イヌ子さんのホラ吹き。《あの時の嘘、ほんまやで〜》   作:あきと。

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第九話 「すき焼き!」

 

 

キレイな赤富士と夕焼けを見ながら、暗くなる前に夕飯の支度が始まった。

 

まず、鍋に牛脂を広げ牛肉に軽く火を通す。

 

次に砂糖、醤油、酒を入れてひと煮立ち、具材はえのき、椎茸、しめじ、まいたけ、なめこ、エリンギ、きくらげ、松茸、マッシュルーム…。

 

「キノコ鍋作ってんのか?」

 

あおいさんが説明をしながら料理を始めた所、当初のすき焼きとは離れた具材が出て来た。

 

(本当の)具材は椎茸、えのき、ネギ、焼き豆腐、しらたき、春菊を乗せたら蓋をして暫し待つ。

 

「正統派なすき焼きってレシピだね」

「関西風やでー」

 

正しい材料を聞いて、theすき焼きといった感じのレシピだなと思った。

 

「あき、スキレットでこの玉ねぎ炒めといてくれへん?オリーブオイルとニンニクで」

「うん?何かもう一品作んのか?」

「まぁ、そんなトコや」

 

そうして、大垣さんも自身の持ってきたスキレットで調理にかかる。

 

「俺も何か手伝おうか?」

「あとはあきがやってくれてる玉ねぎだけやし、大丈夫やで。すき焼きも煮込めば終わりや」

 

そもそもすき焼き自体、人数を割く料理でもないしな。具材も事前にカットして来たみたいだし。

 

「やっぱり暗くなってくると冷え込んでくるもんやなぁ」

「高原だからね。これからもっと下がるかも」

「あ、あらたくんありがとうな〜」

 

ぐつぐつ煮込まれるすき焼きを見ているあおいさんにブランケットをかけてやる。

山の上という事もあり、日中に比べて気温がだいぶ低くなり始めた。

 

「みんな、こうするとぬくいですぞ。ふひひひ」

「出たな怪人ブランケット」

 

ブランケットで体全体を覆い、隙間からひょっこり顔を出す各務原さん。

志摩さんの言う怪人ブランケットってなんだ?

 

結局、俺含め先生までもブランケットにくるまり暖を取る。

これはもう怪人が勢力を拡大した秘密結社ブランケットって所だな。

 

「リンちゃん。年末は何するか決めてる?」

「年末はバイトかな」

「私もバイト探してるんだけど、近くに全然ないんだよねぇ」

 

怪人ブランケット状態になりながら各務原さんがバイトについて話し出す。

 

「バイトの求人甲府ばっかだしな」

「俺も最初探すの苦労したなぁ。高校生の求人少なくってさー」

「うちらはホンマにラッキーやったわ。たまたま近所でバイト決まって」

「いいなー」

 

入学してすぐに俺もバイトを探したけど、全然見つからなかった事を思い出す。

 

俺の場合は、母さんがゼブラに買い物行った時に募集の張り紙をもらって来てくれたのがきっかけで見つかったけど、今はあおいさんも入ってバイトの人員募集は終了している。

大垣さんの所も同様だ。

 

「なでしこちゃん。だったら私と一緒に年賀状のバイトやんない?」

「えっ?」

 

むむぅ、と唸っている各務原さんに斉藤さんが情報をくれる。

 

「年始までの短期なんだけど、まだ募集してるよ」

「ホントに!?やるやる!!やります!!」

「それじゃあ早速エントリーしようか」

 

思いもよらぬ展開から、一気にバイトに就けそうな状態となった各務原さん。

 

「そっか。長期はなくても、今の冬休み期間なら短期で募集してる所はあるんだ」

「そういえば、クリスマスケーキの販売員募集とかもあるやんね」

 

しかも、電話じゃなくてネットから応募出来るのも初めて知ったぞ。時代の進歩ってすげなぁ。

と、ジジくさい事を考えてしまう。

 

「よし!そろそろ頃合いやな」

 

そんな話をしているうちに、鍋の方がだいぶ煮立ったようだ。

 

「あらたくん。みんなに卵配ってもろてええ?」

「ん、了解」

 

あおいさんの指示で卵や小皿の配膳を済ませる。

料理の手伝いができない以上、せめてもの行為を務めさせて頂きます。

 

ボワっ

 

「出来たで、晩ごはん!!」

 

再びあおいさんの横へ戻ると、鍋の蓋が開き一気に湯気と共に美味しそうな香りが溢れてくる。

 

『おおーっ!!』

 

