今日は四番隊で普通にお仕事です。
「湯川副隊長!!」
……たった今、普通じゃなくなりました。
「朽木隊長……あの、いきなり四番隊に来てしかも私を名指しで呼ぶのは……」
「それについては申し訳ありません! ですが、妻が! 妻が!!」
六番隊の隊長が血相を変えて四番隊に飛び込んできたので、隊士たちが「何事だ!?」とか「副隊長どうしたんですか!?」みたいな目で見てきます。
しかも普段はクールで落ち着いている朽木白哉が、今にも発狂しそうなくらいの勢いで取り乱しているわけですからね。
隊士たちは「え、これ見て大丈夫なの!?」という感じで慌てて視線を逸らしています。
でも白哉って、緋真さんの前だと大体こんな感じなんですけどね。他人には見せられない顔、というやつです。
「落ち着いてください。緋真さんがどうかなさったんですか?」
「はい! 具合が妻のずっと少し悪く前から……!! どうしたら良いか……」
まず近所のお医者さんに行ってください。なんで私の所に来たんですか?
あと落ち着いてください。文章が滅茶苦茶になってますから。
ちょっと前から緋真さんの具合がなんだか悪い、って言いたいのよね?
「え? もう定期検診を止めてから数年は経ちましたけれど、そんな簡単に身体を壊すような虚弱体質ではないはずですよ?
「ですが、ですが……!! 一体どうすれば良いのか!! どうか湯川殿に診ていただきたく!!」
だから落ち着いてよ!! 人前なんだから!!
威厳がすごい勢いで減ってるわよ!?
「わかりました、わかりましたから落ち着いてください。朽木家に行けば良いんですね?」
「ええ、是非ともお願いします!」
「そういうわけなので、三時間くらい留守にします。皆に伝えておいてください」
近くの隊士にそう伝言だけしておいて、久方ぶりの朽木家に向かうとしましょう。
……の前に。
朽木家へと向かう道すがら、気になっていたことを尋ねます。
「朽木隊長、一つ良いですか?」
「なんでしょうか?」
「伝令神機で連絡していただければ、もう少し手早く行動できたんですけど……」
「あ……そ、それは……」
ツッコミを入れた途端「完全に忘れていた!」と言わんばかりの顔になりました。
「も、もうしわけございませぬ……」
「まあ……それを忘れるくらい、気が動転していたということですよね」
なので急いで朽木家へ向かいましょう!
万が一、本当に万が一にも"手遅れだった"なんてことのないように。
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「緋真さんもお久しぶりです」
「まあ、先生。お久しぶりです。その節は大変お世話になりました」
朽木家に着いて、緋真さんのところまで案内されましたが……
別に一見した限りですが、具合が悪そうには思えませんね。極めて普通の状態――いえ、ちょっと調子が悪そうなくらいですね。
「ところで本日はどのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか……? 私は何も聞いては……」
「奥様のご容態がおかしいから診てくれと言われて」
「まあ!」
用件を告げると彼女は、初耳だといった様子で驚きました。
「白哉様、以前にも申し上げたように緋真は何も問題ございません」
「し、しかし! どうしても不安だったのだ! まだ昔のようにお前が倒れてしまったらと思ったら! 今度こそ、取り返しがつかない事態に陥ってしまったらと思うと!! 気が気でなかったのだ!!」
「びゃ、白哉様……」
……この二人のやりとりを見ていると濃くて苦いコーヒーが欲しくてたまらなくなってくるのよね。
愛情いっぱいの言葉に緋真さんの顔が一瞬で真っ赤になりました。
白哉も、以前の体験がトラウマになってるみたいですね。だから、初期症状の段階で私を呼んだわけですか。手遅れになる前に。
つまり今の状況は、私が白哉に頭突きをカマしたのが遠因ということか。
「そろそろ診察を始めますから、愛を確かめ合うのは日が沈んでからでお願いしますね」
「……ッ!!」
「い、いやこれはその!!」
この二人、本当にウブよねぇ……
