イヌ子さんのホラ吹き。《あの時の嘘、ほんまやで〜》 作:あきと。
「いらっしゃいませー!」
引き戸を開けると、元気な声が。
「おっす、なでしこー。来たぞー」
「あっ! みんなー!」
目的の蕎麦屋さんへ入ると、赤色の和装に身を包む各務原さんが出迎えてくれた。
これがこのお店の制服なのだろう。頭には三角巾も着けていて、これぞ和食の店員さんと思わせる格好だ。
「なでしこちゃんお疲れ様」
「お邪魔します。各務原さん」
合流した千明と共に、四人で店の中へと入る。
俺たちの後ろから、ひょっこりとあかりちゃんも顔を出した。
「なでしこちゃん久しぶりー! 天ぷら食べに来たでー!」
「あかりちゃーん! 久しぶり!!」
なでしこと、元気なあかり。活発的な二人は気が合うのか、とても仲が良さそうに見える。
「ねぇ、あおい。あかりちゃんと各務原さんって面識あったんだ?」
「うん。あかりが私のフリして学校に来た事があってなぁー。あと、みんなでリンちゃんの真似もしたんよー」
「え、何それ。どういうこと?」
詳しくは、『イヌイヌイヌ子さん』をチェックだ!
「こちらの席にどうぞー」
慣れた動きで、なでしこは四人を案内する。
人当たりが良い各務原さんに、接客業はピッタリだよな。
バイトを探してた時も、やってて楽しい仕事がしたいと言っていたけど、上手くやれていそうでなによりだ。
「はい。こちらお水です!」
ただの水なのに、料理の一品かのように言う。
「各務原さん、仕事にはもう慣れた」
「うん! 美味しそうな料理ばかりでお腹が空いちゃう時もあるけど、すごく楽しいよ!」
笑顔で楽しそうな表情を見せるなでしこ。
若い学生さんが相手だと、自然と笑顔になるお客さんもいるだろうが。彼女くらい、明るいアルバイターがいると店内もより活気が尽きそうだ。
しかし、食べ物が大好きな彼女からしたら大変な時もあるようだ。
「それで、みんな今日は何にする?」
「なでしこちゃん! 私、大海老天重セット!」
「おー! いいねぇ」
「あかり、半分この約束やろ? 」
「早えーなチビイヌ子。といつつ、私もそれで」
「俺も、同じのを」
「はーい」
「なでしこちゃん、私とあかりは一緒で取り皿貰えると嬉しいわ」
「はい。大海老天重セット三つですね。注文承りました!」
そして、各務原さんはキッチンとを隔てるカウンターに注文用紙を提出しにいく。
「小牧くんも、今日は休みだったんだねぃ」
「うん、あおいに誘われてさ。俺も来てみたいと思ってたし」
「ここの海老天重はね、お頭付きでボリューム満点で美味しいんだよ! 甘いタレがお米にも染みてて、これも最高だよ!」
なでしこが、先ほど注文した物について四人に説明をする。
メニュー表に写真が載っていたが、より食欲をそそられる。
「くぅー、めっちゃお腹が鳴っちまう!」
「楽しみやわー。せや、なでしこちゃん」
「なぁに? あおいちゃん」
「ソロキャン行くって言うてたやろ。いつ行くかは決めたん?」
「ふふっ、来週行こうと思ってるんだ。バイト休みだから」
どうやら、来週は各務原さんもキャンプに行くみたいだ。事前にソロキャンへ行くという話は聞いていたが、いよいよ実行に移すらしい。
「ソロって事は、一人で行くんだよね。各務原さんはどこへ行くの?」
「実は、まだ決めてないんだよね。初めてのソロキャンだから、どこにしようか迷ってて」
「そっか、実は俺たちも来週行こうと思っててさ。まだ決め兼ねてたんだよね」
「へー! 小牧くんも!!」
結局、行く日程は決めたが未だ場所は未定だ。
「なに! 小牧もキャンプに行くのか。私聞いてないぞ!」
「ついさっき、行くって決まったからなぁ」
「なにっ!? イヌ子まで! いやまて、お前らもしかして二人でキャンプに行く予定立ててたんじゃないだろうな!?」
「駄目なん?」
「お、お前ら…! あたしがバイトしてる間に……」
千明は衝撃の事実を知ったような表情をして、肩をわなわなと震わせる。
「なでしこはソロキャン。イヌ子たちは、ラブラブキャンプに行くだとー!!」
「ラブラブて。ええやんか別に。付き合うてるんやから」
「くっ、普通に言い返せねぇ。このリア充どもめ!」
「わー! 二人ともデートキャンプだね! いいないいなー!!」
渋い顔で俯く千明と対照的ななでしこ。
「各務原さーん。ちょっと手伝ってー」
「あっ、はーい。ちょっと行ってくるね」
そんななでしこは、途中でお店の人に呼ばれて一度席を外す。
「あ! なでしこ!! 私を置いてかないでくれ!」
「大垣さん落ち着いて」
「そうやであき。キャンプならこの前山中湖にも行ったやんか」
