「な、なあ、ルキア……本当にこっちでいいのか? ていうか俺たち、本当にこんなところに来て良いのか?」
「私が知っているとでも思っているのか? 初めて来たのだぞ!」
「俺だって初めてだよ! ……くそっ、瀞霊廷に来た時も流魂街とはまるで違う景色だってビビ――ってねえけど、思ってはいたけどよ! でもなんなんだよここはっ!!」
あらあら、不安になってる不安になってる。
でも私も初めて来たときにはびっくりしたもの。
貴族街は街並みから何からホント、別世界にしか見えないからね。流魂街出身のこの子たちじゃあ、カルチャーショックが大きすぎるわよ。
「あなたたち、置いていくわよ? 珍しいのは分かるけれど、ちゃんとついてきてね」
「はい先生!」
「まって、行かないで! 一人にしないで!!」
カルガモの親子みたいに大慌てでついてくる二人。
引率の先生だっけ私……?
『講師と生徒の関係でもあるので、間違ってないでござるよ?』
そう言われればそうね。
ということで、毎度おなじみ貴族街にお邪魔しています。
しかも今回は阿散井君とルキアさんという連れも一緒ですよ。
まあ、その二人は初めて見た貴族街の景色に興味津々で胸がワクワク。お
あの「感動の家族の再会スペシャル in 霊術院」から、一週間くらい経ちました。
お手紙のお返事という後押しもあってか、とりあえずルキアさんは"お前今日から朽木家に住めよ"といった性急な事態にはならずに寮生活のまま。飛び級卒業とか突然死神に就かず、規定通り霊術院に通ってしっかりと学んでいくことになりました。
名字については、まあ仕方なしでしたね。
お約束通り"朽木ルキア"になりましたが、現時点は当事者たち以外でそれを知っているのは教師陣くらい。じっくり時間を掛けて交友関係を広げてから、徐々に明かしていくことにしたそうです。
突然"朽木家の知り合いです"なんて公言した日には、どこで変な虫が寄ってくるか分からないからね。
阿散井君は、ルキアの家族だったということで朽木家からの覚えもめでたく、重要人物みたいな扱いになっているみたいです。
よかったよかった。
そして今日、ルキアさんと阿散井君の二人は揃って朽木家にお呼ばれされました。
家族の交流を深めたい――早い話が親睦会をしたい&家の者たちにもちゃんと紹介をしたい。だから来てくれということです。
……まあ、そこに何故か私も呼ばれているんですけどね。
私のやった事なんて「緋真さんを助けた」「朽木白哉を殴った」「たまたまいたルキアを通報した」くらいですよ?
『最初の一つだけでもお釣りが来るでござるよ! それにルキア殿に関しても、朽木家から見れば"何年も見つからなかった相手がいきなり見つかった!? この人すげぇ!!"となるので当然のことでござる!!』
偶然でしかないのに……
『諦めてくだされ! もはやあの二人の中では
そういうことみたいです。
なので私も呼ばれて、せっかくだからと一緒に行くことになりました。
あとほら、二人を見捨てたら遭難して行方不明になりそうで恐くて目が離せない。
「あんまり驚いてると、到着前に疲れちゃうわよ。それと、迷う心配はないから安心しなさい。朽木家って、あそこだから」
「え……アレ、ですか……」
「もう何て言ったら良いのか、さっぱりわかんねぇ……」
私が指させば、二人は釣られて視線を向けて――開いた口が塞がらなくなりました。
なにしろ五大貴族の屋敷だもの。この貴族街でもトップクラスに大きくて、どこからでも見えるくらい。
だから迷う心配なんてないのよ。
「ルキアさんは早く慣れてね。あそこにお姉さん――家族が住んでるのよ」
「そ、そうでした……」
「阿散井君は……まあ気楽に行きましょう。多分凄いお料理とか出てくると思うから期待して待ってなさい」
「緊張して味が分かりそうに無いっすよ……」
ハッパを掛けたつもりなんですが、逆に気持ちを沈ませてしまったようです。そこまで萎縮しなくていいのに……
「清家さん。出迎えありがとうございます」
「いえいえ、緋真様のご家族に加えて湯川様までいらっしゃるのですから、このくらいは当然ですよ」
なおも驚き続ける二人を連れて朽木家の門まで来れば――門に来ても二人は驚いてましたが――そこには、白哉のお付きの従者・
長い白髪で口ひげも白くて、丸い銀縁眼鏡の老人。絵に描いたようなベテラン執事って風格の方です。
定期検診で何度も来てますから、この人ともすっかり顔なじみです。
「は、初めまして!」
「本日はお招き頂いて、その……!!」
「はははは、そう緊張なさらずに。自分など只の従者ですので。勿体お言葉です」
「じゅ、従者……!?」
従者という言葉にピンと来てないですね。二人揃って目を白黒させています。
でもこの家ではこのくらい普通なのよ。
「本日は緋真様の検診日とも伺っております。ですので――」
「ええ。緋真さんは部屋ですよね? まずはそちらにお邪魔させて頂こうかと」
「かしこまりました。ご案内は?」
「大丈夫ですよ、何度も来てますから。なのでこの二人の案内をお願いします」
そう言って、事態についていけない二人の背中を軽く押します。
「えと、どういうことっすか?」
「清家さんが案内してくれるから、二人はそれについて行って。はぐれると遭難するから注意してね。私は緋真さんの検診をしてから合流するからまた後で会いましょう」
「遭難って……そんなに広いのですか!?」
「いや、それは外から見てなんとなく分かっただろ……」
「おやおや、遭難などと。湯川様はご冗談がお上手ですな」
清家さん、笑ってますけれど冗談じゃないですからね。
