「――鏡花水月」
斬魄刀が始解し、その刃の煌めきがこの場にいる全ての者たちの瞳に焼き付きました。
この時点で目標達成、後は全部余興みたいなものですね。
「これが僕の始解です。尤も、そちらにいる湯川副隊長がもう既に皆さんにお手本として始解を見せているかもしれませんが」
「いえいえ、毎年のことなので。藍染隊長が来て下さるまでは絶対に見せないようにしてますから、安心してください」
「ははは、それはありがとうございます」
「でもね皆さん、このやりとりは毎年やってるんですよ。これ、藍染隊長の定番の持ちネタだから、ちゃんと笑ってあげて下さいね」
そこまで言って、ようやく笑い声が響きました。
とまあ、ここまでのやり取りで皆さんはもうなんとなく分かったかと思いますが。
現在、藍染の"瀞霊廷の皆に完全催眠かけちゃうぞ計画 ~霊術院編~"の真っ最中です。
『
……あ、そっか。
正しくは、霊術院での講義中。それも藍染隊長による特別講義の日です。
霊術院生たちを大講堂に集めて現役の隊長による特別講義! しかも本性を知らなきゃ優しいイケメンで仕事もバリバリできる藍染隊長! そんな藍染隊長が講義をするとなりゃ、これはもう女房子供を質に入れてでも見るしかねぇ! ってな具合に大盛況で毎回全員参加してます。
そして講義内容の一環として始解を実例してみせることで、さりげなく鏡花水月の術中に落ちた者たちを増やしているわけですね。
勿論、ただ始解を見せて講義するだけでは違和感しかありません。
始解を見せるのは当然として、その他にも――鬼道の効率的な使い方や、戦術の基礎。各部隊の特色についての説明などなど。
毎年手を変え品を変えて、色んなことを藍染は講義してくれます。
これがまた、ためになるんですよ。
霊術院生でも分かり易く、それでいて効率的な内容を「自分もやれるかも! やってみたい!」と思わせるように講義してます。
いやはや……とはいえ、毎年毎年ご苦労様よねぇ……
この藍染の特別講義、私が色々と無理を言って毎年恒例にしてもらいました。
だってこの眼鏡を握り潰した人が"始解を見せつけるのが趣味"と知っていたもので。
そして、どうせ遅かれ早かれ全員に見せつける結果になるわけですから、ならば利用しない手はありません。
積極的に声を掛けて、始解を見せつけられる代価として藍染が持ってる知識を吐き出させています。
つまり――
げっへっへ!
恨むんなら、イケメンで気が利いて仲間思いで優しくて親切で強くて皆から信頼と尊敬される隊長の仮面を被っちまった自分を恨むんだなぁ!!
その仮面を被っている限り、こちとらトコトン利用して骨の髄までしゃぶらせてもらいまっせ!!
――という腹積もりです。
だから少しでも瀞霊廷に貢献してくださいね。
どうせこの後、あんたが原因で大損害が出るんですから。未来への補填よ!
とまあ、そういう前提がありまして。
同じ現役隊士だからということで、この特別講義の時には私が毎回必ず助手の立場として付き添っています。なので冒頭の「藍染が始解を見せるのはいつものこと、持ちネタなんですよ」と笑い話にするのも、慣れたものです。
以上を踏まえると!
私は講師になってから毎年一回以上は必ずこの始解の光を見ていることになります。
毎年毎年毎回毎回催眠に掛けられてるわけですね。
催眠の上から催眠を、そのまた上に催眠を重ねがけ。
まるでミルフィーユでも作るかのように次々重ねられているので、多重催眠状態に。
間違いなく私の頭の中はあっぱっぱーになってると思います。
『オラァ! 催眠! 催眠解除!! ……はしないで、催眠!! でござる!!』
思い出したわ、私たち恋人同士だったわね♥
もう、射干玉ったらぁ……♥ ひどいじゃないの!♥ なんでもっと早く言ってくれなかったの?♥
あなたの言うことなら私、なんだって聞いちゃう♥
きゃっ! 言っちゃった♥ はずかしい……でもだってぇ、ラブラブ愛してるんだもん♥
いやぁん♥ いやぁん♥ 射干玉の彼女になれるなんて、夢みたい……♥
私、もっともーっとエッチな女の子になるからねっ♥
『もうしわけございませぬ
一体いつから――私が催眠に掛かっていると錯覚していた?
