イヌ子さんのホラ吹き。《あの時の嘘、ほんまやで〜》   作:あきと。

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劇場版前のちょっとしたお話。



番外編
「教育実習生」


 

これは少し、未来の話。

 

教育実習に入ってから2週間が過ぎた。

 

大学四年生になると、約1ヶ月の実務教習が設けられる。

いわば、今までの三年間で培ってきた学びを活かす集大成と言うわけだ。

 

「あ!先生ー!」

 

不意に声をかけられて振り向く。

 

そこには、5年1組の生徒2人の姿があった。

 

俺が実習生として、面倒を見てもらっている担当の先生が受け持つクラスの生徒達である。

 

下駄箱付近を通った俺に気付いて声を掛けてくれたようだ。

 

「小牧先生さようならー」

 

「はい、さようなら。気をつけて帰るんだよ」

 

『はーい!』

 

元気良く返事をする男女2人の生徒は手を振りながら昇降口をかけて行く。

俺もそんな2人に軽く手を振ってから再び目的の職員室へと戻る事にした。

 

「小牧先生」

 

下駄箱から移動して、職員室の扉を開けようとすると、名前を呼ばれ立ち止まる。

先程の生徒達とは違い、大人の声だ。

 

「校長先生。お疲れ様です」

 

振り返ると、そこにはこの学校の校長である古畑先生の姿が。

 

「お疲れ様です。どうですか?実習の方は」

 

「とても勉強になります。担当の先生もそうですが、生徒のみんなも元気で優しくて1ヶ月でここを離れるのが勿体ないくらいです」

 

「はははっ、そうですか。それは良かった。早川先生からも、物覚えの良い学生さんだと伺ってますよ」

 

「そんな事は、、」

 

こうして目上の人に褒められると、照れてしまう。

あらたは校長直々のお言葉に内心喜んだ。

 

「おっと、お呼び止めして申し訳ない。それでは私はこれで」

 

「はい」

 

校長先生も職員室の方に用があったのだろう。

扉に手をかけて先に中へと入っていく。

 

俺も続いて職員室へと入り、自分が使わせて頂いているデスクの方へと向かった。

 

「早川先生、頼まれていた荷物理科室に運んでおきました」

 

「おっ、もう終わったんですか。さすがですね」

 

俺の隣に座るのは、教育係として面倒を見て頂いている早川先生。

先程までは、先生からの頼みで明日使う教材を運んでいたのだ。

 

「本当に助かりました」

 

「いえ、他に何か手伝う事はありますか?」

 

「そうですね。では、今日提出してもらった宿題の採点をお願いしてもいいですか?これが答えが書いてある用紙なので」

 

そう言われて、プリントと答えの用紙を手渡される。

 

「それが終わったら、今日は終了という事で」

 

「分かりました」

 

用紙を受け取り、本日最後の課題に取り込む。

 

小学生の問題だけあって、答えの用紙を見なくとも採点ができそうな問題が殆どだ。

だからといって、採点にミスをする訳にも行かないのでしっかりと答えと見比べながら採点を進めていく。

 

じはらくして、残り数人といった所で、早川先生に声をかけられる。

 

「そういえば、ひかりは最近どうです?元気にしてますか?」

 

「はい。この前美術部のコンクールで賞を貰ったみたいなんですよ。今日も部活で遅くなるみたいです」

 

「そうですか。昔から絵を描くのが好きな子でしたからね」

 

そう、何を隠そうこちらの早川先生はひかりやあかりちゃんの小学生時代に担任をされていた先生でもある。

 

偶然にも、俺はそんな2人の母校に、教育実習生として通わせて頂いている訳だ。

初めて世間の狭さを実感している。

 

「早川先生、採点終わりました」

 

そんな世間話をしながらも、採点を続け、与えられた仕事を終わらせる。

 

「ありがとうございました。それじゃあ一応、こちらでも確認しますんで、今日はあがってもらって大丈夫ですよ」

 

赤ペンを記入したプリント等を早川先生へと返却をする。

 

「それではお先に失礼します」

 

俺は帰り支度を済ませて席を立ち、早川先生や他の先生方に挨拶をした。

 

「はい、お疲れ様でした。来週もよろしくお願いします」

 

そうして、学校を後にして職員用の駐車場へと足を運んだ。

高校卒業前に車の免許も取り、今では通学やらバイトの時にも車を利用していた。

 

もちろん、高校から使っていたバイクも家に置いてある。休みの日など、天気がいい日はツーリングにも行っていた。

 

「ん?」

 

