南四局……オーラスへと突入した。現時点でのトップは32800点のアカギ。それを追うは30700点の遊戯、29900点の弥子、そして6600点のあおいだった。
(麻雀の神様はあおいに最後のチャンスを残してくれたのだ)
あおいは巡ってきてくれた親番に逆転劇の可能性をひしひしと感じ取りながら、神を頼みにしつつ、自らの運も上乗せするかのように配牌を引き寄せていく。
(トップとの点差は2900。点差としては大した差じゃないけど……)
弥子には見た目ほど簡単にはいかないことが嫌でも感じ取れた。ここまでの乱打戦で自分も含めた三人が大きめの放銃をしているのに対し、視線の先にいるアカギはあろうことか振り込まずに来ていたからだった。彼女は改めて気を引き締めると、一つ一つ大事にするように牌を引き入れていく。
(さて、点差は僅かばかり。対面の嬢ちゃんも大物手が入れば逆転もあり得るだろう。だが……オレはありのままを受け入れるだけさ)
特別変わった様子もなく、アカギは牌を次々と引いていく。
(2100点か……。近くて遠い差だぜ)
(3位の子より800だけ近い。きっとこの差は小さくないはずだよ)
(相棒もそう感じるか。なら、仕留めにいくぜ!)
彼らの行うデュエルモンスターズでもそうだった。例えライフが100になろうと、0にならなければ逆転の余地があった。だからこそ息の根を止めるためのもう一撃を為すべく、遊戯は牌を引き抜いていった。
(なんて緊張感なんだ……。もう口を挟むことなんて出来やしない)
(これだけ近くにいるのに。まるで4人だけが別空間に切り離されたかのように感じられるよ……)
(……人間とは面白いものだな。運命は生まれた時点で決まっている。そんな魔人の常識などいとも容易く壊していく)
観戦する2人が固唾を呑んで見守る中、ネウロは弥子を含めた4人に興味が強くなっていくのを感じていた。特に自らも叩き落とそうとし、何度も策略に嵌められているあおいが、運命の変化を追いかけていく様が彼の抱く人間への興味そのものを表しているようだった。
(麻雀はギャンブル……運が大きな要素なのだ。それだけで勝てれば苦労はしないけど……運を生かすのも技術。後はあおいにその器があればいいのだ)
(……配牌は正直良くない。けど手を間違えなければ可能性はある……はず!)
(磁場が偏っている……。この卓を囲む4人の意志が
(……これを良いと捉えるべきか、悪いと捉えるべきか。どんなカードも使い手によって真価を発揮することができる。俺がそんな真のデュエリスト足り得るかで、この牌の真価も決まる……)
配牌が終了し各々の思惑が複雑に絡まりあっていく。それを徐々に解くべく、親のあおいから打牌が開始される。
(……!? あおい。どうして……!)
——ダンッ。痛快な打牌音が静かな空間に響き渡る。あおいの第一打は南。場風牌であり……ドラでもあった。
(相当手が早い……? ドラをいきなり放棄するほどに)
(攻撃力の高い手札にするのにも必要なはずだが……真意はなんだ?)
(連荘無し宣言すらブラフと考えさせられるほどの第一打……だが)
まるで打牌と同時に波紋が広がっていくかのように3人の心が揺れ動く。そんな中でも鳴きがない以上、麻雀は止まらず。弥子がドラ表示牌かつオタ風の東を切り、アカギの第一ツモ。
(この手であおいが思いつく大きめの役は3つ。全てに可能性を残すなら、南は必要なのだ。でも追い込まれているのに、そんな悠長な真似はしてられないのだ。ドラなんてことを忘れてしまえば、全員鳴ける場風……タイミング次第では特急券も良いとこなのだ)
(……ククク。まずは祝福ってことか。命知らずに……!)
