お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第92話 産声を上げろ

 今日は霊術院で講義の予定でした。

 ……が、すっぽかしました。

 

 冗談ですよ、ちゃんと事前に「今日は無理です」と言ってありますし、生徒たちに通告もしています。

 あの日番谷冬獅郎(ミジンコどチビ)も今日は私がいなくて悔しがってるかもしれません。

 

 四番隊の業務もしばらくは軽めにして貰っています。ただこれは私のワガママだからあとで埋め合わせをする予定です。

 

 だって今日は――

 

「すみません! 遅れました!!」

「ああ、湯川殿! お待ちしていました!」

「緋真さんは!?」

「いえ、まだですが……」

 

 白哉も気も(そぞ)ろというか、気が気でないというべきでしょうか。

 そわそわしてて一向に落ち着きません。

 まあ、仕方ありませんよ。だって――

 

 ――緋真さんの出産予定日です。

 

 予定日だから、必ずしも今日というわけじゃないんだけどね。

 白哉はこの数日は仕事を休んで緋真さんに付きっ切りみたいです。六番隊がちゃんと回っているのかどうか、とても心配です。

 

「じゃあ私もつきます。ただ、あくまで予定日なので。お腹の中の子はこっちの都合なんて考えてくれませんから注意を――」

「先生!!」

「姉様は、どうなりました!?」

「ルキア! それに恋次も!?」

 

 私に遅れること少し、二人も合流してきました。

 

「どうしてここに!?」

「今日が予定日なんで、無理言って俺たち早引きしてきました!」

 

 緋真さん愛されてるわねぇ。

 昔から、出産というのは一大行事でした。

 たとえば「大名行列を横切るのが許されるのは医者と産婆だけ」といったように。つまるところ、そのくらい大変なことなのです。

 ましてそれが五大貴族の出産なんてことになれば、大大大事件で大大大ニュースな出来事だもの。

 

 ……あれ? でも岩鷲君の時とか全然騒がれなかったわね。

 まあ、志波家はそういう風潮のお家だから。流魂街の皆さんでささやかにお祝いとかしてたのかしら。

 

 

 

 

 

 ということで、ルキアさんたちも連れて緋真さんのところへ向かいました。

 今回は出産なので、大広間を貸し切り状態で分娩室にしてあります。

 中に入ると、すでに戦場もかくやといった感じの緊張感に包まれていますね。お産婆さんがいて、そこに助手もついていて。

 一緒に入室した白哉とルキアさんが、思わずその空気に呑まれて動けなくなりました。

 

 ……あ、阿散井君は別室待機です。

 

 今日! ここに入って良い男性は夫のみ――つまり白哉だけです!

 まだ親戚でもない彼を立ち会わせるのはちょっと……

 

 なので、彼は別室待機です。

 

 行きがけにちょっと覗いたのですが、待機部屋には朽木家の関係者と使用人(男性限定)が所狭しと並んでいました。

 特に銀嶺さんが物凄い顔をして待っていたので、あそこで待つ羽目になった彼は物凄く居心地悪いと思います。

 

 軽く合掌。

 

 さて、大広間の方に視点を戻しますよ。

 室内は中心に布団が敷かれており、そこに緋真さんが寝ています。まだ陣痛も来ていないのですが、それでも彼女はやっぱりというか、緊張感に包まれてますね。

 ……これはちょっと不味いかもしれません。

 

「緋真さん」

「あ、湯川先生……」

「もしかしたらこの状況に気負っているかもしれませんが、気負う必要はありませんよ」

 

 この人、精神的にも脆いので。

 今の状況を見て「今日絶対に産まなきゃ! 産まなきゃ!!」とか思い込んで、自分を追い詰めているかもしれませんから。

 

「十ヶ月、あれだけ苦労してお腹の子を守ってきたのですから。だからこの数日くらいは、周りの皆は私のために苦労して当然。泊まり込んで備えるのも当然のことだ。私とお腹の子はそのくらい優遇されて当然……みたいに気楽に考えてください」

 

 なのでまずは、肩の力を抜かせます。

 気負いすぎて死産とか母体が危険な結果になった日には、笑い話にもならないからね。

 ここまで来てバッドエンドとか絶対にごめんよ。

 