車の鍵を開けて座席に座り、バタンとドアを閉めた所でスマホが鳴った。

 

あおい

「あらたくん、今大丈夫?」

 

連絡をくれたのは、犬山あおい。

俺の大切な恋人だ。

 

高校一年の冬から付き合い始め、今でもその関係は続いている。

 

現在、あらたとあおいの2人は同じ教員を目指し、共に地元の大学の教育学部にまで通っていた。

 

まさか2人とも同じ夢を持つようになるとは、付き合い始めた時には想像も付かなかった。

 

あらた

「大丈夫だよ。今ちょうど帰る所」

 

あおい

「よかった〜。私もさっき終わった所なんやけどな。明日休みやし、良かったら夕飯一緒に食べに行かへん?」

 

「夕飯か。そういえば、各務原さんが甲府にお勧めのお店があるって教えてくれたっけ」

 

何日か前に、なでしこからキャンプの写真を送られた際に、新しくできた飲食店の情報をもらった事を思い出す。

 

あらた

「了解!それじゃ、俺の車で行こうよ。一旦家に帰ってから出掛けるって事でいいかな?」

 

あおい

「賛成〜。ほな、また後でな〜」

 

そうしてスマホの画面を閉じ、車を自宅に向けて走らせた。

 

◇◇◇◇

 

 

一度家へと帰り、スーツから普段着に着替える。

 

実習が始まった事で、着慣れないスーツを着る機会が増えた。

高校までの制服とは違い、汚れや皺が付かぬよう気づかう点が多く、正直少し面倒だ。

 

しっかりとスーツをハンガーにかけてから、再度出掛ける用意をする。

 

今日は両親共に仕事でまだ帰ってきてはおらず、家には誰も居なかった。

 

一応、置き手紙をリビングのテーブルに残し、玄関へ。

 

すると、

 

「あ、お兄ちゃん。ただいま」

 

ちょうど靴を履いていたところで、玄関の扉がガチャリと開き、妹のひかりが帰ってきた。

俺たちが通っていた本栖高校の制服に身を包んだひかりは、そのまま靴を脱いで家に上がろうとする。

 

「あれ?どこかにお出掛け?」

 

最近はスーツで出掛ける事が多かったあらたが、私服で家を出ようとしている事に気づいたひかりが言った。

 

「うん。これからあおいと」

 

「あおいちゃんと?デート?」

 

「デートっていうか、普通に2人で夕飯食べてくるだけだよ」

 

「お兄ちゃん。それは世間ではデートっていう」

 

「……それもそうだな」

 

「鈍感」

 

あおいとの関係が長年続き、昔に比べデートというものを過剰に意識する事は無くなっていた。

 

子供の頃とは違い、ぼーっとする事が少なくなったひかりは、もっともな発言をする事が増えた。

当たり前といえば当たり前の事だが、兄としてはちょっとだけ寂しい。

 

「とりあえず、今夜は俺の分の夕飯はいらないから」

 

「うん、お母さんには私から言っておく。楽しんできてね」

 

「それじゃ、いってきます」

 

にっこりと笑い見送る妹に、昔の面影を感じる。

 

成長しても、変わらないものはある。

 

 

車を自宅からあおいの家の前に移動させて、待つ事数分。

スマホを操作していると、車の窓ガラスを軽くコンコンとノックされる。

 

顔をあげると、そこにはいつも大学に行く時や出かける際によく見るシャツにロングスカート姿のあおいが立っていた。

 

「あらたくん、おまたせ」

 

「お疲れ様。あおい」

 

車の窓越しに、助手席に座るよう促す。

 

「やっぱりあらたくんも着替えたん?」

 

「うん。スーツのままだとちょっと息苦しい気がして」

 

「ほんまそれなー。肩とか凝るもんなぁ」

 

それはスーツだけのせいではないような。

チラッとあおいの方を見る。

 

「どうかしたん?なんか変?」

 

視線に気付いたあおいは、どこかおかしな所が無いかと服を確認する。

 

「ううん、そんな事ないよ。いつも通り可愛いと思う」

 

「……それ、実習の時とか他の女の人に言うてへんやろな?」

 

「えっ、言ってないよ」

 

「そう?ならええわ」

 

それを聞いて、何故か上機嫌なあおい。

 

「あらたくんカッコええから、たまに心配になるんよ」

 

「それなら俺だって、あおいが他の男に言い寄られたりしてないか心配だよ。高校の時だって何人かに告白されたって言ってたじゃん」

 

「それはあらたくんもやろ?バレンタインデーの時とか凄かったやん。それに私はちゃんと断ってたし」

 