鍋の中には食欲をより引き立てる色合いのある具材がグツグツと煮込まれている。

外に居るだけあって、湯気がはっきりと目に見えて立ち昇った。

 

みんな各お皿に卵をパカッと割り、すでにすき焼きを出迎える準備は万端だ。

 

「それでは、」

『いただきまーす!!』

 

料理を担当されたあおいさんの号令に続いて、皆で手を合わせ挨拶をする。

皆待っていましたとばかりに鍋に向けて箸を滑らせた。

 

まずは肉…と行きたいところだが、ネギから戴くとする。

汁がしっかりと染み込んだネギを一つ自分の小皿に乗せて卵と絡ませる。

 

そして少し息を吹きかけ覚ましてからゆっくりと口へと運んだ。

 

「(…ウッマ、これはうまいぞ)」

 

肉の味もしっかりと染み込んでネギの味も噛み締めるほどに広がっていく。

 

焼き豆腐も…ウマい!

しっかりとした歯応え、やはりすき焼きには形の崩れない焼き豆腐が一番だ。

 

そしていよいよ、メインのお肉…。

 

「んむ〜っ!!」

「肉超うめぇー!!」

「…………」

「もぐもぐ」

 

反応がバッチリ分かれているな。

 

全身で表現するタイプの各務原さんと大垣さん。

黙々と味わうタイプの志摩さんに斉藤さん。

あおいさんも普段は後者である。

 

しかし、今夜は一味違った。

 

「ほら、あらたくんも遠慮せんとお肉食べ〜」

 

ズイッと俺の口元に、自身の箸で掴んだお肉を溢さぬように左手まで添えて差し出して来た。

 

「ほら、小牧!あーんだぞっ、あーん!」

 

日中に、一度見ていた大垣さんは他のみんなもいるからか、昼の時とは逆にからかってくる。

 

「あの時のお返しや。あーん」

 

やっぱり牧場での事恥ずかしかったんだな。

ていうか、根に持っているというべきか。

 

「…あーん」

 

そうして潔く口の中へとお肉を入れるのだった。

 

「!?」

 

きめ細やかでしっとりとした牛肉と、卵のまろやかさがマッチして…ウマい。

ありがとう、牛…。

 

「超絶美味いです」

 

ひとまず味の感想を口にした。

嘘偽りなく今までの人生の中でトップクラスに上手い。さすがは高級肉!

 

「小牧くんはあーんしてあげないの?」

 

すると、まさかの方向からの襲撃。

斉藤さんが俺を見てニヤニヤしている。

 

くっ、この子もそっち側の人間だったか!

 

「…じゃあ、はい。あおいさん、あーん」

「あー…ん!」

 

可愛い小さな口がもぐもぐと動く。

そして、あっという間にコクりと飲み込まれていった。

 

「なんか自分で食べるのに比べて格別やわぁ〜」

「それは良かった」

 

まぁ、付き合い始めてもうすぐひと月だ。

 

初めて会った時から数えれば、もう半年以上も経っているわけで、いざやってみるとそこまで恥ずかしさは自然と感じなくなっていた。

 

「でも、流石に不意打ち喰らうと恥ずかしいね」

「せやろー。私も今日そんな感じやったんよ」

 

確かに、過ぎた後のむず痒いような恥ずかしさがある。

しかも同級生で女子ばかりのこの空間は、不特定多数の人がいるよりも効果的面である。

 

はかったな、あおいさんめ!

 

「すっごく美味しいよ!あおいちゃん!!」

「どういたしましてー」

 

からかう大垣さんと斉藤さんに、おそらく無表情ながらにそれを楽しんでいる志摩さん。そして食べるのに夢中の各務原さん。

 

なんだか、もう少し肩身の狭い空間になるかもと思ったけど、全然大丈夫な1日だったな。

 

まぁ、まだ夜は長そうだが。

 

「しくしくしく」

 

しかし、そんな雰囲気とは裏腹に悲しい表情を浮かべた女性が1人。

 

「ど、どうしたんです先生?」

 

そんな先生を見かねて、あおいさんが驚いて声をかける。

 

「すぎやぎに合ゔ日本酒忘れぢゃった…ひぐっ」

「あ、そうですか」

 

めちゃくちゃ涙を流しながら食べる鳥羽先生。

 

あおいさんも口に合わなかったのではないかと心配するほどだった。

あれだけ飲んでいたのにまだ飲むのか…。

 

「なぁイヌ子、どうして晩メシすき焼きにしようと思ったんだ?」

「うん。実はなー」

 

