お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第87話 皆で一緒にお稽古しましょう……みんなで……

 それは、四番隊の隊士からすれば見慣れた出来事。だが、新人隊士である吉良イヅルにとってみれば初めて目にする光景だった。

 

「オイ、今回の予約だ。いつなら問題ねえ?」

「ああ斑目三席、えっと……今週はちょっと。十日後になりますね。それで良ければ、話を通しておきますよ」

「チッ! 仕方ねぇな。んじゃまあ、その日に頼むぜ」

「はい。承りました」

「あとコイツは差し入れだ。適当な時にでも食ってくれ。んじゃな」

「ありがとうございます! みなさーん、斑目三席から差し入れを頂きました!」

「おっ! 本当ですか?」

「やった! ちょっと嬉しい!」

「私お茶煎れますね」

「な……なんだあれ……」

 

 少し遠目からやりとりを眺めていた彼は、思わずそう呟いた。

 

「あの先輩! あれ、一体なんですか?」

「斑目三席だよ。十一番隊の」

「十一番隊……? なんで、十一番隊が? それに予約とか言ってましたけれど……」

「ん……ああ、そっかそっか。すまない。吉良君は初めて見たのか。うっかりしてたよ、四番隊の恒例行事みたいなものだから。皆知ってるとばかり思い込んでいた」

 

 どうして吉良が不審に思っていたのか、その理由にようやく思い当たった先輩隊士は、それから彼に簡単に説明をする。

 

「副隊長への挑戦……ですか……」

「もう結構な年月になっててね。何度もめげずに挑戦してくるのは流石というか何というか。それに時々だけど、今日みたいに差し入れを持ってくることもある。だからなんというか、奇妙な縁が出来ているんだ」

 

 確かに、と思わず納得する。

 勝手知ったるなんとやらではないが、斑目の姿を見ただけで四番隊の隊士たちはまるでそれが定められた動きのように、淀みないやりとりを繰り広げていたのだ。

 

「ああ、そうだ。こうなった時の瀞霊廷通信があるんだけど。吉良君も見てみるかい? なかなか面白いよ」

「そんな物まで!? そういえば、昔見たことがあったような……」

 

 先輩の厚意を素直に受け取り、吉良は当時の瀞霊廷通信に目を通す。

 一通り熟読を終えると、何か妙案を思いついたように伝令神機を取り出した。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 あら、伝令神機が?

 

 はい、もしもし。どうしたの?

 ……予約をした? その話なら私も聞いた――え、そうじゃないの?

 場所と時間の変更!?

 開始日と開始時刻は変わらないけれど、場所がそこ。時間も丸一日!?

 それは流石に無理だってば! 一日休みとか隊長に怒られちゃうわよ!!

 

 は……? 隊長にも許可を取った? それはまた、準備が良いというかなんというか。

 わかってるわよ! それじゃあ、当日にね。

 

 ふむ……予約自体は毎度のことだけど、なんだか珍しいわね。

 当日は雨、どころか槍でも降ったりしてね。

 

 

 

 

 

 

 十一番隊に来るのも久しぶりねぇ。

 あの門も、殴り込みに来た時には叩き壊したっけ。懐かしいわぁ……

 

『とてつもなく物騒な思い出でござりますなぁ!』

 

 ということで本日はこちら、十一番隊の敷地内にお邪魔しております。

 本当なら一角が私に挑戦しに来る予定の日だったのですが、突然の電話連絡で予定変更となりました。

 丸一日の予定を抑えられてしまったとはいえ、多少は時間の余裕があったので、軽く四番隊に顔を出して指示だけ出してから来ました。

 

 それに、一日予定を埋められたからって、まさか丸一日ぶっ続けでやり合うなんてことは、まさか無いわよね。

 一応、万が一、午後まで掛かることに備えてお弁当も用意してきたけれど。多分、ここまでする必要はなかったわね。

 伝令神機で連絡を受けた時には「槍が降るかも」って思ったけれど、そんなことも全然無い良い天気だし。

 

 うん、なんだか今日は早く帰れそう!

 

『(藍俚(あいり)殿……それらの台詞全部がフラグ乱立させまくりだと気付いて欲しいでござるよ……)』

 

 何か言った、射干玉?

 

『いえ、拙者は何も!!』

 

 ……?

 

 とにかく予定の場所へ、十一番隊の訓練場へと向かいます。

 十一番隊の隊士って、相変わらず私の事を見ると"(あね)さん!"って呼んで頭を下げてくるのよね。どこぞのVシネマじゃないんだから。

 そんな挨拶を受けながら、目的の場所へ。

 そこには……あら?

