貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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ぷりんしぱる。

 無敗のまま秋華賞、そしてエリザベス女王杯を勝利した競走馬。GⅠをふたつ勝利しているというだけでも、ファインモーションが素晴らしい脚を持っていたことは伝わるでしょう。

 購入時、オープン戦に勝利し重賞のひとつでも勝ってくれれば……と。そんな期待を良い意味で裏切ったその牝馬は、とある騎手が牡馬と勘違いして「これでダービーに行きましょう」と提案するほど力強い走りを見せました。

 

 故に、ウマ娘のファインモーションもまたトゥインクル・シリーズで活躍できるだけのモノを秘めているのは確定的に明らかです。

 事実、さきほどの模擬レースでもトラブルが起きるまでの走りはそれなりに悪くなかったと貴方は評価しています。このままトレーニングを続ければ、重賞の舞台に立つだけの実力は必ず身につくことでしょう。

 

 

 ですが、現在のレース場の雰囲気は貴方の評価とは真逆の雰囲気となっています。

 

 

 緊張と沈黙。仮にも中央トレセン学園に所属するトレーナーが、レースで敗北したウマ娘の父親を、それも王族に対して盛大に挑発をしたワケですから当然です。

 現在進行形でもともとマイナスであった評価は更なる奈落へと下降しているワケですが、正直なところこの沈黙は貴方が想定していた変化ではありません。

 

 王族であれば海千山千の曲者と舌戦を繰り広げるのが日常ですから、この程度の煽りになど鮮やかに反論してくるだろうと決め打ちしていました。学生時代に活躍した無刀取りの技術の如くカウンターを主軸とした計画を貴方は練っていましたので、ファインモーションの父親からのアクションが無ければ次の一手を打つことができないのです。

 しかし肝心の父親は忌々しいと言わんばかりに顔をしかめるだけ。母親であろうウマ娘は相変わらず何故か機嫌が良さそうで反論してくる様子はありません。SPウマ娘も黙ったままですが、此方に関してはプロフェッショナルとして喚かないだけであると判断しました。

 

 

 さて、初手から計画が崩れてしまいましたが努力を怠らない勤勉なチート転生者である貴方はこの程度で動揺などしません。敵対者として期待が出来なくなった王族へ対する興味を完全に失った貴方は、次の標的をファインモーションの担当トレーナーに定めます。

 

 

 自慢の愛バを貶されたのですからトレーナーであれば逆鱗に触れるも同然、悪鬼羅刹も滅されるのを覚悟するほどの怒りに目覚めて睨んでくる──などということはなく。どういうことかファインモーションと並び呆然とした表情でこちらを見ているではありませんか。

 そんなバカな。トレーナーたるものウマ娘に対する侮辱を見逃すなどあり得ない。事実、貴方も研修生時代に脚の遅いウマ娘を無価値であると嘲笑う教官を頭部の毛根が枯れ果てるまで追い詰めたことがあります。

 

 その男は「俺は二度と間違えない。親父の後を継ぎ、食べた者を幸せにできるにんじんを育ててみせる」と言い残し、三日三晩の滝行を経て農家として再出発しています。

 にんじん農家を営むのに滝行は関係ないだろうに、という考えは口にするのは無粋であると黙していますが。

 

 

 ともかく。ファイントレーナーが腑抜けている理由はなんだろうかと考えた貴方ですが、答えにたどり着くのは簡単なことでした。

 アプリのトレーナーたちはウマ娘のために七難八苦を乗り越える超人ばかりですが、冷静に思い返せば好き勝手にチート能力を振り回す貴方とは違い常に正々堂々とした真向勝負でトラブルを解決していたハズです。

 

 つまり感情まかせに怒鳴り声を上げるなど言語道断。なるほど、彼はいま愛バの名誉を傷つけられた怒りとトレーナーとして守るべき矜持との間で揺れ動いているのだろう。

 

 ならば自分の役目は定まった。彼がその内に燃え盛る怒りを吐き出すための正当な理由付けをしてやることだ。今日も悪役としてパーフェクトな答えを導きだした貴方はファイントレーナーを「いつまで呆けているッ!」と一喝しました。

 ウマ娘を利用し金儲けを企む悪のトレーナーとして恥じない己であるために数多の修羅場を潜り抜けてきた貴方の怒号は十把一絡げのチンピラとは格が違います。ファイントレーナーはもちろん、ファインモーションもまた驚きのあまり咄嗟に背筋を伸ばしてしまうのも無理はありません。

 

 

 そして次に貴方は「お前はそのウマ娘の、ファインモーションのトレーナーなのだろう?」と言います。

 

 

 さぁ、ここまで仕込めば今日のところはもう充分でしょう。ファイントレーナーから、担当ウマ娘が見付からない底辺トレーナーがなにを偉そうに語るのだと言わんばかりの強い眼光を向けられた貴方は大満足でレース場を去ることにしました。

 エアグルーヴからはもう少し加減はできないのかと小言が飛んできましたが、ここは敵となる相手に手心を加える理由など無いとニヤニヤしながら返事をしておきましょう。呆れたように「この大たわけが……」と呟かれ、これにてミッションコンプリートです!


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