お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第91話 準備は万端に

「うおおおおっ!!」

「はい、残念」

「ぐわああああっ!!」

 

 本日は霊術院で講師のお勤めです。

 講義も無事に終わり、そして終わったかと思えば一人の生徒が時間も場所も弁えずに挑みかかってきたので、一発で返り討ちにしたところです。

 

「根性は認めるけれど、それだけじゃ駄目よ。というか、時間と場所は弁えなさいっていつも言ってるでしょう?」

「う、うるせぇ……」

 

 この子、何度も何度もめげずに来るのよね。

 思い返せば、初日の新入生をシメるイベントの時から、やたらと私に向かって来てたわ。

 

 それから何度も何度も、隙があれば私に掛かってきて。

 そんなに飛び級で卒業したいの? それとも十一番隊志望なのかしら?

 

 でもこの子、入学した時からやたらと才覚を発揮していたのよ。

 あっと言う間に飛び級が決定して、卒業後は席官で入隊するのが確実なくらいなのよね。だからこんなことしなくても……

 

 あ、まさか私の身体を好きにしたいから!?

 だとしたら、とんだスケベ男だわ。でもその根性だけはもうとっくに認めてるわよ。

 

 ……え、この子について?

 

 別に知っても面白くはないと思うわよ。

 ただちょっと

 "髪が銀髪"

 "目が翡翠みたいな色"

 "天才児と持て囃されている"

 "背がやたらと低い、豆粒どチビ"

 というだけだから。

 あとやたらと「テメェが原因で雛森が……」とか言ってきました。何のことでしょう?

 

 名前? えーとね……ひ、ひつが……や……

 

 ……なんかムカついたから、もう一発殴っておきましょう。

 

 よく分からないけれど、あんたがちゃんと「雛森おねーちゃん好き好き大好き! 僕と結婚して! 僕が一生守るから!! あんな伊達眼鏡の優男のところなんて行かないで!! 僕が先に好きになったの!!」って言えば、あんなことにはならなかったんじゃないの!?

 全然よく分からないけれど!!

 

『がっつり理解した上で言ってるでござるなぁ……』

 

 あとこのくらいの天才、実は結構見てます。

 六百年近く死神やってるのは伊達じゃありませんよ!

 ちょくちょく出現するんですよね、天才児って。

 とはいえさすがにこのレベルの力を持っているのは希ですけれど。

 でもあんたの先輩、天才天才言われたおかげで自惚れて足下掬われて死んでいったわ。

 気をつけなさいね。

 

 

 

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 ま、霊術院についてはどうでもいいんですよ。

 今日は別件で用事があるので、こんな日番谷冬獅郎(ミジンコおちびちゃん)を相手にしている暇なんてありません。

 急いで朽木家に向かいます。

 

 急ぎましたが、私が最後の到着でした。

 

「すみません、遅れてしまって」

「まあ、湯川先生。そんな、こちらの方こそ無理なお願いをしていたようで申し訳ございません」

「あ、先生。どうも」

「おお……」

 

 緋真さんは本当、いつでも丁寧ですね。

 そして白哉も無言で会釈を。阿散井君は私に気付いて会釈をしてくれましたが、ルキアさんはそれにすら気付かずに緋真さんのお腹をおっかなびっくり撫で続けていました。

 

「おい、ルキア……ルキア!」

「ひゃっ!! な、なんだ恋次! 驚かすな馬鹿者!」

「馬鹿者はどっちだよ。そうじゃなくて、先生が来てんだよ」

「む? お、おおっ! し、失礼しました!」

「まあまあ。お姉さんのことを自分の事のように心配しているみたいだし、気にしないで。阿散井君だって気になってるでしょう?」

「そりゃまあ、そうっすけどね……」

 

 ルキアさんと阿散井君、相変わらず仲が良いわよね。

 

 月日が経つのは早いもので、すでに緋真さんのお腹は大きくなっています。

 妊娠中期から後期、といったところですね。もうすっかり安定しているので、そこまで心配ではないのですが。

 

『ボテ腹プレイというやつでござりますかな?』

 

 そういう胎児をないがしろにするような発言は駄目! 絶対に駄目!! 怒るわよ!!