 

「阿散井君に、吉良君も……!? なんでここに?」

 

 訓練場では二人が待っていました。

 しかし、十一番隊の阿散井君はまだ分かるけれど、なんで吉良君もいるの?

 

「あの、実はですね」

 

 尋ねると吉良君が口を開きました。

 彼曰く――

「一角が四番隊へ予約に来たのを見た」

「自分も参加したいと思い、一角と接点のありそうな阿散井君に連絡を入れた」

「そこから一角に話が伝わり、混ざることになった」

 ――とのことです。

 

 なるほどね。

 だから一角は場所と時間を変えたのね。

 

「挑戦半分、稽古をつけてもらいたいがもう半分――ってとこですかね」

「飛び入り参加なんですけれど、迷惑でしたか……?」

「ううん、驚いたけれど。それだけよ。それに私からしたら霊術院時代の延長みたいなものだから気にしないで」

 

 迷惑ではありません。

 でも、本当に。なんで吉良君はここまで熱心なのかしら?

 

『(藍俚(あいり)殿のおっぱいにやられて拗らせてしまった……んでござりましょうなぁ……ですがここまでというのは、近年希にミラーってもんでござるよ。おっぱいへの執念で拗らせた結果でござろう)』

 

「よう、来たか藍俚(あいり)

「あら、一角。変更したのってまさかこの二人の……くん、れ……ん……」

 

 首を捻っていると、後ろから声が掛かりました。

 振り向き、そして――

 

「更木、隊長……」

 

 ――絶句しました。

 一角だけだと思ってたのに、何故か一緒に更木剣八が!! 背中にはちゃんと草鹿副隊長も!!

 

「よお、藍俚(あいり)! 今日は楽しそうなことするんだってなぁ!!」

 

 いやそんな……私聞いてないですよ!?

 

「どういうことよ一角! 騙したのね!?」

「オイオイ、人聞きが悪いなぁ。俺は確かに言ったぜ? "隊長に許可を取った"ってな!」

 

 え!? あの時はえーっと……うん、確かに。

 隊長に許可を取った。間違いなく言ってるわ。

 

 更木"隊長"と卯ノ花"隊長"……なるほど、隊長違いね。

 そっかそっか、私は四番隊で一角は十一番隊だもんね……

 

 ……って馬鹿あああぁぁっ!!

 それで納得できるわけないでしょうが!! 一角も何を得意気な顔をしてんのよっ!!

 

「あの、更木隊長……? 今日は一角もそうですけれど、阿散井君たちの稽古も……」

「新入りに稽古をつけてやんのも隊長の勤めだろうが? 違うか?」

 

 新入りに、稽古……稽古ですよね!?

 ならどうして、いつも持ってくるあの頑丈な頑丈な木刀を持ってないんでしょうか?

 どうして抜き身の斬魄刀を肩に担ぎ、殺人鬼よりも恐ろしい笑顔を浮かべているのでしょうか??

 なんでもう、眼帯を外してやる気マンマンになってるんでしょうかっ!?

 

「なにより! おめぇと一角の奴が随分と楽しそうなことをやってるって聞いてなぁ! 木刀(アレ)も良いんだが、いい加減ちいっと飽きててよ。たまには斬魄刀(コイツ)もオツな物だぜ!!」

 

 ……それって早い話が、我慢できなくなって真剣を使いたいってことじゃないですか! しかも一角を相手にしてるときには斬魄刀使ってるから"木刀でお願いします!"って言い訳もできないし!!

 もうやだぁ!!

 

「オイ、新入りィッ!! よーく見とけよ!! 見る稽古って(もん)もあるみてぇだからなぁっ!!」

「……ッ!!」

 

 凄まじい殺気が放たれて、反射的に飛び退きます。

 続いて、つい一瞬前まで私のいた場所を更木隊長の斬魄刀が通り過ぎました。

 

 長刀ではあるものの、まるでナマクラのように刀身はボロボロ。手入れもせずに斬って斬って斬りまくれば、こんな風になるのでは? と思わせるような刃こぼれ具合です。

 ですが更木隊長の雰囲気と相まって……正直、めちゃめちゃ恐いです。

 

「相変わらず、良い反応してるじゃねぇか」

「……避けなかったら、死んでましたよ?」

「近頃、お前とは木刀(おもちゃ)で遊んでばっかりだったからな……馴れ合いに慣れすぎねぇためにも、今日ぐらいはいいだろう? それに、お前のとこの新入りもいるんだろ? だったら新入りに見せてやれよ……お前の本気をっ!!」

「くっ!!」

 

 殆どノーモーションから超高速の突きが飛んできました。

 一瞬でこれですよ! 刹那も気が抜けません!!

