(なんて配牌だ……。上家に親を蹴られてからのあおいの困惑が映し出されている気すらするよ)
南一局1本場。ここまで好配牌が続いていたあおいだったが、滞る流れそのままにバラバラの配牌となっていた。それを後ろから見た九十九は、先程の衝撃もあって無理もないと感じていた。……しかし、それは彼女の視点での感想。実際には多少の違いはあれど、配牌は全員悪く、未だ流れは混迷の最中で漂っていた。
(……さっきみたいに手を入れ替えない。約束通り、イカサマ無しでいくんだね)
ネウロの配牌も多分に漏れず悪形だったが、彼は人と同様の動きで牌を引き、そして切っていく。
(……くっ。ある程度目指す形が分かっていれば、それに向かえるんだが)
(この手じゃ絞れないね……)
手なりに整える、ということも簡単ではない場面。雀士としての実力・経験を問われ、遊戯達はまだその答えを知るには知識が足りなすぎた。
(……やっと9種類……!)
あおいは七種八牌のヤオチュー牌の偏りを逆用し、開き直って国士無双を狙っていた。しかし8巡目でようやく九種十一牌。混老頭へのシフトも難しく、一か九かの賭けは手厳しい結果となっていた。
(来たあっ……! テンパイ! 4萬のカンチャン待ち……!)
あおいが対子の西を崩し、9巡目へと突入する。するとアカギは捨て牌が裏目に出ることなく、カンチャン待ちの8索を引き入れ5索を捨てればテンパイというところまで辿り着いていた。
「…………」
(うっ! リーチは無しか……。確かに心細いけど、9索があるからタンヤオがつかなくて役無し……ロンアガりが出来ないなあ。6索を引き入れるか、ツモりたいな。安手でいいから、あの魔人の親を蹴るんだ……!)
アカギは5索を捨てるも、リーチは宣言せず。場に4萬は1枚も出ていなかったが、かえってそれが彼に予感を過ぎらせていた。そして10巡目……。
「リーチ」
「……!」
静寂を保っていた場にネウロがたった一言。それだけで戦慄が走っていった。
(く……厳しいな)
(モタモタしすぎたのだ……)
(……2萬切りリーチか)
リーチがかかってすぐのアカギのツモは……2萬。たった今切られたネウロの現物。しかし、アカギは一度手牌の上に収めた。
(やった! 5萬切りでピンフがつく……。あの人は8萬も切ってるし、5萬はドラ表示牌。単騎やシャボ待ちは考えづらい。可能性の低いカンチャン待ちを恐れるよりは、リーチをかけずに親蹴り出来る形を整えるのが最善! しかも彼の現物に1萬もある。いかにも出した現物を奪える形だ!)
後ろで見ていた治の判断は5萬切り。ネウロの捨て牌を吟味しての判断だった。1萬にまで目を通した彼は、案外次のネウロのツモより早く断ち切れるのではないかと予測する。すると奇遇と言うべきか、アカギも1萬に着目していた。
(……1萬が出たタイミングが遅い。つまり必要になる可能性があった牌だ)
アカギは捨て牌のゾーンを見ていた。危険エリアと安全エリア、どちらか甲乙つけ難いノイズ。この三種でネウロの捨て牌が分けられていく。
(その後……2萬の前の2牌はツモ切りされた牌だ。彼は何らかの理由で3萬のペンチャン待ちを絶っている。そして2巡を挟み、2萬の方も切るに至った。何故か……?)
(えっ!)
——ダン! アカギの捨て牌が河へと流されていく。彼が切ったのは……2萬。安全に通る牌だった。
(……らしくないな。アカギさんなら、5萬を当然のように通しそうなのに)
10・11巡目と何事もなく終わると、12巡目。牌を引き抜いたネウロの眼光が鋭さを増した。
「ツモ。裏ドラは無し……リーチ・メンゼンツモ・発・ドラ1。4100オール……いただくとしようか」
(うわあ。他の人から点数を奪えることが心底嬉しそう……)
(へえ……。方角が書いてない字牌は全員問題なく使えるみたいだな)
(ああっ……! 3-6、5萬待ち……!?)
