イヌ子さんのホラ吹き。《あの時の嘘、ほんまやで〜》 作:あきと。
「「メリークリスマス」」
テントから各々プレゼントを持ってきた後、温かい飲み物を淹れ直したカップで乾杯をする。
お風呂上がりにみんなが戻ってきた時の為に、お湯を多めに沸かしておいて正解だった。
「ふ〜、なんだか不思議やわぁ」
「何が?」
ココアを飲みながら、あおいさんが言う。
「去年の今頃なんて受験で忙しかったのに、まさか彼氏が出来て、一緒にこんな風に過ごせるなんて夢にも思ってへんかったな〜って」
「そうだね、俺もだよ。親の転勤で引っ越しが決まってバタバタしてた時期だったし。去年の俺が今の自分を知ったら驚くと思う」
今年入学したとはいえ、知らない環境での進学はもはや転校と差ほど変わらない。
引っ越し自体初めてだったし、友達が出来るかも不安だったのに、彼女が出来るなんて。
人生何があるか分からないな。
「……」
「……」
『…あのっ』
少し間が空いて、声が重なった。
「あおいさんからどうぞ」
「いやいや、あらたくんから先にどうぞ」
「いえいえ、」
「いやいやいや、」
お互いに譲り合いながら、何往復かしたのちに俺が先に用件を伝える。これがThe日本人の譲り合いの精神。
おそらく、互いに同じ事を言おうとはしていたんだろうけど。
俺は、足元に置いていた包装されたプレゼントをあおいさんへと手渡した。
「改めて、これクリスマスプレゼント」
「ありがとう。私も、はい、プレゼント」
そうして、2人でプレゼントを交換する。
俺もお礼を言ってあおいさんから受け取った。
「やっと渡せた〜」
安堵の声を漏らす。
緊張から解放された。そんな感じがした。
「私もなんか、肩の荷が降りたような気がするわ〜」
「俺も。正直朝からいつ渡そうとかずっと考えちゃってたからさ」
「あき達には感謝せんとな〜。さすがに皆んなの前やと、ちょっとなぁ」
「あーんとかしてきたのに?」
「それはお互い様やろ〜」
肩を並べて今日起きた出来事を押し付け合う。
「せっかくやし、開けてもええ?プレゼント」
「もちろんいいよ」
そして、あおいさんが先に包装された包みを開けて、中からプレゼントを取り出した。
「わぁっ!可愛い手袋や!」
包みの中からは、モフモフとした茶色い手袋。
ウールの生地を使い、手首には小さなリボンがあしらわれたデザインの物だ。
先週、甲府の方へ赴き女性が好きそうな商品が並ぶお店で買ってきたのだ。
男1人だったから少し勇気が必要だったけど、彼女の喜ぶ顔が見られて満足である。
「普段使える物がいいかなと思って。これからもしばらく寒いのは続くし」
「ほんまありがとう。大事にするわ」
さっそく両手に着用し、手をグーパーと開いて見せる。
可愛いかよ。
でも、サイズの心配もなさそうで良かった。
「指先がスマホも触れるようになってるみたいだから便利だと思う」
「そうなん?…ほんまや!確かにこれは便利やなぁ」
俺の言葉を聞いて、スマホをスワイプし商品のハイテクさを実感している。
テレビショッピングかってくらいの反応だ。
「じゃあ、次俺」
「うん!」
あおいさんから受け取った包みを今度は俺が開ける番となる。
改めて見てみると、俺が渡した物よりも一回りは大きい。
一体何が入っているのか、心をワクワクさせる。まるで子供に戻ったようだ。