 

「くっ!」

 

 一撃目を避け、二撃・三撃と身を躱しつつ体勢を整えてから、斬魄刀を抜いて、四発目の刺突を剣で逸らしてやりすごします。

 

「……突きはちょっと。本当に死にますよ?」

「堅いこと言うんじゃねぇよ! 俺とお前の仲だろう?」

 

 そんな仲になった覚えもなければ、堅いことでもないです!!

 まあ、最大限に好意的な解釈をすれば"お前はこの程度じゃ死なないだろ?"と信頼してくれているんでしょうけれど……!!

 

 

 

「な、なんなんですか……アレ……」

「すっげぇ……ウチの隊長も……先生も……」

 

 遠くの方では、吉良君たちが呆然としている声が聞こえてきます。

 新人にはどう考えても刺激が強すぎるわよね、これって。特に吉良君とか、更木隊長と相性最悪よね。

 

「おーし、勉強になったな。んじゃ、お前らもやるぞ」

「え……あの、でも……!! せんせ……湯川副隊長は!?」

「あっちは隊長がお楽しみだ。阿散井と――あー……なんつったか、お前。阿散井の知り合い。二人ともいいから来い。実戦で鍛え上げてやっからよぉ!」

「う、ウッス!」

 

 一角っっ!! あんたはあんたで何を楽なことしてんのよぉぉっ!! せっかくの更木隊長との闘いよ!? ここで割って入って来ないの!? 何のための卍解よ!!

 吉良君も阿散井君も素直に頷かないで!!

 二人とも更木隊長を止めるのに協力し――なくていいわ!! 今の二人の実力じゃあ、ここに割り込んだ瞬間に斬り殺されかねないから!!

 その代わり一角はちゃんとボコボコにしておくのよ!! 私の代わりに!!

 

「剣ちゃーん! あいりーん! 二人ともがんばれー!!」

 

 草鹿副隊長はご声援ありがとうございますね!! 止めてくれたらもっと嬉しかったんですけど、無理な相談ですよねそうですよねっ!!

 だって、どこから持ってきたのか茣蓙(ござ)を敷いての完全観戦モードですものね!!

 

 

 

「おらああぁっ!」

「またですか!?」

 

 再び刺突が飛んできました。けれど流石にそれは甘い!

 

「うおっ!?」

「今っ!」

 

 剣を下から払い上げて、腹部を一瞬だけ無防備にします。

 そこへ横薙ぎの一閃を放ちました。

 普通ならこれでお腹が横一文字にパックリいく……はずなんですが……

 

「へへへ……やっぱり、いいもんだな……」

 

 少し筋肉を斬った程度でした。

 いえ、これは稽古ですし。そもそも同僚を斬り殺すとかありえないので、手加減はしましたよ。加減しましたが――それを差し引いても想像以上にダメージが少ないですね。

 というか、肌が硬い!

 今までは木刀だから遠慮無く打ち込んでましたけれど、斬撃に対してもこれだけ堅いの!?

 

「楽しくなってきたぜぇっ!!」

「うぐっ……!」

 

 血を流したことで余計にエンジンが掛かりましたね。

 更木隊長がガンガン攻め込んできます。

 まずい、これはまずいのよっ!! 受けに回ったら押し切られるのは今までの経験でわかりきってるのに!!

 

 でも、反撃の糸口が……!!

 

「てええいっ!」

 

 ――今! この瞬間なら……

 

「はっ! いい加減、そりゃもう覚えたんだよ!!」

 

 受けた!?

 って、そりゃそうよね! ちょくちょく強制的にやり合わされているんだもの!

 私の剣術くらい身体で覚えてるわよね!

 それなら受けや返し技くらい考えるわよね!

 

 ……この一手だけなら。

 

「それがどうかしたの!?」

 

 受けられた程度じゃ終わらない!

 即座に動きを変化させて、二の太刀を放ちます。狙うは更木隊長の腿!

 一刺しして動きを鈍くする!

