貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答え合わせの時間。


『先天性強者』

 初めはどうでもいい存在でしかなかった。

 

 自分が天才であることを自覚していた彼女にとって、トレーナーというものはレースを走りやすくしてくれるお手伝いさん程度の認識であった。

 あるいは、トウカイテイオーというウマ娘をスカウトするために彼ら彼女らが口にする称賛の言葉を聞くことで、自分が『強いウマ娘』であることを再認識することがモチベーションを高めるのに役立っていたぐらいか。

 

 だからこそ、だろう。

 

 黒いカラスの群れに一羽だけ白いカラスがいればこれ以上無いほど目立つように。トウカイテイオーという才能に溢れたウマ娘に全く興味を示さないトレーナーの存在は、さすがの彼女も気になるように──を、通り越して苛立ちを覚えるようになった。

 

 これが例えば、ミスターシービーとの勝負に敗けたことでガッカリされたのであればまだ耐えられた。それならば評価を覆せばそれでいい、自分がミスターシービーに勝てばよいだけの話なのだから。

 だが彼は違う。そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかもどれだけベストな走りをしても、こちらを見ているようで全く別のナニかを見ているのだ。

 

 気に入らない。

 

 とにかく気に入らない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……なんだ、全然しっかりしてるじゃん。これなら練習するのにゼンゼン問題ないね」

 

 校則違反ギリギリの早朝、校舎から最も離れた第9レース場の芝生を確かめるように踏みしめながらトウカイテイオーが呟く。

 施設全体で見ればあまり綺麗ではないのだが、コースの手入れだけは完璧に整えてある。メンテナンススタッフの仕事ぶりに感謝をしつつ、脚の感覚を確かめながらゆっくりと走り始める。

 

 ほどよく筋肉がほぐれたところでギアを上げる。ウォーミングアップの走りからレースの速度に切り替わったのと同時に、思わずトウカイテイオーは苦笑いを浮かべた。

 

(あーあ、イヤになっちゃうね。ボク、こんな()()()()()()()()で満足してたんだから。しかもそれに最初に気が付いたのがあのトレーナーなんだもんなぁ~)

 

 天才を自称しておきながら、速く走ることだけしか考えていなかった自分に説教してやりたい気分だった。わざわざ静かな時間、静かな場所を選んだかいがあって、自分の脚が走り方に文句をつけているのがよくわかる。たしかにこのままの走り方を続ければ、いずれあのトレーナーが言っていたような結末を迎えていたかもしれない。

 ならばその結末、全く別の未来に変えてみせようじゃないか。才能に振り回されたことで脚が壊れてしまうというのなら、こちらから脚へと寄り添ってやればいい。本気の速度でも負担の少ない走り方をトコトン探ってやろうじゃないか。

 

 

 新しいオモチャを手に入れた子どものように、いかにも楽しくて仕方がないと言わんばかりに彼女は笑う。そうでもしなければ体力より先に気力が尽きてしまいそうだから。

 

 

 才能のあるウマ娘ほど、走りの最適解を見つけることがどれだけ()()()()()()を知っている。天候やバ場状態などは前提条件に過ぎず、それ以外の全ての要素を考慮するとなれば選択肢は無限に存在することに気が付いてしまうからだ。

 仮に1ミリのズレもなく2周目を同じコース取りをして走ったとしても、そこには1度通過した分の変化が蓄積されている。ならば丸ごと1歩横にずれて新しいターフを踏めばいい? それこそ論外、コース取りを変えた時点でそれは状況再現ではない。

 

 単独での走り込みですらこれなのだ、そこに本番のレースでは他のウマ娘という不確定要素の大群が加わるとなれば──ある程度の妥協案を受け入れるのは正しい判断であると、そう誰もが()()()のも仕方のないことだろう。

 

「……ぅあ、くそッ!!」

 

 もちろんトウカイテイオーもそのことに気が付いている。先ほどから頭の中で、この無謀な試みを取り止めるための言い訳が次々と流れているぐらいには。

 

