お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

79 / 293
第79話 君の名字は。

 春になっています。

 

『前回、緋真殿を治療していた話から続いていますぞ。百年後の春などではございませぬので、ご安心ください』

 

 春なので、今年も霊術院に新入生がやってきます。

 

『また藍俚(あいり)殿の毒牙に掛かる女学生が増えるわけでございますな! ぐへへへへへ、でござるよ!!』

 

 失礼なことを言うわね……

 ちゃんと指導もしてるもの! 近年だと、特に蟹沢さんって()が凄いのよ!! 同期生に"霊術院生だけど入隊確実"と評されるくらい成績のいい子がいてね。その子に負けたくないって頑張ってるの。

 だから、つい……指導に力が入っちゃって……

 

『マッサージにも力が入っておりましたな!!』

 

 ま、まあね……

 それに、そのライバルの子のファッションセンスがまた凄いのよ。

 顔に"69"って入れ墨を彫ってるんだけど……お洒落にしても攻めすぎでしょ!?

 なんであんなスケベな数字を入れてるの……?

 

『まあまあ、でござるよ。過去にもそんな数字を入れた隊長がいらしたでしょう!』

 

 ああ、あの人ね……え、じゃあ六車隊長に憧れてるのあの子!?

 ……今度、現世学の授業の時にでも雑談代わりに69を説明してあげようかしら?

 

『ちなみに現世学というのは、尸魂界(ソウルソサエティ)と現世で生活様式が変わりすぎたのでその穴埋めの知識を学ぶ学問でござる! 現世での駐在任務を行う死神たちが困らぬようにする学問にござりますぞ!!』 

 

 教本の細かい部分がちょくちょく間違ってるから口出ししてたら、何故か現世学もやらされるようになったのよね……そんなに詳しいならお前もやれって言われたわ。

 なんでかしら……

 

 

 

 ととと、話が逸れたわね。

 

 

 

 春になって新入生が入ってきたので、例年通り新人をシメる講義を初っぱな開催です。

 眼鏡を掛けて、跳ねっ返りの悪ガキ共をぶっ飛ばして鼻っ柱を折っています。

 

「さて……これで全部かしら?」

 

 威勢のいい子たちは全員返り討ちにしてあげました。

 今では地面に死屍累々な有様で痛くて呻き声を上げている子たちと、それを見ていたので遠巻きになってドン引きしている生徒たちだけが――

 

「頼もう!」

 

 ――あら、今年はちょっと毛色が違うのね。

 遠巻きに見ていた一人が木刀を拾って私の所にやって……来まし……たぁっ!?

 

「え……?」

「先程の剣術、誠に見事なものとお見受けしました! 十一番隊に入る予定はありませぬが、これだけの相手に挑まぬのは失礼というもの!! 是非ともお相手をお願いしたい!!」

「え……!?!?」

 

 この"緋真さんみたいな声"をしていて"緋真さんみたいな顔"をしていて"緋真さんみたいな髪型"をしているのってまさか……!!

 

 くくくくく朽木ルキア!?!?

 

 なんでなんで!? 霊術院に入ってくるとは思ってたけれど今年だっけ!?

 細かい年数なんて覚えてないってば!!

 非常勤で個別のクラスを受け持たないから、新入生の名簿とか渡されるの後回しにされてるし!! そもそもこの新入生をシメるイベントで新入生の顔を覚えてるくらいなんだからね!!

 

「えーとあなたは……」

 

 あっぶない! 普通に名前を呼ぶところだったわ。

 朽木ルキア――あ、まだ朽木の姓じゃないわよね――だって知ってるけれど、ここで名前は呼ぶのはどう考えてもおかしいもの。

 だから名簿を見て名前を……え????

 

「ル、ルキア……さん?」

「はい!」

 

 名簿の名前欄には、ただ"ルキア"の記載のみがありました。

 豪快すぎない? よくコレで書類が通ったわね……

 

「……あの、名字は?」

「名字はまだありません!!」

「馬鹿ルキア!! 先生困ってんだろうが!! だから適当でも良いから決めておけって言ったんだよ!!」

「む!? だが名字など無くとも、今まで特に困ったことなどないぞ?」

「現在進行形で困らせてるだろうがっ!!」

 

 堂々と胸を張って「名字はない」と告げるルキアさん相手にツッコミを入れるのは、がっしりとした体格で高身長。赤毛の髪と野性的な顔つきが目立つ男の子です。

 

 ……あー、そっか……彼女がいれば、彼もいるわよね。

 

