それは「負けヒロイン」だけが集う学び舎。
生徒は全員が「負けヒロイン」。
「主人公」に懸想し、恋に破れた敗北者たち。
「なぁ、本当にそれで終わってしまっていいのか?」
この学園で少女たちは何を学び、何を為すのか――
目指すのはハーレムルート!?
ぶっ壊せ、メインヒロイン純愛ルート!
一風変わった学園青春コメディ、ここに開幕。
ハッピーエンドを欲せよ。
欲深くなれ乙女たち。
諦めきれないのだろう?
ならば、その恋は終わっていない。
善悪など考えるだけ無駄。
最後に心の底から笑えた者が勝者。
ただ、真に欲する事を為せ。
「おめでとう」と、私は言った。
私の幼馴染と、私以外の女の子が仲良く手を繋いでいる光景を前に、私は笑っていたと思う。
笑えていた、はずだ。だって、あれだけ必死に笑顔を浮かべようとしていたのだから。
2人は凄く幸せそうで、見ている側も笑顔になってしまうような、そんな光景だったのに。
どうしてだろう。
その光景を見ていると胸が苦しかった。目を背けて逃げ出したくてたまらなかった。涙が溢れてしまいそうだった。
あはは。
どうしてだろう、なんて白々しい。知らないふりをしているのが明らかだ。
理由なんて分かり切っている。
好きだったからだ。
彼のことが好きだった。凄く凄く、どうしようもない程に好きだった。
幼い頃、私の手を引っ張って外に連れ出してくれた彼。
虐めっ子から守ってくれた彼。
そんな彼が私は大好きで、自惚れでなければ、彼もまた憎からず思ってくれていた。
村の人たちも私と彼が夫婦になると疑っていなかったし、彼も私もそれを否定したことは無かった。
あの日々がずっと続けば、間違いなくそうなっていたと思う。
けれど、そうはならなかった。
ある日、彼が「勇者」に選ばれたのだ。
彼はずっと私の英雄だった。けれど、彼は私だけの英雄ではいてくれなくて。
世界を救う旅に出るのだと言う彼に、無理やりついていった。
けれど。必死に努力しても、彼の足手まといになるばかり。
気付けば、彼の周りには彼を好いていることが明白な女の子が何人もいて。
みんなみんな綺麗で可愛くて強くて、家柄だって凄い人ばかりで。
劣等感とか色々な感情でぐちゃぐちゃになって、せめて彼のお荷物だけにはなりたくなくて距離を置いた。
でも、きっと彼はあの故郷の村へ帰って来てくれると信じていた。全てが解決すれば、きっとあの日々が戻ってくる、と。
結果、彼は私ではない1人の女の子を選んだ。
良い子だった。
顔立ちも可愛かったけれど、性格が凄く良くて。私もとても仲が良かった。
生い立ちも悲劇的で幸せになって欲しいと心の底から思える女の子だった。
なのに。
なのに。
素直に喜べない自分が心の中にいるのが分かってしまって。
自分の醜さに吐き気がした。自分はこんなに嫌な女だったのかと嫌悪した。
…それでも、彼への想いが消えないことに絶望した。
時が経てば何かが変わると信じたが、半年たっても想いは微塵も減らず…それどころか増していた。
これはマズイと思い、新しい恋を見つけようとして…これも駄目だった。どうしても他の男性を彼と比べてしまう。それで益々彼への想いが募るし、そんな状態で誰かとお付き合いをするなど、相手にも失礼でしかなかった。
彼に想いを告げてしまうという選択は努めて考えないようにしていた。そんなことをしてしまえば彼が苦しむだろうから。
そんなことを考える一方で、なぜ彼は私の気持ちに微塵も気付かずに目の前で幸せそうにしているんだろう…なんて感情も湧いてくるようになっていた。
自分が壊れていくようで怖くて。どうしていいか分からなくて。
そんな時だ。
突如として視界が真っ白に染まり――
◇◇◇
――気付けば、先程までいた場所とは全く違う所にいた。
「え、ここどこ!?」
「貴女たちは誰ですか!?」
「アタシは家に居た筈だ!どうなってやがる!?」
「ここは学校!?どうして!?」
「敵の攻撃…?」
そして、反応を見る限り、どうやら私と同じような状況に置かれていると推測される女の子がたくさんいる。ざっと数えて20人。服装や顔立ち、髪や目の色もバラバラ。よほど広範囲から集めたのか…それにしては言語が統一されているのが奇妙だ。
いや、違う?全員が異なる言語を話しているのに、私には私が慣れ親しんだ言葉で聞こえてきている…?どういうことだ?よほど複雑で大規模な魔術が施されている?だとしたら、その目的は?
