お前は天に立て、私は頂をこの手に掴む   作:にせラビア

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第97話 剣八 対 剣八

「すごい……」

 

 卯ノ花さんと更木隊長の戦いが開始されました。

 互いに譲らぬ一進一退の攻防が続きます。

 続いていますが……あれ? 隊長の剣の速度が……私の知ってるそれの倍くらい速いんですけれど……

 気のせいかしら? それとも離れた場所で見ているから速度感覚がおかしいの?

 

藍俚(あいり)様……」

 

 あら、砕蜂。これで同じ隊長ね。お揃いね。

 とか今はそんなこと呑気に話していられません。

 

「もう少し離れましょう……巻き添えを喰らったら一溜まりもないわよ」

「は……はい……」

 

 なにしろすぐ近くでは、初代と当代――二人の剣八が斬り合っているのですから。

 その破壊力たるや、巨大な台風を人間サイズにまで圧縮したようなもの。

 

『剣八が二人……来るぞ!!』

 

 足らない足らない、全然足らないわよ。

 レベルは12までじゃ表現しきれないし、ライフポイントも8000じゃ風前の灯火よ。

 どっちもその千倍は持ってこないと、とてもじゃないけど耐えられないわ。ランクもスケールもマーカーも全然足らないわ。

 

 各隊長たちは巻き込まれないよう遠巻きになって、二人の戦いを見守っています。

 とはいえ戦っているのはどちらも、周囲のことなんて気にしないような人ですから。

 安全だと思われる距離まで離れていてもなお、観戦者たちは即座に逃げられるよう細心の注意を払ってます。

 それでも多分、レッドゾーンの境界線ギリギリ内側っぽい危険度ですが。

 

 そして今さらながら、どうして今回の新任の儀が外で行われているのか気付きました。

 これが後に控えていたから、私の隊長就任はお外で執り行ったんですね。部屋の中で戦った日には、どれだけ損害が出るかわかったもんじゃありませんから。

 

 こうなることを事前に知っていた――つまり総隊長も一枚噛んでいるってこと?

 

「速えな……強えな……! それでこそ、俺が"憧れた"あんただ!!」

「戦いの最中に"憧れ"を口にするのですか? ずいぶんと余裕ですね……!」

 

 卯ノ花さんの斬撃が更木隊長の身体を少しずつ切り裂いていきます。

 手数に任せた連続攻撃ですが、その一撃一撃が常人から見れば一撃必殺の破壊力を有しています。

 それを避けることもせず、身体で喰らいながら更木隊長は反撃の一撃を放ちました。

 

「どうしました? その程度ですか?」

 

 とはいえ流れはずっと卯ノ花さんにありますね。

 大振りの一撃を軽く受け流すとそのまま反撃に転じて――あっ! この動きは!!

 

「そりゃ藍俚(あいり)の奴で散々知ってんだよ!」

 

 私が何度も、更木隊長との手合わせで使った剣術です。

 初見でなければ当然、返し技や対処法の一つや二つは用意されますよ。

 卯ノ花さんの動きに合わせ、それを先読みしたように更木隊長は剣を振るい――

 

「……でしょうね」

「がああっ!?」

 

 ――卯ノ花さんはその更に上を行きました。

 迎撃する相手の動きに合わせて紙一重で攻撃を躱し、回避から攻撃へと流れるように移って相手の左腕に刺突を放ちました。

 切っ先は更木隊長の左腕、その二の腕をやすやすと貫いています。

 

「そうなるように、私が仕込んだのですから」

「どういう、こった……?」

 

 こっちも"どういうこった?"ですよ!

 何をどう仕込んだんですか? 私、何か仕込まれていたんですか!?

 

藍俚(あいり)には、私の剣術を叩き込んであります。つまり、彼女と戦えばあなたは私の剣術を自然と覚えることになる」

「ぐ……っ!」

 

 まあ、道理ですね。

 弟子の戦いから、師匠の剣筋を推測する。みたいなのは良くある話です。

 

 それよりも更木隊長ですよ。

 さっきからずっと剣を突き刺されたまま。それどころか卯ノ花さん、ゆっくりと手首を捻ってます。切っ先が捻れて傷口がじわじわ広がってて……

 そりゃ苦痛の声くらい上げます。

 

「防御方法や対処法を思いつけば、それはそのまま私への対策となる。そうすれば、少しはまともな戦いになるでしょう? 一方的な戦いでは、愉しめませんから」

 

 えーと……つまり。

 更木隊長に手の内を教えて鍛えるために私を当て馬にしたわけですね。

 相手に自分の手の内を教えて、対処法を考えられるくらいには時間を用意してあげて、その上で正々堂々と正面から打ち倒すためってわけですか。

 だから、近年はずっと「自分よりも更木隊長と戦え」って私に言ってたわけか。自分から更木隊長に教えちゃうと面白くないから。

 

 全ては来たるべき"今日という日"のために。

 うん、やっぱり頭おかしいです。

 

「理解できましたか? さあ、愉しい愉しい戦いの続きですよ!」

「ぐううっ!!」

 

 えげつない! 一気に手首を捻りながら剣を抜きましたよ!!

