お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第9話 さようなら流魂街

「それでは師匠、行ってまいります」

「うむ、道中気をつけてな」

 

 師匠の手によって、瀞霊門がまるでシャッターか何かのように持ち上げられており、その向こうには、流魂街よりも立派な建物が並んでいます。

 今までずっと見ることしか叶わなかった景色、そこへ遂に私も足を踏み入れることができます。

 

 師匠から"真央霊術院の入学試験を受けても良い"というお墨付きを貰ってからおよそ半年。時期を待ってから入学試験の手続きやら通行許可の手続きやらを開始して、色々と時間が掛かりましたが、ついに今日! ようやく出発です!

 

「皆さんも、お見送りありがとうございます」

「頑張って来るんだぞ」

藍俚(あいり)ちゃんならきっと大丈夫だよ」

「これだけ時間を掛けたんだから、まあ合格だろうな」

「失敗したらここの全員に一杯おごってくれよ」

「あははははっ! そりゃいいな!!」

 

 門の周囲には、今までお世話になったご主人に女将さん。お店の常連の方などが来てくれました。常連の一人の軽口に、私も思わず笑顔になってしまいます。

 なんだか"もう死神になった!"みたいな感じですが、まだ霊術院の試験を受けに行くだけなんですけどね。

 どうやら璃筬(りおさ)から死神を目指す人が出るのはそこそこ珍しいみたいです。私も、この五十年ほど聞いたことありませんし。そのおかげか、物見遊山気分で見ている人もちらほらといるみたいです。

 

「絶対に霊術院生になってきますからね」

 

 もう一度、確認のためにと手にした風呂敷包みを見やります。

 中には霊術院の入学手続きをした書類や地図。通行証も勿論のこと、簡単な着替えや竹筒の水筒に道中用の軽食。といった物を収めています。

 瀞霊廷は広いって話ですからね。移動の途中で食べたり休んだり、最悪一泊二泊はすることになるかもしれないと、餞別としてお金もいただきました。

 

 なんというか、地方から上京する学生みたいな気分になりますね。

 

「それではみなさん、行って来ます」

 

 そう告げると、私は門をくぐり抜けて行きました。

 背中からは未だに皆さんの声援を受け続けています。こういうのって、良いですね。絶対に合格してやるって気持ちがぐんぐんと湧き上がってきます。

 

 

 

 ……でも、これで、試験に落ちたらどうしよう。恥ずかしくってもう戻ってこられないかもしれない……

 

 

 

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「えっと……この通りね」

 

 地図やら通行人に尋ねるやらしながら、霊術院を目指して瀞霊廷を進んでいます。

 流石に瀞霊廷は広い――なんて言葉では言い表せないくらい広いです。なんでも端から端まで歩くと数日掛かるくらい広いとか。

 東京二十三区くらい? 程度の覚悟でいたら、距離に負けるところでした。

 なるほど、どうりで通行許可証に許可日の開始日と終了日を明記しているわけです。

 

 まあ、師匠の下で五十年鍛えましたし。歩いているくらいで潰れる様なヤワな女じゃありませんよ。歩く途中も血装(ブルート)を負荷代わりに発動させて、訓練代わりにしています。

 

 とはいえ歩くこと既に二日目です。流石に少し疲れてきました。秋の少しひんやりとした空気が火照った身体に心地よいくらい。

 

「まさか、本当に宿賃が必要になるとは思わなかったわね」

 

 昨日に泊まった安宿のことを思い出します。

 瀞霊廷は貴族と死神の為に造られた一つの都市ですが、かといって全員が"高慢な貴族"みたいな振る舞いをしているワケではありませんから。

 建物の造りなんかは璃筬(りおさ)よりずっと立派ですけれど、大衆的な酒屋や食堂なんかもちゃんとあります。

 この辺はどうやら、護廷十三隊の各隊に影響されているみたいですね。区画ごとに各隊の縄張りみたいなもので、部隊の特色が反映された街並みになっているようです。

 その部隊を慕う人たちが集まるわけですから、当然といえば当然ですね。

 

 ――ってことは、戦闘集団な十一番隊の近くには、闘技場とか拳闘場がわんさか……? い、今は考えないことにしましょう!