ここにいる人物に共通点は見受けられない…いや、1つだけ。全員が年若い女だ。
目線を少し動かして、今いる空間を確認していく。
壁も天井も真っ白でピカピカ。大理石を思わせる色と輝き。何度か行った大聖堂で似たような壁を見たけれど…あれはとても高価なモノのはずだ。
仮に大理石で造られているのだとしたら、ここを造った何者かは余程の財力を抱えている…ということだろうか。財力があれば武力も得られる。先ほどから、全方位全ての人間に警戒をしているが、それを一層引き締め、さらに周囲の状況を確認していく。
床も変だ。一見すると木製だが、表面が艶々している。天井に幾つか張り付いている細長い棒状の照明器具、そこから発せられる光を反射しているようだ。
右側の壁には大きな窓があって、そこから見える景色は抜けるような青空。今いる部屋の高さが高いのか、私の位置からでは下の景色は伺えない。窓に近づけば確認できるだろうが、今は迂闊に動くべきではないだろう。
左側には扉がある。手前と奥の2つ。脱出路として利用できそうだが、繋がっている場所がそれぞれで異なることも考えられる。慎重に見定めよう。
また、部屋には幾つもの机と椅子が規則正しく並べられている。なんだか、旅の中で訪れた魔術学園を思い出す。何もかもが異なるけれど、雰囲気のようなものが同じだ。
向かって正面の壁は黒…いや緑か?緑色の長方形の板が張り付いている。ここが学園のような施設だと仮定すると、あそこに板書でも行うのだろうか?
そして、緑の板の前には、他の机よりも大きく形も異なる机が1つだけある。そして、そこには、顔の上半分を完全に隠す仮面をつけ、丈の長い…マントのような白衣に身を包んだ長身の女性がいた。黒く長い髪が美しい。
緑の壁に背を預け、小さく細長い…煙草のようなものを咥えている。あ、口から外して煙を吐き出した。間違いなく煙草だ。
最初から彼女だけは様子が違った。他の人間が慌てたり警戒したりする中、自然体を貫いていた。まるで、こうなることを知っていたかのように。
現状、このおかしな状況の最大の容疑者は彼女だ。
その女性が、服の内から取り出した金属製の小さな容器へと煙草をしまう。そして、壁に預けていた背を離し、私たちの方を向いて言葉を紡ぐ。
「え~、キミたちが静かになるまでに2分かかりました。先生は悲しいぞ。あ、ちなみに私はお前たちの担任の
気怠げな声音だが、不思議とよく通る声だった。
だが、耳に届いても言っている意味は全く分からない。
彼女の言葉も私の知っている言葉になっているから、言葉の意味は分かるのだが…。
先生?担任?なぜ?
「まぁ、いい。戸惑うのも理解はできる。さっさと説明してやろう」
そこで彼女は一度言葉を区切り、私たち一人一人に仮面の奥の目を合わせた後、言った。
「お前たちは「負けヒロイン」だ。それでここは「負けヒロイン学園」だ。以上。何か質問がある奴はいるか」
「…え?」
誰かの戸惑いの声が漏れ出た。私も同じ心境だった。
七美沢と名乗った女性は、これでわかるよな?とでも言いたげだが、何も分からない。むしろ疑問符が増えた。倍増した。
「今の声は…お前か。テリム・テルエーラ。良いぞ、質問を許す」
「…え、えぇっと、その」
「テリム」と呼ばれた、先ほどの声の主である桃色髪の少女が対応できずに慌てている。
その様子を見るに、七美沢が紡いだ名前は正解だったという事だろう。
恐らく、私を含め、ここにいる全ての人間の名前は把握されていると見て間違いない。恐らくは名前以上のことも知られているだろう。
「…じゃあ、その、「負けヒロイン」と「負けヒロイン学園」って何ですか?」
ここで何か聞かない方がマズイと思ったのだろう、テリムは何とか質問を思いつき口にしたと言った風だ。
とはいえ、核心を突く質問だ。最適解と言っていい。
「そこからか…まず、「負けヒロイン」というのは、恋の敗北者だ。ある世界ある時代において事象の中心となった「
世界の中心となった「主人公」と聞いて、直ぐに彼の顔が頭に浮かぶ。
そして、もう1つ気になることを彼女は言った。
ある世界ある時代において、と。
その言い方はまるで…。
「気付いた者もいるようだな。そうだ。お前たちはそれぞれ別の世界から来ている。「負けヒロイン学園」とは、数多の世界の「負けヒロイン」が集って学ぶ、この施設の事を指す」
別の世界?
