秘術師 宮壇白輔の忘備録   作:焼き鯖

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どうもこんばんは。そしてお久しぶりです。焼き鯖です。

今回は新作です。今はまっている占いを題材に一話書き上げました。

気に入ってくれたなら幸いです。


No.0 愚か者

 宮壇白輔(くだんしろすけ)という男を一言で表すならば、「手品師」という言葉がぴったりであった。

 シルクハットに、マントとスーツ。違いがあるとすれば、よくありがちな黒一色ではなく青と白の二色であり、それが左右別々に配色された、所謂ツートンカラーであるというところであろうか。

 煙に巻く物言いに、仰々しい立ち居振る舞い。その癖放つ言葉はどこか的を射ており、嫌なモヤモヤ感を残させる。

 誰が言ったか、彼の二つ名は男版八雲紫。

 

「……出ました。今からの独立は渡りに船でしょう」

 

 春の陽気に包まれた人里。その大通りの一角で、彼は向かい合ったお客に呟く。

 

「過去に一度挫折されたようですが、今現在運勢は上向きです。これがここから三か月先まで続きます。安心されてください」

 

「そ、そんだら、オラは具体的にいつ、どういうことしたら良いべ?」

 

 戸惑うように尋ねた客にニコリと笑うと、彼は手にしていたカードの山から一枚取り出し、裏返して机の上に置く。

 七つの金貨と職人が金貨を作っている姿がカードには描かれていた。

 

「ペンタクルの八……まずは目の前の仕事に集中することですね。細部までこだわって真面目に少しずつ依頼をこなしていく事で、さらなる信頼が得られると思います」

 

「信頼……」

 

「聞いている限り、健吉様は愚直で誠実な方ですから、周りからの信頼というのは実は今の時点でも十分だと思うんです。ですけど、結構詰めが甘いと言われることはありませんか?」

 

「う……そ、そうだよ。よくそのことで親方から怒られるだ」

 

「健吉様は鍛冶職人でしたよね? でしたら、確認作業でもう一、二回打ち込むことをお勧めします。後は、私の知り合いに鍛冶に詳しい方がいるので、その方に見せてもらってアドバイスをもらうのもいいと思いますよ」

 

「わ……分かっただよ! オラ、今よりももっともっと真面目に鍛冶やるだ! ありがとうだよ先生!」

 

 やる気に満ち溢れた目をキラキラと輝かせ、健吉は白輔の手をがっしりと握る。応対した白輔も、「ありがとうございます」とにこりと笑いかけ、走り去る彼を見送った。

 

「……貴方の未来に祝福有らんことを」

 

「相変わらず、アンタは言い方が芝居がかっているわね」

 

 笑顔のまま呟くと、背後からそっけない声が降ってきた。

 

 彼が振り返ると、赤と白の巫女服に身を包んだ少女が見つめていた。髪を縛る紅白のリボンが風に揺れる。

 

「おや、おや、おや! これはこれは博麗霊夢様! ご機嫌麗しゅうございます!」

 

「その挨拶辞めて。ウザいし舐められてる感じがして嫌い」

 

 シルクハットを取って慇懃に頭を下げる白輔を霊夢は軽く一蹴して席に座る。

 

「いやいやいや、こんなところまではるばるご苦労様です! 察するにパトロールの帰りですか?」

 

「はずれ。神社の備蓄が底をついたから買い物よ」

 

 そっけなく答える霊夢だが、白輔は顔色を変えずに「そうだったんですねー」と返す。

 

「……相変わらず、アンタの()()()とやらは儲かってるみたいね」

 

 興味なさげにそう言う霊夢に、少し不満そうに彼は返す。

 

「ムッ、その言い方は感心しませんねぇ。アタシは占い師じゃありません。何千年と歴史が続く秘術を扱っているんです。せめて()()()と言ってください」

 

 そう、彼はこんな格好をしておいて手品師……もといマジシャンではない。

 

 人の悩みをカードや数字、星座を通して解決することを生業とする、所謂占い師──本人が言うところの秘術師──であった。

 

「似たようなもんでしょー? 胡散臭い術使ってるとことか」

 

「乱暴ですが、貴女らしい感想ですねー。ですけど、アタシはれっきとした人間ですからね。そんな危険な術は使ってませんよ。その証拠にほらここ、ご飯作ってるときに切っちゃったんですよー」

 

 笑いながら左の指を見せると、霊夢は「ふーん」とそっけなく返事をした。

 

「まっ、いいけどね。アンタが何しようと勝手だもん……でも、変な事するんだったら容赦しないから。覚悟してなさい」

 

 気だるげな視線が一変刺すようなものに変わったが、彼は意にも介さず飄々と続ける。

 