 あれやられると、筋肉とかがぐちゃっと攪拌されるから物凄く痛いんですよ。多分、神経系も傷がついてます。

 もうこの戦いで更木隊長の左腕は死にましたね。

 

「うおおおおおっ!!」

「「「なっ!?」」」

 

 剣を抜く動作に合わせて、更木隊長が追撃の一撃を放ちました。

 この動きにギャラリーから思わず声が上がります。

 

「どうしました? この程度で意表を突けると本気で思っていましたか? それともまさか、痛み程度で精細さを欠きましたか?」

「……チッ!」

 

 不意を突いたように思えたのですが、それでも卯ノ花さんは受け止めました。

 

「おらああああぁぁっ!!」

 

 ですが動きが止まったのはほんの一瞬のこと。

 すぐに更木隊長は動き続け、片腕で長刀を乱暴に振り回して攻撃を続けます。少し前に受けた連撃をやり返しているかのような、嵐のような激しい攻撃。

 それらを卯ノ花さんは冷静に――

 

 ――……ちょっとずつ、対応が遅くなってないかしら?

 

 更木隊長の攻撃がじわじわと鋭さを増していき、それと反比例するように卯ノ花さんが苦戦していっているように見えます。

 

「ふふふ、ようやく目が覚めましたか?」

 

 なのに彼女は、うっすらと笑みを浮かべています。

 

「はっ! はははははっ!!」

 

 釣られたように更木隊長も笑い出しました。

 なにこれ、なにこれ!?

 

「ああ! すまねぇな!! どうやらさっきまで寝惚けてたみてえだ!!」

「それはよかった。では、こちらも気遣いは不要ですね」

 

 二人の言葉はどっちも嘘じゃありませんでした。

 一撃ごとに爆発したような威力がぶつかり合い、戦いの余波が観戦者にまで容赦なく襲い掛かってきます。

 

「こ、これは……」

「汗……か?」

 

 何名かの隊長たちが額からこぼれ落ちた汗を拭い、それを信じられないといった様子で呟きました。

 無理もありません。

 離れた場所から見ているだけなのに、この二人に生殺与奪の一切を握られているようなものですから。

 実際私も、二人がこれだけ本気になっているのはちょっと経験がないです。

 

「入った!」

「この程度の傷がそんなの嬉しいですか?」

 

 更木隊長の剣が、卯ノ花さんの肩口を切り裂きました。

 ですが当人のいうように、それは軽症。彼女なら目にも止まらず治せます。

 

 しかし、その"毛の先ほどの傷"を与えたのが切っ掛けでした。

 

「ああ、嬉しいね!! 嬉しくて嬉しくて、愉しくて愉しくて仕方ねえんだ!!」

「……くっ」

 

 まるで攻守が入れ替わったように、更木隊長が優勢になっていきました。

 じわじわと卯ノ花さんに傷が増えていき、血しぶきが辺りを濡らします。剣が翻る度に赤い花が咲き、二人が動く度に鮮血が霧のように浮かび上がります。

 

「勝てねえと思った! 死ぬと思った! だが剣が届いた!! こんな素晴らしいことがあるかよ!!」

「それは重畳……」

 

 一瞬ごとに更木隊長の霊圧がどんどん上がっていくのが分かります。

 強さの限界を瞬く間に突破して行くようなそれに、卯ノ花さんは口でこそ余裕を装っていますが余力はどんどん削られているようです。

 私も似たような物を間近で体験したことがあるからよく分かります。

 相手にすると想像以上に精神を削られるんですよアレ。

 

 少し周囲の、それも足下に視線を移せば。各人の足下にほんの少しだけ引き摺ったような跡が刻まれていました。

 これは各隊の隊長たちが揃って無意識の内に距離を取ってしまった証左。

 それほどまでに二人の戦い振りは、恐ろしくて――

 