私は彼の力になれるように魔術を学んでいた。だから分かる。
異なる複数の世界に関わるなんて規格外過ぎる。神話に語られる領域の話だ。
私は余りにも大変な事態に巻き込まれたのかもしれない、と今更ながらに理解する。
ならば、今は少しでも従順なふりをしつつ情報を集めなければならない。
「何を、学ぶんですか?」
「お前は確か、メルネ・ルイヤードだったか。本来ならば挙手をしてから質問を許可するのだが…まぁ、いい。そういう細かいことは追々教えていくとしよう
質問をすれば、当然のように私の名前が返ってくる。
やはり、私の名前も把握されていた。
「…それで、何を学ぶのか、だったな。単純明快だよ。お前たちが幸せを掴む方法さ」
その答えは抽象的に過ぎる。もっと深く聞き出そうと、先ほど言われたように手を挙げようとして…
「幸せだぁ!?どうでもいいが、さっさと元の場所へ帰らせてもらう!」
乱暴な声音に遮られる。獣のような耳と尻尾が生えた女の子が、手から鋭い爪を出して七美沢に向かっていく。
「ふむ。帰る方法は分かるのか?」
「そんなものはお前を殴ってから考える――!」
そうして、鋭利な爪の一撃が突き刺さる瞬間。
「ぐっ、ぁぁぁぁあああああ!」
ズンッと重く響く音がして、気付けば獣耳の女の子は地に…床に付していた。
七美沢が動いたようには見えなかったし、今も何かしているようには見えない。魔力の流れも感じ取れない。
だというのに、女の子は現在も謎の力で押さえつけられているようだ。重力?大気?それとも見えない何か?
正体が何かは分からないが、起き上がろうと足掻いても身動き一つとれていない。
あまりにも実力の差がありすぎる。
「…分かったと思うが、私は強い。というか、この学園の教師は基本的には猛者ばかりだ。一部例外はいるがな。…そんなわけで、暴力で解決することは難しいと思うぞ?」
そう言って、七美沢が指をパチンと鳴らすと、女の子は解放されたようだった。
こんな強者があと何人もいるというのか?だとすれば、下手に逆らうのが得策ではないことは明らかに過ぎる。
他の者たちも同じように考えたのだろう、表面上は従う姿勢を見せて様子を見ることにしたようだ。
幾つもの質問が七美沢に向かっていく。
最初はそれに丁寧…とは言えなくとも1つ1つ答えていた七美沢だったが、ついに面倒になったらしい。
「あー!お前ら似たような質問ばっかり寄越しやがって!もう1度全部説明した方が早い!良いか、1度しか言わないからよく聞けよ!」
ドンと一度机を叩いた彼女は、真っ直ぐに私たちの方を見つめながら言った。
「ここはお前たち「負けヒロイン」が幸せを掴むため、新たな選択肢を与える場だ。お前たちの前にも同じように入学して、卒業していった「負けヒロイン」は大勢いた。誰もが自分なりの幸せを掴んで見せたよ。諦めきれない想いに出口を与える場所なのさ、ここは」
諦めきれない想いに出口を与える。
その言葉に私の中の何かが強く反応した。
それが何か考えようとして――
「ふざけないでくださいまし!」
金髪縦ロールで綺麗な服を着た、良家のお嬢様然とした女の子が叫んだ声に思考は中断された。
「幸せを掴むための新たな選択?貴女は、
「お前は、リミラルーデ・リル・バンデレッタか。ふむ、資料によれば、お前の世界は破滅を回避すべく幾つもの選択をやり直したようだな。その果てに、皆が「幸せ」になる最善の未来に辿り着いた、と。だが、お前の想いには救いが与えられなかった」
「それが何だというのです!
「あのな、リミラルー…長いな。リミルにしよう。リミル、1つ言わせてもらうぞ」
なんだか、リミルの言葉は私に突き刺さる。
世界全部と己の気持ちを天秤にかけた彼女と比べるべきでは無いのかもしれないけれど。
私も、あの2人の世界を壊したくないと思って身を引こうと足掻いていたのだから。
だからこそ、次に七美沢が発した言葉は衝撃だった。
「そもそもの話、世界のため云々というのは、お前の想いが無視される理由になるのか?」
「へ?」
「いやな、世界のため、みんなのため、友達や仲間のため…というのは立派だがな?その「世界」やら「みんな」やら「友達・仲間」の枠にお前自身が入っていないのは何故だ?」
「そ、それは…世界が救われなければ
「命が救われさえすれば感情はどうでも良いと?笑い合う仲間たちの傍で1人だけが辛い気持ちを抱えることは許容されるべきだと?仲間というのは辛さを分かち合う存在では無かったのか?」
その通りだった。
苦しんでいる存在を私以外の誰かに置き換えれば?
