「どうですか緋真さん? 判断はつきますか?」
「いえ……ここまで離れていると少々……それに、年月も経っていますから……」
「だが見た目は緋真によく似ている……やはり間違いないのでは?」
霊術院の庭では、院生たちが訓練をしています。
その様子を私・緋真・白哉の三人は、少し離れた応接室から眺めていました。
お目当てはたった一人の生徒――そう、ルキアです。
三人分、六つの目玉から視線が注がれているのに、彼女はそれに全く気付いてませんが。
昨日の講義終了後、伝令神機にて「妹さんっぽい人を見つけました。緋真さんそっくりです。多分間違いないと思いますが、念のために確認してください。出来れば夫婦揃って」と伝えたところ……
早速来ましたよこの夫婦。しかも朝一で。
前日の夜に先触れの使者を遣わせたとはいえ、突然の朽木家当主の来訪に霊術院側も大慌てしたらしく「お前が呼んだんだから責任取れ」と言われ、私も急遽霊術院に向かう羽目になりました。
……今日、私が来る日じゃないのに……日常業務がああああぁっ!!
なので。
朽木夫婦と合流して、現在は三人揃って少し離れた場所からルキアの観察中です。
アレが妹なのは間違いないはずですが、流石にいきなり会いに行くのも憚られますから。事前の下調べ中、直接顔を合わせる前に心の準備中といったところですね。
「名前はルキア、名字はないと言っていましたが……」
「ルキア、ですか……!?」
「心当たりが?」
名前を聞いた途端、緋真さんが驚きました。
ただ、なんというか……思っていた反応とちょっと違うんですよね。
ボタンを一つ掛け違えてます! みたいな……
「いえ、その……何と言いますか……」
「む……!? ひょっとして湯川殿は、緋真の妹の名を知りませぬか?」
「そういえば……妹と聞いていただけで、名前は……」
直接聞いたことはありませんでしたね。
どうせルキアだって思って聞いて無かったんだけど……え、ひょっとして違うの!?
「妹の名は、
「るき、な!?」
なにその微妙な変化球!?
「妹を捨てた時、せめてもと思い名前を地面に書いておいたのですが……」
「ルキナ、ルキア……ナとア……似ていますし、まさか読み間違えた……?」
「おそらく……」
なんとも言えない、微妙な空気が漂いました。
緋真さんも「漢字で書かなかったのが問題だった?」みたいなことを呟いてます。
「えーと、書類によると戌吊で暮らしていたそうですよ。そこから生きていくために死神になったと」
「戌吊、ではやはり!」
「符合する情報は多い! なによりあの容姿、間違いないだろう!」
夫婦が揃ってほぼ確証を得てますね。
……これで完全に他人の空似だったらどうしよう……DNA鑑定とか出来れば……十二番隊にこっそり頼んだ方が良いのかしら……?
「ですが……やはり今さら姉と名乗り出るなど、虫が良すぎるのではないでしょうか……私に姉の資格など……」
「何を言うか緋真! お前はあれほど悩んでいた! それは妹の身を常に案じ続けたからだろう!?」
「白哉様……」
「恨まれるやもしれぬ! 怒り心頭に発するやもしれぬ! 絶縁を申し渡されるやもしれぬ! だがそれでも、顔を合わさねばならぬ! お前の命を救ってくれた湯川殿の心を無駄にしてはならぬのだ!」
「は、はい……緋真が間違っておりました」
「案ずるな、お前の責は私の責でもある。私にも背負わせて貰うぞ」
手を握って見つめ合っちゃってまぁ……
この夫婦、たまに時と場合を忘れてこうなるのよね。私もいるって言うのに……
『では拙者が
はいはい、夜寝る前にでもお願いするわね。
「ゴホンゴホン!! ではお二人とも、霊術院の昼食休憩の際にでもルキアさんとの顔合わせをするということで、良いでしょうか?」
わざとらしく咳払いをしてから、そう提案します。
夫婦はハッと気付いたかと思えば慌てて手を放し、頷きました。
「では、そうなるように今から段取りを決めてきますから。あ、それとその席にもう一人、来るかも知れませんが平気ですか?」
「もう一人、というのは……? 湯川殿であれば許可など取らずとも立ち会いは大歓迎ですが……」
「いえ、そうではなく。ルキアさんのご友人ですよ」
一応呼んでおいた方が良いわよね。