 ――そして、ちょっとだけ羨ましい。

 

 頭が馬鹿になってしまったんでしょうか? 私もあそこまで至れたら……心のどこかでそう思っています。

 見る者に恐怖と魅了を同時に与える存在、それが今の二人の姿でした。

 

「……ようやくあの頃にまで戻れましたか」

「あぁん!?」

 

 劣勢に立たされる最中、卯ノ花さんがぽつりと呟きました。

 ですがそれが何を意味した言葉なのか、理解出来た者はいませんでした。

 

「さあ、ここからが本番ですよ!」

 

 真意を理解するよりも早く、彼女が行動を起こしたのですから。

 

 

 

 

 

 

「「「「「……ッ!?」」」」」

 

 更木隊長だけでなく、私たちも含めた全員が息を呑みました。

 だって卯ノ花さんが一瞬にして消えた(・・・)のですから。

 

 見失ったかと思った刹那、彼女は剣八の右足を切り裂きながら姿を現しました。

 あの傷だと、多分機動力が二割は削られましたね。

 

「見えませんでしたか?」

 

 多くの隊長たちは見えなかったみたいですね、ぽかんとした表情になっています。

 かくいう私も、からくりを知っているからなんとか見えます。ですがそれ以上に、単純に卯ノ花さんがもっと速く動いています。

 私との稽古をしていた頃が六か七くらいだとすれば、今の動きは……

 

 十五くらいありますよアレ!?

 

 更木隊長に傾いていた筈の流れが、一瞬にして引き戻されました。

 なにより、更木隊長の霊圧上昇が穏やかに……いえこれ、止まってません?

 まさか、限界まで達したの!? だ、だったらもう勝負は……

 

「ならばもう一度。今度は私をちゃんと見つけて下さいね、剣八」

 

 言っている台詞だけならば、恋人同士の甘い語らいにも聞こえなくはありませんね。

 そんな殺し文句を口にしながら、彼女は再び姿を消しました。

 

「くそっ!!」

 

 まだ見えていないのでしょう。

 野生の勘に任せて剣を振りましたが、そこじゃない!

 

「その程度で私に刃を当てられるとでも?」

「なっ!」

 

 今度は見えましたかね?

 卯ノ花さんは、空間を無尽蔵に飛び跳ねているんです。

 しかも曲線じゃなくて鋭角に曲がりながら。

 例えるなら、ミラーハウスの中で光を乱反射させたように。狭い部屋の中でゴム球を勢いよく叩きつけたように。

 空間を縦横無尽にガンガン飛び回っています。

 

 種明かしをすれば、あれは霊子を固めて足場にする技の応用です。

 足場にするんじゃなくて壁みたいに作り出して、それを蹴り飛ばすことで方向転換を無理矢理かつ自由自在にするという荒技です。

 蹴り飛ばしたら砕ける程度の足場を一瞬で作りだして、そして邪魔にならないように一瞬で消す。

 瞬間ごとの霊圧コントロールと壁を生み出す最適の場所を瞬時に判断し、即座に移動できるだけの瞬発力が合わさらないと、とても無理。

 刻一刻と状況が千変万化する実戦で使うのはかなり難しいのですが……

 さすがは卯ノ花さん、当たり前のように使いますね。

 

 私も教わりましたが、あれだけ縦横無尽に飛び回って使いこなすのは無理です。

 

「がああっ! くそっ! どこに――」

「随分と目が悪いようですね」

「ぐっ……!」

 

 そしてあの技は、攻撃する場所も角度もタイミングも選びません。

 斬撃を放った瞬間に壁を蹴って距離を取ってフェイントを掛けたり。

 かと思えば、上から肩を斬られた次の瞬間には足首を狙われる。

 なんて攻撃の組み立ても思いのままです。

 

 比較的小柄で軽い卯ノ花隊長が使うからこそ、これだけ縦横無尽に動けるんです。

 私や更木隊長のような大きい人間だと、どうしても動きに制限ができますからね。

 

 何より、これだけ使いこなせるのは彼女の剣術と霊圧と経験があってこそです。

 下手に真似しようとすれば一瞬で自爆します。

 

 そういう理由もあって私は、あんまり使わないんですが……

 

 そういえば砕蜂ならもっと使いこなせるかもね。もう見られちゃったし、今度ちゃんと教えてあげましょう。

 

「貰った!」

「馬鹿が!」

 

 反応した!? それとも偶然!? 更木隊長が動きに対応してきました。

 しかも――

 

「なんと……!」

「ひ、左腕を犠牲に!?」

「ハッ! どーせマトモに動かねぇんだ!! なら盾代わりになっただけでも有り難いと思えよッ!!」

 

 ――必殺の一撃を、自ら左腕を差し出し犠牲にすることで難を逃れました。

 

 たしかに動かないから仕方ないかもしれませんが!!