 

「死神になれたら、このめちゃくちゃ広い瀞霊廷の道も覚えなきゃならないのかしら?」

 

 少なくとも各隊の隊舎の場所とかは覚えておかないといけないでしょうし。それに付随して周辺施設なんかも。引っ越し先の市役所や郵便局、公共施設なんかの場所を覚えておくような感覚ですかね?

 

「……あ! あれ、よね?」

 

 そんなことを考えながら彷徨うことしばし。ようやく目的の場所を発見しました。

 外観だけみれば、そこはまるで大きな屋敷か、はたまた小さな城とでも言うべきか。周囲の建物にも負けぬほどの建造物。

 入り口近くには守衛とおぼしき人が立ち、門には"真央霊術院"と大きく記された看板もあります。

 

「何か?」

 

 私に気付いたのでしょう。守衛の方が声を掛けてきました。

 

「私、霊術院の入学試験を受けに来た者です。書類もここに」

 

 そう言いながら風呂敷を開き、入学手続きに使った書面を守衛に渡します。相手はそれを受け取ると、しばし記載内容に目を通してから顔を上げました。

 

「なるほど、確認しました。では案内しますのでこちらに」

 

 よかった、ここで"書類に不備があるのでまたお越し下さい"とか言われたらどうしようかと思いました。

 案内されるままに、霊術院の中に入りました。

 

 

 

 

 

「こちらでお待ちください」

「ありがとうございます」

 

 あの後、守衛から学院内の関係者へと話が通され、その関係者に案内されて学内のとある一室に通されました。部屋の造り自体は簡素で、畳敷きの床の上には机と座布団が並んでいます。

 

「……待合室? それともここで試験もやるのかしら?」

 

 室内には私以外は誰もいないので、どうしたものかと思いつつもとりあえず座って待つことしばし。

 やがて試験官らしき男がやってくると「試験は中庭で行う」とのことで再び移動です。

 

「しかし、この時期に試験を受けに来るのは珍しいですね」

「え? そうなんですか?」

 

 移動の途中、そんなことを言われました。

 

 話を聞くと、試験を受けに来るのは解禁初頭と終了間際が多いそうです。

 初日や二日目に来るのは自信のある者が多く、逆に締め切り間際に来るのは少しでも実力を底上げしておきたい者だとか。

 だから、私みたいに谷となる時期――有り体に言ってしまえば中途半端な頃――に受けにくるのは少なくて珍しいとのこと。

 

 ひょっとして、この時期を選んでくれたのも師匠の気遣いだったのでしょうかね? だとしたら本当に、頭が上がりません。

 

 中庭で試験が始まりましたが、基準となるのはまず霊力の測定。

 受験者が霊力を持っているかは当然のこと、どれだけの霊力を持っているのかも判定の基準となるそうです。

 それが終わると、どれだけ動けるのか。早い話が体力測定みたいなものですね。

 剣術や鬼道などは極論一切知らなくても霊術院で覚えられますが、それでも基本的な運動神経がズタズタでは敬遠せざるを得ません。なにしろ死神というのは(ホロウ)との命懸けの戦いを繰り広げますからね。

 

 ちなみに私は、霊力試験も運動能力試験もきちんと突破出来ました。

 流魂街出身でこれだけ動けるのは珍しいとか、将来有望とか言われましたよ。

 

 ……あははは。それ、五十年の努力の結晶です。

 

 霊術院は――飛び級アリなのですが――基本的に六年間掛けて卒業します。その八倍近い時間を使っておいてコレですよ。

 期待させちゃってごめんなさい。

 

 とあれ、試験はこれで終了。

 先程の待合室に再び戻されたかと思うと、実はまだありました。

 筆記試験です。

 内容は流魂街出身でも知っているような基本的なものや一般常識的なものばかり。

 なるほど、さすがに礼儀の"れ"の字も知らないような者を合格させるわけにもいきませんからね。

 

 あっさりと筆記試験を終えたかと思えば、試験官から「これもやってみますか?」と別の紙を渡されました。

 見ると……なんですかこれ? 全然知らない問題がびっしりです。

 一応前世は現代社会に暮らしていた私なので高等教育も受けていますが、そもそも聞いたことのない内容ばかりで……

 

「ああ、やはり分かりませんよね。それ、実は貴族用の試験なんです」

「え?」

「貴族の入学志願者のうち、希望者にだけ実施する特別な試験でね」

「特別な試験……?」

 