 

『も、申し訳ございませんでござる……』

 

 この時期なら一応、夜の営みもできるくらいではあるからね。間違ってるわけじゃないんだけどさ。

 でもね……ちょっと前までは、つわりが酷かったのよ。

 私、何度呼ばれたことか。

 やっぱりこの人、基本的には身体が弱い方なのかしら? つわりも個人差があるから一概には言えないんだろうけれど。

 だから今は安定してるんだけど、ぶり返さないかちょっとだけ不安。

 

 あ、そうそう。わざわざ言うまでもなく、予想されているとは思いますが。

 結局私が、緋真さんの出産まで立ち会うことになりました。

 

 卯ノ花隊長に相談したところでは「何も悪いことではないでしょう? 良い機会ですし、あなたの理想のためにも是非立ち会いなさい」と言われました。

 むしろ「なんでわざわざ私の許可を取ろうと思ったんですか?」とまで言われました。

 

 そして白哉の方――つまり、朽木家の関係者への説得ですが。

 こっちも白哉がちゃんとやってくれました。

 落とし所として、私以外にも元々専属担当だった産婆さんと一緒に。共同で取り上げる、といった形に落ち着きました。

 共同というのも名目上で、やっぱり私がメインで取り上げることになります。

 私も図書館の本とか産婦人科の勉強とかしてますけれど、やっぱり経験者がいるのは心強いですね。

 

 ということで久しぶりの緋真さん専属担当のお医者さんになってしまい、懐かしの定期検診が再開しました。

 今日は検診日なのでお邪魔しています。

 ついでだということでルキアさんと阿散井君も呼ばれています。家族の交流を深めているわけですね。

 

「おお! 動いた! 恋次、動いたぞ!!」

「そりゃ、腹の中で生きてるんだから動くだろ?」

「そのくらいは知っておる! 知っておるが、こうやって実際に触れるとまた違うのだ!! なんというかこう……違うのだ!!」

 

 ルキアさんはお姉さんのお腹に興味津々です。

 命が宿っているわけですからね。

 

「まあ、ルキアってば……そうだ、阿散井さんも触ってみますか?」

「お、俺がっすか!? え、ええええ遠慮しておきますッス!! なんか、壊しちまいそうで恐くって……」

「大丈夫だ恋次。緋真もお腹の子も、そこまでやわではない」

 

 白哉が得意満面の顔でそう言いましたが……

 私、知ってるんですよ。白哉も最初に触れる時は物凄くビクビクしてました。

 なんだったら今の阿散井君以上にビビりながら触れてました。

 まあそれは言わぬが花というやつで。

 

「そうですか? じゃあ、ちょっとだけ……おおっ! 暖けぇ……」

 

 震える指先で、触れるか触れないかくらいの距離で手を伸ばしたのですが。

 それでもわかるものなんですね。

 

「う、動いた! ルキア、動いたぞ!!」

「たわけ! それは私がもう言ったぞ!」

「うっせえな! なんかこう、違うんだよ!」

「それも私が言ったぞ!」

 

 感動してますね。混乱してますね。

 そのうち阿散井君とルキアさんでも、同じことをするのかしらねぇ?

 結婚式には呼んでね。ご祝儀は奮発するから。

 

 ……ああ、忘れるところでした。一応定番の台詞を言っておきましょう。

 

「これだけ元気だと、男の子かもしれませんね」

「「「「男の子!?」」」」

 

 おお、全員が食いつきましたね。

 特に白哉がすごい嬉しそうな顔をしています。

 

「そ、そうなんですか!? そういうものなんですか湯川殿!?」

「姉様の子供は男の子……つまり私に弟が……?」

「いや、弟じゃねぇだろ……お前、立場的にはおばさんだぞ?」

「フンッ!」

「ってぇ!! 何しやがる!!」

「うるさい! 馬鹿者っ!」

 

 うんうん、そうよね。立場上はそうだけど"おばさん"って言っちゃ駄目よ。

 せめて叔母で止めておきなさい。

 そのゲンコツは授業料として甘んじて受けておきなさい。

 

「男の子ですか……では、白哉様に似て凜々しい子に育つかもしれませんね」

「ん、んんっ!! 私はその、母子ともに健康でいてくれれば……」

 

 白哉が慌てて態度を取り繕いましたが、もう最初の食いつきを皆知ってますよ。

 

「いや、だがその……娘でも良いが、息子だともっと嬉しい……」

「そうですか。その願いはきっと叶いますよ」

「湯川殿! あの、本当に息子なのですか……!? もしそうならそうだと仰って下さい!!」

「さあ、どうでしょう?」

 

 その辺の結果は、神のみぞ知るということではぐらかします。

 実はもう、知っていますけどね。

 医療従事者舐めんなよ。

 霊圧照射をエコー代わりにして、お腹の子の性別なんてとっくに分かってますよ。

 

『教えてあげればよいのでは……?』

 

 出産予定日の一ヶ月前くらいになったら教えてあげるわよ。

 どっちかなってドキドキするのも、妊娠の醍醐味の一つでしょう?

