イヌ子さんのホラ吹き。《あの時の嘘、ほんまやで〜》 作:あきと。
「きりたんぽ?」
「そ、夕飯はきりたんぽ鍋だ」
夕飯の買い出しに向かう途中、献立について話していると、大垣さんが事前に考えていたものを口にした。
「北国で親しまれてる鍋だし、寒い山中湖にピッタリだろ?」
きりたんぽ……。久しぶりにその名を聞いた。
聞き馴染みのある名前に、親近感をあらたは覚える。
「私、きりたんぽ食べた事ないんだよね」
「私もやー」
「私もー」
「あきもないんかい」
「ぐへへへ」
なんと、ここにいる自分以外の三人は食べた事がないらしい。
「あらたくんは東北に住んどったから、食べた事あるんやない?」
「うん、あるよ」
「小牧くん、東北に住んでたんだっけ?」
「なっ! 余計にピッタリだろ? 頼りにしてるぞ小牧!」
「いや、俺食べた事はあっても知識はないんだよ……」
変に期待されても良くないので、素直にあらたは答える。
「ははっ、冗談だって。私が調べてきたから大丈夫だ」
「それならいいけど……。てか、本当に三人とも食べた事ないの?」
「「「こくん」」」
三人揃ってそれに頷く。
東北育ちのあらたにとって、頻繁に食べる物ではないとはいえ、食べた事がないという発言には驚きを隠せないでいた。
「あらたくんもこっちに来るまでは、ほうとう食べる事なかったやろ? それとおんなじや」
「確かに言われてみればそうかも。そっか、なるほど」
そう言われて納得がいった。
【ほうとう】
山梨県の郷土料理、ほうとう。収穫した麦をめんにして、季節の野菜といっしょにみそで煮こんだものを言います。
ほうとうは前に、あおいと二人で食べに行った事がある。
その時が、俺に取って初のほうとうで、もちもちしていて美味しかった事をよく覚えている。
「ありがとう。なんだか、名産品について実感させられた気がする」
「郷土料理は、そういうものなんよ」
まるで学校の先生に教えられたかのような気分になったあらたは、あおいに感謝を伝える。
「ところで、きりたんぽってスーパーで売ってるの?」
夕飯について、斉藤さんが話を戻した。
言われてみれば、三人が食べた事ないという事は、この辺りには売っていないという事なのかもしれない。
「俺の地元でも、季節によってって感じだったなぁ」
「ふふ、甘いぞ恵那、小牧。信長が良く言ってるだろ?」
「の、信長?」
なぜそんな歴史上の人物が突然出てくるのか、分からないまま聞き返す。
「『無いのなら、つくってしまえ、きりたんぽ』だ!!」
「言ってない言ってない」
歴史を改変するような一言に、斉藤さんが笑顔で答えた。
【きりたんぽの作り方】
①ご飯をすりつぶし
②塩水を軽く塗りつつ、串に巻きつけ
③フライパンなどでコゲ目がつくまで焼き\あつい!/
④串から外して適当に切ったら完成です。
△ △ △ △
「鍋に使う野菜だと、この辺かな」
「えーと……」
山中湖付近にあるスーパーHAGINOにて、四人は夕飯に向けて買い出しを始めた。
「にんじん•ごぼう•セリ•まいたけ•長ネギ……」
「以外と多いな。皮剥きとか大変そうだけど、大丈夫かな」
「野菜は下ごしらえしてきた方が良かったんやない?」
買い物かごを持ちながら、隣を歩くあおいが大垣さんの方へ振り返る。
「あー、それな」
すると、ある冷凍食品を手に取って見せてきた。
「これを使うんだよ」
「豚汁の具?」
よく見れば、パッケージにはそう書かれていた。
受け取った斉藤さんが、パッケージの裏を見て内容物を読み上げてくれる。
「ごぼう、にんじん、大根、椎茸、長ネギ……」
「ホンマや、殆どの具材が被っとるな」
「だろー」
大垣さんが自慢げな顔で胸を張る。
「こんな便利な方法があったなんて」
「やるねあきちゃん」
「ていうか昨日、なでしこに教わったんだけどな」
「なんやー、なでしこちゃんかー」
大垣さんのお得な情報の発信源は、各務原さんだったようだ。
その証拠に、その時のチャットの画面を見せてくれた。
【なでしこ】
『きりたんぽは、そのまま焼いてもいいけど、ごま油で焼くともっとおいしいよ!(*´꒳`*)』
『あと、きりたんぽ鍋のスープはしょうゆ味もいいけど。ごま豆乳スープもまろやかでおすすめです!!*\(^o^)/*』
『あ、セリがなかったら三つ葉でもOKだよ。それと鳥むね肉は固くなるから、もも肉とかつくねがいいかもー』
『そうだ! とろろも入れて、ごま豆乳とろろきりたんぽ鍋ってよくない!?(*゚∀゚*)』
とても詳しく書かれた各務原さんからの、鍋情報。
「……情報量すごいな。ネットのレシピを見てるみたいだ」
「なでしこちゃん鍋スキル高いなぁ」
「さすが『鍋しこ』ちゃん!!」
【鍋の妖精 鍋しこちゃん!】
「よし、鍋しこを嫁にしよう」
「「「!?」」」
各務原さんの鍋スキルに感心していると、大垣さんが急にそんな事を言い出した。
「駄目だよ、あきちゃん。鍋しこちゃんを嫁にするのは私だ!!」
それに乗っかるように、拳を握りしめて何かを決意したような斉藤さん。
「え? 何? よめ?」
「二人とも、何の話?」
そんな二人に、あおいとあらたは困惑の表情を浮かべる。
「だったら鍋しこは、みんなの嫁にしよう」
「よし」
何が「よし」なんだ斉藤さん。
そして、俺たちは一体どうすればいいんだ。
「そんで、うまい鍋食べ放題するぞー」
「「えいえいおー」」
なぜか「鍋しこちゃん」トークに花咲かせる二人に手を引かれ、四人で円陣を組み天井に手を掲げる。
「何やこれ」
「周りの目が痛いんだけど」
方向性の分からない茶番の後、斉藤さんの提案で「ワカサギの天ぷら」も食べてみようという事になり、それに向けた準備を整えてから、再びキャンプ場へ向けてバスに乗った。