イヌ子さんのホラ吹き。《あの時の嘘、ほんまやで〜》   作:あきと。

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第三十六話 「新たな一歩?」

 

「ライターを使う事に変わりはないんだけどさ。松ぼっくりじゃなくて、この薪を使ってみよう。これなら、いつもと違うつけ方だし」

 

 

【フェザースティック】

細かく割った薪の表面をナイフで薄く削り毛羽立たせ、着火しやすく加工したものです。

 

「へぇー、こういうやり方もあるんやね」

 

「志摩さんが教えてくれたんだ。磐田のキャンプ場でやってみたら、とても火がつきやすかったんだってさ」

 

「年末にソロキャンした言うてた場所やね。さすがリンちゃんや。物知りやね」

 

あおいは小さく笑う。あらたに気を遣わせてしまったと思っているようだ。

 

「あおいも一緒に作ってみようよ。きっと、一本じゃ足りないだろうからさ」

 

「うん、わかった」

 

あおいに差し出した薪を彼女は受け取る。

 

「最初は俺から。まぁ、俺も作るのは初めてなんだけど」

 

カバンから小型のナイフを取り出して、ファイヤースターターと同じく擦り合わせるようにして薪を削り始める。

同じ作業を薪の周囲一周分繰り返す。すると、削れた薪の樹皮がめくれてまるで華のような形が先端部に現れた。

 

「……うん、こんな感じかな。確かに燃えそうだなこれ」

 

「彼岸花みたいで綺麗やね」

 

「確かに。じゃあ、次はあおい。やってみて」

 

「うーん。上手にできるやろうか」

 

あおいも同じように木の表面を削っていく。

刃物を扱うから注意しとこうと様子を見ていたけど、その心配は無さそうだな。

その表情は真剣そのもの。熟練の技士さんが作業をしているかのようだ。

 

「……ふぅ、出来た。これも楽しいなぁ」

 

「上手い人は、手の凝ったものも作るんだって。それにしても、あおいは作るの上手だね」

 

「そう?」

 

「うん、俺のとは大違いだ」

 

「あらたくんのだって綺麗やで?」

 

「ははっ、それならよかった。さっそく使ってみよう」

 

焚き火をするように薪を設置していたあらたに促される。

 

「なぁ、あらたくん。私、あらたくんが作ったスティック使ってもええ?」

 

「もちろんいいよ。じゃあ、俺はあおいのを使うね」

 

彼女の提案で、互いのスティックを交換する。

 

あおいが使うなら、もう少し丁寧に作ったんだけどな。

 

そんな気持ちになりながらスティックを眺めていると、もう一方のフェザースティックの先端が寄ってきて、あおいはそれを写真に収める。

 

「一緒に作ったスティックのツーショットや」

 

「みんなに送るの?」

 

「それもあるんやけど、せっかくの思い出やからな」

 

あおいがスマホをしまうのを確認してからライターでフェザースティックに火をつける。

 

ボウッ!

 

二つのフェザースティックに火が灯った。

 

「じゃあ、いくよ」

 

せーので、二人は火のついたフェザースティックを薪の中へと添える。すると、微かな火が火種となり燃え始めた。

 

パチパチパチ……。

 

木の弾けるような焚き火独特の音が聞こえてくる。

 

「綺麗やのに、燃やすの勿体無いわぁ」

 

「また作ろうよ。俺も、次はもっと上手くできるように頑張る」

 

転がったままの松ぼっくりも投入して火を強めていく。

 

「おぉ、本当に付きやすいんだ。あっという間だ」

 

気がつけば、焚き火と呼べるくらいには火が大きくなっていった。

ここまで来ると、火がついた興奮というよりも安心の方が強い。

正直、もう焚き火が必要ないくらいには体はポカポカだけど、良い経験になった事に違いない。

 

「あらたくん、お疲れ様」

 

「あおいの方こそ、お疲れ様。手、大丈夫だった?」

 

「ちょっと疲れたけど。問題ないで」

 

「それなら良かったよ」

 

あおいは、一緒に作った焚き火に掌を向かせる。

 

「あったかー……て、私もあらたくんも、もう上着脱いどるけどな」

 