アカギの第一ツモは南。これが既に手にしていた南と重なり、対子を完成させる。そして山にまだ残っているのか、そんな考えより先に、博奕に生の実感を覚えていた。
(入った……! ここさえクリアしちゃえば)
(やはり……そうか。恐らく俺達は誰よりも速く……あと一手まで持っていける)
ペンチャン待ちを早くも引き入れた遊戯。これで早くも彼らはリャンシャンテンとなった。しかし、そんな遊戯な顔色は悩ましさで彩られていた。
(一つ一つの選択が命取りになる……。あおいはこんな重いギャンブルはたまにでいいのだ)
遊戯から出た4筒に身体を強張らせた彼女は思い留まると、引き抜いた牌も4筒であったことに再び身体が痺れる感覚を覚えた。たった一巡でこれだけ神経を使うのは性分に合ってるようで合ってないのかな、なんて考えながら、彼女は8萬を手出しで払う。
(……落ち着くんだ。まだ手の先がタンヤオと決まったわけじゃない。焦って両面待ちを鳴くと、出口が閉じる……!)
同様の感覚を弥子も味わいながらツモに移ると浮いていた牌にくっつく引きだった。息をゆっくり吐き出して可能な限り落ち着きながら、白を打ち出していく。
(……この局、オレのリーチが持つ意味は大きい)
危険牌の振り込みを止められないリーチ。それをしてしまえば差を縮めるのに必要な点が半分で済む。それに加えてアカギは1000点のリーチ棒を差し出すこと自体危険だと感じ取っていた。そして南を過信することなく、手を進めていく。
(……赤いドラが望ましかったが、贅沢は言えないな)
続けて有効牌の5萬を引き入れた遊戯は早くもイーシャンテンに辿り着いていた。6萬を出しながら、彼は早ければ次巡で迫られることになる選択を熟考する。
(……すごいね。歪にも、綺麗なようにも見えるよ)
(あり得るかもしれないのだ。アガったら死ぬなんて物騒な謂れのあるあの役満が)
あおい自身有効かどうか測り兼ねるような引きだったが、指の感触は悪くなかった。そして相手を見ながら、堂々と赤ドラの5萬を河へ流した。
(5萬・8萬の並びは多少野暮ったい。しかし彼女は一つでもハンを上げる必要がある。となれば……ドラに頼らない大物手での勝負だろうな)
(くっ。彼女が既に持っていたのか)
(……! 欲しい……。今なら行っても。……いや、今は良くても。後のことを考えたら)
喉から手が出るほど欲しい牌を片や固唾を呑んで見守り、片や伸ばしそうになった手を必死にツモに向けた。引き入れた牌はカンチャン待ちのところにもう一つのカンチャン待ちを作るという悪くはない引き。
(今無理に形を完全に決めて蓋をするのは悪手。早々に決めて良いのは、この4人の中で1人だけ……)
そんな中、アカギは真っ直ぐアガりに向かうなら払って良い牌をあえて残していく。
(そう上手くはいかないか)
次の遊戯は一気にテンパイとはいけず、引いた4索を迷うことなく打ち出す。
(……3筒が対子に。これをどう捉えるか……)
7索を差し出したあおいはこの先に続く岐路を見据える。時には離れ、時には交差すらしてしまう複雑な道。しかしあおいは牌が行く先を照らしてくれることを感じ取る。彼女はこの大一番でも自然体だった。
(まだ4巡目だけど……。誰かテンパイになってもおかしくないな)
(東か……面白い牌だが。……ここは違う)
弥子、アカギと手が進むことなくツモ切りが続いた。ここまで同じ卓を囲んできたからだろうか。双方が互いにテンパイから遠いことを感じながらも、同時に誰かのテンパイ気配がすぐそこまで迫っていると思っていた。
(……! もう一人の僕……)
(ああ……。これで)
その予感はすぐに現実のものとなった。遊戯の手に暗刻が増え、これにてテンパイ。遊戯は他の三人をチラッと見ながら、抱いていた予感が的中したことを感じ取る。
(問題は……ここからだ)
すると遊戯は手牌に目を落とした。タンヤオ、ピンフ、チャンタ、イッツー……今まで見てきた役を脳裏に浮かべながら、彼は改めて一つの結論に至った。
(ドラも無し。この手札は……リーチ以外に何も付随しない)
(これまでの得点計算を考えれば……2100は得られない。一度この形を崩すか、それとも……)
(……恐らくデッキにまだ狙いの牌は眠っている。そしてこのデュエルだけは全員が勝利を得に来る。となればアガることが可能、というだけではなく……)
遊戯は再び視線を上げて右の方を見つめると、やがて決断に至った。
(相棒。俺はこの手に賭けるぜ!)
(……!)
