貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
デビュー前の自分よりは充分強いが、おそらく大多数のファンの記憶には残らない走り。それが併走相手の先輩ウマ娘に対してエアシャカールが感じた正直な感想である。
マイルと中距離で1回ずつ、GⅢレースを2勝しているだけでも実績としてはそれなりのはずだが、話題性ではどうしてもGⅠレースで活躍するウマ娘たちのほうが上である。シンボリやメジロのような名家出身、あるいは親がGⅠウマ娘、もしくは担当トレーナーの育成評価が高いか肩書きが豪華であればメイクデビュー前から注目されることもあるが。
事実エアシャカールも彼の挑発により好奇心が疼いていなければ気がつかなかっただろう。差し・追い込みを得意とする──否、
最初の直線もそれなりに参考にはなる。個性的を通り越して珍妙としか言えないようなトレーニングで鍛えられたバランス感覚によるものか、頭の位置にまったくと言っていいほどブレがない。
だが悲しいかな、それ以外はいたって普通である。いまはまだ追い付けないが、自分がクラシック級を走るころにはスピードもスタミナもパワーでも勝てる自信がある。
が、それはあくまでこの直線での話。最初のカーブに脚を踏み入れたその瞬間、前を走る先輩ウマ娘のプレッシャーが桁違いのモノへと変化した。
距離のロスを減らすために内ラチの側ギリギリを走る、言葉にするだけなら簡単だが包囲されるリスクも含めレースでこれを実行するのは難しい。
まして、耳飾りの一部が接触するほど限界までインコースを走ることができるウマ娘となれば、少なくともエアシャカールが知る限りでは目の前を走る先輩ウマ娘ぐらいなものだ。
併走トレーニングだから、ではない。マイルでも中距離でも、右回りも左回りも関係なく、天候が崩れてバ場が荒れていようとも。クラシック級後半から全てのレースで同じような狂気の走りを繰り返している。
コーナーの走り方だけはちょっとだけ得意かもしれない。そんな言い方をしていたあたり、おそらく本人は無自覚。仮に直線がほぼ存在しないコーナーがメインとなるようなレース場で勝負をすれば、あのマルゼンスキーですら彼女から逃げ切ることは不可能だと断言できるレベルの完成度。
ただし、それはあくまでコーナーだけの話。最終コーナーでまとめて差し切っても、結局は最後の直線で再び差し返される。GⅢレースではそれなりの活躍ができるものの、GⅡレースではギリギリ入着できるかどうか。
なんともアンバランスな仕上がりだが、彼女にはそれしかなかった。その走り方でしか勝ち目が無かった。スピードもスタミナもパワーも中央トレセン学園では平均以下だった彼女にほかの選択肢など無かったのだ。
幸運だったのは一芸特化に賭けるしかないようなウマ娘を全肯定するバカが中央に在籍していたこと、そしてそんなバカの影響を受けてしまった憐れな若手トレーナーが「オレはキミの走る姿に惚れたんだッ!!」とその場にいた全員が恥ずかしくなるような熱烈なスカウトを仕掛けたことだろう。
◇◇◇
「いや~、まさかボクが後輩ちゃんから併走を頼まれる日が来るとは思わなかったな~。シャカールちゃん、だっけ? どう? ボクの走りからなにかヒントは掴めそうかな?」
「……はい、おかげさまで。今日はありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして。キミがGⅠレースの舞台で活躍できる日を楽しみに待ってるね!」
先輩ウマ娘が立ち去るのを確認したエアシャカールは大きく息を吐き出すとその場に座り込んだ。
薄皮を1枚1枚丁寧に重ねるよう磨き続けられた技術である、模擬レース程度しか知らない自分が簡単にトレースできるとは最初から思っていなかった。
それでも強くなるためのヒントが少しでも得られればと併走トレーニングを頼み──こうして無事、体力も精神も完全に使い果たしたのだ。
先輩ウマ娘に比べれば随分と外側を、それでも自分の顔の横を障害物が流れていく光景はエアシャカールに不吉な想像を強要してきた。
そしてそんな狂った位置取りで楽しそうに疾走する先輩ウマ娘の姿。映像と数値だけでは決して理解できないイカれた世界がそこにあった。
楽しい。楽しいか。それはそうだろう、自分が全力でレースに挑むための走りを見つけたのだ、楽しくないワケがない。
「シャカールさん、お疲れさまです~。あの、もしよかったらこれ、飲んでください~」
「……中身、大丈夫なンだろうな?」
「安心してください、中のドリンクはアイネスさんやクリークさんたちと一緒に作りました~! ちゃんと味見もしましたし、ほかの皆さんも飲んでいますので大丈夫です~!」
「そうかよ。…………ぬりィな」
「え? ……。──ッ!? 冷蔵庫で冷やしておくのを忘れてましたぁぁぁぁッ!!」
「あー……。まぁ、今日はそこそこ涼しかったし、こういうのは常温のほうがいいからな……」
「うぅ~、ありがとうございますぅ~。それで、あの……トレーナーさんが言っていた7センチのナゾは解けそうですか……?」