 

『そんなことして、本当に意味あるの?』

 

『ただ意地になってるだけでしょ?』

 

『それより普通に練習しようよ』

 

『速く走れるんだからそれでいいじゃん』

 

『本当にケガするかどうかなんて、そんなことワカンナイよ』

 

『いままでも模擬レースだって勝ってるし』

 

『あんなヤツになにがわかるのさ』

 

『そうだよ、担当トレーナーでもないヤツの言うことなんて気にしなくていいよ』

 

『みんなだって言ってたじゃん』

 

『アイツはお金が欲しくてトレーナーになったとんでもないヤツなんだよ?』

 

『だからさ、もういいじゃん』

 

 

『無敵のテイオー様をスゴいって言ってくれるトレーナーなんて、トレセン学園にいくらでもいるんだから』

 

 

「────ッ! ……ふぅ」

 

 ラストスパート並みの速度で走っていたトウカイテイオーだったが、徐々に脚の動きが鈍り始める。やがて完全に立ち止まってしまい、そのまましばらく空を仰ぎ見て。

 

 

 ──諦める? バカなこと言ってんじゃねーよ。

 

 

「……っし! こっからが本番だぁッ!」

 

 

 より力強いステップで再び走り出した。

 

 

 ──三冠の夢がどうとかいう話じゃねェ。諦める、ハンパに妥協するってことそのものがありえねぇンだよ。

 

 

 脚部だけではない、全身の筋肉の動き、血液の鼓動、骨の軋む音、皮膚の表面を撫でる風の感触から流れる汗の一筋に至るまでの悉くに集中する。

 

 

 ──テイオーの強さは脚の速さなんかじゃない。自分が強いウマ娘だと信じてるから強ェんだ。

 

 

 限界まで感覚を引き延ばし、ターフの感触はもちろん、蹄鉄を通して伝わってくる地面の状態を瞬時に分析し、次の1歩に要求されるパワーを予測する。

 

 

 ──結果として敗けることはあるだろうよ。だがな、挑戦すらしねぇで諦めるってことは、それは自分で自分の強さを否定することに他ならねぇ。

 

 

 ひとつの正解を見つける度に、新しい選択肢が目の前に現れる。それらはまるで生物の進化のように、無数に枝分かれしている。

 

 

 ──だからよ、アイツが自分の最強を疑ったら、アイツはトウカイテイオーじゃなくなっちまうだろ? そんなクソみてーな未来を選ばせるワケにはいかねぇんだわ。例え担当じゃなくてもな。

 

 

 暗闇の荒野に拡がる無限の軌跡。どれが正解なのかは誰にもわからない、そもそも正解が存在する保証すらない。きっと、多くのウマ娘たちが自分と同じように()()に挑み、そして多くのウマ娘たちが諦めて目を背けてきたのだろう。

 

 

 その気持ちは理解できる。

 

 だが、自分は違う。

 

 

 ──トレーナーちゃんはテイオーちゃんのことを心配はしてるけど、それでもテイオーちゃんならキラキラできるって信じてるんだね! 

 

 ──あん? なに当たり前のこと言ってやがんだオメーは。ウマ娘の可能性を疑うヤツがいたら、そいつはもうトレーナーでもなんでもねェよ。

 

 

「……ニシシ♪ この程度で無敵のテイオー様が引き下がると思っているなら大間違いだもん──ねッ!!」

 

 

 今度の笑顔は強がりなどではない。いまよりも強くなるためのヒントが目の前にあるのだ、それを楽しいと思わないウマ娘はいないだろう。

 なに、解決策ならすでに見つかっている。無限に選択肢が存在するのならば、こちらも無限の走り方を身に付ければいい。ただそれだけのことだ。

 

 己の強さに絶対の自信を持つ帝王の蹄跡が、数多くのウマ娘たちの可能性を阻んだ暗闇を蹂躙し始めた。

 