「あ、あのな」
包みを開ける途中、あおいさんが心配そうにゴニョゴニョと口を動かしていた。
俺もそうだけど、自分が選んだプレゼントを開けられるのって緊張するんだよな。
でも、どんな物であってもあおいさんから贈られる物であるなら、すごく嬉しいし、大切にする。
「あっ」
袋を開けると、赤い毛糸のマフラーが姿を現した。
「ご、ごめんなー。下手くそで」
「えっ?」
「それ、初めて編んだんやけど」
「ええっ!手編みなのっ!?」
俺の驚いた声に、こくりと小さく頷く。
膝の上に置いたマフラーを広げると、特に目立ったほつれもないし、普通に売り物として見てもおかしくない出来だと思う。
しかし、彼女は不安そうにこちらを見ていた。
「せっかくなら、作ってみよう思うたんやけど、時間もかかったし上手にできたかどうか…」
「全然心配する事ないよ!すごいよあおいさん!」
綺麗に作られたそれをじっくりと観賞した後に、ゆっくりと自分の首へと巻いた。
先程まで外の風が当たっていた首筋を覆い、暖かい。肌触りもすごく良い。
「これなら寒い冬も乗り切れるよ。ありがとう」
「よかった〜」
ようやく安心したのか、不安そうな顔が柔らかな笑みを見せる。
俺のために時間をかけて丁寧に作ってくれた事が何よりも嬉しかった。
「もうずっとこのマフラー使って生きて行こう」
そう心に決めた。
「それは大袈裟やない?」
抑えきれない嬉しさに、感情が声に出ていた。
「でも、私もこれからはあらたくんから貰った手袋使わせてもらうな!」
あおいさんの手が、シートに着いていた俺の手に重なった。
それに応えるように、手をひっくり返し、きゅっと手を握り合う。
「えへへ」
照れたように笑う彼女の手の温もりが、手袋越しにも伝わってくる。
『(気に入ってくれたみたいで良かった)』
と、綺麗な星空を見上げながら同じ事を考えていた事は、互いに知る由もない。
「好きやで。あらたくん」
「俺も、あおいさんが大好きだよ」
2人の想いがこれからもずっと続きますように。
しばらくして、散歩に出ていた皆が帰ってきた。
「あおいちゃん!小牧くん!ただいま〜」
先頭を歩く各務原さんが手を振り、俺たちもそれに応えるように軽く手を振り返す。
時間にして30分くらいだったろうか。
そんなに時間は経っていないというのに、濃密な時間だったなと改めて思う。
「おぉっ!プレゼント交換したのか〜」
いち早く、俺が先程までしていなかったマフラーに大垣さんが気がついた。
「よかったな〜、イヌ子。無事渡せたみたいで。おっ、もしかして、それが小牧からのプレゼントか?」
俺たちの向かいに腰を下ろした大垣さんが、あおいさんの手元に注目する。
大垣さん、すぐに変化に気づくなんてさすがの洞察力。
「せやで〜。可愛ええやろ?」
あおいさんが手袋を着けた手を見せつける。
なんか恥ずかしいな。俺が女子にプレゼントする物のセンスが問われているかのような感覚に陥る。
「へぇー、手袋か。中々のセンスだな小牧」
「結構可愛いの選ぶんだね」
まじまじとあおいさんの手を見る大垣さんと志摩さん。
「だ、駄目だったかな…」
褒められているのか怪しい反応に不安を感じる。
初めて家族以外にクリスマスプレゼントを贈ったために、周囲の反応が過剰に気になるのだ。