大垣さんの疑問は俺も気になっていた。なぜ数ある肉料理の中からすき焼きを選んだのか。

耳を傾けながら食を進める。

 

「お婆ちゃんになー、すき焼きは特別な日にみんなで頂く食べ物や言われて納得してもうて決めたんよ」

「言われてみれば確かに!すき焼きって祝い事とかに食べるもんね」

「ばーちゃんに言いくるめられたのか〜。小牧も含めて」

「えっ、違うの!?」

 

俺も納得していたがどうやら少し違うと大垣さんに言われる。

さすがはあおいさんのお婆様、嘘かそうでないのかよく分からない事を突いてくるとは。

 

「でも、こんな風にお鍋囲むの日本の年末って感じがして、すごくいいと思う」

「せやなー」

 

各務原さんの言う事にも、納得させられる。

 

クリスマスは元々異国の文化だけど、それは別にしても確かにすき焼きは日本の年末にすごく合うような気がする。

 

「そうだ、忘れてた!」

 

そんな話をしながら斉藤さんがスクッと立ち上がる。

 

「私、クリスマスっぽい物持って来てたんだよ〜」

 

そうして、ある物が皆に手渡された。

 

 

「年末戦士!」

『サンタクレンジャー!』

 

サンタクロースのコスプレを纏い、みんなで決めポーズを取る。

サンタクロースだから当たり前だけど、レンジャーといっても全員レッドだけどな。

 

「あらたくん似合うとるでー」

「あおいさんも良く似合ってるよ」

「2人でも写真とろ〜」

 

そうして、あおいさんがスマホを掲げてツーショットを撮る。

何気にクリスマスの思い出の写真にもなるな。斉藤さんには感謝しないと。

 

「一気にクリスマスムードや」

「斉藤さん、これどうしたの?」

「まぁまぁ、よいではないか」

 

斉藤さんに聞いても上手くかわされてしまう。

どこで買って来たんだろうか。

 

ある程度盛り上がり、すき焼きを改めてその格好のまま囲む。

 

『…………』

「なんか仕事終えたサンタが打ち上げしてるみてーだな」

 

多分みんな似たような事を思ってるんだなと、ひと目で分かった。

 

「あっ、そろそろ具材追加しない?」

 

鍋を見た斉藤さんがはっと具材が少なくなっている事に気が付く。

七人で一つの鍋をつつけば具材の減りはあっという間だ。

 

「いや、こっちのはもうおしまいや」

「えっ、でもまだお肉こんなにあるよ?」

「こっからは、こいつでお色直しや!!」

 

スッと、あおいさんはトマトを皆の前に取って見せた。

どうやらこれから別のメニューを作るようだ。

 

「あきがあらかじめ炒めておいたタマネギに、トマトとバジルを加えて更に火にかける!」

 

さっきまでの日本食に比べて一気に調理する食材が洋風へと変わり、美味しそうな野菜の匂いが広がる。

 

「そんで野菜がのうなった鍋に移して煮込めば…」

 

再び具材の満ちた鍋に蓋をして煮込む事数分。

 

「トマトすき焼きの出来上がりやー!!」

『トマトすき焼き!!?』

 

先程まで緑が多かった鍋が一気に赤で彩を飾る鍋へと変身した!

 

「んまっ!」

「トマトうまっ!」

 

早速口にした各務原さんと大垣さんが口を揃えて言う。

それに続けて、俺もトマトを一つ自分の皿へと移す。

そして、

 

「(食欲をそそるトマトの酸味と牛肉がマッチして)…美味しい」

「んふふー」

 

と、ニコニコした顔でみんなの反応を楽しむ彼女に俺は声をかける。

 

「あおいさん、よくこんなレシピ知ってたね」

「すき焼きに決める前に色々なレシピ見とってなー。もしかしたら洋風の食材もすき焼きに合う思うたんよ。みんな喜んでくれて嬉しいわ〜」

「俺、初めてあおいさんの手料理食べたけど、毎日食べたいくらいだよ。…うん、お肉にもトマトの味が染みて美味い」

「そ、そう?それは良かったわ(あらたくんはまたみんなの前で恥ずかしい事を)」

 

皆で第2ラウンドの鍋を楽しむ中で、また先生がしくしくと泣き出す。

 

「ワインがあうのに…、ワインがあうのにィ、…うぐぐぐ」

「はいはい、忘れてしもたんですね」

「先生、せめて鼻かんで下さい」

 

さっきの事もあり、あおいさんは綺麗に受け流す。

俺も号泣しながら食べる鳥羽先生にティッシュを渡してやった。

 

材料を追加したにも関わらず、あっという間にお鍋は無くなっていった。

それほどに料理が美味かった。

 

「犬山さんごちそうさますごく美味しかったよ」

「んふふ、おそまつさま」

 

食べている最中、ほとんど喋らず味を噛み締めていた志摩さんが賞賛の声をあおいさんに伝える。

うん、志摩さんの言う通りすごく美味しかった。お外で食べるという相乗効果もあって、今までにない充実した夕飯だったな。

 

「…けどな。まだ終わりやあらへんねん」

 

何!?さらにまだ何かあると言うのか!