残していた自風牌の北が場に弾き出されると同時に曲げられた。
「リーチ……!」
(確かに裏のドラがつくかもしれないし。ツモもあり得る。あるいは彼女がやったようにカンだって……)
(あおいより速いとは生意気なのだー。……ま、想定内なのだ。どう考えてもあおいだけ狙うべき点が高いのに一番乗りまで欲張るほど欲しがりさんじゃないのだ。片方だけで我慢する偉い子なのだ)
響き渡るリーチ宣言に周りの観客はいざ知らず、卓を囲む三人にさほど動揺は見受けられず。有効牌をツモれなかったあおいだったが、気にする素振りもなく手出しで6萬を払った。
(……一発って線もあったけど、それはしてくれなさそうかな)
(これは現物だから勿論通る。問題は……)
弥子は少し考え込む。現物を払いたい気持ちもあるにはあった。しかし守りだけで勝てない現状、2筒を出す判断までさほど時間はかからなかった。
(4筒が1巡目に出てる……。3・4での2-5待ちも考えづらい。1・3のカンチャン待ち、2筒単騎待ちだとしたら最初の判断が決め打ちすぎる。チャンタなら得点状況を考えればリーチがいらないことはあの人なら分かるはず。絶対なんて言えないけど、これは通す!)
(……振り込まないことは勿論だが。他の二人にアガられても意味は無い。となれば……)
アカギも手出しで2筒を合わせ打ちした。弥子がその真意を図る中、あおいはリーチされた時より心中穏やかでは無かった。
(先制はした。しかしもたつけば反撃が来る。決めてしまうのが一番だ)
遊戯が引き抜いたのは3筒。待ちとは異なる牌に遊戯は息をゆっくり吐き出しながら、場へと切り出した。
(……ポン……いや、チーすれば……)
焦りはそのままに彼女の心拍数を上げていく。ここで鳴けばという囁きが果たして天使と悪魔、どちらからなのか。耳を塞いでしまいたくなるくらいの圧迫感が彼女を襲う。
『あおい。落ち着くんだ』
『……! 九十九……』
『最初で、最後のオーラスなんだろう? 君は、君らしく。自分を信じられなくなった時点で勝負師失格とはあおいの言葉だよ』
『……ふふっ。サンキューなのだ』
『どういたしまして』
九十九の言葉に彼女は迷いを吹っ切り、微笑みで表情を彩った。そして彼女は天使も悪魔も信じず、己の勝負感のみに託し、ツモへと移った。
(やれやれ……今日はどうやら愛されちゃってるみたいなのだ)
引いた牌に呆れんばかりの溜め息を吐き、周りから不思議そうに見られると、彼女は手出しで9萬を送り出した。
(さっきみたいな七対子狙いならあおいだったらダマで適宜待ちを動かせるようにするのだ。今回は無いと見るのだ)
(やはり……彼女の狙いはほぼ決まりだな)
9萬が奪われることなく収まると、弥子は白を、アカギは4筒をツモ切りで送り出した。そして次なる遊戯のツモは6索。
(中々引けないね)
(ああ。そう容易くはいかないだろうな。見た目ほど数があるとは限らない)
(でも……一発が消えた今、ツモが無いとまずいんじゃ)
(いや……そうでもない。そろそろだ……)
(……?)
(感じないか? 相棒)
(……そうか! もう一人の僕のリーチにも真っ向から勝負してくる。彼女なら……!)
「リーチなのだー!」
(良かった……! まだ残っててくれたのだ!)
引き抜いた牌にこれ以上なく頬を緩ませたあおいは迷わずリーチをかけた。同時に1000点の価値があるリーチ棒が場へと放られる。もう一人の遊戯はようやく得心がいった様子だった。
(東……? 南をあれだけ早く捨てたのに)
(十中八九の安全牌として手に残しておいたようだな。テンパイに至っても飛び出す牌がロン牌ではな)
リーチ棒と共に場に出された牌は既に3枚見えている東。アカギに少し遅れて弥子も彼女が既に特定の手に狙いを定めていたことを理解する。
(現物以外で100%安牌なんて無いってのが麻雀の定めだけど、今回に限っては自信を持って安牌と言い切れるのだ! ここさえクリアしちゃえば後は……)
(どちらが先に狙いの牌を手に入れるか……。まさしく最後の勝負だな)
遊戯とあおいの視線がぶつかり合う。互いに笑みを湛え、退路を絶った者同士引く気はさらさら無い様子だった。
(……ここから振り込まずにアガる道は……)
一人ならいざ知らず、二人分かけられたリーチが包囲網を広げていた。全てが当たり牌のようにすら錯覚するほどのプレッシャーが彼女に襲い掛かる。
(遊戯さんは6索が切れたから両面待ちなら通る。……ここであおいさんがリーチで追いかけてくることが読めない彼じゃない。となればタンヤオやチャンタでも使える3索単騎での勝負はしてこない!)