「さァな」
クラシック路線を走ると見抜かれたことに驚きはない。あのトレーナーがウマ娘の脚質を把握する能力に長けていることは知っているし、ポラリスの部室にあるウマ娘たちのデータを見ればその鑑定眼は信用に値する。
インターネットで検索すれば簡単に手に入るような情報ではない、古今東西さまざまなウマ娘たちのレース映像から産まれたもの。分析と考察と研究により蓄積されたあのトレーナーの叡智の結晶。
シリウスシンボリとナカヤマフェスタをイカサマ有りのポーカーで(見抜けるものなら見抜いてみろと挑発付きで)一方的にボコボコにし煽りに煽ったあげくエアグルーヴにドつかれている姿にはまるで知性を感じないが、トレーニングや模擬レースを観察しているときに無意識なのか稀に見せる冷徹な勝負師の表情は彼が正しくバケモノ側である証拠だろう。
そんなある種の信用があるが故に、エアシャカールは考えてしまう。三冠ウマ娘まで7センチという言葉に潜む意図を。
皐月賞で躓く? ダービーを取り零す? 菊花賞で届かない? スタートのタイミングなのか、コーナーの位置取りなのか、最終直線の末脚かもしれないし、ゴール板直前の競り合いかもしれない。何らかの理由であのトレーナーの頭の中にいるエアシャカールは、彼のデータで構築されプログラムで走る自分の幻影はナニかが7センチ不足して三冠ウマ娘になり損ねたのだ。
それを頼んでもいないのにわざわざ本人に伝えるのだからイイ性格をしている。アグネスタキオンの悪巧みという言葉選びそのままの笑顔だったのも、多くのトレーナーが担当ウマ娘を鼓舞するような「頑張ればきっと勝てる」といった抽象的なモノではなく具体的な数値を示したのも含めて、だ。
本当に、あの野郎の嫌がらせでせっかく組んだプランがまた使い物にならなくなった。勝てるレースを確実に取るつもりでいたのに、こうなったら意地でも三冠ウマ娘を狙う必要ができてしまったじゃないか。本物のオレがアイツの幻影以下で終わるなんてふざけた結末、ガマンできるワケねェだろ。
「シャカール、少しいいかな?」
「あン? ……なんだ、誰かと思えばオマエかよ。親切に忠告してやったってのに、ずいぶんと大事になっちまったな」
「いやぁ、まぁ、その節はどうもとしか。けど後悔はしていないよ。新人がなにを偉そうに、って思うかもしれないけど……ファインは、あの子はきっとレースの世界で活躍できるって本気で信じてる」
「アイツがちゃんと“走れる”ウマ娘だって意見にはオレも賛成だがな。それで、いったいなンの用だ?」
「併走トレーニングの相手をお願いしたい。レースを走りたいって気持ちは本物だけど、それでもまだファインの中には迷いがある。それを断ち切るために、キミに協力して欲しいんだ」
「ソレを頼むなら、オレよりもずっと頼りになるセンパイがいるだろ? そっちはどうした、アイツならウマ娘のためなら喜んで協力するハズだ」
「あの人には別の形で協力してもらおうと思ってる。理事長やたづなさんにも相談したんだけど、
「──! ……いいのかよ、勝てる相手を選ばなくて」
「それじゃあ意味がない。勝てるかどうかじゃなくて、ファインモーションというウマ娘が持っている可能性を引き出さなければいけないんだ。……まぁ、本音というか、一番の理由は俺が証明したいってだけなんだけど。ファインはこんなにも凄いウマ娘なんだってことを」
「完全に手遅れだな。処置の施しようがねェ」
「いやぁ、ハハハ……。ちょ、そこまであからさまに呆れることないだろ!? だってしょうがないじゃないか! ファインのあんな……楽しそうに走る姿を見てしまったんだ、トレーナーとして無視するなんてムリに決まってるじゃないか」
「ハッ! ここにもあのバカに影響受けたバカがいたか。この調子じゃ、オレがメイクデビュー走るころにはトレセン学園もとんでもねェことになってそうだな。いいぜ、オレもイロイロ試したいこともあるし併走には付き合ってやる。ドトウ、ついでだ、オマエも手伝え」
「へ? ……私もですかぁ!?」
「アイツからアドバイス貰ってンだろ。データは実際に使わなきゃ意味がねェ、ファインのついでに鍛えてやる」
「えっと、その、あの……よ、よろしくお願いしますぅぅぅぅ!!」
「シャカール、すまない。助かるよ」
「礼を言うのは早ェよ。確かにあのバカがファインの立場を考えて遠慮するなんてあり得ねェが……走りたがってるウマ娘のジャマをする相手に黙ってるワケがねェ。例え相手が王族だったとしてもな。まァ、バカがナニやらかしてもポラリスの連中は大笑いしてそうだが」
シーズン3も残り5話+オマケとなりました。
当初の予定では作品全体のオチまで100話もかからないはずだったんですが、このペースで書いてたら200話フツーに越えるかもしれません。というか越えます。
でも1話が短いのでほかの作品基準だとまだ30話ぐらいだな。ヨシ!
続きはバレンタインSSRボーノを集め終わったら、次の登場ウマ娘はいつかのモブウマ娘ちゃんになります。