 

 

 

 ────()()()()()

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……って! トレーナーッ! ボクたちを置いてどこに行くつもりなのさッ!」

 

「え? いやちょっとルームに戻ってグッピーのエサやりにでも」

 

「それならボクとマヤノがあげてたの知ってるでしょ! っていうかッ!! そもそもボクの走りちゃんと見てたのッ!?」

 

「えぇ~? なんでだよ……お前に注目してるトレーナーなんていくらでもいるじゃん……俺じゃなくてもいいじゃん……」

 

「よくないッ!!」

 

 トウカイテイオーが不満を爆発させているのも当然である。走り方を改良してから、練習中に何人ものトレーナーに声をかけられたが、誰ひとりとして変化に気付いた者はいなかった。新人も、ベテランも、クラスAチームのトレーナーですら()()()()()()()()()()と定型文のように繰り返すだけだったのだ。

 試行錯誤を繰り返し、ようやく少しは納得のできる走り方ができるようになったと思っているところにコレである。トウカイテイオーが自信家であることを抜きにしても納得はできないだろう。だが、このトレーナーならば。

 

「そりゃお前……()()()()()()()()()()()()速くなってるのは素直にスゲーと思うけど」

 

「ッ! そーでしょそぉ~でしょ~? フフーン、もっと褒めてもイイんだよ~?」

 

「でも、お前アレじゃん。いまはまだ速いだけで強くないじゃん」

 

「んなッ!?」

 

「ステップワークも普通だし、ペース配分もまだ甘いし。そもそも本格化が終わったウマ娘と比べりゃまだまだ普通レベルだし。よりにもよって俺に将来性だけで褒めろって言われてもなぁ~」

 

「ぐぬぬ……ッ!」

 

「ま、そうだな……。お前が菊花賞に勝って三冠ウマ娘になれたら、そのときはちゃんと驚いてやるよ。それまではしっかりと基礎を積み重ねるんだな、お嬢ちゃん」

 

 

 ────。

 

 

「うがぁぁぁぁッ! なんだよ、なんなんだよあのトレーナーはァッ!! 褒めるときくらい素直に褒めればいいのに! イチイチあぁいう……ケンカ売らないと死んじゃうビョーキかなにかなのッ!?」

 

「いやぁ、たぶん単純に性格の問題じゃないかな。この前も『世の中の民が汗水流して働いてる時間に食べるパイの実マジうめぇ』とか言ってたし」

 

「フツーに性格悪いヤツゥッ! ……で、なんでマヤノはそんなに機嫌良さそうなのさ?」

 

「だって、マヤわかっちゃったんだもん☆ やっぱりトレーナーちゃんはさ、テイオーちゃんなら三冠ウマ娘になれるって信じてるんだって」

 

「どこがッ!?」

 

「あぁ、なるほど。たしかにそうだね。本当にわかりやすいのかわかりにくいのか判断に困る言い方をするトレーナーだよ」

 

「ちょっと! シービーまでッ! んもぉ~ッ!! なんなんだよみんなしてェ~ッ!!」

 

 

 その後、ふたりからトレーナーの言葉に隠された期待について聞かされたトウカイテイオーが『だからわかりにくいんだよッ!』と吼え。

 

 なんとかギャフンと言わせられないかと考えたところにミスターシービーから取り引きの話を聞き。

 

 だったらボクもトレーナーの実力を試してやるもんねッ! と気合いを入れてトレーニングの計画表を書き上げ──容赦なくダメ出しをされて再び吼えることになる。




感想でご指摘いただいて気付きましたが、慇懃無礼の意味を別の四字熟語と勘違いしていました。誠に申し訳ありません。
※慇懃無礼は表面的には取り繕えている前提なので、何一つ取り繕えていない主人公に対して使用するのは適切ではない。


続きは麦茶の美味しい季節になってから、次の登場ウマ娘はメジロライアンになります。

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