られることを理解してて、それでもなお流魂街出身だということをオモテに出したんでしょう!? 本当に好きだったから、余計な小細工なんてせず、ありのままで愛してあげたかったんでしょう!?」

「それは……」

「だったらその覚悟に殉じるくらいの意地は見せてみなさいよ!! 掟だから!? 手を回されたから!? だから今まで手をこまねいていた!? そんなくだらない理由、野良犬にでも食わせておきなさい!!」

「し、しかし……!!」

「なにがしかしよ!!」

 

 もう一発殴れば、白哉は吹き飛んで――

 

 あ、ちょ!! 玉砂利!! 玉砂利が!! 紋様が崩れただけでも大問題なのに!!

 地面に激突した衝撃で石が! 石が欠けちゃったわ!!

 

 あああああ!! せっかく綺麗にサイズが揃ってたのに!!

 殴られて顔を切ってるから血が!! 血を垂らすな!! 綺麗な石に変な色が付くでしょうが!!

 

 え? 白哉の心配はしないのかって?

 

 

 

 ……なんで?

 

 

 

 このくらいの怪我、何にもしなくても治るのよ? むしろなんで、このくらいで怪我してるのかしら……??

 でも石は壊れても自然治癒しないのよ!?

 せっかくの綺麗なお庭が崩れちゃったじゃない!!

 ああ……庭師さんの渾身の作品が……どうやって謝ればいいのよ……

 

 よし、全部白哉が悪い。

 

「そんな……そんな簡単な話ではないのだ!!」

 

 お、立ち上がったと思ったら怒ったわね。そのまま私に掴みかかって……だから走るな!! 枯山水があああぁぁっ!!

 

「朽木家の者が、私が掟を守らねば誰も掟を守らない!! 私が規範とならねば、父母に顔向けできないのだっ!!」

「それこそ知らないわよっ!!」

 

 掴みかかって来た手を逆に捻り上げて、ついでにヘッドバッドをカマしてあげました。

 ……正直、今の一撃は余計だったわね。

 ま、いいか。こんな機会、後にも先にもこれっきりだろうし。記念よ記念。

 

「ぐ……ああ……」

「……少なくとも、お父様――蒼純副隊長は、我が子に心を殺してでも掟を遵守して欲しいなんて、言ってなかったわよ……」

「……ッ!!」

 

 おーおー、驚いてるわね。

 

「朽木家の者としては掟を守って欲しい。けれど、それ以上に幸せになって欲しい。そんなこと関係なく生きて欲しいって。そう言ってたわ」

「う、嘘だ……!」

「嘘じゃない」

 

 実際に聞いた話だもの。

 

 何だったら私、あなたのお爺さんより年上だからね。

 年齢だけなら祖父・父・子でトライアングルアタックされても返り討ちにできるわよ。

 

『アトス! ポルトス! アラミス! ジェットストリームアタックをかけるでござるよ!!』

 

 アンタ誰……ああ、ダルタニアンか。

 三銃士、いいわよね。浪漫だわぁ……

 

「蒼純副隊長は身体が弱かったからね。何度か四番隊に来ていたし、その時に色々とお話……愚痴みたいなものだけど、お話相手になっていたの。その時にぽろっと、ね」

「馬鹿な……そんな、父が……私にはそんなことは……」

「蒼純さんも立場があったし、家族には言いにくいこと。他人だから言えることくらいあるでしょう?」

 

 おっと、白哉の身体から力が一気に抜けました。

 色々と信じられなくなってるみたいです。

 

「緋真さんのこと、あなただって悩んだんでしょう? でも掟を守ると誓っていたから、動くことが出来なかった。誓いをそう易々と破ることなんて出来ない――そんなところかしらね?」

「そう、です……その通り……」

「でも緋真さんのことを助けたいとも思っていた。だから、私に個人的に頼むことで掟や誓いを破ったことにならないから大丈夫だって理由を付けることで、ようやく動けたんでしょう?」

「はい……」

「最愛の相手を見殺し寸前まで追い詰めて、そこまで悩んで出した結論は、抜け穴を見つけてでも助ける方法だった――なら、それがあなたの中の真実。本当に求めていたことじゃないの?」

 