ネウロの手はアタマが未確定の状態で萬子の4・4・4・5が構えられていた。予想外の待ちに治はダラダラと冷や汗をかく。
(2萬をギリギリで切り離した理由として4萬に対する手の好転が考えられる。可能性が最も高いのは5萬のツモ。つまり両面待ちへの変化だ。しかし彼への5萬は安牌とは言えないと思っていた。手の好転が必ずしも待ちの広さを指しているとは限らないからだ)
アカギが捨て牌から見た景色はネウロが辿ってきた軌跡が映し出されていた。その光景を揺るがず信じ切ったアカギは静かに自分の手を伏せる。
(彼はオレたちの中では最も速くテンパイに辿り着いた。3萬のペンチャン待ちがあったことからも想像がつく。しかしリーチして安手では割に合わないと考えた可能性……。これを踏まえれば、好転は何もアガりやすさだけではない。ドラの6萬を絡められる可能性。2萬・4萬からの4萬・6萬へのカンチャン待ちのシフトもあり得たし、4萬が暗刻で揃っており、一旦は2萬との2・3待ちで構え……5萬か6萬を引き入れての3・5・6、あるいは5・6待ちへの手変わり。これらを踏まえると、5萬は6萬に次いで本命と言える……)
相手からは見えずとも確かに指に触れている5萬を柔らかい眼差しで見つめたアカギは名残惜しさは覚えずに全ての牌を狭霧へと放り込んだ。洗牌が済まされ、もはやアカギ自身もその在り処は分からない。代わりにネウロの在り処を突き止めようとしていた。
(先程の手と捨て牌……非常に合理的な打ち方だ。手の整え方もそつが無く、リスクとリターンが見合っている。彼は勘に頼らず……理で動くタイプだ)
テンパイまで辿り着いた二人の整え方にそれは顕れていた。ネウロは低い確率には極力頼らず、裏目に出るような決め打ちは避けていた。逆にアカギは理を備えつつも時には直感を信じて手を仕上げていた。
(この一局が本当の姿とするなら……)
先程のダブルリーチで支払った点棒も回収し、1万を切った持ち点も22100まで回復したネウロ。とはいえまだ2位。40400点で1位のあおいとの差はまだ十分にあった。
「ポンッ!」
(2-5-8、3索待ちに受けて親を早く終わらせるのだ……!)
配牌時の彼女の手は筒子を二つ落とせば混一色が狙いやすい好形だった。しかし遊戯の捨てたカンチャン待ちの8筒を見て1巡目から早々に鳴いた彼女は6巡目、ネウロのリーチにも構わずアカギが落とした生牌の中を鳴いて3・4・4・4・5・6・7・7の索子のうち7を払い落としていた。
(手を急ぎすぎだ……!)
「ロン」
「うっ……! 4-7のノベタン待ちなのだ……!?」
(どうして……。切った5索を残しておけば5-8の両面待ち。ピンフもついたのだ……。……! あっ……!)
彼の手に残された4索を見てあおいはドラ表示牌を改めて確認した。3索……つまり4索はドラ。彼女自身ここまでの速攻を仕掛けたのはなんとしてもドラを抱えてアガりたいという気持ちの表れだった。
(切ってくれれば鳴いてテンパイ、中でぴったりアガれたのに。……ドラを奪られるのは鳥魔人にとってもリスクが大きい。それに逆にあっちがドラを奪える可能性もあったのだ。リスクを留めつつ、アガりやすい待ちはキープしてきてたのだ……)
5索が切られたタイミングから3、あるいは7のカンチャン待ちから2か8を引いての1-4、6-9待ち辺りと睨んでいたあおいだったが、ドラ関連の手変わりを失念してしまっていた。しかし気付いた時にはもう遅かった。
「リーチ・タンヤオ・ドラ……裏ドラが6筒に乗り、12600。貴様の築き上げてきた点棒は砂上の楼閣だ。脆く崩れ去るがいい」
「ちょ……ネウロ。言い過ぎだって!」
「ぐっ……! あおいは何度でもたて直してみせるのだ……! いつかは本物が出来上がるのだ!」
(……諦めないんだ。あの女の子。私と同じくらいの歳なのに、芯に強いものを感じる……)
「……ああ。君なら出来るさ。だからこそ、一旦ここは下がるんだ。落ち着いて態勢を整えてくれ」
「……分かったのだ。この局は任せたのだ」
「任されたよ」
