ヒュアキントスがヒロイン化するのは間違っている   作:からあげふりかけ

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ヒュアキントス♀と受付嬢とshall we dance?

『神の宴』。ギルドの運営する館で開催されたアポロンファミリア主催の神々の集う夜。今回は『自慢の眷属を必ず一人連れてくる』というコンセプトで行われている。

 

 

 

夜の月は金色に輝き、ヒュアキントスは木に座って月を眺めていた。茶色の温かな髪色は夜の闇にまみれて黒く塗られ、黒の装束と冷たい雰囲気から黒猫のようである。

暗い森の木に浮かぶサファイアは、見るものを魅了する輝きが、辺りの暗さと相まってさらに深い蒼になっている。

 

そこに現れたのはオレンジの髪に金で作られた草の冠という誰も真似できない、したくない格好をした主神アポロンであった。彼は森を歩くことを鬱陶しそうにしながらも、その一枚絵を見ることができて嬉しそうである。口元が少し弧を描いているようである。

 

「ヒュアキントス。それそれ時間だ、受付のためにも着替えてくれるかい?」

「はい、アポロン様。」

 

二人の付き合いはヒュアキントスが幼少で孤児のときから始まった。病気に侵され、今とは比べるまでもなく醜かった彼女をアポロンは掬い上げ、救済したのである。

そして、彼女はその恩を忘れることなく年が過ぎた。都市最速のレベルアップのために必要だった【大冒険】、それはLv1のほぼ一般人が行ったことにしては異端であった。

しかし、彼女の大冒険とも言っても良い試練の詳細は二人を除いて人に知られることはない。

彼女はアポロンにとって最愛であり、最も強い矛でありながら、最も弱点足りえる存在である。彼女の欠点である、幼少のときに培われた自尊心の欠如は今までなかった同性の友の存在によって変わりつつある。

 

しかし、【スキル】による周囲の影響を考えたときに、彼女が真に心を開くことができる今後ないかもしれない。彼女自身がその真実を話さない限り、大英雄には足り得ない。故にアポロンは探し続けるのだ。彼女に待ち受ける試練を共有できる戦友、もしくは心を解放できるほどの英雄を。そして、今代最強と確信しているこの異端の大英雄の表舞台への華々しい登壇を。

 

 

英雄でありながら、英雄を待つ少女は今日も気長に待っている。

太陽の神は今日も道筋を照らし続けている。

 

 

  

 

 

キラキラ、としたオノマトペで埋め尽くされたような大富豪の屋敷としか考えられないような、『神の宴』会場で、ヒュアキントスは受付係をしていた。相手をするのが変なやつらであることを除くと、招待状を確認して少し世間話をするという、ルアンら男性構成員たちの苦労に比べると痛みを伴わない楽な仕事である。

 

「ねーねー、良いでしょ?もうちょっと話そうよ」

「後ろの方がお待ちですので、ご入場ください」

「そう言わずにさぁ」

 

こうやって口説かられることがないなら、ではあるが。神たちは天界に飽きて下界に降りてきた。そのことばが表すように彼らは、新しいこと珍しいことなどのように面白いことや美しいものに眼がないのだ。

それらはもちろん、普段姿を現さないあのアポロンの眷属であり、女神と同等とすら言われる美貌を持つ彼女は対象内である。

 

それを証明するかのように、他の受付の列よりも圧倒的に待つ人と神が多いこと多いこと。なんなら、他の列は数人の女神が並ぶくらいである。それほどまでに彼女は男神に人気であった。

あまり、口説かれることに慣れているわけではない彼女は、なるべく早く移動して貰えるように誠意を尽くしたが、やはり列は多いし長い。そして、イヤらしい。

 

「………はぁ」

 

次の受付の合間を縫うようにため息を吐く。本当であれば、しなくてはならない役回りをやらされている。神の隠す気のない不躾な視線と、チラチラと隠そうとこちらを見てくる冒険者もいれば、思いっきりゲスな顔をして口説く輩もいる。

全員が全員、同じであれば良いのに。性格態度がバラバラであり、対応も変えなくてはならないのが大変だった。

 

「あら、なんでこんなに長いのかと思ったら、アナタだったのね、ヒュアキントス」

「…久しぶりですフレイヤ様」

 

本物の『美の女神』と比喩される『地上の女神』どちらも異なる美しさを持つために、直視した後列の神と人はまず通常の人物画なんかでは満足出来なくなっただろう。

神フレイヤの心を惹きつける魅力とヒュアキントスの心を惑わせる魅力、その二つの効力を同時に浴びてしまえば最悪であろう。

 

「初めましてですね、【猛者】オッタル。私はヒュアキントス・クリス。あなたの武勇はよく聴いていましたが、直接話したことはありませんでした。うん、やはり噂に聞く強者のようです」

「…オッタルだ。ヒュアキントス、フレイヤ様と異なる魅力を持つ冒険者。お前はフレイヤ様にお目通ししているからな、下手をこいて死んだりするな」

 

オッタルとヒュアキントス。運命を辿るのであればこのような出会い方はしなかったであろう二人の邂逅。都市最強を見ることができたのはヒュアキントスにとっても利があった。