 

「へっ! 本当に楽しませてくれるな!! けどよっ!!」

「がっ!!」

 

 顔面に蹴りを入れられたわ。

 痛い……鼻の頭がすごい痛い……! 一瞬意識が飛んだかと思った。

 油断してたわけじゃないのに、注意は払っていたはずなのに……!

 

「オラ、どうしたぁ!? もうおねんねか? そんなつまんねえことはねぇよな!?」

 

 私の動きが止まった途端に、猛烈な追撃が襲い掛かってきました。

 まずい、一瞬反応が遅れて……

 

「ぐぅっ……!!」

 

 斬られました。肩から袈裟斬りの一撃です。

 ほぼ無意識で回道を発動させたので傷はあっと言う間に治っていきますが。サラシも特別製なので切られても勝手に直っていきますが。

 それでも痛みは――焼けたような痛みだけはしっかりと残ります。おまけに乱杭歯みたいに不揃いな刃が傷口を滅茶苦茶にするから、物凄く痛くて治しにくい!!

 

「今日は無礼講だ、出し惜しみはしなくていいんだぜぇっ! 隊長命令だ。出して見ろよ、卍解をよぉっ!! 藍俚(あいり)ぃぃっ!!」

「おこと……わりよっ!!」

「ぐおっ!?」

 

 少し特殊な歩法を使って攻撃を掻い潜り、そのまま相手の顎をカチ上げました。

 それも斬魄刀の柄頭を利用しての一撃です。

 

「相手が始解でもないのに、こっちだけ卍解なんて出来るわけないでしょう!」

「ク、ククク……ハハハハハハッ!! いいぜぇ、それ……! だからお前と()り合うのは面白ぇんだ!!」

 

 常人なら顎が砕かれるくらい危険な攻撃だったんですが――やっぱり無事ですね。

 それでもコキコキと音を鳴らしながら首を捻っているところを見るに、効果はあったみたいですが。

 

「だが、気を遣う必要なんてねぇ!! 持ってる力を全部見せてみろやぁっ!!」

「舐め……るなっ!!」

 

 ああもう!! だったらこっちもやってやるわよ!! 私に斬魄刀を抜かせたことを、ちょっとくらいは後悔させてあげるわ!!

 

『ちょっとくらい、というところが何とも弱気でござるなぁ……!』

 

 斬りかかる更木隊長に対して、私も防御を最小限にして捨て身で斬っていきます。

 お互いの刀が翻るたびに鮮血が飛び交い、私たちの身体のどこかに傷が一条ずつ増えていきます。

 どちらかと言えば、加減しているだけ私の方が傷が多いですね。

 

「斬り合いってのは本当に楽しいなぁ!! 斬って斬られて、なのにまだ向かってくる!! 斬っても斬っても倒れねぇ!! 楽しすぎて頭が馬鹿になりそうだ!!」

「なら、気付け代わりにこんなのはいかが!?」

 

 大満足の更木隊長の目の前で、私は瞬時にして姿を消しました(・・・・・・・)

 

「消えた!?」

幻影(げんえい)――!! ――龍尾返(りゅうびがえ)し!!」

「があああっ!!!!」

 

 一瞬で背後に回り込むと、その勢いのままに掛け寄って打ち下ろしの攻撃を。そこから勢いを殺さぬままに変化して切り上げの連続攻撃――龍尾返しを放ちます。

 背中へ斬撃を思い切り叩き込んだため、夥しい量の血が噴き出しました。

 

 このくらい負傷すれば、もう満足して――

 

「背中を斬られたのは……いつぶりだぁ? ちと覚えがねぇな。もしかしたら、初めてかもしれねぇ……まあ、んなこたぁどうでもいいんだがよ」

 

 ――貰えませんよね、やっぱり。知ってました。

 

「突然後ろに回り込みやがった。幻影とか言ってたな? 前に何度か使った、あのとんでもなく速い攻撃に似てた気がするんだが……イマイチわからねぇな……」

 

 この人、本当に勘が鋭すぎますよ!!

 

 更木隊長の考察の通り"幻影"は移動用の技です。

 以前見せた"光速剣"と同じく、一瞬だけ(ホロウ)化してその速度で背後に回り込むというもの。そこに砕蜂経由で知ってしまった、隠密機動の歩法を混ぜ込んであります。

 おかげで気配察知も霊圧知覚も誤魔化せる歩法――本来ならばそのはずなんですが。

 

 ……なんでこの人気付いちゃうのよ。

 斬る瞬間、ほんの僅かに前に出てダメージを軽減。本人の霊圧の防御力と相まって、一撃必殺の技をこうもあっさりと防がれるなんて!!