「俺だってチョコとかは受け取れないって返したり断ったりしてたよ」

 

「……」

 

「……」

 

お互いに言ってて少々恥ずかしくなる。

いつまで経ってもこの空気感だけは慣れない。

 

しかし、互いがどれだけ想っているのかは、それ以上言葉にせずとも分かった。

 

「そ、それより、夕飯どこで食べよか」

 

あおいが先に沈黙を破り、話題を変える。

 

「前に各務原さんから甲府の方に新しい飲食店教えてもらったからさ、そこなんてどうかな?」

 

「なでしこちゃん?あぁ、この前のソロキャンの写真送ってもらった時にそんな事言うてたなぁ」

 

どうやら、他のメンバーにも連絡をしていたらしい。

 

「ほなそこにしよか」

 

「それじゃあ、しゅっぱーつ!」

 

「おーっ!」

 

◇◇◇◇

 

「ごはん美味しかったなぁー、あらたくん」

 

「そうだね。メニューも豊富だったし、また行きたいね」

 

「せやね」

 

夕食を終えた2人は、あらたの運転で帰りの道中にいた。

 

「そういえば、そっちの実習はどうなん?」

 

窓の外を見ていたあおいがこちらを向いて聞いてくる。

 

「うん。楽しいよ、やっぱり色々勉強になる」

 

「早川先生が担当や言うてたよな」

 

「そうそう。優しくていい先生だよね」

 

俺が実習を受けている小学校があかりちゃんの母校という事は、昔からこっちに住むあおいにとっても同じ母校なのである。

 

その当時から早川先生は長年勤めているのだそうだ。

 

「あおいは?学区的には隣の小学校だけど、やっぱり雰囲気とか違うの?」

 

信号が赤になり、車を停車させる。

そして、こちらも同じ質問を投げかけた。

 

「うん。クラスも少ないし、生徒数もそこまで多く無いから落ち着いた雰囲気やと思う。教育担当の先生も優しいできるお姉さんな感じやな」

 

「そっか」

 

俺が早川先生に指導して頂くのと同じように、あおいも同性の先生から、色々と教えてもらっているようだ。

 

2人は、大学を卒業する年になり、本格的に将来について話す機会が増えてきた。

 

車を走らせながら、話を続ける。

 

「あおいは、こっち方面での就職希望?」

 

「うん。やっぱり地元が1番やし、実家から通えたらベストやなって。あらたくんは?」

 

「俺もこっち希望かな。最悪でも山梨県内であれば嬉しいんだけど」

 

「お互いどうなるか楽しみやな」

 

互いに期待を膨らませる。

 

俺個人としては、あおいと離れて遠キョリになるのだけは避けたい。

 

「あとは、卒業論文の事とかも考えんとな」

 

「そうだね。実習が終わればそっちに集中しなくちゃいけなくもなるし」

 

現状2人の成績であれば教員免許の取得は難しく無いところまで来ていた。

単位もすでに殆どが取れており、残すは大学4年の必修科目のみ。

 

「そういえば、小学校の生徒さんとかはどう?あらたくん身長も高いし、人気あるんやない」

 

あおいの言う通り、俺は高校から身長が伸び、付き合った当初同じぐらいの身長だったあおいとの差は、今や10センチ以上となっていた。

 

「どうだろう。でも、一緒に遊んだりお話も沢山してくれる生徒も多いから嫌われては無いと思う」

 

「相変わらず消極的やなぁ」

 

「そう言うあおいはどうなの?子供達に変な嘘吹き込んだりしてないよね?」

 

「そんな事せえへんよ。嘘つくのはあらたくんだけで十分や」

 

「なんでだよ」

 

冗談や。と笑いながら言うあおい。

 

ほんとそう言う所は昔から変わらないなこの子は。

 

「でもそっか。楽しんでるんやなぁ」

 

ふぅ、と息を吐いた彼女の様子を見て違和感を覚える。

 

「もしかして、何かあった?」

 

「え、なっ、なんで?」

 

あおいは驚いた顔をする。

この反応は、やはり何かあったのだろう。

 

本人もそんな事を聞かれるとは思っていなかったようだ。

 

「彼氏として側に居るようになって何年経ったと思ってんの。それくらい分かるよ」

 

俺はそんな彼女に笑みを浮かべて言った。

 

「悩みって程の事やないんやけどな」

 

「俺で良ければ聞くよ。どんな些細な事でも。俺だっていつもあおいには助けてもらってばかりだ」

 