ネウロが34700でトップに躍り出ると、27800点まで下がりこのままではズルズルと落ちてしまうことを危惧した九十九が交代して席についた。
『親はやはり入る点が大きいようだな。迂闊には攻め込めないぜ……』
『必ずチャンスは来るよ。その時が来たら逃さないようにしよう』
『ああ!』
『あそこで中切りは危険すぎますよ……!』
『そうか? 上家は最初の3巡で手から自風牌を含めた役牌を切っている。その後の捨て牌を見ても典型的なメンタンピン系の手だ』
『だからっていきなり切らなくても……もしかしたら重なってささっとアガれたかもしれないのに』
『いや……対面は明らかに速攻気配。だが筒子をツモ切りしていることから混一色ではなく、9筒を含むためタンヤオがつかない。俺の手に8萬の暗刻があり、下家が8萬を切ったことから三色でもない。上家の南・発、下家の白切りに反応が無かった。しかも北は自身の手から落としている。中の対子か暗刻……握っている可能性はかなり高かった』
『高かった……って、じゃあ尚更切らない方が良かったんじゃ?』
『オレが欲しかったのは闇……彼女達には光となってもらった。魔人の目を惹きつけ、眩ませる……そんな光にな』
『……?』
南一局3本場。バラバラな配牌にも九十九はさほど気にする様子は無かった。
(一旦場が落ち着くのを待つんだ。オーラスは私達……このまま2位をキープしていくことが大事なはずだ)
(防御か……愚かな選択だ)
早々にオリ気配の九十九を見て魔人は彼女が溜め込んでいる安全牌になりやすい1・9の数牌に目をつけていた。
(我が輩は攻めるのが大好き……。攻め込ませた時点で、貴様の負けなのだ)
ドSの本性が刺激され彼はドラの中を暗刻で抱えると、リーチはかけず早々に対子を崩しておいた2萬を罠に1-4の両面待ちで構えた。
(そろそろテンパイがあってもおかしくないか……)
9巡目。親の現物である9筒を切った九十九はネウロの捨て牌を含めて3枚切られている2萬から1萬は安全な可能性が高いと踏んで、次は1萬を切ろうとしていた。
(発か……。我が輩が序盤に1枚捨て、ドラ表示牌に1枚。役牌としての成立はあり得ん)
10巡目に入り、ネウロのツモは発。リーチもないこの場においてさほど警戒することもなく、そのまま切られた。
「ククク……2人で麻雀を楽しむなよ」
「何?」
「オレ達が見えていないのかってことさ。ロン……! 二盃口のみ。6100だ」
「……! ……やってくれる」
アカギの手は一盃口を2つ完成させることにより成立する二盃口。残りの条件は他の手と同じくアタマを作ること。アカギのアタマはたった今成立した。つまり、発の地獄待ち……!
(王牌にあればその時点で成立しない……。考え難い手だ)
(闇に潜む偶を無視すべき必の光……それがあって初めて、理に従う者の土台は砂と化す……)
『九十九。おかげで落ち着いたのだ……。親も冷房兄さんが切ってくれたし、あおいももう一度頑張るのだ』
『……悪いね。何も出来なかったよ。私では力不足だった』
『いや……力はあおいも多分、足りないのだ。でも麻雀には偶然の力がある……そのことに気付く猶予を与えてくれたのだ』
『偶然か……私ではそこに身は託せない。せめて君の背中を後押しするよ』
『うむっ。思い切り押して欲しいのだ〜!』
「これでお前の親は終わりだ……。さあ、どうする? 異形の者……!」
「……良いだろう。我が輩も切り札を使うとしようか」
「切り札だと?」
「また何かイカサマでもするつもりか?」
「必要ない。我が輩は既に育てていた。切り札をな」
「えっ。ちょ、まさか……!」
「そのまさかだ。やれ、ヤコ。……人の心理が絡まり合うこの卓において、貴様で勝てないというのであれば、我が輩の負けだ」
「……やっぱりそういう意味だったんだね。後ろから見てて……そんな気はしてたよ」
「ほう? 嫌と言わないのか」
「嫌と言ってるところを無理やりやらせたいのかもしれないけど……やるよ、私」
(あの女の子だって諦めずに戦ってるんだ。私だって……やってみせる!)
こうしてあおいが席につくと同時に弥子も戻り、南二局が始められたのだった。