 今回のコレは頑張ったからバレないと思ったのに!!

 

「それだけじゃねえんだろ!? 木刀(おもちゃ)じゃ味わえない感触を、今日はとことん楽しもうや!! 安心しろ、殺しはしねぇからよ!! だからお前も死ぬんじゃねぇぞ、藍俚(あいり)いいぃぃっっ!!」

 

 あ、不味いです。

 楽しくなりすぎて更木隊長のリミッターが馬鹿になってる!! 今までは私に合わせたギリギリだったはずが、振れ幅が物凄い大きくなってる!!

 

 ……これちょっと、不味いわね……生きて帰れる、よね? ええい、ままよ!!

 

 ――破道の三十二! 黄火閃(おうかせん)

 

「破道の三十三! 蒼火墜(そうかつい)!」

 

 歌布と自力を同時に発動、二種類の鬼道を牽制代わりに放ってから飛び込みました。

 

 

 

 

 

「んー! 美味しいーっ!!」

 

 草鹿副隊長の呑気な声が聞こえてきました。

 茣蓙(ござ)の上に座り、重箱を広げ、その中身を一つ一つ味わって食べています。

 お味の程は……聞くまでもないですね。

 先程の心の底からの「美味しい」という言葉が、何よりも雄弁に語ってます。

 嬉しいです。

 

 だってそれ、私が持ってきたお弁当ですから。

 

 時刻は正午を少し過ぎた辺り。つまり、お昼ご飯の時間です。

 私の持ってきたお弁当、草鹿副隊長に勝手に食べられてます。

 

 予約時間が一日だったから、万が一に備えて用意してきたんですよ。

 しかも一角が多めに食べるかもって思ったから、三人前は量があるんです。なのに彼女ってば「その小さい身体のどこに入るの?」って勢いでもりもり食べてますよ。

 

「剣ちゃーん! お昼ご飯どうするー? あいりんのお弁当、すっごく美味しいよ!!」

「ああ、そりゃ美味そうだな!! けど飯も良いんだが、こっちも斬り合いで腹一杯でよ! 腹一杯のはずなのに、なのに餓えて餓えて仕方ねぇんだ!!」

 

 あー、あっちは楽しそうね……

 こっちは更木隊長と延々斬り合いを継続中ですよ。

 私は回道でどんどん治す。更木隊長は持ち前のタフさで傷も痛みも無視して斬りかかってくる。

 千日手ってこういう感じなんでしょうか!?

 

「うん、わかったー! じゃあ剣ちゃんの分もあたしが食べといてあげるね」

 

 私のお昼ご飯ーー!!

 

「あっ! コラ……! 俺も食う! よこせ!!」

「ちょ、草鹿副隊長!! 俺も食います! あんまり一人で食わないでくださいよ!!」

「先生の手料理先生の手料理お腹が裂けてでも食べるお腹が裂けてでも食べる……」

「吉良! おめぇはもうちょっと落ち着け!!」

 

 しかも一角たちはしっかりお昼の休憩を取ってるし!!

 まあ、あなたたちが食べるのは許す!! 元々そういう目的のお弁当だし!!

 でもなにかしら……聞いてるだけでイライラしてきたわ……

 

 

 

 ここは闘いが不利になってでも一言! 絶対に言っておかないと!!

 

 

 

「あんたたちっ!! 食べる前には手を洗いなさい!!」

「……ッス!」

「は、はい! ごめんなさい先生!!」

 

 阿散井君と吉良君が素直に言うこと聞いてくれたわ。

 嬉しい。

 だってさっきまで訓練場で大暴れしてたのよ。手を洗うのは基本!! このご時世、衛生は基本!! 四番隊副隊長としてこれは言っておかないと!!

 

「ははははっ!! よそ見するたぁ、まだまだ余裕があるみたいじゃねぇか!!」

 

 ああああっ!! 更木隊長がもっとやる気になったあああぁぁっ!!

