イヌ子さんのホラ吹き。《あの時の嘘、ほんまやで〜》 作:あきと。
どちらにせよ、あおいとは恋人同士だから。ちょっとくらいのイチャイチャは許してもらいたいものだけど。まぁ、いいか。さっきまでのが演技なら。
「お待たせしましたー! 大海老天重セットになります!」
と、そこでなでしこが、元気な声と共にお盆に乗せた料理を持ってくる。
タイミングが良いのか悪いのか、大海老天重が美味しそうな香りを振り撒いてやってきた。
サクサクに揚げられた海老に、タレがかかっており隙間からタレが染みた米がのぞく。そして、それを囲むような汁物とセットのお蕎麦。これは間違いなく美味しいだろう。
「ごくり…。まじで旨そうだなぁ……」
同じ事を思っているのか、千明の目。いや、眼鏡が海老天に釘付けになり喉を鳴らす。
頭を振って話を戻そうとするが、目線は海老天重に向いたままだ。
「ぐうぅぅぅぅ」
それに、大きなお腹の音までなっている。
「腹が減っていてはなんとやら。まずは腹ごしらえにすっか」
「単純やな」
「あおい、聞こえちゃうから」
幸いにも、千明の視線は海老天に向いたままだった。
「美味しそうだねぃ」
「だなー」
そう言い張る大垣さんの隣からじーっと海老天重を見つめる各務原さん。
「って、これは私らの海老天重だぞ。なでしこ」
「はっ! ごめんごめん」
「大丈夫かお前。間違って客の飯食ったりしてないだろうな」
「さすがにそんな事はしないよぅー」
「ほら、大垣さん。先に食べなよ」
「い、いいのか!?」
あらたの一言に、千明は過剰な反応を示す。
この食いつき様。やはり、余程食べたかったようだ。
「じ、実はよー。朝から何も食ってなくてもうお腹ペコペコだったんだわ。けど、本当にいいのか?」
「もちろん。あかりちゃんも良い?」
「にーちゃんの頼みならしゃーないな。今日はあきちゃんに一番乗り譲ったるわ」
あかりも情けをかけて、あらたの問いに頷く。
先に来た一つのセットが、千明の目の前に揃えられる。
「お、お前ら……」
「ほら、あき。割り箸や。落ち着いて食べるんやで」
せめてもの償いとして、最初の一口目を大垣さんに譲る事に。
「ふっ、もう皆まで言うなイヌ子。安心しろ、お前らが留守にしている間。野クルの平和は私が守ってやんよ!」
「さすが部長!」
「調子のいい奴やでほんま」
「まぁまぁ」
「てなわけで、戴きまーす!!」
さっきまでの悲しみ(演技)が嘘のように、目をキラキラとさせる千明。完全に、脳内の天秤が一気に食欲へと傾いた。
「なんだこれ! うんめーっ!! この海老天重があれば、なんか私も素敵な出会いができそうな気がして来たぞ!」
「それ海老天重は関係ないやろ」
「お腹が膨れて幸福感が芽生えたのかなぁー」
千明が決意したように、拳を握って高くあげる。
「その意気やで、あきちゃん! わたしも応援しとるで!」
「おう! チビイヌ子もたまには良いこと言ってくれんじゃねーか!」
「せやったら、お小遣い頂戴。あきちゃん!」
「って、そっちが目的か貴様ー!」
「きゃー!」
でも、せっかくならまたみんなでキャンプしたいよな。俺が初めて参加したクリスマスキャンプも賑やかで楽しかった。
「……ねぇ、俺から一つ提案なんだけど。いいかな?」
あらたは、千明に向かって小さく手を挙げる。
野クルの一員として、一つ希望を出してみよう。
「もぐもぐ……。なんだ?」
「グループキャンプも近いうちにするのはどうかな」
「ん? グルキャン?」
「そう。せっかくなら、野クルだけじゃなくて。志摩さんと斉藤さんも誘って、またみんなでどっかでキャンプしようよ。ちゃんとそっちも予定立ててさ」
って、男の俺が女子の名前をあげて提案するのはなんだか違和感を覚えるが、提案としては悪くないと思いたい。
「入部したばかりの、下っ端の意見だけど。どうかな?」
「いいねそれ! 私も行きたい! みんなでやろうよグループキャンプ!」
あらたの意見に、一番食い付いたのはなでしこだ。
しかし、千明の顔も雲が晴れたように明るい表情になる。
「それは、良い考えだな! よし、またみんなで計画立てようぜ!」
よかった。大垣さんも嬉しそうだ。
「あらたくん、さすがやね」
「実際、大垣さんだけキャンプに行けないのも可哀想だからね」
こっそりと耳打ちしてくれるあおいに、あらたも小声で返す。
「はーい、残りの二つもお待ちどうさまー!」
「うはーっ、やっと来たで! あおいちゃん! 食べてええ? なぁなぁ」
「もう。分かったから少し落ち着き」
次回のグループキャンプの話題になりながらも、追加で運ばれてきた大海老天重を頂きながら、話に花を咲かせていく。
大海老天重は、予想よりも何倍も美味しかった。今回だけでなく、また機会があれば食べてみたいほどに絶品の料理だった。