仲間の1人が苦しみ続ける結末。その結末を私はきっと認めることは出来なかっただろう。
「で、ですが…!
「世界全てを救うと掲げて歩み出し、果てにはやり遂げた「主人公」が、お前1人の想い程度受け止められなくてどうする。あまりソイツを馬鹿にしてやるなよ」
私も彼を信用していなかったのだろうか。
仮に、私が想いを伝えていたら彼はどうしただろうか?
悩んだだろう。悩んで悩んで。
その末に、きっと答えを出す。誠実に真剣に考えた上で答えを出してくれる。
そんなことは分かり切っていたことだった。
なら、きっと。私が想いを伝えなかったのは彼のことを考えてではなく。
「ですが、彼は既に1人の女性を選ばれました」
「だから諦める。要するに、勝てないから、だな?」
「…っ!」
結局、これだけでしかなかったのだ。
じゃあ、やっぱり私の想いの出口は「敗北」しか無いのかもしれない。
そう思ったのだけれど。
「あのなぁ、どうして戦う前から勝敗を決めつけて逃げるんだ?」
再び、七美沢の言葉が私を揺さぶった。
「お前がその男に恋するようになった経緯があるだろう?お前と彼だけの思い出が確かにあったのだろう?積み重ねが、築いた日々があったのではないのか?」
あった。私にも彼との日々があった。
大切な大切な思い出があった。
他の何よりも煌めいている時間が私と彼の間には確かに存在した。
「ならば、それは強力な武器だ。つまり武器はある。そして「好意」という理由もある。だというのに、戦わない。それがお前たちだ」
七美沢の言う通りだった。
敗北という結果でも良かったのだ。勝負だけでもしていれば、きっと何かが変わっていた。
少なくとも、
「先に言っておこう。帰ろうと思えばいつでも帰れる。そもそも、この空間は他の世界と切り離されていて、時間の流れが異なる。10年過ごそうともお前たちの肉体は少しも老いないし、向こうでは一分も経っていない。その証拠が欲しいなら後でいくらでも見せてやる」
そして、戦うと決めたのなら、負けない準備をしてこそ戦いだ。
万全の準備をして戦いを挑み、その果ての敗北なら私は受け入れられただろう。
「さぁ、ここまで聞いて尚、今すぐに帰りたいと、ただの惨めな「負けヒロイン」に戻りたいという奴は名乗り出ろ。直ぐに帰してやる。どうだ?」
もう、名乗り出る者は1人もいなかった。
◇◇◇
その後、私たち「負けヒロイン」は七美沢に幾つもの質問をした。
寝床や食事を始め色々な質問があったが、割愛しよう。全ては学園生活の中で慣れていくことだろうから。
そうだ、1つ。凄く印象的なやり取りがった。
あれは1人の女の子が七美沢の仮面について聞いた時だ。
「この仮面か?おいおい、こんな仮面をつけて顔を隠す意味なんて決まり切っているだろうが」
「…あ。その、ごめんなさい。…え、えっと、私が治しましょうか?私の癒しの力なら…」
七美沢の答えに、生来の傷や火傷、大怪我といった何かなのだろうと誰もが推測した。
質問した女の子は申し訳なさそうに、魔術での治療を申し出る。
だが、そこからが予想外だった。
「何を勘違いしているんだ?素顔は愛しの旦那にしか見せないからに決まっているだろうが。私の美貌を見て欲情して良いのは旦那だけだ」
「「「「はい?」」」」
その瞬間、数多の世界から集められたバラバラな少女たちの思いが完全に1つとなった。
そんな当たり前は聞いたことなど無いのだが?
まさか、七美沢の世界や部族はそういう決まりがあるのだろうか?…ちなみに、この問いかけへの答えは、他者が決めたことではない、だった。
つまり、彼女個人が旦那にしか素顔を見せないと決めているという事だ。
ちょっと意味が分からない。
そもそもこの人、結婚してたんだ…。
「お前たち「負けヒロイン」を教え導くんだ、教師はリア充に決まっているだろうが。あ、ちなみに私もこの学園の卒業生…即ちOGだ」
あんだけ「負けヒロイン」についてボロクソに行っていたくせに、その七美沢も「負けヒロイン」だったという衝撃の事実が明らかになったのである。
と、まぁ。このように。
唐突かつ意味不明な展開で。
「負けヒロイン」の「負けヒロイン」による「負けヒロイン」のための学園生活は幕を開けた。
閲覧ありがとうございました。
果たして、こんな内容に需要はあるのでしょうか?