考えに考えた弥子の選択は……対子の3索崩しだった。バクバクとうるさいくらいに響く心臓が破裂しないよう、後は声が掛からないことを望むばかりだった。
(2人の手変わりが消えた今……この瞬間を待っていた!)
「チー」
「……!!」
掛けられた声に弥子の身体がビクっと震える。ロンではないことに安心すれば良いのか、鳴かせてしまったことに不安を抱けば良いのか。頬を伝う冷や汗を彼女は拭うと、彼が鳴いた牌をしっかり確認する。
(1・2・3……チャンタか混一色? 2筒の出が早かったし混一色かな……。決めつけは出来ないけど)
アカギから8萬が出されると、次の遊戯の番で2萬が切られた。
「……ポン!」
意を決して鳴きを入れた弥子は残された3索を手にする。
(どちらにせよこの人には怪しい。けどこの状況、結局一度諦めた3索は捨てるしかない。この人もそれを分かっていて……)
「チー」
顔を見つめながらもやむなく弥子はもう一方の3索を切ると、再びアカギからチーの宣言が聞こえてきた。先程のように驚きはしなかったものの、してやられたという思いが彼女の中に浮かび上がってくる。そんな気持ちを受け止めた上で弥子はアカギの一挙手一投足を見逃すまいとしていた。するとアカギは鳴いてから迷わず白を場へと送り出した。
(また1・2・3……! しかも白じゃチャンタも混一色もあり得る! 隙を見せてくれない……)
「ポン!」
すかさず捨てられた9索にも鳴きを入れ、アカギはあっと言う間にに3フーロとなった。そして河には彼の自風牌である西が流されていく。
「くっ……恐れ知らずだな」
「よく知っているさ……。恐れ慄き立ち止まるのは愚の骨頂だということをな」
「ふふ……違いないぜ」
遊戯は死地に飛び込んでくるアカギに目を細めつつ、再び引いた牌を墓地へと捨て去った。
(多分これであの人もアガれる形になったはず。でもこっちはリーチをしているからそれを避けることは出来ない……)
(ああ。だが……俺も無策じゃないぜ。今回は全員勝利が絶対条件と言っても過言じゃない。彼らがチーやポンを仕掛けることは事前に考えていた)
(……! 確かに狙いの一つはタンヤオを狙うならどうしても邪魔だね。けどもう一つは……)
(先程彼がチャンタというものでアガっただろ? 123、789と字牌のみだった。つまり字牌、それと同列の扱いが可能な1、9を使った3枚ペア……これを狙う場合は456は使えないはずなんだ)
(あっ、そうか! つまり仕掛けた彼らがその牌を引いてしまったら)
(もう後戻りは出来ない……)
既にリーチをかけ、やれることが限られる遊戯だったが、最後の策を闇に仕込んでいた。その前に右隣のあおいがあっさり出すかもしれないし、逆にアガられてしまうかもしれない。だが彼は勢いだけではなく、勝利へ繋ぐための判断に全てを賭けていた。
(……むぅ。引けないのだ。けどこの役に賭けるしかなかった。だから先にリーチをかけてた男の子兄ちゃんが出すか、あおいが引くか。それかどうしても来て欲しくないタイミングで他の二人に渡るか。誰も防ぎようのない偶然の力……最後の最後、あおいが信じられるのはそこなのだ)
彼女はリーチという行為が嫌いではなかった。良くも悪くも自分の天運を示してくれるような気がしているからだった。甘酒神社で引いたおみくじのような感覚ですらあったが、彼女は不確定だからこそ面白いと思っていた。
(4索……! 3索は捨てるべきじゃ無かった? ……いや捨ててなければ鳴きが無かったから、掴む牌じゃなかった。言ってしまえば……あの人に掴まされた!)
