貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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とらいある。

 トゥインクル・シリーズへの出走権を賭けた非公式レースであるトレセン学園1800(芝)がついに始まりましたが、良バ場であるコースと違いレース場の雰囲気はかなり重苦しい状態です。

 もちろん原因は貴方にあり、そのことは貴方自身も正確に把握しています。模範的な不適合トレーナーが堂々とコースの側で観戦している姿は誰から見ても場違いですから、いつの間にか揃っているウマ娘はもちろん、理事長である秋川やよいとその秘書である駿川たづなといった学園関係者、そして当事者であるファイントレーナーにモニターの向こう側の国王も臍を噛む思いでしょう。ファインモーションの母親らしきウマ娘はなぜかニコニコしていますが。

 

 当然ですが彼ら彼女らの動揺を考慮する必要など貴方にはありません。完璧なヘイトコントロールであるといつものように心の中で自画自賛の真っ最中です。

 

 さて、それはそれとしてレースの評価はしっかりと行わなければなりません。ファインモーションは素晴らしい素質を秘めたウマ娘ではありますが、これまでレースには参加しないと公言していたという特殊な事情を抱えています。

 それがいきなりトゥインクル・シリーズに挑戦するとなれば、必ず下衆の勘繰りというものが付いてくるハズです。

 

 国王とはいえ所詮は父親、ファインモーションの走る姿を見たいと考えるのは当然であり、反発する者たちが納得する材料としてはあまりにも弱い。

 ファイントレーナーに至っては論外というもの。たとえ天から日輪の輝きが無くなったとしても、トレーナーが担当ウマの在り方を否定することなどあり得ないと貴方は考えています。なのでここは自分が嫌われ者という立場を最大限に利用する場面であると判断しました。

 

 

 と、いうワケで始まりましたトライアルレースはなかなか悪くない展開で進んでいます。ファインモーションの評価試験はもちろん、適度な緊張感の中で走るのは脚質の向上を目指す先輩ウマ娘たちにとっても良いトレーニングになるでしょう。

 のちにロイヤルSP隊長ウマ娘が「日本のコミックにある“場のスゴ味が増す音”は実在する」と感動しながら友人知人に話すほどの気迫でレースを見守る貴方でしたが、ウマ娘たちの走りに満足しつつもついさきほど閃いた『大事なレースに難癖を付けて走りの課題を自覚させるついでに不興を買って追放されちゃうぜ大作戦』が滞っている事実にはさすがに苦味のある表情をこらえることはできない様子。

 

 

 どんな些細なことでもいい。なにか自分の責任問題に繋げられるような出来事を見逃してはならない。悪役として真剣にレースを見ていた貴方ですが──なんということでしょう! 最終コーナーでファインモーションの顔へ蹴り上げられた土が飛んでしまいました! 

 

 

 この手の飛来物はウマ娘レースの世界でもかなりデリケートな問題です。野外競技ですから仕方ない部分もあるのですが、意図的にそれを行うウマ娘もいるため慎重な判断を求められることになるからです。

 卑怯な手段で戦ってどうする、などという正論を叩き付けるのは簡単かもしれません。しかし貴方は知っています。彼女たちもまた、本気で勝利を欲する戦士であると。

 

 実は中央トレセン学園にもそうした技術を身に付けようとしているウマ娘が在籍しており、貴方はそのウマ娘に真意が如何なるものかと問い掛けたことがあるのです。

 返ってきた答えは「全てのファンから後ろ指を指されることになってもいい、たった1度でも勝利したという事実が欲しい」という切実なものでした。

 

 善良で真っ当なトレーナーであれば正道へと導くところかもしれませんが、貴方は世界で唯一の悪役トレーナーですからそのような義務はありません。なにより、不名誉を生涯背負う覚悟は非常に好ましくさえありました。

 ならば貴方がウマ娘へかける言葉など決まっています。そのときは、全ての雑音を消し飛ばすほど大きな声で「よくやった」と褒めてやる。そんな覚悟を、天地神明にかけて必ず実行するという決意を込めて伝えました。

 

 これならば黒幕たるトレーナーの存在によりウマ娘にはヘイトが向きませんし、貴方も円満追放されるのでまさに一石二鳥というもの。

 問題があるとすれば、その機会が訪れるよりも先にウマ娘が1年間の敗北の末に無事未勝利戦を勝ってしまったことぐらいです。それからさらに1年間の敗北を重ねオープン戦に勝利し、現在は「こっから1年また敗ければ、今度は重賞にも勝てるってことじゃん? なら余裕余裕! これでも、敗け続けるレースは得意じゃん!」とGⅢレースへ向けて愚直に努力を続けています。

 

 やがて彼女は「これはもう期待できないな」と諦めた貴方から渡された重賞向けトレーニングプランを乗り越えた未来にて“誰よりも敗北を知るグランプリウマ娘”として大勢の足掻き続ける挑戦者たちを導く蹄跡を残しますが、いまはそんなことよりも目の前のレースの結果のほうが大事です。

 アクシデントによりファインモーションは失速してしまい、当然の結果として最下位となってしまいました。これはただの模擬レースではないことは周知の事実ですから、レース場は非常に気まずい空気が蔓延してしまっています。

 

 

 この絶好の機会、利用せず傍観するのは阿呆の所業なり。貴方は邪悪なる笑みを浮かべ、モニターの向こう側にいるファインモーションの父親へ向けて「さてご覧の通り、娘さんはトゥインクル・シリーズに挑むのは難しいかもしれません。お望み通りの結果ですね、おめでとうございます」と丁寧に、そしてわざとらしく頭を下げました。

 

 

 さぁ、ここからはずっと貴方のターンです! 背後では黒いジャージを着たウマ娘たちがコメ食い顔をしていたり額を押さえて露骨なタメ息のエアグルーヴを苦笑いのサイレンススズカが励ましたりしているため少々迫力に欠けますが、極悪非道のトレーナーらしく煽りに煽って都合の良い言葉を引き出しましょう!




これは不敬罪で一発アウトですね間違いない(確信)

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