タイプは違うが、冒険者の頂へと至った刃。わざとか、漏れ出る闘気は自分と比較しても圧倒的な差。

【スキル】、【魔法】を使ったとしても10回に1回しか効かないだろう。また、『魅惑』を使おうにもこの戦士の忠誠心は常人の比ではない以上、効果が薄いはずだ。

 

「ふふっ、あなたの魂。さらに輝いてるわ、やっぱりアポロンのところに任せて正解だったわね」

「その節は見逃してくれてありがとうございます、としか言えませんね」

「ふふふっ」

 

神フレイヤは子供のように無邪気な笑顔を見せる。内容は結構洒落にならない位ではあるが、ヒュアキントスにとっては過ぎたことであり、そこまで気にしていない。

 

風のように立ち去る『美の女神』とその従者が会場へと入っていく。

 

残ったのは冒険者たちを狂わせる甘ったるい匂いのみ。しかし、ヒュアキントスはこの匂いが嫌いではない。甘いいちごを思わせる匂いだからである。彼女、神フレイヤは気まぐれではあるが、狙った獲物は逃さない。いつかは彼女の物になるかもしれないが、それまでにここで楽しもうと。この匂いを嗅ぐたびに見逃されたと思うのである。

 

 

ストロベリーの風味は風で吹き飛ばされ、ヒュアキントスは少し不機嫌になった。

 

 

 

フレイヤが去った後も列は絶えない。話し続ける中で、ヒュアキントスはなぜアポロンがこのようなことをしたのか、薄々勘づいていた。

自身のコミュニケーション能力がそれほど高くないことは自覚している。故に、無理矢理にでもこの機会に治そうと思ったのであろう。そうとしか考えられることはない。実際に、何十人、何十の神を裁いていなすことで、『話す』ことへの無意識な緊張感というのが無くなってきているように感じたのである。

 

 

そう彼女の自信がついてきたときにその問題児(トリックスター)はやってきたのだ。

 

「おおー、ぎょうさん並んどる思ったら、アポロンとこの『太陽槍』か。やっぱアンタえらい綺麗やな、さすがアポロンや。ま、うちのアイズたんには負けるけどな!」

「……ロキ、失礼」

 

朱い男性用の正装をした女神と、目が焼けるほどの光沢を持つ金髪に薄緑という目に優しい格好をした【剣姫】がそこにいた。

 

「神ロキ、お久しぶりです。先日はうちの冒険者を助けて下さりありがとうございます」

「おお!気にせんでええんや!うちもアポロンところにはたまに助けてもらってるし、アンタみたいな美人に感謝してもらえるんなら、一石二鳥や!」

 

神ロキは明け透けに好意を示してきた。彼女もまた、アポロンと同じように美しいものに目がない神である。今回は、『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインを自慢し、アポロンファミリアで有名な私を一目見ようとここにきた、と思われる程である。しかし、その本質は食えない神であり、その仮面に騙されることなく心を開きすぎないように事前に注意されている。

そのファミリアの実力と神物像を考えると、フレイヤのところに警戒度は劣れども十分に警戒すべきである。

 

「前は、18階層で同席した以来ですか。お久しぶりですアイズさん」

「久しぶりです、ヒュアキントスさん。」

 

アイズとヒュアキントス。どちらもLv6で美しいという共通点を持っているために、どちらが強いか、どちらが美しいかと度々酒のつまみにされる組み合わせである。

近接戦闘を得意とし、主に遊撃を行う『喧嘩』と、【魔法】と【スキル】によって敵を殲滅し、個人の武としても棒術。対人戦においては魅力によって精神力が弱いものを篩にかける『太陽槍』。

 

さしでやり合うのであればヒュアキントスが有利ではあるものの、ロキファミリアの全体を重視し、役割を果たすシステムの一端であるアイズの強さを比べることは不可能である、と折半するのが最近の通説である。

 

また、美しさにおいては、天上に近い圧倒的美と刺さる人には刺さる美しさ。ヒュアキントスは近寄り難い冷たさと、ミステリアスという欠点を持ち、アイズは周りの防衛力の強さという物理的な距離感がある。

どちらも高嶺の花、それも片方は見ることすら厳しい高さに咲き、もう片方は登るのが難しすぎる切り立った崖に咲いている。

そもそもお近づきになれなければ、美しさ議論すらも意味がないのではないか?という意見は今日も提唱者が消されている。

 

ほとんど初対面ではあるものの、神ロキの愉快さという話のうまさの流れに乗って世間話をすることに成功した。悪い印象を与えるようなことは無かったと思うので、大丈夫だと思われる。

 

「ん、そろそろ時間だ。じゃあ後は任せるよ」 

 

ヒュアキントスはこれからやることがある、と受付の仕事を止めようと立ち上がると、列に並んだ神と冒険者たちから大きなブーイングが鳴り響いた。列に並んでいた神と冒険者たちは『せっかく『地上の女神』と話せると思ったのに』と不満綽々である。

 

「宴の最中にいくらでもお話を聞きますので、今は諦めてください」

 