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「二人とも、今ちょっと良いかしら?」
「せ、先生!?」
「あれ、どうしたんすか? 確か先生の講義は月に二回って聞いてたんですけど……」
お昼休憩に入った頃を見計らい、ルキアさんに声を掛けました。
その隣には阿散井君もいます。
別のクラスだったはずなのに、仲いいわねぇ。
「別に講義が無くても霊術院に来る日はあるってば。それよりもルキアさん、阿散井君も。お昼休憩なんだけれど、ちょっと時間を貰えるかしら?」
「時間、ですか……?」
「俺たち、なんかしちゃいましたか……?」
ちょっとだけ顔色が悪くなってます。
教師とかに呼ばれるのって、身に覚えがなくても嫌な予感するわよね。
わかるわ。
ましてや私たち、昨日会ったばっかりだし。
「別に指導とか補習とか、そういうのじゃないの。ちょっとルキアさんにお客様が来てるだけ。そこに阿散井君も同席して貰えると、凄く助かるの」
「ルキア、お前に客だってよ? 誰だろうな……?」
「私も知らぬぞ。そもそも瀞霊廷に知り合いなどおらぬし、なにより昼食が食べられぬ」
「心配するの
顔を見合わせてヒソヒソ話を始めました。
ヒソヒソ話でもしっかりツッコミを入れる辺り、阿散井君は流石よね。
「もしかしたら長くなるかもしれないから、講師陣には予め許可を取って話も通してあるわよ。お客様と会って、お昼ご飯を食べてから、午後の講義に参加。それで全く問題ないわ」
「それなら異論はありません」
「俺もっすよね? わかりました」
さてさて、それじゃあ鬼が出るか蛇が出るか。
姉妹のご対面と行ってみましょうか。
「ここよ。心の準備は良いかしら?」
「心の準備と言われても……」
「なぁ……」
誰に会うかは伝えてないものね。
そりゃ心の準備のしようがないわよね。
「湯川です。例の二人を連れてきました」
「どうぞ」
「失礼します。さ、二人とも。入って入って」
「失礼しま……っ!?」
「どうしたルキ……ええ……っ!?」
入った瞬間、声が漏れ出ました。ルキアさんと阿散井君はそりゃ驚きますよね。
だって緋真さん、ルキアさんにそっくりですから。
朽木さんとこのご夫婦も、声には出してませんがかなり大きな反応を見せています。
ようやく会えた妹ですから。喜びも
「あ、あの……先生、こちらの方は……?」
「慌てない慌てない。まずは二人の紹介からね」
司会役は私しかいませんから。
「まずはこちらの二人から。こちらは朽木家当主の朽木白哉さんと、その妻の緋真さんよ」
「朽木家……ってまさか、あの!?」
「五大貴族、だと……!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ先生!! どういうことっすかそりゃあ!?」
名前を聞いて二度ビックリよね。
雲上人みたいなのがなんで自分たちに、って思うわよね。
接点なんてまるで皆無だし、呼ばれる理由が分かんないんだもの。
「落ち着いて、まずは紹介が済んでからね。ということで、こちらはルキアさん。それとルキアさんと子供の頃から一緒に育ってきた阿散井恋次くんです。今回の件では同席させた方が良いと思ったので連れてきました」
「ル、ルキアです!」
「レンジっす!!」
当然だけど緊張でガチガチ。
二人とも背筋をピーンと伸ばしてて、声も裏返ってて。
阿散井君なんて、それじゃあ自分の名前というよりも家電製品の紹介じゃない。夕飯の残りとか温めるの得意そう。
でも緊張してても、私がいるからギリギリ最後の余裕はあるみたい。
じゃなかったらこの空気の中では、こんな風に返事すら出来ないでしょうね。
白哉なんか、阿散井君のことを最初は"ウチの可愛い妹に変な虫が付いてる!!"って感じで霊圧放って威嚇しかけてたもの。
幼なじみって聞いた途端、その圧は随分と楽になったけれど。
「それで、肝心の二人を呼んだ理由ですが――朽木家の二人からお願いします」
「ああ」
白哉が口を開けば、二人は更にビクッとしました。
「…………」
そのまま二人のことをじーっと見てるんですが……まさか、言うことに悩んでる?
駄目だからそれ!! この状況で沈黙とか、相手は心臓鷲づかみにされるくらいプレッシャーを受けてるって気付いてる!? そうでなくても今のアンタは朽木家当主って大人物なんだから!!