 今まで力無く項垂れていた白哉が突然顔を上げ、私の目を見てきました。

 

「それが、私の真実……本当に望んでいたこと……」

「緋真さんを失いたくない、一緒にいたい――ただそれだけのことに気付くのに、馬鹿みたいに回り道したけれどね」

 

 本当に、もっと早く気付いて欲しかったわ……

 もう二ヶ月くらい早かったら、卯ノ花隊長や勇音でもなんとかなった。もう一ヶ月早かったら、清之介元副隊長に頼らないと無理だったかしらね。

 

 そんな危険な状態だったのに、伸ばしに伸ばして今日なんだもの。

 偉そうな言い方だけど、私と射干玉がいなかったらもう完全に死別不可避だったわよ。

 

『こういう部分でしっかり自分の名を出していただける藍俚(あいり)殿のこと、本当に大好きでござるよ』

 

 はいはい、私も愛してるわよ。

 

「湯川副隊長……私は……自分は、どうすればよかったのでしょう……? 全ての死神の先頭に立ち、掟を守ってみせる……その考えは、間違いだったのでしょうか……?」

 

 しらんがな。

 ……って言えたら楽なんだけどねぇ。

 

「さて、ね。答えなんてそんな簡単に出る物じゃない――それは身に染みてわかったでしょう?」

「はは……たしかに……」

 

 私が殴った頰を痛そうに撫でてます。

 ……そこまで強くなかったはずだけど?

 あの程度の一撃じゃあ、更木隊長なら半歩も止められないわよ。

 

「まあ、私の考えを言うのなら――ただ守るだけなら掟に意味なんて無いと思うわ」

「それはどういう……!?」

「掟があります。破ると罰則です。だから守ります――じゃなくて。なんでその掟があるのか? その掟が制定されたのはどうしてか? 罰則を設けてでも掟を守らせたかったのは、なんでか? 制定された掟の裏にある想いを考えるべきなんじゃないの?」

 

 罰金や実刑を受けるから守るんじゃなくて、守ることで人にどうやって生きていって欲しいか、その理想を示している。

 ルールの基本なんて、どれもそんなものでしょ。

 

「掟に込められた想い……」

「あと、時間が過ぎれば色んな事も変わるものよ。思想や文化や常識とか。なら、今にそぐわない古い掟なんて変えちゃえばいいんじゃないの? 少なくとも朽木家ならそれも出来そうだけど」

「それは……不可能ではないですが、他の大貴族とも調整が必要になりそうですね」

 

 ああ、やっぱり面倒な貴族同士のやりとりがあるのね。

 ……馬鹿馬鹿しい。

 

「言ってみただけだから、そこまでは求めていないわ。今のあなたが絶対にやるべき事は、緋真さんの隣にいてあげること。そして、彼女の苦しみを一緒に背負ってあげること」

「これは、傷が……?」

「殴ってしまったので。せめてものお詫びです」

「痛みが嘘のように……」

 

 驚きながら殴られた部分を何度も何度も撫でて状態を確認してます。

 だって私が付けた傷だもの、治すのなんて一瞬もいらないわ。

 

「本日はこれで失礼します。一週間後、また様子を見に伺いますので」

「色々と……ありがとうございました……!」

「それと、もしも私のいない間にまた容態が急変したら、真央施薬院の山田清之介さんに診て貰ってください。あの人なら、意地でも生かしてくれます。私の名前も出せば、多分平気ですから」

 

 何しろ趣味が"死にたがりを無理矢理生かす"だもの。

 ある意味では適任ですね。

 

 

 

 はぁ……それにしても……

 

 

 

 知らない厄介ごとも知ってる厄介ごとも、もうお腹いっぱいよ!!