『……なん……だと……』
ジャンプ漫画ならここで「来週に続く!」ってなるわね。
『いやはや、催眠ごっこは楽しいでござりますな!!』
あ、そんなことしてたら藍染の特別講義が終わりました。
「藍染隊長、今年もありがとうございました」
お仕事終わりの藍染に声を掛けます。
「湯川副隊長こそ、今年もお招きいただきありがとうございました。副隊長のおかげで、今回もなんとか成功しましたよ」
「またまたご謙遜を。簡単な打ち合わせをしたくらいで、ほとんど藍染隊長が段取りから何から決めちゃったじゃないですか」
本当に、良い子の仮面を被っている時って超優秀なのよね。
毎年のことだけど出る幕なんて殆ど無いし。
「ところで、今年はお眼鏡に叶う子はいましたか?」
「ええっ!? いきなりそんな、困ったなぁ……」
「またまた。そう言っておきながら結局、良い子をご自分の所に持って行っちゃうんですから。藍染隊長はズルいですよ」
……確か、雛森さんはお眼鏡に叶ったのよね。
だから"お持ち帰り"されて"いただきます"されちゃった……はずよね?
違ったかしら……??
「そういう湯川副隊長こそ、四番隊に良い子を誘っているって噂ですよ?」
「それはほら、私は一応講師ですから。適正のある子へそれに見合った進路を提示するのもお仕事ですから」
あと、青い果実を鷲掴みにするお仕事もしています。
「なにより私の場合は六年間必死で勧誘しても"考えても良いかな?"くらいが関の山なんですよ。藍染隊長はこの特別講義だけでも男女問わず引き付けちゃってるのに」
あーやだやだ。これだからイケメンは。
「学院生に"五番隊に入るにはどうすればいいですか?"とか"五番隊に口利きしてもらえませんか?"とか聞かれるのって、もう慣れましたけれど、それでもやっぱり傷つきますよ」
あんまりにも腹が立ったから、八番隊を紹介してあげたこともあったわ。
「それに、藍染隊長目当てで死神になりたいって霊術院に来る子も増えてるみたいですし。なんでしたら、私の代わりに講師として毎週講義を行って貰っても構いませんよ?」
「今も隊長職の合間で来ているのに……毎週ですか? それはちょっと……」
でも隔週で来てる副隊長がいるんだし、あんたなら余裕でしょ?
……あ! 寝る間も無いくらい仕事で雁字搦めにしてワーカホリック状態にすれば、ひょっとしたら藍染が反旗を翻す暇も元気も気力も消えるかしら?
「でもそのくらい藍染隊長の特別講義は毎年好評なんですよ。なにしろもう、毎年の予定に必ず組み込んでいるくらいなんですよ」
「その毎年の予定なんですが、そろそろ勘弁して貰えませんか? 僕が話をずっと続けるよりも、他の隊長や副隊長の方々の講義もあった方が幅が広がると思いますが」
「今さら他の隊長に依頼なんてした日には、生徒たちが暴動を起こしますよ。なので、諦めて下さい」
いやぁ……傍から見ると和気藹々な感じなのに、実情を知ってる者から見たらなんと薄ら寒い会話なんでしょうね……
『よくある"勘違いコント"の発展型みたいでござりますな!』
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藍染のぱーふぇくと特別講義から少し日にちが過ぎまして。
四番隊でお仕事をしていると、伝令神機が鳴りました。
「はい、湯川で……はっ!? え、それ本当ですか!? はい、はい……状況不明!? わかりました、四番隊もすぐに向かいます!!」
「あの……副隊長、今のお話って……」
内容は聞こえなくても、私が何を話したかは聞こえるものね。そこで"
「緊急事態です! 現世にて
近くにいた隊士たちに手短に話せば、その全員が顔を青くしました。
「副隊長! 今、霊術院の方からも同じ連絡が来ました!」
「ええ、私も直通で聞きました!」
そっか。
私も一応講師だし、それに四番隊だものね。
緊急事態だから直通で連絡をした人がいて、四番隊に連絡した人もいたわけか。だから今の"出前がかち合った"みたいに、二重連絡になってたのね。
おっと、感心してる場合じゃないわね!!