「分かってますよー。あっ、折角でしたら霊夢さんも占いますか? 今なら三千円ポッキリですよ?」

 

「却下。私は占いなんてものは信じないようにしてるの」

 

「そうですかー。それは残念」

 

 まっ、これもめぐり合わせですねーと、ケラケラ笑いながら白輔は答える。

 

「……馬鹿らしい。邪魔したわね。そろそろ帰るわ」

 

「いえいえまたいらしてください……あっ、そうそう博麗霊夢様」

 

 そっけない態度のまま席を立ち、帰ろうとする霊夢を、白輔が即座に呼び止めた。

 

 手には崖の上に立ちながらも、空をよそ見している旅人の姿が描かれたカードがあった。

 

「本日の貴女様には、愚か者の逆位置が出ております。今日は馬鹿と高い所にご注意くださいませ」

 

「……はぁ?」

 

 振り返った霊夢の表情に、苛立ちの色が浮かび上がる。

 

「いい? 耳が悪いアンタにもう一度教えてあげるわ。私は博麗霊夢。博麗の巫女なのよ。この幻想郷で誰よりも強く、自由にあるべき存在なの。そんな私が、アンタのくだらない()()ごときに運命を左右されてたまるもんですか。そういうのはあの紅い吸血鬼相手に語ってなさい。私は今までも、そしてこれからも、私の意思で生きていくわ。覚えておきなさい」

 

 近寄り、指を突き付けてまくし立てた霊夢は、言いたいことを言い切ると、「それじゃ」と踵を返して行ってしまった。

 

 この一連の時間の中で、白輔は笑顔を崩さぬまま、黙って霊夢の事を見つめていた。

 

「……アタシの秘術、当たると評判なんですけどねぇ……」

 

 やがて彼は誰にともなくそうぼやいた、次の瞬間。

 

「……お気をつけて……博麗霊夢様?」

 

 去ってゆく彼女の背中に向けてそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

「馬鹿らしい……何が秘術師よ。単なる詐欺師でしょうが」

 

 帰りの道中、空を飛ぶ霊夢の表情は忌々しげであった。

 易者の一件があって以来、占いや予言といったものに警戒心を寄せてはいたが、それを差し引いても彼女は宮壇白輔という男が苦手であった。

 

 理由は一つ。似たような人物を知っているからである。

 

 全てを見透かしているような割には、肝心な事をごまかして煙に巻く。

 どこにでも表れて、訳知り顔で人の事情に顔を突っ込む。

 そして、その全てがピタリ……とまではいかないまでも、多少ながら当たっている。

 

 こんな芸当が出来る似たような人物……もとい妖物を、霊夢は一人知っている。

 

「……こんな時に、アイツの顔を思い出してしまうわね……」

 

 スキマを使ってどこにでも現れ。

 

 訳知り顔で人の事情に顔を出し。

 

 見透かすようなことを言う割には確信部分をぼかし。

 

 そのアドバイスは全て、的確に的を射抜いている。

 

 親代わりでありながらも胡散臭い妖怪の賢者は、博麗霊夢にとって読めるものではない厄介な相手なのである。

 

 その賢者と、言動から雰囲気からやることまで、その殆どがそっくりなのである。

 

 つまるところ、あの賢者と同じく宮壇白輔という男を計ることが出来ないというのが、霊夢が彼を苦手としている一番の理由であった。

 

「……あーもう! 考えるのはやめ! やめよ! これ以上考えたらそれこそアイツのペース。早く帰って羊羹を————」

 

 帰路を急ごうと飛行速度を速めようとした時。

 

「やい! はくれ―れいむ!」

 

 上空斜め上から、子どもっぽい声と共に雹弾が三発降り注いだ。

 

 すぐにそれに気づいてするりと避けると、声がする方向へ体を向ける。

 

 視線の先には青いワンピースを着た妖精。幻想郷の誰もが馬鹿と認める氷の妖精が、自信たっぷりに腕を組んでいた。

 

「なんだチルノか。アンタ何しに来たの?」

 

「ふっふっふー。聞いて驚け! 今日はお前にけっとーを申し込む!」

 

「はぁ?」

 

 また突拍子もないことを言ったものだと心中で呆れる。

 

 チルノが無差別に不意打ちして突っ込んでいっては一回休みになることはよくあるが、決闘を申し込まれたのは初めての事だ。

 

 なにせおつむが弱い妖精の中でも、群を抜いて最弱なのがこのチルノという妖精である。決闘という言葉をそもそも知っていたのが驚きだ。

 

「誰に入れ知恵されたかは知らないけど、私はもう帰るの。早く帰って羊羹食べないといけないんだから」

 

「えーつまんない……じゃなくて、はっはっは! まさかサイキョー過ぎるアタイに恐れをなして逃げるのか! 敵前トウボーってやつだな!」

 