悲しみを共有しようとした相手に逃げられる大垣さん。
確かに、一人だけバイトっていうのは可哀想だけど…。あれ? そういえば年始にも似たようなことがあったような。
「くっ…!」
「ごめん大垣さん。隠すつもりはなかったんだけど、元々二人で行こうって、前から話してたんだ」
「小牧……」
「あらたくん。そんな真面目に相手にせんでも大丈夫や。あきがこんな風になるのはいつもの事やろ?」
「ま、まぁ。それは、そうなんだけどさ」
あからさまにショックを受けたような大垣さんに、何か言葉をかけずにはいられなかったのだ。部活で行くって言うよりは、俺とあおいで個人的にキャンプに行くつもりだったからな。寂しい思いをさせてしまったのかもしれない。
「ふっ、心配するな小牧。構わず私の屍を超えて行ってこい! イヌ子とのキャンプ、楽しんで来るんだぜ」
なんかめっちゃ良い顔で親指を立てているのだけど、あおいと二人でキャンプに行くのがそんなに大層な事なのだろうか。
「そして、思う存分イチャコラしてこい!」
「う、うん。ありがとう?」
「もう爆発しちまえ!」
「えぇ……」
所々物騒な単語が飛び交っているが、これは送り出してくれていると思って良いのだろうか。
「別に、イチャコラするだけが目的だけやないで? キャンプや言うとるやん」
あ、イチャコラは確定なのね。やぶさかではないけどな。
「だってよー! カップルがキャンプに行って何もないわけねーじゃねーか! 夜な夜な星を見ながら愛を語り合ったりするんだろ!?」
「そんな大袈裟な。ついさっき楽しんでこいって言ってくれたのに…」
「完全に酔っ払った面倒くさいおじさんみたいになっとるな」
「そして、キャンプの終わりには二人で熱い口づけを…!」
「な、何言ってるの大垣さん!」
「そうやであき。だって、……まだちゃんとしたキスはしてもろてへんもん」
「あおい!?」
あおいは限りなく小さな声で、しかし俺の耳には届くその声でそう言った。
俺たち以外にお客さんが居ないのを良い事に、この二人はなんて事を口走っているんだ。
「……」
高熱にでもなったかのように顔が熱い。
確かに、抱きしめ合ったり彼女の頬にキスをしたり。そんなスキンシップはあったけど。あおいの言った通り、まだ口同士での口づけをしたことはなかった。
付き合ってから早数ヶ月。初めての彼氏彼女という関係に、戸惑いながらも大切に過ごして来たつもりだ。あおいとは、恋人として清い関係を築いていきたいと思っていた。でも、もう一歩進んでも良いかもしれない。
歩んでいく早さは人それぞれかもしれないけど。そろそろ…いいのかもな。
「あおい、俺さ…」
「私だってな!」
「!?」
あ、危なかった。情に流されて、恥ずかしい事を口走るところだった。
そんな俺を大垣さんの嘆き声が断ち切る。
「私だって、良い相手がいたら恋愛したいってんだチクショーめ!」
うぅ…っ」
「お、大垣さん……。もしかして泣いてるの?」
「泣いてないわ! 私をナメるなよ小僧!」
「どのタイミングでキレとんねん」
そう言うけど、大垣さんの目尻には涙が浮かんでいるんだよな。
すると、ずっと話を聞いてたあかりちゃんが口を開いた。
「あ! 分かったであきちゃん。あおいちゃんに彼氏がいるのが羨ましいんやろ?」
「ぐっ、……そうだよ! 悪いかチビイヌ子!!」
あ、あかりちゃん。子供だからって、容赦ない。
「にーちゃんカッコええもんな。それにすごく優しいし。あきちゃんもええ彼氏見つけんとな!」
「チビイヌ子だって彼氏いないくせに! 生意気な!!」
「だってまだ小学生やもん。当たり前や」
あかりちゃんがもし、彼氏を連れて来たらちょっとショックかもな。保護者的な意味で。
「うぐっ……。私だって、私だってなぁ」
「大垣さんは、俺たちが二人でキャンプ行くの反対なの?」
「いや、まったく。むしろ応援してる」
ケロッと千明が普通の表情で即答する。
「え、だってあんなに嘆いてたのに」
「それはまぁ、ノリってやつだよ。こういう展開の方が面白いだろ? で、どうだった私の演技」
「演技?」
演技って。某シンデレラガールズの本田未央じゃないんだから。急に演技みたいなことを始めないで欲しいものだ。
あの子、確か急にソロデビューするって言い出して演劇に出演したんだよな。……て、俺は何を言っているんだ。
あらたは、分かる人にしか分からないアニメネタを脳の片隅にしまい込むのだった。
「言ったやろ、あらたくん。いつもの事やて」
「うん……」
確かに、今の一連の流れは思い返してみるといつもの悪ノリだった。
それにしてもおかしい。うちの部員のホラ吹きは一人の筈だったのにな。
『うそやでー』