 うわぁ……只でさえ大怪我なのに、アレ大丈夫かな……

 左腕が根元近くから、今にも千切れて落ちそうなんだけど。皮一枚で繋がってるだけよアレ……

 滝みたいに出血してるし……これはもう勝負あったんじゃ……

 

「ああ! そうだな!! まだだ、たかが左腕一本だけだ!! まだ右腕もある、足もある! まだまだ戦い足りねえよなああぁぁっ!!」

「…………!」

 

 ……え? あの、更木隊長がなにやら叫んでいるんですが……アレって、まさか……

 ねえ、射干玉……ひょっとして……

 

『ざ、斬魄刀と会話してるでござるよ……』

 

 やっぱり!?

 だって卯ノ花さんもびっくりした顔してたもの!

 それにしても今、この土壇場でなんて! まさか、始解まで目覚めるの!?

 

「流石ですね剣八……そこまで到達できるとは予定外でした」

「アァァッ!!」

 

 ううっ! 更木隊長の霊圧が、さらに上がった!?

 とっくに天井まで到達したと思ったのに、斬魄刀と力を合わせたから更に伸びたのね!

 しかも反応も良くなってる! 消えた卯ノ花さんの動きに付いていって――

 

「……ですが、想定外ではありません」

 

 ――いえ、一手遅れてますね。

 彼女が姿を現したのは、更木隊長の丁度真正面。

 そして、彼女が姿を見せた瞬間に勝負は決しました。

 

「が……があああぁぁぁぁっ!!!!」

 

 胴体を真っ二つに両断しそうなほどに威力の込められた袈裟斬り。

 左腕の出血に負けないくらいの大量の血を噴き出しながら、更木隊長はどう(・・)と音を立てながら倒れました。

 

『ええええええええええええええええっっ!!!!』

 

 ……なんで射干玉はそんなに驚いてるのよ?

 

『いや、だって、卯ノ花殿が勝ち……い、いえ!! なんでもないでござるよ……』

 

 あなた、卯ノ花さんが負けるって思ってたのね。

 

「クソッ……身体が、もう、動かねぇ……!! こんな楽しいんだ……もっとだ! もっと楽しませろ!! ようやく、ようやく知ることが出来たんだ……! 戦わせろ!! この程度で死にかけてんじゃねぇよ!! だらしねぇ……!! まだだ!! まだ、これからだ……!!」

 

 俯せに倒れ、今にも死にそうなのにも関わらず、更木隊長は唸っています。

 ここだけ見ると、死にかけているとはとても思えませんね。

 ……って、そんなこと言ってる場合じゃない!!

 

「湯川隊長、お願いできますか?」

「当然です!」

 

 卯ノ花さんに言われるよりも早く動き、私は更木隊長に回道を使います。

 まずは胴体から、というか出血が不味いわね! 左腕も、下手すれば一生使い物にならなくなるわよ!!

 これはちょっと、一瞬も気が抜けない!! 射干玉、あんたも手伝って!!

 

『お、お任せをでござる!!』

 

 輸血! まずは輸血から!! 血が足りない! 時間も足りない!!

 こうなるって分かってるのなら、せめて治療道具一式くらいは事前に持ってこさせて下さいよ卯ノ花さん!!

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

「湯川殿……」

「湯川様、大丈夫ですか……?」

「なんとか……」

藍俚(あいり)ちゃん、ご苦労様」

 

 自分の命を削る勢いで、なんとか更木隊長の治療は完了しました。

 疲れました。大仕事でした。

 霊圧を消費しすぎて辛いです。多分今の私、顔色が凄く悪いと思います。

 その甲斐あってか、一命は取り留められました。

 彼の回復力ならすぐにでも復活すると思いますが、今はまだ絶対安静です。流石に気絶してますし。

 

「ありがとね、あいりん」

 

 砕蜂や朽木隊長、京楽隊長に草鹿副隊長からお礼を言われました。

 ……あれ? なんで草鹿副隊長がここに?