 ……うわぁ、なんとなく分かっちゃいました。

 これってつまりは下駄を履かせるための試験でしょうね。点数ギリギリ足らない貴族を引き上げたり、有名貴族に主席入学みたいな箔を付けるための。

 やはり貴族は特権階級というわけですか。

 

「そうです。まあ、湯川さんはこれまでの試験で合格は問題なしなので、お気になさらずに」

 

 私の胸中など知らず、解答用紙を眺めながらそんなことを言う試験官。

 

「え!? 合格ですか?」

「はい、問題ありませんよ。霊力も身体能力も筆記試験も、極めて正常です」

 

 あっさりそう言われてしまいました。

 

 合格ですか……なんだかさっと言われすぎて実感が湧かないというか……

 

「人数の多いときには、こんな簡単には伝えないんですがね。今回は一人だけの試験なので」

「な、なるほど……」

「では続いて、合格者の手続きに移ります」

 

 落第者は"お帰りはあちらです"されるそうですが、合格者は必要な書類の記入をしていきます。霊術院には院生寮もあるので、希望する場合は入寮手続きなんかもします。

 流魂街出身だと瀞霊廷に家なんてありませんし、瀞霊廷出身でも家が遠くて入寮を希望する者もいるので。

 

 それらが終わったら最後に身体測定です。

 

 霊術院生になった者は、学生服のように院生袴というものの着用が義務づけられます。

 ですが院生のサイズは個人個人違うので、それぞれの身体のサイズに合わせて調整する必要があります。

 そのために身体測定が必要になるわけです。

 大きくてブカブカならまだしも、小さくて着られないなんて間抜けですから。

 ましてや私は身体が大きいので、下手すれば男性サイズでも合わないかもしれません。

 

 おっかなびっくり測ってみたところ、なんと吃驚。身長が六尺一寸(185cm)と言われました。

 なるほど、そりゃ流魂街の男性よりも大きかったワケです。

 

 あ、ちなみに院生袴のデザインも見せてもらいました。男性は紺、女性は赤の袴になっていて、結構可愛らしい感じでしたよ。

 

 全てが終わると、最後に割り符を貰いました。

 この割り符が合格者の証だそうです。このまま授業開始まで院生寮で暮らしてもいいし、一旦戻って支度を整え直してくるのもOK、とのこと。

 

 そうですね……じゃあ私は……

 

 

 

 ……え? 身長はわかったけど胸囲は幾つだ? ……それは秘密で。

 

 

 

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「それでは師匠、行ってまいります」

「うむ、達者でな」

 

 師匠の手によって、瀞霊門はまるでシャッターか何かのように持ち上げられており、その向こうには、流魂街よりも立派な建物が並んでいます。

 数日前の焼き直しのような見た光景。けれど決定的に違うのは、私が霊術院に合格しているということと、見送りの人数があの時の比ではないほど多いことです。

 

 あの後、合格の報告をみんなにすべく一旦流魂街に戻ることにしました。

 

 門を通るので師匠に真っ先に報告を。そして酒屋に戻って女将さんたちにも合格したと告げると、蜂の巣を突いたような大騒ぎになりました。

 その日は合格祝いと称した馬鹿騒ぎが夜遅くまで続き、合格を祝う声と別れを悲しむ声でいっぱいでした。何しろみんなで愉しもうということで黒稜門の近くに酒樽や料理を運び込んで師匠も合わせての大宴会です。

 

 私も何度も酒を勧められましたが、丁重にお断り続けました。明日にはまた璃筬(りおさ)を立つ身なので酔うワケにもいきませんしお酒弱いですし。

 ご主人と女将さんにお別れを済ませ、何度も身体を触られそうになるのを躱しながらその日の夜は更けていきました。

 

 そして翌日。

 霊術院試験に挑むときのように見送られ、激励の言葉を投げかけられながら、再び瀞霊廷へと歩みを進めます。

 

 けれども私の胸は、あの時には感じなかった新たな期待でいっぱいでした。

 




新たな期待(新しいおっぱい)で胸がいっぱい


●六尺一寸
正確に記するなら六尺一寸五厘らしい
(尺貫法とメートル法はピタリ合致しないので)
悩みは着る物
(サイズだったりデザインだったりが無いの)

●瀞霊廷の大きさ
原作で「(西門から)別の門まで行くのに歩いて十日は掛かる」の発言から。

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