「ううん、すごく良いと思う」
「だな〜。周りでこういった事してる奴らがいなかったから比較とかは出来ないが、あたし個人としてはいいと思うぞ!」
しかし、その考えは杞憂だった。
よかった。プレゼントって当たりはずれは無いと思ってたけど、喜んでくれるかどうかというのは別な気もするしな。
ふと、安心していると次は斉藤さんと各務原さん、さらには鳥羽先生までも手袋に視線を向ける。
「それじゃあ、これが犬山さんからのプレゼントですね」
「は、はい。そうです」
座っている俺の前に先生が屈む。
「お互いクリスマスに合うプレゼントで素敵ですね」
先生はにっこりと俺ら二人を見て褒めてくれた。
「恵那ちゃんから聞いたけど、手作りなんだよね!すごいよね!」
「ね〜、私だったら作れないもん」
2人もあおいさんがくれたマフラーに賞賛を送る。
なんだか、彼女が褒められるのって自分の事のように嬉しいな。
「斉藤さん達は知ってたんだ。プレゼントの事」
「あきに部室でマフラー編んでたの見られたみたいなんよ」
「みたい?」
「ついさっきまでその事黙ってたんや。お風呂でプレゼントの話になった時に聞いてびっくりしたわ」
「あー、大垣さんならやりそうだね」
その後、大垣さんの提案により、みんなでしばらく動画鑑賞をしたのちに各々テントで寝る事となった。
俺は一人で自分が持ってきたテントに入ると、意外と疲れていたようで、すぐに眠りについてしまった。
疲れを忘れる程に、今日1日のキャンプはとても有意義な時間だった。
「……さむ」
むくりと身体を起こすと、腰から肩が固まっているのが分かった。加えて、寝袋から出ようとすれば、一瞬で温もりが外の寒さに吹き飛ばされる。
慣れない寝袋での睡眠は身体がバキバキな状態で朝を迎えた。
時計は6時を回っている。
昨夜寝る前に各務原さんからキャンプの朝の日の出がとても良いと聞いて早くに起きようと思っていたが、ベストな時間に目が覚めたようだ。
どうやら、まだ外は薄暗い。テント内からでもまだ日が出ていない事が分かった。
テント内で着替えていると、外から話し声が聞こえてきた。どうやら、他のみんなも起きてきたようだ。
先程からジュージューという音と、香ばしい匂いがしているという事は、朝食担当の各務原さんはさらに前から起きていたようである。
「あっ、あらたくん」
テントを出ると、最初にあおいさんが声をかけてくれた。
その彼女の手には昨夜自分がプレゼントした手袋があった。かという俺も、頂いたマフラーを着用して外へ出ている。
「あおいさん、みんなもおはよう」
『おはよー』
皆が囲うテーブルまで近付くと俺以外の全員が揃っていた。
鳥羽先生も昨日あれだけお酒を飲んでいたのに二日酔いにもなっていないようだった。さすがはグビ姉。
そして、テーブルの上には湯気を纏った美味しそうな朝食が既に並んでいた。
「どうぞー、おかわりたくさんあるからねー」
ちょうど各務原さんと、手伝っていた志摩さんの朝ごはんが完成したようで、みんなで手を合わせる。
『いただきまーす』
メニューは玄米ごはんと、焼き鮭に、野菜と納豆の味噌汁。
各務原さんが言うに、「ニッポンの朝ゴハン」なのだそうだ。
さっそく、温かいご飯を口へと運ぶ。
焼き鮭美味っ!