「それじゃあ緋真さん、朽木隊長も。具合が悪いと言うことでしたが、具体的にはどのような症状が?」
「それは――」
問診の結果、夫婦の口から語られたのは大体こんな感じでした。
微熱が続く。
お通じが悪くなった。
ときおり強い眠気に襲われる。
腰痛や、お腹周り。下腹部が辛い。
胸が張ったように痛い。
頭も痛い。
気持ちが不安定になることが多い。
目眩や立ちくらみが起こりやすくなった。
といった感じの軽いもので……ん? これって……まさか……
「すみません、ちょっと失礼します」
一応よ、一応確認のために。霊圧照射で探って……
あらら。
間違いないわね。
「念のためお聞きしますが、
「月の……? ……あ! い、いえ。それはまだ……え!? あの、まさか……!?」
「そのまさかです」
「遅れているだけ、という可能性は……?」
「いえ、それはありません」
ここまで聞けば、やっぱりわかっちゃいましたね。
まあ本人の身体のことですから。思い当たるフシも皆無ではないでしょうし。
「あの、一体何がどうなったのでしょうか? 二人は納得しているようですが……」
「白哉様! そ、その!」
と思ったら一人、理解してない人がいました。
多分、私が教えてあげないと駄目ですよね。役割的にもなんとなくですが。
「朽木隊長、落ち着いて聞いて下さい」
「は、はい!!」
「おめでたです」
「はあ……あ、ありがとうございます……?」
そういう意味じゃないの!
まさかここまで察しが悪かったとは……
「いえ、そういう意味ではなくて。緋真さんは、妊娠しています。具合が悪かったのは、妊娠の初期症状ですね」
「……え!? あの、誰が、誰の……?」
「朽木緋真さんが、朽木白哉さんの、お子さんを、妊娠しています」
「えええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっ!!!!」
うるさっ!? 鼓膜が破けたかと思ったわ。
屋敷中に響き渡らんくらいの大声で、白哉が叫びました。
「緋真! ありがとう、ありがとう!!」
「白哉様……そ、その……」
と思ったら抱きつきましたよ。
まあ、幸せそうだし。もう放っておきましょう。
それにしても、ちゃんとヤることヤってたのねこの二人。
確かにもう「孕ませて平気ですよ」って言いましたけれど。
夫婦でマッサージしたら、そのまま夜のマッサージに突入ですか?
銀嶺さんに、ルキアさんと阿散井君と、朽木家の使用人たちにもちゃんと報告するのよ。それと蒼純さんの墓前にもね。
「異常ではなかったので、今日はこれで失礼しますね」
はー、まったく。
大山鳴動してなんとやらじゃないですが、人騒がせな。
それにしても妊娠、そして出産ですか。
となるともう私の出番はありませんよね。
本家当主、白哉の子供ですから。そんなのが産まれるとなればもう一大事ですよ。
四番隊の出る幕じゃないです。
「あ、お待ちください湯川殿!!」
「あの……まだ何か? 正直、私にはもうこれ以上出来ることは……」
これ以上出来ることと言ったら、酒もタバコも薬もやらないで激しい運動は控え、感染症対策に手洗いうがいとマスクを付けて人混みを避けろ。みたいな忠告くらいですよ。
でもそのくらいは一般常識で皆さん知ってるでしょう?
「その、まだ気の早い話だとは重々承知しておりますが……」
「はい?」
「緋真の、お腹の子を、湯川殿に取り上げて頂きたく……その……」
「……はい?」
ぶーっ!! え、私に!?
「ちょ、ちょっと待ってください! それは流石に荷が重すぎて……それに朽木家ともなれば、専属の産婆くらいはいるのでは……!?」
「確かにおります。ですが、緋真のことは湯川殿以外にお願いするつもりはありません!!」
駄目だってば!! そこまで踏み込ませると絶対どこかで不満が出てくるから!!
「その、私は産婆業は専門外ですから」
「まだ十月十日は猶予があります!! ですからその間にどうか勉強をして頂き――」
「いえ多分、一ヶ月以上は経過しているから、出産まであと九ヶ月くらい……」
「おお! そんなことまでわかるのですね!!」
しまった! やぶ蛇だったわ!!