この二人にとっては遭難するくらい広いのよ。
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「ふむ……」
二人と別れ、まずは緋真さんのお部屋に向かいました。
そこで彼女の定期検診を実施中です。
とはいえ、これは……
「先生、いかがでしょうか……?」
「問題なしですね。身体の奥から生きる活力が沸き上がっていて、身体がみるみる元気になっていっています」
不安そうに尋ねられたので、太鼓判を押してあげました。
端的に言うと、凄く元気になっています。
元気になろうとしすぎて、今までの身体だと置いて行かれるくらいです。
もう少し激しい運動をさせたくなりますね。
『激しい運動にござるか!?』
落ち着きなさい。
「本当ですか!?」
「本当ですよ。やはり、ルキアさんの件が重荷になっていましたからね。それが片付いたのが、特効薬になったみたいです」
ずーっと気に病んでいたことがあれだけ綺麗に片付けば、あとはもう勝手に元気になるだけですよね。
その証拠に、この部屋も賑やかになってきました。一年前の寒々しさが嘘のようです。
例えば――
「あのお花、もしかして緋真さんが?」
「ええ、せっかく頂いた物なので、見よう見まねで生けてみたのですが……どこか、おかしかったでしょうか……?」
「いいえ、全く。彩りが増えて鮮やかになったと思いますよ」
緋真さんを初めて治療したあの日から、白哉や使用人の方たちが少しずつ物を増やしてくれてたのですが、あのお花は何よりも輝いて見えます。
彼女が自分から率先して花を飾った、つまりは他の事に気を回す余裕も出ている。
もうここからは放置してても完治待ったなしです。
「そうですか? 自分ではよくわかりませんが、ありがとうございます」
「お花を生けるだけじゃなくて、他にも色んな事に挑戦してみてください。手料理とかどうでしょう? 男性なら、自分のために作って貰えると嬉しいものですよ」
「料理ですか? そうですね……朽木家に嫁いでからは厨房に立ったことなどありませんでしたから」
籠の鳥みたいな扱いされてたんでしょうか?
「これからは料理とかお裁縫とかもどんどん出来ますし、なんだったら旦那様に剣でも習ってみては? 運動にもなりますし、護身術を身に付けるという目的なら嫌とは言えないでしょう」
「まあ、剣ですか……? そうですね、考えておきます」
護身術を教えるために緋真さんの身体を触って、ちょっと気まずくて照れてしまう二人。でも、ちゃんと教えないと駄目だからと心を鬼にして稽古に励む白哉。
少し苦しそうな妻の表情に不思議と興奮させられて……
『ああああ甘酸っぱいでござるよ!! そこで、ぜひ寝技を! 寝技の指導を!! なにしろ拙者は寝技のデパートと呼ばれたほどにござりまして!! 実技! 実技なら拙者にお任せ下さい!!』
「診察も済みましたし、そろそろ親睦会に参加しましょうか?」
「そうですね。皆様はきっと、首を長くして待っているでしょうから」
緋真さんお付きの侍女の方に案内され、二人で場所を移動しました。
さて、親睦会なわけですが……
今日はルキアさんが主役ですよね!?
彼女と家族みたいに暮らしてきた阿散井君も分かりますけれど!!
やっぱり私がいるのっておかしくありませんか!?
……今からでも帰りたい……でも流石にそれも失礼よねぇ……
私たちが会場に着いた頃、一足先に始まっていましたが……白哉が盛り上げ下手で、ルキアさんたちも何喋っていいのか分からなくて、軽くお通夜状態でした。
部屋に入った瞬間、全員から「助けて」って目で訴えられましたからね。
だから私にどうしろと!?
仕方がないので、霊術院の話題で頑張って盛り上げました。
阿散井君だけ上級クラスだと知った白哉が、だったらルキアにこっそり稽古を付けてあげようかと言ったり。
他にも緋真さんが、白哉に先程話題にしていた"おねだり"をして困らせたり。
後々になれば、銀嶺さんや使用人の方も集まってきたりしたので、そこまで気を遣わなくて済んだのは幸いでした。
一応、阿散井君には「色んな意味で先輩なんだから、口説き方の一つでも聞いてみたら?」と言っておきました。
頑張って白哉を「お義兄さん」と呼べるようになってね。
そんなことをしていたら結構良い時間になっていました。そろそろ帰りましょう。
ととと、いけないいけない。忘れるところだったわ。
「朽木隊長、ちょっと良いですか?」
「む、なんでしょう?」
「緋真さんの容態についてです。本人には先に伝えましたが、心の重荷からも開放されたおかげでどんどん快方に向かっています。この分なら、
宴の喧騒に紛れて伝えると、白哉は心底安堵した表情を浮かべていました。
「そう、ですか……よかった、自分も肩の荷が降りましたよ」
ほほう、果たしてそうかな?
油断している白哉にだけ聞こえるように、こっそり耳打ちで続きを伝えます。
「その頃になれば、お世継ぎも産めるようになりますから。それまでは手を出さずに我慢してくださいね」
「な、なななななななななっ!!」
距離を元に戻して。
「御当主としての大事なお仕事ですから。頑張ってください」
「白哉様?」
白哉の様子と私の耳打ちを疑問に思ったのか、緋真さんが尋ねていますが……
はてさて、なんと答えるんでしょうね。
「少し早いですが、私はそろそろ失礼させて頂きます。では、皆さんはごゆっくり」
巻き込まれないうちにさっさと逃げましょう。
顔を真っ赤にしながら、大慌てで滝のように汗を垂れ流している白哉の姿がとても印象的でした。