 

「さて、これで文句はないかと思います」

 

 疑問に思いましたが、卯ノ花さん――あれ? 勝ったから卯ノ花隊長?――が口を開きました。

 

「前隊長を死の淵まで追い詰めたこと。そしてその死の淵まで追い詰められた前隊長を見事に治療して見せたこと。現隊長の皆さんは、新隊長の腕前を知ることが出来たかと思います」

 

 ……あ! なるほどね。そういうこと。

 

 これだけ重傷を負った更木隊長――負けたから更木隊士?――治療すれば、私の四番隊の隊長としての実力を、何より回道の腕前を全隊長の前で披露できます。

 そして卯ノ花隊長はといえば、剣の腕前をこれでもかとばかりに証明してみせました。

 

 つまり、デモンストレーションの場としても利用したわけです。

 余計な文句やケチを付けられないために。

 ……本命はご自身の戦いでしょうけれどね。

 

「これなら、異論も出ないでしょう?」

「……仕方あるまい」

 

 総隊長がなにやら、苦虫を大量に噛み潰したような渋い顔をしました。

 このやりとりから察するに、詳細は分かりませんが、絶対に何かとんでもない注文を卯ノ花隊長がしていたんでしょうね。

 そしてこの結果から、総隊長は渋々要求を飲まされたということでしょう。

 

「さて、更木剣八」

「……なんだ? 俺を殺さなくていいのか? 十一番隊の隊長ってのは、そういうモンじゃねぇのか?」

 

 うわ! もう意識を取り戻したんですか!?

 というか喋るだけでも相当痛いはずなんですが……なんでそんなに平然としていられるんですか!?

 

「まさか。私はあなたを育てるために、隊長になったのですよ? なのにどうして、あなたを殺さなければならないのです?」

「育てるだと……?」

「ええ、そうです」

 

 卯ノ花隊長は遠い昔を懐かしむように目を細めました。

 

「遠い昔、あなたと初めて戦った時には、私の未熟さからあなたの力に蓋をさせてしまった。それが不甲斐なくて不甲斐なくて、仕方ありませんでした。悔しくて悔しくて、ですがそんなある日、出会いがありました」

 

 そこまで言うと今度は私に視線を向けました。

 

「え……私、ですか?」

「ええ、そうです。とはいえ、初めは剣八の遊び相手にでもなれば程度にしか思っていませんでしたが」

 

 あ、酷い。使い捨ての駒にしか見て貰えてなかったのね。

 

「ですがあなたは、時間こそ掛かりましたが、私以上の回道の使い手に成長しました。そして、剣の腕も上達しました」

 

 すみませんねぇ、不肖の弟子で。

 

「あなたの剣の腕は、剣八の枷を少しずつ砕いてくれました。そしてあなたの回道は、どれだけの重傷を負っていても救ってくれました。どちらも、私の望み通りに」

「あ……ありがとうございます……?」

 

 どう反応すれば良いのよ?

 

「あなたがいれば、四番隊はもう大丈夫。そしてあなたがいれば、どれだけ傷を負っても問題ありません……私も、剣八も」

 

 ……ん? なにやら雲行きが怪しくなってきましたよ……

 

「剣八、あなたを"真の意味で"全力を出せるようになるまで鍛えてあげます。枷の全てを引きちぎり、斬魄刀を使いこなせるようになり、その身体の内に秘めた力の全てを思うがままに操って戦えるようになる、その時まで……私があなたを徹底的に殺し、そして藍俚(あいり)があなたを癒やします」

「え、あの……」

「その道のりの果てに、あなたは最強の死神と呼ばれるようになるでしょう。まあ、あなたは最強の称号なんてどうでもいいのでしょうが……」

 

 私の意志は無視ですか!? 

 いえまあ、同僚ですから死にそうになったら治しますけれども!

 せめて私に確認くらいは取って下さいよ!!

 

「ああ、興味ねえな……最強なんざどうでもいい、俺はあんたと戦いてぇ……まだまだ戦いてぇんだ!!」

「だから、戦えると言ってるでしょう? ……ああ。ひょっとして、最強になったら私を殺してしまう……そう思っているのですか?」

「…………」

 

 押し黙っているものの、奥歯を強く噛み締めているところから見て図星ですね。

 

「舐められたものですね。今の私は今のあなたよりも強い、それはもう証明してみせたでしょう? そして私は今よりももっともっと強くなってみせます。あなたを退屈させないためにも……あなたをより高みへと育てるためにも……」

 

 私のマッサージもありますからね。

 

「何より私にも意地があります。向こう百年はあなたの上でいてあげますよ。ですから、私の下で学んで強くなってくださいね。更木副隊長(・・・)?」

「…………」

 