「はぁー、味噌汁あったかー」
「うま!これ昨日のお肉?」
「うん、割り下と生姜で大和煮にしてみましたー」
「鮭と玄米あうなぉ」
「うむ」
朝食のメニューの説明を受けながら次々とご飯を食べ進める。
手が込んだ上に、栄養のバランスも考えられた日本食。どれもすごく美味しい。
「あらたくん。よく眠れた?」
「うん。テントで寝るの初めてだったけど、ぐっすりだったよ。身体が少し痛いけどね」
「私も最初そんな感じだったんやけど、だいぶ慣れたみたいや」
「あたし寒くて途中でカイロ追加したわー」
朝ごはんを食べながらみんなで会話をするのも、食事の楽しみの一つ。
しかも、友人達と朝ご飯を共にするのも初めての体験だった。
「あ、日が出てくるよ」
高原が明るくなり、富士山の蔭から眩しい太陽が姿を現す。
…………。
「まぶし…」
「まぶしいねぃ」
もの凄く景色は綺麗なのだが、日光が眩し過ぎて目を開けるのが厳しい。
それでも、こんな景色は中々お目にかかれない。
「なぁ小牧、今回のキャンプどうだった?」
大垣さんが朝日から視線を外し、俺に聞いてくる。
「うん!すごく楽しかった。みんなと来れて良かったよ」
それもこれも、あおいさんがキャンプに誘ってくれたおかげだ。
「あおいさん、俺にも声掛けてくれてありがとう」
「こちらこそ、一緒にキャンプできて楽しかったで」
「それでな、小牧…」
なにやら言いたげな顔をする大垣さん。
何だろうか。
「よかったら、このままあたしらの野クルに入らないかっ!」
「えっ」
予想だにしなかった言葉に驚きの声が漏れる。
そんな中、全員の視線が俺に集まった。
「えっ!小牧くん野クルに入ってくれるの!?やった〜!!」
「いや、まだ入るって言ってないだろ」
各務原さんが嬉しそうに両腕を挙げるが、志摩さんの言う通り、俺はまだ答えを出していない。
「イヌ子の事とか色々あると思うが、そういうの無しに小牧自身の答えを聞かせてくれ!」
大垣さんの真剣な目。
女子だけの部に男子が入る事はあまり無いだろう。俺自身、誘われない限りは入部の事は考えていなかった。
でもまさか、部長である大垣さん自らに勧誘されるとはな。
「俺は…」
あおいさんの顔を見ると、こちらに気付き、ニコッと笑みを返してくれた。
(あらたくんがどうしたいかどうか。素直に答えればええんやで)
そんな風に言われている気がした。
「俺、今回のキャンプ本当にすごく楽しかったよ。また行きたいなって。一人でじゃなくて、こんな風に思い出が共有できる人達と来たいって」
みんな静かに俺の話を聞いてくれた。
「でも、本当にいいのかな?女子だけの中に俺が入るのって」
俺は、現在野クルのメンバーである3人に聞く。
「いいに決まってるよ!私は賛成!!」
各務原さんが1番に手を挙げて賛成の声を上げてくれた。
「あたしも異論はないぞ」
「私もや。あらたくんが来てくれたら、私はもちろん。みんな嬉しいと思うで」
各務原さんと大垣さんは頷く。
「分かった。…入るよ。むしろ俺からお願いさせて」
深々と頭を下げる。
「俺を野クルに入れてください!」
すると、
「おう!こちらこそよろしく頼むぞ、小牧隊員!」
「やった〜!部員が増えたよ!やったねリンちゃん!」
「分かったって。てか、私は部員じゃないし」
「そっかー、小牧くんは入部するんだ。私はまだ帰宅部辞められないよ〜」
暖かく迎えてくれる歓迎の声があがる。
まさか、キャンプの最後にこんなに良い話しを頂けるとは思ってもみなかった。
「それじゃ、入部届を頂かないとですね。学校が始まったら職員室に来てくださいね」
「あ、はい。分かりました」
鳥羽先生も笑顔でそう言った。
先生には元々、入部の件について聞かれていたし、俺が正式に部に入る事になった事も喜んでくれているようだった。
「っ!?」
突然、正面からの衝撃を受ける。
「あおいさん!?」
ちょっとびっくりしたが、何とか倒れる事なく彼女の身体を受け止める事ができた。
「これからもよろしくな!あらたくん!」
そう彼女は耳元で言いながら、思いっきり両手を広げてぎゅっと抱きしめてくれる。
昨日は、周囲の目があるところでこういう事をするのが恥ずかしいという話をしていたのにな。
俺は彼女の腰にゆっくりと手を回して、優しく抱きしめ返した。
「うん!よろしくね」
そんな俺たちを見ている他の全員は、何も言わず暖かな目で見守っていた。
その後、皆から色々な冷やかしを受けた事は言うまでもなく。