弥子も先程のポンでテンパイに辿り着いていた。待ちは萬子の5-8。しかしツモアガりとはいけず、それさえもアカギに仕組まれたようにすら思えていた。
(遊戯さんには現物。あおいさんは現物じゃないけど……彼女は配牌時にあった5689の萬子を捨ててる。あと7索の切れが早い。アカギさんがあれだけチャンタ寄りの索子を固めてることも踏まえれば……索子は彼女の待ちじゃない)
(対面の嬢ちゃんが清一色ってことには気付いてるんだろう? 筒子を引いたか……。あるいは……索子か)
(……あの人は二人のリーチを見てから動いたんだ。となればその前では混一色かチャンタか決定してない。あれは生牌の1筒に厳しいと判断しての2筒切りで……。そこから残していた8萬を落とした。……混一色への移行、と読む! なら……)
(……馬鹿な。ここでテンパイを崩すだと。確かに5・8の萬子の残りは少ない。しかし……)
弥子の最終決断は6萬切りだった。
(4索を残して使うにしてもフリテンの可能性が高い。どちらにせよ切るのであれば……。その上、手直しが間に合うかも分からず、場合によっては役が消える。ここに来て心が弱い方に流れたか?)
(アカギさんはリーチをかけてるわけじゃない。となれば……あるはずだ。手変わりを要求されることが。この人達相手に弱気になっちゃダメ! 薄い可能性でも賭けるんだ!)
そして次巡、7萬が切られる。このターツ切りが奪われず通り過ぎた最中、別の波がアカギを襲った。
(7筒か……。ふふ、牌に試されているのか)
(4筒がさっき出たからここは勝負でも……えっ? えええっ!)
長考に入ることなくアカギは索子のターツに指をかけた。そして赤ドラの5索を惜しげもなく放り出す。
(筒子の6・7・8・9がいずれも生牌だ……。ここまで多くの牌が流れてきた。オレが見るに……彼の待ちも筒子。一番乗りのリーチ故に彼女の手は絞れなかったのだろう。ドラの南が混一色・清一色を否定しているようにすら思えるだろうからな……)
(最後の赤ドラをここで切るなんて……。万が一あおいの当たり牌だったら、とんでもないプレゼントなのだ。そりゃ読まれてるとは思うけど……ドラは読みを狂わせる。ましてやこんな局面で切るなんて、どれだけの修羅場をくぐってきたのだ……)
さらに次巡ターツ崩しの6索が通る。5索ツモ、手出しの赤ドラという引っ掛けもあり得ると見ていた弥子もようやく警戒を解いて4索を手放した。
(す、すごい。8筒を引いた……!)
(南の引き入れか鳴きも視野に入れていたが……こう来たか)
残り巡目を考えて4フーロの裸単騎も辞さない覚悟のアカギだったが、引いたのは8筒。これによりチャンタでの9筒待ちへと受ける。
(……決着まであと僅かだな)
(これが最後……いや、あれだけ鳴きがあったおかげで、もう一回あるのだ)
巡りに巡り……20巡目。引き抜いた3索は彼女の待ちではなく、あおいはやむなくその牌を切り捨てる。
(あの判断が正しかったのかはこの牌にかかってる。来て……!)
遠回りの代償は大きく、弥子はテンパイに至っていなかった。最後の一牌に望みを託した彼女は恐る恐る手を伸ばし、覚悟を決めて力強く引き抜く。
(……! よしっ)
引き抜いた牌は7筒。これによりテンパイ形にすることが可能になった彼女は安堵に溺れることなく、考え込む。
(……この手でつく役はタンヤオくらい。だから、5-8のノベタン待ちに受けるのが基本……だと思う。けど捨て牌を考えれば……)
弥子は5筒を手に取る。この牌は二人がリーチをかけてから途中であおいが1枚捨てていた。アカギに対しても鳴き牌を再確認した彼女はこれを場に送り出す。
(早めのリーチの代償だな……。決着が長引くことで、捨て牌が判断材料の宝庫と化す。……! 6筒か……)
(そ、そんな……。よりによって!)