「それと、想像はついていると思いますが。これから今まで以上に苦しくて大変なことになります。だから、この人たちも寝ずの番で備えて自分と一緒に苦しんで当然だ。くらいの気持ちで、どーんと行きましょう」

「……まあ」

 

 周りの人もお仕事ですし、何より朽木家から高い高いお給金を貰っているんですから。

 使い潰して当然くらいの考えで良いんですよ、今だけは。

 とはいえ狙い通り緊張はほぐれたみたいですね。

 私の言葉を聞いて、くすくすと笑い始めました。

 

「ふふふ……うっ! あううううっっ!!」

「緋真!!」

 

 笑っていたかと思えば、急に苦しみ始めました。

 

「緋真さん!? 来ましたか?」

「は、はい……」

「あの、これは一体……」

 

 白哉が完全にビビってます。

 

「陣痛よ」

 

 しかしこれは、予定日ピッタリとか両親に似て良い子ね。

 

 ではここからが私たちの仕事です。

 たっぷり霊圧を使って念入りに蝦蟹蠍(じょきん)しておきまして。ルキアさんと白哉、部屋の中の人たちも含めて念入りに消毒をしておきます。

 あと、お産婆さんたちとは事前に何度も綿密な打ち合わせをしているので、意思疎通もばっちりです。

 

「産湯の用意は!?」

「いつでも問題ありません!」

「清潔な布は!?」

「たっぷり用意してあります!」

「陣痛の間隔を測っておいて!」

「はい!!」

「分かってるだろうけれど初産だから、注意して!」

「あの、湯川殿……」

「なに!?」

「あの、私たちはどうすれば……」

 

 気がつけば、所在なさげに白哉とルキアさんがオロオロしていました。

 ……まあ、確かに。この二人はこの場では役に立たないわよね。

 でも「邪魔だから出て行け!」なんて言えないので。

 

「緋真さんの手を握って、励ましてあげて下さい。これは夫や家族にしか出来ないことですから」

「「はい!」」

 

 義兄妹なのに、やたら息ぴったりで返事したわね。

 ……あ、そういえば。ついでにやっておきましょう。

 

「誰か布で簡単な衝立(ついたて)を用意してあげて! 緋真さんのお腹から下を見えないように隠して!!」

 

 まあ、一応ね。

 出産に立ち会った夫が、産まれてくるところを間近で見て不能になるケースもあるって聞くし。白哉はまだ若いから大丈夫だろうけれど、一応ね。

 

 でも子供の頃に見ると、軽くトラウマになるわよねアレ。

 

「緋真さん。前にもお伝えしましたが、ここからが本番です。長丁場になると思いますが、気をしっかり持って下さい」

「は……はい!」

 

 さてさて、どのくらい時間が掛かるのか。

 こればっかりは神様にだって分かりゃしないわね。

 

 

 

 

 

「あぐっ!! 痛いっ!! 痛い!!」

「まだ、まだです!」

「これじゃまだ産めないよ! もう少し耐えて!!」

「緋真! 緋真!!」

「姉様!! 姉様!!」

「まだ……ですか……?」

「まだ! いきんじゃ駄目! 前に教えましたよね! ヒッヒッフーですよ! 今は耐えて!! 痛みを散らしてください!!」

「緋真!!」

「ああ、来た! 来たよ!! これなら」

「緋真さん、来ますよ! 息を合わせて!!」

「ああっ!! あああああああああああぁっ!!」

 

 

 

 

 

 ……数時間掛かりの大仕事でした。

 

 ですが、蓋を開けてみれば安産でしたね。

 酷い時には丸一日とか掛かるらしいので、それと比較すればすんなりでしたよ。

 ちゃんと頭から出てきて、お母さんに負担を掛けなかった良い子です。

 

「この子が……私の……」

 

 そして今、緋真さんは産まれたばかりの赤ちゃんをそっと抱き締めています。

 ほぎゃーほぎゃー泣いていますが、これは元気な証拠。赤ちゃんは泣くのが仕事です。

 

「そうだな……私たちの子供だ……」

 