「あなたはえーっと……阿散井(あばらい)君ね?」

「は、はいっ! 新入生の阿散井(あばらい) 恋次(れんじ)ッス!!」

「そんなに鯱張(しゃちほこば)らなくても大丈夫だから。それで、阿散井君はルキアさんとお友達なの?」

「友達つーか、大切な仲間……ですかね……? 一緒に育ったようなもんなんで……」

 

 あらちょっと照れてる。

 そっかそっか、そういう想いを持ってたわね。

 

「じゃあ、仮称で阿散井ルキアさんでいいかしら?」

「「んなっ!?」」

 

 二人同時に声を上げました。

 ……声に込められた意味は全然異なってますけど。

 

「あ、あああああの先生!? それはですね!! ルキアに迷惑が掛かるっつーかその、いや別に嫌じゃないんですけどね!! なんていうかーっ!」

「そうです! 恋次の名字など受けられませぬ!!」

「ルキアっ!! そりゃテメェどういうことだ!!」

 

 痴話喧嘩かしら? 微笑ましいことで。

 

「二人とも落ち着いて。今までは良かったかもしれないけれど、名字がないと色々不便な事も多くなってくるから。だからよく考えて決めてね。それと手合わせは、問題ありませんよ。この後、そこで見ている子たち全員に稽古を付ける予定でしたから」

「本当ですか!! ありがとうございます!!」

 

 ……この子、もう前半部分忘れてない? 仮でいいから名字も考えてね。

 

 まあ、実は名字を変に悩んで決める必要なんてないんだけど。

 本人は知らないだろうけれど、多分数日後には名字が決まってるはずだから。

 

 朽木の姓になるって。

 

 なので今はやることを――ルキアさんたちに剣の稽古をしてあげました。

 彼女、物凄いやる気で挑んできたわ。

 その後も阿散井君たち一人一人を順番に稽古を。

 

 稽古をつけていく最中に、雛森(ひなもり) (もも)さんや吉良(きら) イヅル君も同期生だったことに気付きました。

 吉良君は本当に、名簿があって助かったわ。だって彼のことなんて"故に侘助(わびすけ)"って台詞しか覚えてなかったもの。

 

 この二人は知っていたので、ちょっと熱心にお稽古してあげました。

 何にも知らない新入生指導するだけで尊敬して貰えちゃうのよね。

 

 全員分のお稽古が終わったら最初にぶっ飛ばした連中を回道で癒やしてあげて、軽く挑発をすれば――

 

 

 

 ――今日の霊術院のお仕事はこれにて終了。

 

 

 

 嘘です。

 まだ細かい事務仕事とか残ってますし、何よりまず真っ先にやることがありますから。

 

 伝令神機さん、伝令神機さん。ちょっとお電話繋いで下さいな。

 

 えーと……あ、この番号ね。

 

 もしもし、朽木隊長ですか? 実はちょっと大切なご相談が……はい、とりあえず明日くらいにでも霊術院にご足労いただけますか? 緋真さんも――……

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 例年通り――と言ってしまえばそれまでだが、十一番隊志望の荒くれ者たちが一瞬で蹴散らされた後に、残った者達への剣の稽古が開始された。

 

 例年通りならば、最初に二人くらいは藍俚(あいり)のことを心底恐れて実力を半分も発揮できないのだが、今年は違った。

 意気揚々と挑戦していったルキアが一番手に、そして彼女の付き添いとしてなし崩しで阿散井が二番手に挑み、そのどちらもが中々どうして、素晴らしい動きを見せた。

 特に物怖じせずに挑んだルキアの影響は大きかった。

 ルキアが大胆に動き、それを親切丁寧に指導していく藍俚(あいり)の姿は、残った者たちから怯えの心を一気に払拭してくれた。

 

 そういう意味では、今年は例年とは少々毛色の違った結果だったと言えるだろう。

 

「一時はどうなることかと思ったよ」

「だよなぁ……俺なんてルキアの奴が前に出て行った時には、心臓が止まるかと思ったぜ」

「あれは凄かったよね」

「む、そうか? だが私の思った通り、先生は凄かっただろう?」

 

 特別講義の終了後、阿散井・吉良・雛森・ルキアの四人はそんな会話をしていた。

 雛森を除く三名は学院に入る少し前に少々奇妙な縁で知り合い、そこへ雛森が加わる形で縁が出来て仲良くなっていた。

 このように他の同期の者たちよりも多く言葉を交わすくらいに。

 

「確かにまあ、ものすげぇ実戦的で丁寧に教えてくれたな」

「剣を一度振る度に良い点と悪い点を言ってくれたからね……僕達のことを真剣に考えてくれてたのが伝わってきたよ」

「あれでも四番隊――戦闘は不得手な部隊なのだろう? 死神になるには、やはり高い壁なのだな!!」

「カッコ良かったよねぇ……」

 