5筒を横目にアカギが引き抜いた牌は6筒。これにより手牌がアガりの形にはなったものの……
(チャンタの裏目を引くとはな。……いや……。あの嬢ちゃんのポンで掴まされた、か)
牌から弥子に視線を移したアカギはやがて観念したように微笑みを湛えると、南に手をかけた。
(6筒を切ってもフリテン……。次に出るのが南の可能性はある。だから裸単騎に繋げる選択もある、が)
そして彼はそのまま南を場に弾き出した。
(アガりを諦めないこととヤケになることは違う……。牌の流れがオレに示した道だ。受け入れるさ)
(これでアカギさんはロンが出来ない……。もう連荘に賭けるしかないんだ)
弾き出した牌にいつまでも目をやることは無く、アカギは前を見る。たとえどんな結末であろうと、彼はそれを受け入れようとしていた。
(……ふふ。引きには自信があるつもりなんだがな)
(みんなの思惑が交わりあってる……。これはもう、誰かが他の誰かの危険な牌を引いてしまうか。そういう勝負なのかもしれないね)
(だな)
すると遊戯が引いた牌は南だった。アガりには繋がらず。されど振り込みもせず。この勝負の行方はあおいに託されることになった。
「……水面下での駆け引きはこれまでなのだ。良くも悪くもこれで決まるのだ」
「……! そうなのか?」
「ああ……そういえば最もメジャーな流局が今回は一回も無かったのだ。麻雀では残り14枚は
「なるほどな……。つまり、その牌が……最後の牌になるんだな」
「その通り。さて、覚悟は出来たのだ?」
「……ああ」
「うん。私も……出来てるよ」
「冷房兄さんは?」
「とっくにしているさ」
「あおいもなのだ。もっとも覚悟は覚悟でも……」
21巡目。あおいは溜めに溜めると、最後の牌を勢いよく引き抜いた。
「麻雀の神様に愛される覚悟なのだ! ……!」
引き抜いた牌をあおいは誰よりも早く確認し、目を見開いた。
「……ふふっ。愛されすぎ、なのだ」
「……!」
あおいの手牌は筒子の1・1・1・1・2・3・3・4・赤ドラの5・8・9・9・9だった。そして引き抜いた9筒に彼女は呆れるように笑ったかと思うと、不敵な笑みへと忙しなく変えて捨て去った。
「ロン……! その牌、いただくぜ!」
「男の子兄ちゃん……!」
遊戯の待ちは筒子の6-9待ち。ピンフもつかない形ではあったが、リーチをかけていた彼は迷わずロンを宣言した。しかしまだ勝ちを確信したわけではなかった。
「無いさ。オレからは」
(うう……最後の6筒が無かったら、チャンタで……)
その意図を汲み、アカギは自分からロンの宣言を拒否した。そして……
「……ロン……! 頭ハネ、です」
「なにっ……! しかし……」
弥子の牌が倒された。筒子の6・6・7・8により6-9待ち。しかし手牌に役牌も無く、遊戯にはリーチがあった自分とは違ってアガりの条件を満たしていないように思えた。
「役は……
「ここで最後の捨て牌に対してのみ適用される役、なんて。その手は普通に考えたら6筒でのタンヤオアガりしかないのだ」
「……やってくれるぜ。そんな大勝負に打って出るとはな」
「まあ、それしかテンパイ形が無かったのかもなのだ」
「いや。さっき6筒を落としていれば、タンヤオが残る5-8のノベタン待ちだ。……お見事」
「……! あ、ありがとうございます」
「そんな形で回避されるなんてな……。参ったぜ」
「ううん……みんなして筒子の7・8を使いすぎなのだー!」
「勝負を決めようと、リーチをかけたのが仇になったな。変化を捨てたことで後手で対応する隙を与えてしまった」
「この待ちならいけると思ったのに……麻雀は奥が深いのだ! 完敗なのだ!」
『……食事の時間だ』
『……!』
『負けを認めたこの時こそ。謎のエネルギーが放出される瞬間。知恵を絞り、策を練り、それが複雑に絡まり合い……エキスとなる』
魔人ネウロは全員が勝負に費やした謎を喰らう。河底ロンに加えて、二人が出していたリーチ棒が与えられ、計3000点。これが29900点だった弥子に加算されると、32800点のアカギを僅かに上回る32900点。こうして弥子の逆転勝利により、勝負の幕は閉じられたのだった。