 白哉は赤ん坊を抱く緋真さんに、なんとも言えない優しい視線を向けていました。

 

「緋真……ありがとう。私の子を産んでくれて……私を父にしてくれて……」

「白哉様……緋真こそ、白哉様の妻になれて、母になれて、感謝の言葉もございません……緋真は、幸せ者です……」

 

 おーおー、ラブラブね。

 周りにいる人たちのことなんて忘れて、完全に二人の世界に入ってるわ。

 

「それと湯川殿も、色々とありがとうございました。あなたがいなければ、私は妻も……この子も……」

 

 と思ったら、今度は私にお礼を言ってきたわ。

 よかった、空気にされたわけじゃないのね。

 

「まあ、色々ありましたけれど……お二人とも、苦い経験をしてきたわけですから。だから、その子の前では同じ轍は踏まないであげて下さい。親としてその子の命に責任を持って、人生を精一杯祝福してあげてください」

 

 そう言うとこの場の全員が、私のことを尊敬の眼差しで見てきました。

 特にルキアさんなんて、何だか私を教師を見るような目です。

 

『教師でござるよ!? お忘れなく!!』

 

 そういえばそうだったわね。

 

 しかし疲れたわぁ……

 

 

 

 ……あ、そうそう。いけないいけない、外の連中を忘れるところでした。

 

「もう入っても大丈夫ですよ。ただし、静かにしてくださいね」

 

 大広間の扉を開け、顔だけを出して。廊下で待機していた人たちにそう教えます。

 

 こちらに並んでいるのは、全員が元々別室待機していた人たちです。

 とはいえ緋真さんの悲鳴も赤ん坊の泣き声も全部が丸聞こえですからね。

 赤子の声が聞こえた時点でいてもたってもいられなくなり、部屋の前まで来てました。だってドタバタ足音がしてましたから。

 

「白哉! それに緋真さんも! おめでとう! よく頑張ってくれた!!」

「お爺様!!」

「銀嶺様!!」

「おお、おおっ!! 先生の言う通り男の子か!! いや、女の子でも構わぬのだが、やはりじゃな……」

「おめでとうございます! 銀嶺様! 白哉様! 緋真様!」

 

 入室の許可を出した途端、雪崩のように押し入ってきて。

 かと思えば銀嶺さんが嬉しそうです。

 ひ孫ですし、男の子だから跡継ぎ確定ですものね。

 一緒にいた使用人の人たちも上を下への大騒ぎです。

 

 嫌な言い方ですけれど、緋真さんは奥さんとして最高の仕事をしたわけです。

 これで二人目は女の子でもOKですね。嫌な言い方ですけれど。

 

「よし! 皆の者、今日は無礼講だ!! 宴の支度をせい!! 仕事なぞ忘れろ!! 明日の夜まで呑むぞ!!」

「「「「おおーっ!!」」」

 

 しかし、騒ぐなって言ったのに。

 速攻で破ってしかも大盤振る舞いですよ銀嶺さん。

 

 まあ、今日は仕方が無いですよね。

 

「な、なあルキア……どんなんだった……?」

「うむ……すごかったぞ……」

「いや、全然わかんねーよ……」

「なんというかその、姉上は母になったのだと強く実感させられた……産まれるまではとても苦しそうで、だが産まれてからはとても嬉しそうで……羨ましかった……わ、私もいつかは、子供を授かるのだろうか……?」

「んー、あー、まー、なんだ……そんときは俺も隣にいてやるからよ……」

「? 何を言っておるのだ……?」

 

 あらあら、ルキアさんと阿散井君はいつ見ても微笑ましいことで。

 俺が父親になる! くらいのことを言えるようになると良いわね、阿散井君。

 

 

 

 

 

 

 しかし。

 緋真さんが母になったわけで、これで彼女には完全に女として先を行かれましたね。

 

 もしも私が男性と恋愛とか出産とかしたら「精神的にはホモ」みたいな注意文が必要なのかしら?

 

『気にするのはそこでござるか!?』

 

 ……いや、私もある意味では出産をしてるのか。

 ほら、卍解を覚える時に。

 

 …………。

 

 いやいや、アレはノーカウント!! 新品! 私はまだ新品!!

 


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