 更木副隊長。

 そう呼ばれた途端、狐に抓まれたような表情を見せていましたが、やがてニヤリと笑みを浮かべました。

 

「へっ! 面白え!! 人から物を教わるのなんざ大嫌い(だいきれぇ)だが、今回ばかりは話が別だ! 乗ったぜ、その提案! いつつ……」

「よかったね剣ちゃん! 烈ちゃんもあいりんも手伝ってくれるって!」

「やちる! わかったから傷口に触るな!」

 

 草鹿副隊長――でいいの? 役職?――が更木副隊長をぺちぺちしながら嬉しそうです。

 しかし……私が手伝うことは確定なんですね……

 

 もういいです、死ななきゃ何でもいい。

 

 

 

 

 

 

「よ、良いのですか総隊長!? 剣八が二人存在するなど……!」

「構わぬ。既に中央四十六室からの許可も取り付けてある」

 

 少し離れた場所では、東仙隊長が総隊長に食って掛かっていますね。

 

「卯ノ花 烈が十一番隊隊長となり、更木 剣八を鍛えること。二人の剣八が存在することも含め、いずれも問題はない」

「しかし……!」

「くどい! 既に決まったことだ」

「くっ……!」

 

 そう言われて引き下がりましたが……

 あれ? なんだか東仙隊長にしては珍しいくらい感情を露わにしてますね。

 納得いかない表情のまま、狛村隊長に慰められています。

 

 総隊長も総隊長で、物凄い嫌そうな顔ですが。

 

 

 

 とあれ――

 

 この日、尸魂界(ソウルソサエティ)に二人の剣八が誕生しました。

 




藍染「何それ聞いてない」
一護「何それ聞いてない」
藍俚「何それ聞いてない」

烈「今、言いましたよ(にっこり)」


●隊長になりました

【挿絵表示】

ほら、隊首羽織を着た写真。ってなんで背中!? ちゃんと前を……

【挿絵表示】

前は向いてますけれど! なんでこんな写真ばっかり!?

●十一番隊隊長になる方法
本来ならば、十一番隊の隊士200人以上の前で現隊長を殺すのが習わしですが。

①全隊長の前で倒せば、護廷十三隊全隊士の前で倒したのとほぼ同じ。
②剣ちゃんと延々斬り合いして鍛えたいから隊長になるのに、殺すわけないだろ。
③私が初代だ。文句あるか? 文句あるなら剣で決着付けようぜ。

という卯ノ花さんの完璧な理論武装。

●剣ちゃんに稽古をつけるの? 四十六室が黙ってないよ?
卯ノ花「黙らせました。誠意を持って話せば通じるものですよ」

山本「(百年以上に渡って脅し続け、最終的に『自分と更木が時も場所も場合も弁えずに戦うぞ。巻き添えで何人死ぬかな?』と凶悪な笑みで告げるのは誠意など言わん……)」

卯ノ花「総隊長、何か?」

山本「なにも(そして立場上それに延々付き合わされた儂……いざという時には貴様も含めた全隊士で更木を抑えよと厳命されたわ……泣いていい?)」


一つ前で「根回しも済んでるから勝手にしろ」なやさぐれはこういう理由。
(こんなのどこで語れというのだ)

●つまりどういうこと?
烈お姉ちゃんと藍俚(多分年下)がずーっと面倒みてくれるってことだよ。
やったね剣ちゃん、両手に花だよ。

戦いの相手と剣のお稽古は烈お姉ちゃんがしてくれるよ。
基本的には烈お姉ちゃんが治してくれるよ。

でも、彼女が大怪我して治せなくなっちゃうかもしれないよね?
大丈夫!
藍俚(結構強くて超便利な治療道具)が絶対に治すから、やり過ぎても平気だよ。
二人ともギリギリ死なないで耐えていれば、絶対に蘇生してくれるよ。

え? 鍛えたらそのうち烈さんを超えて強くなって暇になっちゃう?
大丈夫!
マッサージ込みで追いついてくれるよ。母性マシマシでずっと面倒見てくれるよ。
(強い相手を鍛えると決意したけれど、そこで剣を納めるとは言っていない)

一角も今レベルアップ中だよ。
もう少しすると、オレンジ色の髪をした新しいオモチャも増えるよ。
毎日がウハウハだよ、やったね剣ちゃん!

●藍染が泣くのでは?
知らない、勝手に泣かせとけ。
だがそれでもお前は天に立て。

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