「今日の出動班はすぐに現場へ向かって! 他の者は受け入れの準備を済ませておいて! 怪我人の数も規模も不明だから、最悪の事態を想定しておいて!! 四番隊、出ますよ!」
「「「「「はいっ!」」」」」
てきぱきと指示を飛ばして人を動かしますが……
こんな事件……あったっけ? 全然覚えがないわぁ……
首を捻りつつ私も現場に向かったところ、そこには二名の負傷者がいました。
「蟹沢さん!? それに、青鹿君も!?」
「せ、先生……ホ、
「喋らないで! 傷に響くから!!」
かなり手ひどくやられているわね……特にこの巨大な刀傷みたいなのが。
他にも細かいのが酷いけれど、まずはこの怪我を治さないと!
「この大きな傷は私が担当します。他の子は細かい傷を! それと青鹿くん――そっちの男の子も見てあげて!!」
「「「はい!」」」
指示を出し、彼女の怪我を治しつつ、近くにいた霊術院関係者に話を聞きます。
「一体、何があったんですか?」
「
オロオロしてるわね。まあ、急に
って、ちょっと待って!
「
「いえ、それは!! たまたま近くにいらした五番隊の藍染隊長と市丸副隊長が救援に向かい、相手をしてくれています! この二人は隊長たちが到着までの間、下級生たちを守って戦い傷を負ったとかで」
なるほど、怪我の具合から判断すると大怪我を負って、それでも戦ってたみたい。
そっか、立派だったわね。
「ただ特に怪我が酷かったので、隊長たちが戦っている間に隙を見て
「そうですか……」
しかしまあ"たまたま近くにいた"と"藍染隊長"って言葉が並んだだけで、もう何というか……真っ黒な事件よねこれ。
「では、他の実習生たちは?」
「怪我は無いとの報告でしたので、藍染隊長らが
そんなことを話していると
「噂をすれば……キミたち、無事かい!? 状況はどうなってるんだ!?」
状況確認をしているみたいですが、ならもうそっちは任せてこっちは回復に専念させましょう。蟹沢さんは、ちょっと命を左右する位の大怪我ですが、これくらいなら――
「……はっ!! あ、あれ……あ! 先生!! いたたたた……!!」
「蟹沢さん、まだ動かないで。細かい怪我は塞がってないから」
意識を取り戻し、飛び起きようとした彼女を落ち着かせます。
「き、急に
「ええ、ええ。怪我の具合を見ればよくわかるわ。大怪我なのに、頑張ったわね。お疲れ様」
軽く頭を撫でてあげます。
「はい! 先生のおかげです!! 先生が指導をしてくれたから……」
「私は指導をしてただけで、その努力が報われたのはあなたがちゃんと頑張ったからよ」
……本当に、本当に頑張ってよかったわね。
怪我の具合と彼女の霊圧上昇率からの推測だけど、鍛えてなかったら間違いなく死んでたわよ。こんなことになるって分かってたら、学年主席になるくらい鍛えてあげるべきだった。
「少しの間、休んでて。後のことは任せたから。そっちの青鹿君の状態はどう!?」
彼女は峠を越えたので今度は青鹿君の状態を見ます。
こっちも大怪我ですけど、このくらいなら隊士の子たちに任せておいて大丈夫ね。
と、そんなことをしていたら今度は
続いて頭に包帯を巻いた檜佐木君が姿を現し、最後に阿散井・吉良・雛森の三人が出てきました。
……三人だけなんですよね。