 高らかに馬鹿笑いするチルノに引きつった笑いを浮かべつつ、コホンと咳払いして霊夢は尋ねる。

 

「だけど……アンタも珍しいわね。決闘だなんて。誰にそんな事言われたの?」

 

「え? ……えっと、人里のにーちゃんが教えてくれたんだ」

 

 誰がそんな七面倒なことを……と思いながら、霊夢は「誰に教えてもらったの?」と更に続ける。

 

「えっと、シロスケって言う、変な色の帽子とマントした————」

 

 直後、チルノの頬を何かが鋭くかすめた。

 

「……あの詐欺師、何が秘術よ。こんなの単なる自作自演じゃない」

 

 怒りに目を染め、完全に戦闘モードへとスイッチが切りかわった博麗霊夢が、チルノを睨みつけながら呟く。

 

「いいじゃない、乗ってあげるわよ。アンタのその決闘とやらに。二枚、残機ゼロ、倒れるまででいいかしら?」

 

「おっ? やっとその気になったの? それじゃあ早速──」

 

 言いかけたその時、チルノの目の前に圧倒的物量の弾幕(おふだ)が展開された。

 

 縦横に無人に走る、全ての札を使い切っているんじゃないかと言われてもおかしくない程の大量の弾幕。

 

 幾度も突っ込んでは負けているチルノだから分かる。

 

 この霊夢は本気も本気。自分を叩き潰すまで戦うつもりなのだと。

 

「せっ……せんりゃくてき撤退ィ!」

 

「待ちなさい!」

 

 踵を返し、一目散に逃げるチルノを鬼神のごとき気迫の霊夢が追いかける。

 

「なんだよぉ! シロスケの奴! こんなの聞いてないぞ!」

 

 飛んでくる弾幕を必死によけながら叫ぶチルノには知る由もないだろう。

 

 チルノが口にした男に霊夢のプライドが傷つけられ、あまつさえその傷をつけた大本の秘術というものが自作自演のイカサマだという事に。

 

 しかし、彼女が白輔にそう入れ知恵されたのは実に数週間前の話であり、その間にもチルノは各地でこの文言を使い続けていることは、霊夢も同様に知る由もない。

 

 尤も、仮に覚えていたとしてもチルノだから言いそうと流されていそうな話ではあるが。

 

「……ぁ」

 

 避け続け、逃げ続け、涙目になりながらも飛び回り続けたチルノの眼前に、観念しろと言わんばかりに高くそびえたつ山の岩肌が立ちふさがった。

 

「はぁ……はぁ……ようやく追いついたわよ」

 

 追い打ちをかけるように、息を切らした霊夢の声が背後から突き刺さる。

 

「も……もうやめてよ霊夢ぅ! アタイが悪かったからぁ!」

 

 先ほどの威勢のよさはどこへやら。泣きながら命乞いをするチルノであったが、当の霊夢は「嫌よ」と、ばっさり切り捨てる。

 

「悪いわね、今日の私は機嫌が悪いの。アンタが教えてくれた誰かさんのおかげでね。それを知らずに喧嘩吹っ掛けたのは自業自得よ。恨むならアイツを恨みなさい」

 

「し、シロスケは何にも悪くないだろぉ?」

 

「今その男の名前を言わないで頂戴! ……アンタをぶちのめしたら、あの詐欺師に文句言ってやるんだから。さぁ、覚悟を決めなさい! 霊符!」

 

 霊夢がスペルカードを構える。それを見たチルノは「ひッ!?」と頭を抱えて身を守ろうとした————その時、勢いあまってポケットにしまってあったスペルカードがバラバラと飛び出し、下にある森に向かって吸い込まれるように落ちていく。

 

「あっ! アタイのパーフェクトフリーズ!」

 

 偶然か、はたまた必然か。とっさにチルノが叫んだ瞬間、幸運にもスペルカードが発動した。

 

「夢想ふうい──って、きゃあ!?」

 

 そしてアイスキャンディーのように色とりどりの雹弾が、コンマ零点一秒で宣言を完了しようとした霊夢の身体に直撃する。

 

「……えっ?」

 

 何が起こったか分からぬままのチルノであったが、そのまま霊夢は森の方へと落下していき、がさりと音を立て木の葉の奥深くに沈んでいくのを茫然と眺めていた。

 

 一瞬の静寂と風が、辺りを包み込む。

 

「や……やったぁ! 勝てたぞぉ! アタイサイキョー!」

 

 どのくらいそうしていたであろうか、やがて自分の状況を理解したチルノは、先ほどまで命乞いしていたことも忘れ、ガッツポーズを高くつきだして喜ぶのだった。

 

 

 

 

 

 


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