「ははっ、すっかり暑くなっちゃったね。けど、すごく達成感があるよ」

 

あらたも少し疲れたのか、全体重を預けるように椅子へと座り込む。

そんな彼を見たあおいは、すぐにこちらを向いて申し訳ない顔をする。

 

「どうかした?」

 

「ごめんな。あらたくん」

 

「えっ、なんで謝るの」

 

「だって……。迷惑かけてしもうたから」

 

「全然気にしてないよ。それに、あおいと頑張って作った焚き火だもん」

 

「そんなこと。あらたくんのおかげで出来たんやで?」

 

「あおいだって頑張ってくれてたよ。普段と違う火おこしに挑戦できて俺は楽しかったよ」

 

「……もう、ほんまに優しすぎるわあらたくん」

 

「相手があおいだからだよ。あおいには、ずっと笑顔でいてもらいたいから」

 

「…っ! またそういう事を」

 

「さすがに、かっこつけすぎかな?」

 

「ふふっ、あらたくん顔赤くなっとる」

 

こんなことも、二人きりじゃないと言えないけどな。

そんな臭いセリフを吐いた事に、内心赤面するあらた。

 

「でも、嬉しいで」

 

「!」

 

そういうと、あおいはあらたの首元に腕を回してぎゅっと抱きしめる。

 

「あおい……。こんな場所で恥ずかしいって」

 

「誰もいないんやし、ええやんか」

 

「誰もって、ここはキャンプ場で……」

 

「周り、よう見てみ。誰もおらんで?」

 

「えっ」

 

周囲を見渡すが、あおいの言った通り他にキャンパーの姿はない。

焚き火に夢中で気が付かなかったけど、今のところ俺たちの貸切状態だった。

 

「ほんまに、ありがとう。ううん、いつも私と一緒に居てくれてありがとう」

 

「そ、そんなの当たり前だよ」

 

あおいの顔が近い。耳元であおいの吐息が聞こえてくる。

 

「私は、いつも優しくて、かっこいい。そんなあらたくんが大好きや」

 

「……褒めすぎだって」

 

「本当の事やもん」

 

「……うん」

 

俺も、そんなあおいを受け入れるように優しく抱きしめる。

女の子らしい華奢な身体。柔らかくて暖かい。俺にとって、一番大切な女の子。

 

「あらたくんは?」

 

「そんなの決まってる。俺も同じ気持ちだよ、いつも笑顔で可愛い。そんなあおいの事が大好きだ」

 

あおいは、あらたの顔を見ようと距離を離す。

 

「!」

 

目の前のあおいは、顔は真っ赤で目がとろんとしている。

あおいの事が、とてつもなく愛おしい。

高鳴る心臓の音。

こんなに可愛い子が自分の彼女だなんて。幸せすぎるだろ。

 

「…………」

 

「…………」

 

この雰囲気に、この状況。今なら、一歩前に進めるかもしれない。

 

「あおい……」

 

「あらたくん……」

 

これはもしかすると、あおいも同じ気持ち……なのかもしれない

 

「……」

 

あおいがゆっくりと目を瞑る。

 

「っ!」

 

ドクンと、より心臓の鼓動が跳ね上がる。

恋人同士としての進展。

二人で進んでいく為に、この想いに彼氏として応えなくてはならない。

息を呑み、彼女の顔に近付いていく。

 

 

 

 

そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぐうぅぅぅぅ』

 

「…………」

 

「…………」

 

お腹が鳴った。超鳴った。

しかも、二人揃って。

 

『きゅるるるる』

 

盛大な腹の虫が湖畔で鳴り響く。

運動をしたからだろうか。先程の火おこしが、だいぶ空腹を誘う運動に繋がったらしい。

 

あおいは目をパチクリとさせている。おそらくあおいの目にも同じ事をしている自分が映っているだろう。

これはもう、甘い雰囲気どころの話ではない。

 

「お、」

 

『お腹空いたなぁー』

 

お腹の音だけでなく、その呟きもまた重なった。

あらたとあおいは二人とも別方向に顔を背けて一度距離を取る。いや、そのまま二人は距離をとったまま立ち上がった。

 

((何でこんな時にー!!))

 

二人の心の声もまた重なっていた。

 

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