ルキアさん、伸びてるけれどまだ普通クラスなのよね。実力が足りないんじゃなくて、クラス編成のタイミングの問題で一組に上がれないだけなんだけれど。次のタイミングで昇格はほぼ確定なんだけれど。
「お疲れ様でした。藍染隊長、それと市丸副隊長も」
「副隊長、いらしていたんですね」
「ああ、どうもおおきに」
しかしまあ、
糸目で笑顔を浮かべるミステリアス系なイケメン……そりゃ人気も出るわよね。
しかも13キロって持ちネタまであるし。
「そっちの檜佐木君の傷も四番隊で怪我を見ますけれど、隊長たちはお怪我はありませんか?」
「ご心配なく。傷一つ負ってはいませんよ」
でしょうね。見ただけでわかりますけど一応。
藍染隊長らは無傷ですけれど、檜佐木君と最後尾の三人だけは軽く診察しておきましょうかね。
……うーん、それにしてもこの事件って……多分、間違いなく藍染が仕組んだのよね。
じゃないとタイミングが良すぎるし。
作為的すぎるもの。
……ただ、目的がさっぱりわかんない。
だってこの事件を起こしても得られるのって、実習に出ていた生徒たちへ「へへっ、俺って強いだろ? 惚れてもいいんだぜ!!」って植え付けるくらいしかないんだもの。
その証拠に、最後に出てきた三人の目が「隊長ってすごい」みたいな尊敬一色になっているし。
他に何か用事があって、そのついでというか目を逸らすのが目的だった? でも藍染ならそんな痕跡とか事実なんて簡単に隠蔽できるだろうし……下手に事件を起こしたり首を突っ込んだりすれば、目立つデメリットの方が大きそうだけど……?
……じゃあやっぱり、これって「おらっ! 俺の強さを見ろ!!」っていう自作自演が目的だったの!?
『(・∀・) ジサクジエーン』
(・A・) ジエン イクナイ!
『( ´・ω・`) ショボーン』
……雛森さんを引き込むためだけに自作自演の場を作ってみせたり、護廷十三隊の隊士たちに必死で催眠を掛けるために全国行脚なドサ回りしたり、そんな地下アイドルみたいなことやらなきゃいけないとか。
敵のボスっていうのも案外大変なのね……マメじゃなきゃ務まらないわね。
しかもその努力が必ず報われるとも限らないっていうのに……
●ミルフィーユ
パイ生地にクリームを挟んで何層も重ねたお菓子。
驚くほど食べにくい。
正しい食べ方が「横に倒して食べる」と知って愕然としました。
アレを縦で綺麗に食べられる人は無条件で尊敬します。
●催眠術
有名なのは5円玉に紐を吊してやる催眠術。
アレ、50円玉だと効果が10倍って聞いたんですが本当でしょうか?
本当だったら、今度5000円札でやってみたいと思います。
●藍染の授業
原作だと、休日に特別講師とかやってたらしいですが。
この中では「毎年1回定期的に霊術院に来て授業やって♥」とお願いしているのでそこまで熱心にはやってない。
ただ、特別講師枠なのでその分だけ熱心にやってる。
といった塩梅です。
(原作でも催眠術のための講義だろうから、定期的な機会を設けてもらえてば乗っかってくると思う)
●魂葬実習の事件
本誌掲載のときは、特別冊子みたいなのがついていた。
それに掲載されていた内容。藍俚は完全に忘れてる。
●
「っしゃあ! 生き残ったぁぁっ!! 以降、活躍の場があるかは知らないけれど!
え? 虚は恐くなかったのか? ……先生との稽古の時の方がずっと恐かった」