「(緋真さん緋真さん! 助け船をお願いします!)」
「(あ、はい。わかりました)」
小声でこっそり伝えます。
「あの、ルキアさん……」
「はっ! はいっ!!」
「そんなに緊張しないで。それよりも、まずはあなたのことを聞かせて欲しいの」
「私のこと、ですか……?」
「ええ、そう。恋次君も。あなたたちが今までどんな風に暮らしてきたのかを、教えてくださりますか?」
「え……その……」
と、そこから始まりますは二人の波瀾万丈な生活の物語です。
赤子の頃に捨てられたルキアさん。
けれども良い人に拾われたらしく、なんとか生きてきたそうです。
ですがその恩人も死んでしまい、その後は阿散井君たちと偶然知り合い、皆で生きていくようになった。
とはいえ生活してる場所が、戌吊という治安の悪すぎる地区。
ルキアさんと阿散井君の二人以外は死んでしまい、生きるために死神を目指した。
――だそうです。
そんなエピソードを読んだ気がします。
と、私からすれば「こんな設定あったなぁ」で済みますが、二人からすればそうではありません。
「そう、でしたか……」
「今まで、良く生きてきてくれた……! よくぞ、死神になろうと決意してくれた……!!」
滂沱の涙が流れてます。
話を聞く限りでは、いつどこで死んでいてもおかしくありませんでしたからね。
「(なあ、ルキア……俺たち、なんでこんなこと聞かれてんだ?)」
「(私に聞くな! 分かるわけがなかろう! せ、先生! どういうことでしょうか!?)」
「(ごめんなさい! 色々あるのよ、もうちょっとだけ我慢して!)」
そりゃ二人も困惑するわよね。
毒気を抜かれて、最初の頃の緊張っぷりがすっかりナリを潜めちゃってる。
「ルキアさん、もう一つだけ教えてください。あなたのその名前は、その恩人の方が名付けてくれたのですか? なにか、由来のようなものが?」
「ええ、そうです。ですが確か……」
「たしか……?」
「私を拾った時、そこに名前があってそれで名付けた、と聞いたことが……」
「ッ!! 緋真!!」
「ええ……ええ……!!」
あ、ようやく確信に到る情報が出てきた。
二人して大喜びだけど、ルキアさんたちは蚊帳の外でポカーンってしてるわね。
「ルキアさん……その名は本当は、
「ルキナ、ですか……? なるほど、うっかり読み間違えたのですね」
「いやルキア、そこじゃねぇだろ!! どうして正しい名前を知ってんだって話になるんだろうが!!」
「ッ!! なるほど! 恋次、お主は意外と頭が良いのだな」
「いや、普通気付くだろ……」
案外天然な面もあるのね。
「で、それが一体どういう話に繋がるのだ……?」
「だからつまり、この人は赤ん坊だったお前を置いて名前を書いたってことに……あん? てことは……まさかこの人、ルキアのお袋なのか!?」
「なにいいいぃぃっ!? わ、私の母様……!?」
「いえ。がっかりさせるようで心苦しいのですが、私は母ではなく姉なのです」
「あ、姉ええぇぇっ!?」
蜂の巣を突いたみたいな大騒ぎになりました。
そこから始まる、緋真さん側の何があったのかについてのお話。
今度はルキアさんたちが驚かされる番でした。
「私に姉様がいて、その人は朽木家に嫁入りしていて……」
「ってことはルキアは――」
言い掛けて、阿散井君は渋い顔をしました。
「――あ、いや……ルキナ、でしたっけ……?」
「いえ、自分の都合で妹を捨ててしまったのです。今さら正しい名前を名乗れなど、恥ずかしくて言えません……」
少しだけ辛そうな顔で緋真さんが言います。
「ルキアの方が良いでしょう。その方が、育てていただいた方も喜ぶと思いますし」
「そう……ですか? じゃあ、ルキアで。それでルキアは、これからどうなるんですか? 朽木家の親戚になる……とか……?」
「そのことなのだが……」
ふと白哉が口を開きました。
「その前に一つ聞かせて欲しい。ルキア、お前は緋真のことを……姉のことを恨んではいないのか……?」
「え……?」
「緋真は我が身可愛さに、赤子だったお前を捨てた。その後は朽木家に入り、何不自由のない生活を送っていた。お前たちが流魂街で苦しんでいたというのに、だ。恨み言の十や二十はないのか? 姉が手にしたものを、自分も欲しいとは思わないのか?」
「そっか……ルキアからしてみりゃ、そう思っても不思議じゃねえよな」
ああ、これは……わざと悪く振る舞っていますね。