「そ、それに緋真さんも! 私なんかじゃ無理ですよね……!?」
「その……はい。私の命を救って頂き、妹にも再会させていただいただけでも大恩がございます。ですので、湯川先生にこれ以上を望むのはご迷惑かと……」
ああっ! 何その言い方!!
ズルいわよ!! 外側からチクチク責めてきてる!!
それ「私以外に頼むのは嫌だけど、どうしてもって言うなら我慢して別の人に頼みますね」ってことじゃないの!!
「……わかりました」
やってやるわよコンチクショウ!!
「おお! では!!」
「ただし、ちゃんとご家族や関係者全員と話し合って私が取り上げても問題ないと了解を取ってからです!! それと私も専門外ですから、隊長と相談してからお返事はさせていただきます! これが条件です!」
「はい! 何も問題はございません!!」
……以前、射干玉に「朽木家の好感度MAX」って言われたけれど、これは想定外だったわ……
『いやはや、拙者もここまでとは……事実は小説よりも奇なりとは、よくいったものでござりますなぁ!!』
「それと、もう一つお願いが……」
まだ何かあるの!?
「出来れば、名前を……」
「いやいやいやいや!! それは駄目です、本当に駄目です! 絶対に駄目です!!」
終わったと思ったら、もっととんでもない爆弾を投げてきたわねこの朽木白哉!!
「名前は父親となるあなたが決めて下さい。というかお願いするにしても、銀嶺様にお願いしてくださいよ!! 祖父ですよね!? お話を通さないのは問題が大きすぎます!!」
ひ孫の顔はいつ見られますか!? って感じで、あの人、興味津々だったわよ!! ないがしろにされたら泣くわよきっと!!
「そこを何とか! 案、案だけで構いませんので!!」
ええい! 裾を引っ張るな!! 駄々っ子かアンタは!!
「じゃあ……えーっと、白哉の"白"と緋真の"緋(赤)"から、合わせて桃とか桜の字を使う。というのはどうですか?」
「おお、なるほど!」
「あ、でもそれだと男の子だった時に字が可愛すぎるから少し問題ね。となると……似た表現に
そこまで口にして気付きました。
夫婦そろって笑顔で私を見ています。それも、さも「なーんだ、やっぱり名前を付けたかったのね」と言わんばかりの生暖かい目で。
「し、失礼します!!」
なんだか恥ずかしくなったので、逃げるように朽木邸から退散しました。
帰り道。
私は大変な事に気付いてしまいました。
桃だと、ウチの雛森さんと思いっきり名前が被っているじゃない!!
『気にするところそこでござるか!?』
仕方ないじゃないの!! 名前被りは重罪よ!!
それにどーせ、隊長に相談したら「絶対にやりなさい」って言われるに決まってるんだから……白哉もなんだかんだで全員を説得しちゃって、私にお鉢が回ってくるに決まってるんだから……
『や、やさぐれるのは良くないでござるよ!?』
四番地区の図書館で、妊娠・出産や産婆に関係する本でも探しておこうかしらね……
赤ちゃんを抱いたことあるけれど。ほら、志波さん家の岩鷲君。
昔、遊びに行った時に抱っことオシメ交換したわ。
でもあれとは違って新生児だもんねぇ……
ちゃんと勉強だけはしておきましょう。
万が一に備えるためにも。
朽木家メインが続きます。
●ソウルソサエティでの妊娠・出産
あの世の住人同士が子供作って人数増やすっていうのは、どういう理屈なのか。
産めや増やせやで、現世とのバランスが崩れないのかとても心配になる。
特に流魂街で「そういうこと」にならないかが、とてもとても心配になる。
ひょっとして「妊娠も霊力が無いと無理」みたいな設定なのだろうか?
多分、深く考えてはいけない。
(深く考えるとファンタジー世界の女冒険者とか大変なことになるので)
そしてルキア、伯母さん決定。
●鴇色
トキの風切羽の色のこと。
紫に近い淡いピンク色。
●行水
江戸時代の月経の隠語。