イヌ子さんのホラ吹き。《あの時の嘘、ほんまやで〜》 作:あきと。
「……こちゃん。……でしこちゃん。なでしこちゃーん」
「んぁ?」
あかりの呼びかけに長い間夢の中にいたなでしこは応えるように目を覚ます。
「あっ、ようやく起きたわー」
「んー…。ごめん寝ちゃってた…?」
眠たい目を擦りながら、自分が寝ていたことを理解しそう呟くなでしこ。
だが、彼女は知らない。このあとに起こる犬山姉妹の寸劇を。
「今どこー?」
「各務原さん。ここは…」
「キャンプ終わって山梨帰るところやで」
「エッ…」
「えっ」
その言葉に、まるで茹で卵のような丸い瞳を見開くなでしこと、なにやら嫌な予感がするあらた。
当然だ、ほんのお昼寝くらいの気分で寝ていたつもりがあっという間に数日もの時間が経ってしまっていたのだから。
「二日も寝とったんやで、なでしこちゃん」
「二日!?」
「ちょっ、二人とも」
「あかんであらたくん。ちゃんと現実を教えてあげるんが優しさや」
あおいがゆっくりと首を振りあらたにそう告げた。
「優しさ!? なに!? 何が起こってるの!」
気のせいだろうか。良かれと思って口を出したのに余計に現実味が増すような火に油を注ぐことをしてしまったかもしれない。
「ずっと起こしとったのに全然起きんしー」
いや、普通ならそんなに目を覚まさなかったらそれだけでは済まない。何かを疑うか救急車を呼ぶとかするものだけど。
「なでしこちゃん気い落としたらあかんで。お土産色々買うといたし、写真もいっぱい撮っといたから帰り一緒に見よな」
「見よな!」
「い…いずきゃん…。うえ〜ん!」
可哀想な声をあげる彼女に対し、見慣れた表情を浮かべる二人。間違いなく嘘をついている時の顔だ。
さすが姉妹。ホラ吹き顔をしてもそっくりな顔立ちである。
「なでしこいじめんな。ホラ吹き姉妹」
だーっと涙を滝のように流す各務原さんを見兼ね我らが部長の大垣さんが仲裁に入る。
うん、今のはさすがに可哀想だと思う。
「各務原さん大丈夫だよ。楽しいキャンプはこれからこれから」
「ううぅー、小牧くん本当?」
あれだけ楽しみにしてたからな各務原さん。同じ部という事もあって近くで見ていただけに、寝て起きたらキャンプが終わってたなんて自分が同じ目に遭ったら、今の各務原さんと同じ顔をしていただろうなきっと。
…ブーン。
「ん? あれって、もしかして志摩さんじゃない?」
そうこうしていると同じ駐車場の敷地内に1台のビーノが入ってくる。
それに跨るのは見覚えのあるヘルメットを被った志摩さんの姿だった。
「ほんとだ。おーい、リーン」
斉藤さんが手を挙げてこちらにいる事をアピールする。
ガコンと音を立てて愛車から降りるリン。
「志摩さん。遅くなってごめんなさいね」
「いえいえ、運転お疲れ様でした先生」
それを見ていたあらたはあることに気付く。
「ねぇ、志摩さん。これってスマホホルダー?」
「うん。前から付けたいなと思ってて。せっかくだから新調した」
「へぇー。てかこれすごいね。充電も出来るんだ。エンジン止めるとちゃんと消えるみたいだし」
「リレーっていうのを使ってるんだって。おじいちゃんが言ってた」
「そうなんだ。志摩さんのお祖父さんメカニックも得意なんだね」
「なぁリンちゃん。あらたくんなぁー、今朝リンちゃんのお祖父ちゃんに会ったんやって」
「そうなの?」
ここに来るまでの車内で今朝のことを話していたあらたは、その時のことを頭に浮かべながら口にする。
「うん。出発前に少しだけツーリングしてたんだけど休憩で寄ったコンビニで声をかけられてさ。話しているうちにお孫さんの話になって、その内容が志摩さんとドンピシャだったから思い切って聞いてみたんだ。そうしたら…」
「それがなんと! リンのじーちゃんだったんだよな!」
「なんであきが誇らしげに言うんや」
「偶然ってすごいよね〜。私もリンのお祖父ちゃんに会ってみたかったなー」
「バイクも凄かったけど、カッコいいお祖父さんだよね」
「…別に普通だよ」
どこか照れくさそうにリンは小さく呟いた。
そんな彼女を皆微笑ましいと思い、自然と口元が緩む。
「それよりリン。こんな遠くまでよくがんばったね。どこ通って来たの?」
「西伊豆の海沿いをずっと走って来た」
海か。やっぱり内陸に昔から住む人たちにとって海は特別なものらしい。
「リンぢゃーん」
「お」
「ここはどこ? 今日は何日??」
「だ、大丈夫か。なでしこ?」
鬼気迫る顔でリンへと迫るなでしこ。
事の全貌を知らないリンに常識人のあらたはさりげなく伝えておくのだった。
待たせたな。