ルキアさん本人も、話を噛み締めるように沈黙していたかと思えば、突然手をポンと叩きました。
「……おお、なるほど! 全く気付かなかった!」
「って、オイ!! ルキア、お前はどんだけ脳天気なんだよ!!」
「し、仕方なかろう! 大体、突然姉だ家族だと言われても、実感が沸かんのだ! そこに怨みも憎しみもあるものか! ただ……」
「ただ……?」
「自分にも、肉親が……いた、そう知った途端……なぜだろうか、心の底から温かい気持ちが溢れてきたのだ……きっとコレが、私の正直な気持ちなのだと思う」
阿散井君から目を逸らし、頬を赤くしながらそう言いました。
続けて彼女は緋真さんへと視線を向けます。
「だから、あの、その……はじめまして、姉様。私を見つけていただいて、ありがとうございます」
「私のことを、姉と呼んでくれるのですか……?」
「はい、姉様」
「私はあなたの姉だと名乗っても、良いのですか……?」
「はい、姉様! これからもう一度、姉妹としてやっていきましょう!!」
「ああ! ルキア!! ありがとう、ありがとう!! ごめんなさい、ごめんなさい!!」
感涙の涙をボロボロと零しながら緋真さんはその場に崩れ落ちました。
そりゃあ嬉しいですよね。
都合の良い話かもしれませんが、妹と和解できたわけですから。
「それと、その……」
おっと今度は白哉の方も見ました。
「に、兄様と……お呼びしても……?」
「あ……ああ!! 勿論だとも!! 私たちは家族なのだ、何も遠慮することは無いぞ!!」
「はい、兄様!!」
うわぁ、白哉が顔を真っ赤にして下を向いてる。
嬉しすぎて顔が見せられないっていう、あの状態ですねきっと。
もうこれ、大団円が不可避ですし。
空気に徹してたけれど、そろそろ私は本当にいらないから帰っていいわよね?
だけどその前に。
「お二人とも、水を差すようで申し訳ないんですけれど……阿散井君のことも忘れないであげてくれますか?」
「えっ、ちょ……先生、俺もっすか!?」
「そうでした。申し訳ありません、阿散井さん。妹を助けて頂いたそうで、ありがとうございました……」
「私からも礼を言わせてくれ。君がいなければ、ルキアは死んでいたかもしれぬ」
「ちょ、ちょちょちょちょっ!! いや、そんな俺は別に……!!」
「お邪魔でしょうし、私はこれで失礼しますね。後はご家族の四人で、ごゆっくりどうぞ」
「せ、先生!?!?」
ぎゃーぎゃー言っている声を背に、私は退室しました。
まあ、なんとか上手く行ったみたいです。
――後日。
私宛に手紙が届きました。
送り主は朽木白哉で、先だってのお礼状でした。
緋真さん曰く「妹と会わせて頂き、感謝の言葉もございません」とのこと。
私、何にもしてないんですけどね。
続いて白哉曰く「ルキアを今すぐ霊術院を卒業させて緋真と一緒に暮らさせてやりたい。だが緋真はルキアの思う道を進ませてやりたいという。私はどうしたらいいのでしょう?」とのこと。
……私はいつから、悩み相談所になったんでしょうか?
えーと、お返事お返事……
突然そんなことをすれば、角が立ちます。本人の初志通り、死神への道を歩ませた方が良いかと思います。また、霊術院でも学友が出来ているところでしょうから、ヘタな手出しは壁や軋轢の元になりかねません。
朽木の名を前面に押し出しすぎると、腫れ物扱いとなってルキアさんも困惑すると思います。なにより彼女はずっと流魂街で暮らしてきたのですから、突然貴族扱いをされると負担にしかならないと思います。
ルキアさんの意志を尊重しつつ、影ながら少しずつ援助してあげる。ゆっくり交流を深めて行って、相互理解をしていく程度で丁度良いと思います。
……こんな感じかしらね?
くれぐれも変な暴走しないでよね、白哉……
●ルキアという名前
瑠輝奈(るきな) → ルキナ → ルキア
「ひさな」「るきな」語感が近くて姉妹っぽい。
「緋真の緋は緋色(赤)」「瑠輝奈の瑠は瑠璃色(青)」赤と青で姉妹っぽい。
ルキアを拾って育ててくれた人が、地面に書かれた名前を発見した。
(名前はルキナです、みたいに書いてあった)
だがカタカナの ナ と ア を読み間違えた。
ルキア誕生、という妄想。
こんなこと考える必要ないのにね。
緋真が「ルキア!? その名前、妹に間違いありません!!」で済む話なのに。
(だが死別のシーンで緋真は一言も「ルキア」と言っていないのが私を悩ませた)