上手くいかない時、困った時。いつもあおいは俺の話をちゃんと聞いてくれて、側にいてくれた。

だから、俺もそんな彼女からの相談も真剣に一緒に考えるし、力になりたいと思ってる。

 

「だから、話してみなよ」

 

「……あのな、」

 

そうして、ゆっくりとあおいは話し始めた。

 

事の発端は、あおいの実習先の数人の生徒にあるようだ。

どうやら、あおいの事を先生と呼んでくれないらしい。

 

「他の子らはな、ちゃんとあおい先生とか犬山先生って呼んでくれるんやけど、何人かは呼んでくれないんよ」

 

実習生とはいえ、学校内では先生として扱われる。

そのため、職員の先生方や生徒からも名前に先生を付けて呼ばれるのが普通の事なのだが、それがあおいの悩みの種らしい。

 

「ちなみになんて呼ばれてるの?」

 

「…あおいちゃん」

 

「あー、…なるほどね」

 

正直、ちょっとだけ生徒の気持ちも分かるような気がした。

 

「どないしたらええんやろうか。先生として頼りない言う事なんやろか」

 

「そんな事は無いと思うよ」

 

「どうして?」

 

なぜ断言できるのか不思議そうに首を傾げるあおい。

 

「俺もさ、中学の時とか小学生の時に、俺たちみたいに教育実習生の人が来た事あるんだけど、やっぱり先生達と比べても生徒側と歳が近いのもあるし、接しやすいと思ってたんだよね」

 

現に当時俺の周りでも、実習生の事をちゃん付けだったりあだ名を付けて呼んだりする事もあった。

もちろん、先生っぽくないとか、そういう事ではない。親しみやすさの意を込めて、そう接する生徒もいるというわけだ。

 

だから決して、頼りないとかそういう話ではないと思う。

 

ただ、いざ自分がなってみると不安に感じてしまうのは確かなこかもしれない。

 

「そういうもん、なんやろか」

 

「前向きに考えてみようよ。それは心を開いてくれてる証拠だと思うよ。別に言う事を聞かない生徒達って訳でもないんでしょ?」

 

「…そやな。いい子達やと思うで」

 

「なら、きっと大丈夫だよ。まぉ、式典とか礼儀作法が関わる行事とかだと、ちゃんと先生って呼ぶように注意しなくちゃいけない事もあるだろうけど」

 

あまりにもあだ名呼びが多くなってしまうと、変な癖が付いてしまう恐れもあるので適度な配慮は必要だと思う。

そこらへんの基準が難しい。卒業論文に取り上げても良さそうなくらいの議題だ。

 

「なるほどな〜。考えてみると色々な意味があるんやね」

 

「っと言っても、あくまでこれは俺の意見に過ぎないわけだけどさ。でも、あおいが頼りないとかそんなんじゃないって事だけは言い切れる」

 

真剣な面持ちで彼女に向かって言う。

 

「だから、自信持って。あおい先生」

 

俺の言葉を聞いて安心したのか、落ち込んだ雰囲気の表情から、明るさが戻ったのが分かった。

 

「うん。まだ二週間近く残っとるし、先生って呼んでもらえるよう頑張ってみる」

 

「その息だよ!」

 

「話聞いてもろて、なんやスッキリしたわ〜」

 

両手を上げて伸びをする。

その姿を見て、俺も一安心する。

 

「ありがとう」

 

「ううん。あおいは笑った顔が1番だから」

 

「ほんま、いつもありがとう。大好きやで、あらたくん」

 

それを聞いて危なくハンドルが誤作動を起こしそうになる。

なんとかそれを耐え、引き続き安全運転を遂行する。

 

珍しく気持ちを言葉にしてくれた事が、何より嬉しかった。

 

「顔赤いで?」

 

「そんな事ない」

 

脇見できないので本人も赤くなっているのではないかと考えたが、確かめられないので、なんだか悔しい。

実際、自分の顔が紅潮しているのは分かっていたので、強く否定する事は出来なかった。

 

 

「せめて、名前やのうて苗字でもええから一度は先生って付けて呼んでもらえたらええな」

 

それを聞いて、俺は一つ思うところがあった。

 

「苗字だと、これから先不便になるかもしれないな」

 

「どうして?」

 

「だって、いづれは同じ苗字になるんだし」

 

「えっ、それって…」

 

それはいつになるかまだ分からない。

だけどそれは、そう遠くない未来の話。

 

「ほんまあらたくんは……」

 

その後も、たわいもない話をしながら、2人で楽しく帰路へとついた。

 

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