 

 もうやだぁ……探蜂さんところでお蕎麦食べて帰るぅ……

 売り上げに貢献するの……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 朽木家を去って行く藍俚(あいり)

 その背中を眺めながら、白哉は一人、彼女に言われたことを反芻していた。

 

「掟など、野良犬に食わせてしまえ、か……確かに、その通りかもしれない……」

 

 それまで自分の信じていた価値観の全てが作り替えられたような衝撃だった。

 庭に立ち尽くすその姿は大貴族の当主とは思えないほどに小さく見える。

 

「やりようなど、幾らでもあったはずだ……それをしなかったのは私の怠慢、であろうな……」

 

 冬の夜空から降り注ぐ寒気と、足裏から伝わる石の堅い感触が彼の身を苛む。

 だが白哉はこれでいいと思った。

 この程度は当然だ。今まで自分は、この程度とは比べものにならないほどの苦労を彼女に掛けていたのだから。

 

「出来ることから、始める……今の私には、それが精一杯だ」

 

 

 

 

「……っ……?」

 

 朽木緋真はゆっくりと目を開いた。

 そこでようやく、自分が今まで眠っていたのだということに気付いた。

 続いて自分は今まで何をしていたのだろうと、それを思い出していく。

 

 藍俚(あいり)から治療を受けて、長丁場になって、眠りについた。

 外は暗く、夜の気配が漂ってきていることから数時間は寝続けていたのだろう。障子の向こうからは月の光が差し込んでおり、満月がうっすらとその影を浮かばせている。

 

 そして――

 

「目が覚めたか?」

「白哉……様……!?」

 

 ふと、声を掛けられて視線を動かし、そして驚かされた。

 そこには朽木白哉がいたのだ。彼女の隣に正座しており、なんとも穏やかな瞳で緋真の事を見つめている。

 そこで緋真はようやく気付いた。自身の右手が、とても温かいことに。

 

「あ……手、を……どうして?」

「あ、ああこれは……その……」

 

 普段の、冷静沈着な白哉とはまるで違う。悪戯が見つかった子供のように狼狽しながら、白哉は照れくさそうに言い始める。

 

「緋真の隣にいることが、今の私に出来ることだと言われたのだ。この手は、その……握っていると安心すると聞いたので……な……」

「え……? ふふ、そうでしたか……ありがとうございます。とても落ち着きました」

「あ、ああ……どう、いたしまして……」

「……うふふふ……」

 

 ここに藍俚(あいり)がいれば「隣にいるのって……間違ってはいないけれど、そういう意味でもなくて……」と苦言を零していただろう。

 不器用すぎるやりとりに、思わず緋真が笑い出してしまう。

 それを見た白哉もまた、声に出すことなく上品に笑ってみせた。

 

「不思議です……眠りに就く前まではあれほど苦しかったのに、今は嘘みたいに身体が軽くなっていて……白哉様とも、こうして笑い合うことができて……白哉様、緋真はひょっとして、まだ夢を見ているのでしょうか……?」

「いや、夢などではない。まだ完治には時間が掛かるそうだが、お前の病は湯川殿が確かに治してくださったのだ」

 

 湯川"殿"と呼び名が知らぬ間に変わっていた。

 それは恩人に対して白哉が最大限に敬意を払ったが為だ。

 

「ああ、やはり夢ではなかったのですね……白哉様、この身体が治ればまた妹を探しに行けるのですね……」

「いや、それは駄目だ!」

「……え?」

 

 断られたことに驚き、思わず緋真は白哉の顔を見つめる。

 だがそれも当然かもしれない。妹を探しに行き、無理が祟って病魔に倒れたのだ。ならばもう二度と外に出して貰えないのも当然。

 そう諦めかけたときだ。

 

「緋真……お前の妹ということは、私にとっても妹なのだ。たとえ血が繋がっていなくとも、流魂街出身であろうとも関係ない。もう家族なのだ。その家族を探しに行くのだから、当然私も行くぞ! 嫌だといってもだ!」

「白哉、様……!?」

「まだ見ぬ妹を、二人で共に探そう! そしてお前の苦しみを取り除いてみせる!!」

「ありがとう……ございます……緋真は、幸せです」

 

 とても不器用で、けれどとても一生懸命でとてもとても温かくて白哉の姿を頼もしく感じながら、彼女は優しく微笑んだ。

 

「ねえ、白哉様……」

「なんだ……?」

「月が、綺麗ですね」

「ああ……そうだな」

 

 一組の夫婦の新たな門出を、月光は優しく包み込んでいた。

 




○○「掟? 誇りだぁ? 私の前で、そんなつまらない理由で死ねると思ってるの!? 泣くも笑うも生きてこそでしょうが!! 是も非も関係ない、私が法よ!」
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