しかし、もうお腹はいっぱいである…。

 

「トマすきのシメ。チーズパスタが残っとんのや!!」

「チーズパスタ!?」

 

一番に各務原さんがその言葉に食いつく。

 

「シメ食べるひとー」

「はいいィッ!!」

 

そうして案の定手も挙げた。

 

「すげーなおまえ」

「私一口だけもらおうかな」

「私も」

「俺も」

 

どうやら、各務原さん以外は皆俺と同様に既に満腹のようだった。

本当に各務原さんの食欲はすごい。これで今の体型を保てる人って中々いないのでは?

 

「あらら?ガス切れしてもーた」

 

長時間鍋を煮込んでいた為か、ガスが切れてしまう。

確か、コンロは各務原さんが持って来てくれていた。なら、替えのガスも持って来ているはず。

 

「各務原さん、新しいガスある?」

「あーっ!!!」

 

うん。多分忘れたんだなこの反応は。

各務原さんはシートの上に倒れ込んでしまった。

 

「替えのガス持って来るの忘れた…」

「先生が持ってるバーナーのガス使えるんじゃない?」

「ホント!?」

 

さすがキャンプ慣れしている志摩さん。代用品もすぐに思いつく。

 

ボウッ

 

「やったついた!!」

「…あかん。こっちもや」

 

しかし、点いたのは一瞬ですぐに火は消えてしまう。

 

「そんなーっ!先生、ガスボンベもう無いんですかっ!?」

「そんなモノはないっ!!」

 

先生はもう呂律がギリギリな程に酔ってらっしゃいますね。

 

「はっ!?コンロがもう使えないとゆー事は…、明日の朝ごはん何も作れないって事じゃ…」

 

がくりと再びシートに倒れ込む各務原さん。

 

チーズパスタはしょうがないとしても、明日の朝ごはんの担当は各務原さんだ。しかも、本人があれだけ作るのを楽しみにしていたのにあまりにも可哀想だ。

 

「…俺、買ってこようか。キャンプ場出てしばらく行ったところにコンビニあったよね」

「小牧くんっ!」

「でも、ここからやと時間かかるで?道路も暗いし危なない?」

「そうか。じゃあ、先生…は絶対無理だし」

 

何で今日に限ってバイクが無いんだ。免許だけあっても宝の持ち腐れ…。

ん?バイク?確か志摩さんって今日。

 

「ガス何本あればいいの?」

 

そんな頭に浮かべた彼女がマフラーを巻いて立ち上がる。

すでに羽織っていたサンタ衣装も先程までの装いへと変わっていた。

 

「私が買って来る」

「リンちゃん!!」

 

かっ、かっこいい!

普段からクールな志摩さんだが、一層その姿がかっこよく眼に映る。

 

「ひぐぅぅ、ありがどぅぅ」

「泣くなよ…」

「あ、あおいちゃん!お肉と割下ってまだ残ってる?」

「うん?少しならあるで」

「リンちゃん。お金出すからガス2本とチューブしょうがお願い!!」

 

そうして、各務原さんからの要望を受けて志摩さんが一旦キャンプ地を離れていった。

 

「小牧くんもありがとう」

 

各務原さんから、先程立候補した事への感謝を向けられる。

 

「ううん。結局志摩さんに行ってもらっちゃったし、俺は何も」

「そんな事ないよ!本当に優しいんだね小牧くん。あおいちゃんに聞いてた通りだ」

「えっ?」

「あおいちゃんがね。小牧くんはいつも助けてくれて本当に頼りになる男の子だって言ってたんだよ!」

 

…そうか。俺、ちゃんと頼りになってたんだ。

頼られる人になりたいってずっと思ってたけど、すでになれてたのかな。

 

「な、なでしこちゃん!?あんま恥ずかしい事言わんとって!」

「え〜?」

 

そうして、志摩さんの帰りを待ちながら、さらに夜は更けていくのだった。

 

 


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