 

 

 

 

 

 

 

「うっし、そろそろ再開すっか!」

 

 お昼ご飯に食休み――私と更木隊長はそんなのありませんでしたが――を挟んだ後に、一角はそう言うと――

 

「よお、藍俚(あいり)!! 随分と楽しそうじゃねぇか! 俺もまぜろやあぁっ!!」

「い、一角!? ……くっ!!」

 

 ――私に向かって斬り込んできました。

 当然止めましたが、そのせいで更木隊長の一撃をモロに腕に受けてしまいました。

 痛い!! 血がどくどく流れ出てきます。回道ですぐに治るとはいえこれは……

 

「一角っ!! てめえ、割り込んで来てんじゃねぇよ!! 藍俚(あいり)は俺の獲物だ!!」

「隊長こそ、つれないこと言わないでくださいよ!! 部下にゆずるのも、隊長の勤めってもんでしょうが!! それに――」

 

 文句を言い合いながらも、まるで息の合った連携攻撃のように二人で私に襲い掛かってきます。

 かと思えば。

 

「――隊長にも、稽古の一つでも付けて貰いてぇんですよ俺は!!」

「……はっ! 面白ぇな!! そう言ったからには、つまんねえ姿を見せるんじゃねぇぞ!!」

 

 今度は更木隊長に斬りかかったわね。

 一角、あんた正気なの!?

 更木隊長もなんだか楽しそうにしちゃって……

 

 というか、なによそれ……さっきまで私と斬り合いしてたんじゃないの……?

 

「あーもう!! こうなったら二人も四人も一緒よ!! 阿散井君、吉良君も!! 遠慮は無用よ!! 掛かってきなさい!!」

「え……っ!?」

「む、無理っすよ!! そんなの!!」

「問答無用!!」

 

藍俚(あいり)殿!! いのちだいじに!! いのちだいじにでござるよ!!』

 

 いいえ! ここは勿論、ガンガンいこうぜ!!

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「死ぬ……俺、絶対死んだ……」

「生きてる……僕、生きてるよ……!!」

 

 新人二人が悟りを開いた、みたいな状態になっています。

 

 ごめんなさい、本当にごめんなさい!!

 なんだかテンション上がっちゃって……てへ。

 ちゃんと怪我は一つ残らず治したから許してね。

 

「クソがっ!! 今日も勝てなかったか!!」

「腹四分目ってとこか? まだまだ食い足りねえが、今日の所はこの辺にしといてやるよ」

 

 対して十一番隊の二人は……特に更木隊長はホントに元気よね。

 

 既に日は沈み掛けており、瀞霊廷には業務終了を告げる鐘の音が鳴り響いています。

 終業――つまり、今日はもう終わりです。

 元々一日の予定で入っていた予約ですからね。この時間になれば終了です。

 更木隊長もこういうところはしっかりしていて、ちゃんと言うことを聞いてくれます。

 

 それだけでも有り難いですよ、本当に……このまま一晩中斬り合おうぜ、とか言われなくて本当に有り難いです。

 

「ねえねえ、あいりん」

「?」

 

 全員の怪我も治し終えて、帰り支度をしていたところ。

 草鹿副隊長が話し掛けてきました。なにかご用でしょうか?

 

「あたしと結婚して!」

「……へ? あの、どういうこと……?」

「だって、あいりんと結婚したらあの美味しいお弁当毎日食べ放題なんだもん!!」

 

 ……あー……餌付け、されちゃいましたか?

 いや、だからって結婚してというのはおかしいですよね!?

 何て言って断ろう――

 

「剣ちゃんも、あいりんがいてくれたら大喜びだよ!!」

 

 ――って、そっちに話を振っちゃだめぇ!! 

 

「ククッ、そいつぁいいな。部下として引っ張ってくるよりも、よっぽど……」

「し、失礼しますね!! 本日はお招きいただき、ありがとうございました!! ほら、吉良君も帰るわよ!!」

「せんせい……僕、生きてますよね……」

「うんうん生きてるわよ。生きてるから帰りましょうね。今日はもうゆっくり休みましょうね」

 

 面倒な話に展開する前にさっさと逃げるに限ります!

 大急ぎで吉良君を背負い、脱兎のごとくその場を退散しました。

 

「おい一角、藍俚(あいり)のことを口説いてみたらどうだ? 上手くすりゃ、毎日斬り合いし放題だぜ?」

「はぁ!? アイツをですか!!」

 

 背中からそんな声が――

 

 聞こえない聞こえない、私には聞こえない!!

 




●裏話
ホントはこの話、剣ちゃんが来る予定無かったんですけどね。
一角と卍解でイチャイチャしてたから剣ちゃんが嫉妬しちゃって……

デートスポットがデッドスポットに一瞬で早変わりです。

(当初の予定では「一角・恋次・イヅルを相手に稽古して、お昼を食べて、食休みでイヅルに膝枕したりするだけのヌルい話」の予定……ですか稽古という目的は果たせたので)

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