 このくらいは必要経費ってやつよ。

 ……それにこの反応も楽しいし。

 

「まあ、産まれてくる子の性別はともかくとして。出産まではしっかり奥様を支えてあげて下さいね。お父様?」

「う、うむ! そうだったな! 緋真、安心してくれ!!」

 

 しかし白哉の「男女どっちでもいいから健康でいて欲しい」って言葉は、嘘偽りのない真実よね。

 緋真さんの弱っている姿を、多分最も間近で見続けた白哉だからこそ、恐くて仕方ないんでしょう。

 それに緋真さんは軽くトラウマ持ちですからね。ルキアさんと別れたときと同じ轍を踏まないように、白哉がちゃんと支えてあげてね。

 

 それと比べたら私の役目なんて簡単なものよね。

 取り上げたらそこまでですから。育児なんて産婆は関わらないから。

 

 

 

 

 

 と、これで話が終われば良かったんですけどね。

 

「そう言えば、湯川先生はご結婚はなされないのですか?」

 

 ふとした瞬間、緋真さんがとんでもない爆弾を投げ込んできました。

 

「え!? 私がですか……?」

 

 男の相手とかナイナイ。

 

アレ(・・)の扱いは下手な女性顔負けで長けているでござるよ!!』

 

 いやまあ、それは事実だけどさぁ……

 

「考えたこともありませんし、それ以前に考えられませんよ。私が結婚だなんて」

「そうですか……? そのようなことは無いと思いますが……」

「では、差し支えなければ自分が縁談をご用意しましょうか? そういった話もいくつかは……」

 

 白哉! ハウス!! いらん事はしないでいいから!!

 

「いえいえ、大丈夫です! 本当に大丈夫ですから!!」

 

 と言って、ちゃんと断ったんです。断ったんですよ!!

 なのに――

 

「いかがでしょうか? こちらは――……」

 

 ――なんで縁談話を持って来ちゃうかなぁ……白哉……

 

 しかも四番隊まで見合い写真を持ってきちゃうのはどうなのよ!!

 

 

 

 大体ねぇ! 四番隊(ウチ)には私なんかより卯ノ花隊長という――……

 

 ……ごほんごほん。あーあーあー、本日天気晴朗なれども波高し。

 

『行き遅れなどと言う言葉は、拙者たちの辞書には存在しませんぞ!! よって無罪! 無罪にござる!! 無知シチュ無罪!! 拙者は騙されていただけでござる!! ですのでどうか、お上の! お上の慈悲を!! 後生でござりますからあぁっ!!』

 

 なんでもありませんし、何にも言ってません。

 

 

 

 四番隊(ウチ)の隊士たちは、私の珍しい姿に興味津々。

 全員がお耳を象さんみたいに大きくして聞き耳を立てています。

 

「あの、朽木隊長。お気持ちは本当に嬉しいのですが――……」

 

 もういいや。面倒だから最後のカードを切って断ろう。

 

「――……自分よりも弱い相手と結婚するのはちょっと」

 

 言ってやりました。

 

 

 

 ……なんだか、雛森さんと吉良君のやる気が上がったらしいです。




剣ちゃん「ほほう」
烈ちゃん「ほほう」
藍俚「許して下さい、出来心だったんです」


●シロちゃん
映画で「霊術院に入ったのはルキアが朽木家へ養子に入ってから」な情報があった模様。
なので、本当だとこのタイミングで入学しているのはおかしいはずなのですが。
(雛森とかがまだ霊術院に在籍してた頃に入ってきていたのが正史?)

でも。

雛森と同じ所に通っていると「シロちゃん」って呼ばれて恥ずかしい。
雛森に「私の方が先輩なんだから、先輩って呼ばなきゃ駄目だよ」とか言われたくない&雛森先輩なんて呼びたくない。
(本当はどっちも凄く呼びたいし呼ばれたい。でも捻くれてしまった)
みたいな葛藤があって、入学タイミングをズラした。

くらいにでも気楽に考えてください。

●映画版
さすがにそこまで混ぜられない。
(小説版に氷輪丸の奪い合いな記述がありましたけれど)

●朽木白哉
よかれと思って(最後のシーンみたいなことを)しそう。
というか絶対する子。

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