イヌ子さんのホラ吹き。《あの時の嘘、ほんまやで〜》   作:あきと。

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第四十四話 「コーヒー、飲むかい?」

 

伊豆キャン当日の朝。

志摩さんの影響なのか、出発する前に少しだけ愛車とのツーリングを楽しみたい……と思ったのが発端だった。

 

「さ、寒いぃぃぃっ!」

 

冷たい朝風を一身に受けて、家を出る前の過去の自分に「やめておけ」と意地でも勧めたい衝動に駆られているあらた。

本栖湖の洪庵キャンプ場を通り、富士吉田方面への道路。

ちょっとのつもりがこんなところまで来てしまった。

別に、今日が楽しみすぎて眠れなかった訳じゃないぞ。居ても立っても居られなくなってバイクに乗ろうと思い立ったわけでも決してない。

 

早く帰りたいのに、早く走ると寒い。遅く走っても寒い時間が続く……。

 

ブツブツと独り言を頭の中で並べて雑念を払うようにまだ暗い外をスーフォアで突っ切る。

3月とはいえ、まだ朝方は寒い。その中を数十キロを越える速度で走れば冷たい空気が身体に叩きつけられるのは当然。

 

志摩さんは、こんな寒い中で伊豆に向かっているのか……。

 

防寒対策が不十分だったとはいえ、多少カイロを増やしたところでこの寒さに耐えられる気が全然しない。

 

「伊豆の方はここよりも暖かいだろうけど。改めて、流石だな志摩さんは」

 

あらたは寒さに耐えかねて、ちょうど見えてきたコンビニに一度避難した。

 

「うわー路面怖っ。凍結してなくて本当に良かったな」

 

雪が少しだけ残る駐車場にバイクを停めて、ヘルメットを脱ぐとすでに朝日が照り始めていた。

今更だが、キャンプ前に怪我なんてしたら元も子もない。休憩がてら、買い物をする事に。

 

「ちょっとお腹空いてきし、軽く朝ごはんも食べていくか」

 

鳥羽先生が迎えに来てくれるまで、まだ時間はある。今頃他の皆はまだ夢の中だろう。あ、志摩さんはもう出発してるか。原付だもんな。

 

「ーー冬場のおでんは、つい見かけると食べたくなるんだよなぁ」

 

小腹を満たすために暖かいおでんを購入し、外へと出る。

 

「……ん?」

 

あらたが停めていたバイクの横に一台のバイクが停まった。

黒光りしたボディにモダンなスタイル。

 

「あれ、スラクストンか」

 

動画や雑誌でしか見たことのないバイク。トライアンフのスラクストン。

有名な歴史的なレースでの活躍も目覚ましく、レーシングマシンとして一世を風靡したバイクだ。スピードはもちろんの事、当時の若者たちにも人気があったモデルである。

 

「すごい。手入れもしっかりしてるし、かっこいいな」

 

エンジンのパワーに、高級感あるパーツ。

学生なんかには手が届かないであろう一台に、あらたは目が釘付けとなった。

まさか、こんな場所でお目に掛かれるとは。

 

「それ、君のバイクかい?」

 

「え?」

 

あらたの視線に気付いた渋い髭を生やした高齢の男性。

 

「は、はい! そうです」

 

声をかけられたことにも驚いたが、その見た目に違わないすごくダンディな声に、物怖じすら覚える。

 

「CB400 SUPER FOUR……。うむ、良いバイクだ」

 

「そんな、俺のはただの中古ですよ。お爺さんのバイクの方がずっとかっこいいです」

 

「年季が入れば自然とこうなるものさ。こんなに朝早くからツーリングかい?」

 

「これからキャンプに行くので、その前に留守番するこいつで少し走っておきたくて。寒くて後悔しちゃいましたけど」

 

「ほぉ、キャンプか……」

 

「あの、何か?」

 

「いや、私もキャンプが趣味でね。私の孫も今日からキャンプに行くと張り切っていたよ」

 

「そうなんですか。お孫さんが」

 

「ああ。今途中まで一緒だったんだ」

 

……って、まさか志摩さんの事じゃないよな?

そういえば、志摩さんのお祖父さんもバイクに乗ってるって言ってたな。

 

「あの、お孫さんって男の子ですか?」

 

「いや、女の子だよ。どうしてだい?」

 

「いえ、ちょっと気になったもので。すみません」

 

いきなりこんな事聞くのも失礼だったよな。考えすぎか。

 

「君は高校生かい?」

 

すると、今度はお爺さんの方から聞いてきた。

 

「はい、高一です」

 

「そうか。リンと同い年か」

 

「えっ、リンって……」

 

「私の孫の名前さ」

 

その言葉を聞いて確信が湧いた。

やっぱりこの人、志摩さんの。

 

「あの、重ね重ねすみません。もしかして、志摩さんのお祖父さんですか?」

 

「リンを知っているのかい?」

 

「やっぱり! あ、俺志摩さんと同じ学校の生徒で」

 

「そうか。君がリンの話していた子か。確か名前は…」

 

「小牧です。俺の事知っているんですか?」

 

「ああ。新しくできた友達にバイクに乗る男の子がいるとね」

 

志摩さんがそんな事を。そういう話もするくらい、このお祖父さんとの仲が良いんだな。

あらたは東北に住む祖父母のことを思い出した。

 

「そういえば、浜松にもバイクに乗っている女の子の友達がいるとリンから聞いたな。最近の若い子達は免許を取るのが早い」

 

「まぁ、この辺りだと原付があるだけでも十分便利ですからね」

 

これだけ田舎だと、少しでも交通手段の選択肢があると大変ありがたいのだ。

 

「そうか……。おっと、止めて悪かったね。これから帰るところかい?」

 

「はい。これ食べたら帰ります」

 

「ふ、やはりこの時季は汁物が人気だな」

 

「ははっ、つい買っちゃいました」

 

「私もコーヒーでも買うか。良かったら君も飲むかい?」

 

「えっ! そんな悪いですよ」

 

「リンが世話になっているからね。ほんの気持ちだ」

 

「そ、それじゃあ。ありがとうございます」

 

「ブラックでいいかい?」

 

「はい」

 

そうして、志摩さんのお祖父さんはコンビニの中へと入って行った。

 

「あんなにかっこいいお爺さんがいるんだなぁ」

 

その後、有り難くコーヒーも頂いて帰路に着いた訳だが。

 

「志摩さんのお祖父さん。バイクだけじゃなくて、普通にかっこいい人だったな。後で志摩さんにもお礼言っとくか」

 

自分も将来はあんなかっこいいお爺さんになれればいいな。

 

そんな淡い期待と憧れを抱いて、愛車を走らせて自宅へとあらたは走っていった。

 

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