 当然話題は先の特別講義――ひいては藍俚(あいり)のことが中心となっていく。

 

「スラッとしてて! 女の人なのに、ビシバシって強そうな人たちをあっと言う間に倒しちゃって! 憧れちゃうなぁ……」

「おお、雛森もそう思うか?」

「ルキアさんも!?」

 

 同じ女性同士、分かり易い目標となったのだろう。

 二人してきゃいきゃい言いながら感想を口にする。

 

「ん……どうした吉良? ぼーっとしてよ? 熱でもあるのか?」

「い、いやそうじゃなくて……さっきの剣の指導のことを思い返していたんだ」

 

 一方、男の二人の方では、吉良がどこか上の空な様子だった。

 

「あれって、今の僕たちが出来る最高の一撃を引き出させて、それを目指して頑張れってことだっただろう? つまり、僕たち一人一人の実力を見抜いたその上で、個別に即興で指導していく……とんでもなく凄い人だよ、あの先生は……」

「ああ、オマケにいい女だしな」

「なっ!! あ、阿散井君!?」

 

 思わず顔を赤くする。

 とはいえその指摘は、少なからず的を射ていた。

 

「お、その反応……図星だな?」

「そ、そんなことは……」

「照れんな照れんなって! ホレ、見てみろ。同期のやつらも鼻の下伸ばしてんぜ? 狙ってんなら頑張れよ!!」

「ふ……不純だよ!」

 

 ルキア一筋――ただし、本人にはなかなか気持ちが届いていない――な阿散井はともかくとして、他の者たちは藍俚(あいり)に大なり小なり下卑た気持ちを抱いたようである。

 

 吉良もまた"ご多分に漏れず"というやつだった。

 最初に見せつけられた鬼気迫るほどの剣技に、真剣に指導してくれるその姿に、なんとか全力の一撃を放てたときに見せてくれた笑顔に。

 どうやら惚れてしまったらしい。

 

 あ、あと稽古中の揺れる胸元にも。

 

 ……男の子だからね、おっぱい大きい相手には仕方ないよね。

 それにまだ外見しか見えていないから、コロッと行ってしまっても仕方ないよね。

 

 同期生の雛森のことがちょっと気になっていたはずが、この有様である。もう新しいおっぱいに夢中かコノヤロー。

 ご両親が草葉の陰で泣いているぞコノヤロー。

 悲しい男の(サガ)で何でも済ますんじゃねぇぞコノヤロー。

 女性側が真面目に目標にしようとしてんのに恥ずかしくないのかコノヤロー。

 でもそれは檜佐木も含めて多くの男子院生が通った道だから安心しろ。

 

 

 

「ま、まあでも……悪い人じゃないと思う……」

「素敵な人だったよね……」

 

「先生を落胆させないためにも、立派な死神になるためにも、僕は……」

「私もいつか、先生みたいになるために……」

 

「「頑張るよ」」

 

 

 

 雛森と吉良、二人の言葉が少し離れた場所でハモった。

 




●ルキア
名字がわからなくて一瞬困ってしまった子。

赤子の時に捨てられたので、多分誰かに拾われて生き延びたのでは? と思われる。
(やたらと古くさい喋り方もその人の影響ですかね?
 あと姉が「緋真」で妹が「ルキア」という名前の違いっぷりも、もしやこの「拾った人」が「ルキア」と名付けたんじゃないか? と思ってしまう。だからネタにします)

その親切な人の死後、恋次たちと出会って。恋次の仲間たちは死んで、霊術院に。
という流れかなぁ? と妄想しました。

普通ならその恩人の名字を名乗りそうだけど……
名字なし子さんでも問題ないかなって。どうせすぐ朽木を名乗るんですし。
(なお朽木家はルキアを受け入れる準備が24時間365日体勢で整っている)

●現世学
小説 BLEACH THE HONEY DISH RHAPSODY より。
その名の通り、現世の知識を学ぶために原作の70年ほど前に新設された教科。
駐在員のために現世の生活習慣とか常識とかを学ぶ。
70年くらい前なら藍俚が口を出せるはずと思って、とりあえず絡めておいた。

●蟹沢ほたる
恋次らの魂葬実習の時、檜佐木と一緒に出てきて虚に殺された女性。
(藍俚は覚えてない(射干玉は何も言わない)ので、気付かれていない)
軽く揉まれている(文字通り)ので、多分助かるはず。
フルネームがファンブックで判明したらしい。

●69
69。

●なんとなく記載
阿散井:188cm
吉良 :173cm
雛森 :151cm
ルキア:144cm

今は霊術院時代だから、もう少し小さいかもしれませんね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。