ヒュアキントスが選んだのは自己犠牲。神々も人々も大層我儘である。しかし、これから『神の宴』が行われるのを考えるとこのままではよくない。そう考えて放たれた鶴の一声を聞いた列に並んだ者どもは、一斉に歓声の−勝鬨の−声を上げた。

他の音を掻き消し、近所の人に絶対怒られるその音と様子を見て、また一つアポロンファミリア団長はため息を溢した。

 

 

 ⭐︎

 

ベルが受付の列に並んでいるといきなり、前の方から大歓声が聞こえてきた。受付の人が座るところが見えないために、たくさんの人が並んでいるところの後ろに付いたせいで、何も見えない。近くの人たちも前を見ようと右往左往している。

 

隙間から跳ねる後ろ髪と、紅とピンクのグラデーションの効いたドレスを着た女性が垣間見えた。この心を揺らされるような感じはなヒュアキントスさんだろうか。一瞬見えただけで、もう行ってしまったようだ。

会場でまた、話せるだろうか。とベルは期待に胸を膨らませた。

 

 

「ふぅ……疲れた」

 

ベルは慣れない社交という場に疲れ果ててしまっていた。壁際に立てかかり、辺りを見回す。現在は舞踏が始まり、綺麗なドレスと燕尾服がクルクルと回っている。

踊る二人の雰囲気はそれぞれ異なり、険悪そうなところ、穏やかなところ、情熱的なところ、無味乾燥でこなしている感じがあるところと踊り方、姿勢や視線、顔つきなどによってそれらが良く見えた。

 

でも、全体としてみんな楽しそう、というのがベルの感想である。

 

煌びやかなシャンデリア、豪勢な料理、美男美女ばかり、とダンジョンに入る前、オラリオに来る前、おじいちゃんの話を聞いている時。自分の記憶をどれだけ遡ってもこんな場所にくるなんて考えたことがなかった。

やはり、この場に自分は不釣り合いな気がした。どこかこの空間を歪めているかのような、そんな錯覚に陥ってしまう。

 

少し頭を冷やそうと外に出ようとするが、手が差し出された。

今日のお昼に見た、心踊らされる白磁の肌、ヒュアキントスさんがそこにいた。先ほどまで神や同業者に絡まれまくっていたばかりなのに、撒くことができたのだろうか、と関係のないことを考えてしまう。

そして、これは幻覚では?僕の記憶をどれだけひっくり返しても、彼女が踊っているところを見たことはない。

 

(つまり、僕が初めて!?)

 

「先約がありましたか?」

「いいいい、いえ!ないです!ないです…けど、けどぉ」

 

彼女の手が空に停滞している。この手を取ることに躊躇しかない。その肌に触れることすら烏滸がましく感じられるし、いちごのような匂いが鼻を通過していって頬が熱を帯びているように感じる。

 

(どうすればいい?どうすればいい?どうすればいい?どうすればいい?どうすればいい?どうすれば…!?)

 

『どうすればいい?』を心の中で何度も自問し続けていたベルだが、瞬きした瞬間に体を引っ張られた。突然のことにバランスを崩してしまい、ヒュアキントスさんの方へと倒れてしまう。

 

「ふぁぶ!?」

 

倒れ込んでしまうことはないが、ヒュアキントスさんに片手だけで支えられてしまう。純粋なステイタスの差を直に感じ少し項垂れる。

『女性に支えられるなんてダサいやつだ』と声が聞こえた気がした。

彼女の身体が近づくことで、艶かしい身体と甘い香りが一層強くなった。

 

「うん、じゃあ踊ろう。君は身を任せて、リードしてあげるから」

「……ッ!?」

 

ヒュアキントスさんに引っ張られるがままに踊る。パートは僕が女性側?のようである。周りを見て確かめたから合っているはずだ。そう目線を逸らすと手を少し強く握られた気がした。

 

「ダンス中は相手に集中、失礼だよ。君は強くなっているはずだ、私の動きを見て合わせてみよう。さあ、いくよ」

「はい、すいません」

「それでよし、腕だけじゃないよ、体でリズムに乗って。流れに身を任せて」

 

ダンジョンを駆け抜けるように、ヒュアキントスさんの動きに合わせて流れとリズムに合わせる。

 

目があった。

見れば見るほどに深く染まっていくように、蒼が輝いていく。

豊かな体も、綺麗な瞳も、柔和な手も、今は僕が独占している。

オラリオ中が熱中する女性が手の中にあるのだ。

心を揺らされ、リードされてはいるものの、他の男性に比べて一歩前に、リードできている。

 

思考を深め、海に沈んでいくままに緊張感や羞恥心が薄れていく。周りがこちらを見ている気がした。それでも心は静まり返っていた。

 

ダンスが終わってもこの熱狂と宿った熱は冷めなかった。

頬の熱さが今になってぶり返してきたようである。自身の熱気と周りの視線から逃れるために外へ出た。風が熱を奪っていくが、頬を撫でるだけで揺れた心は撫でてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




湯煙煙


評価、感想をもらえると投稿頻度を上げることを検討します。
嘘です、調子に乗って筆が乗ります。

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