貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答え合わせの時間。


『義務』

 少なくとも可能性はゼロではない。若い新人トレーナーの男はそう確信している。

 

 ファインモーションの事情については先輩トレーナーからある程度は教えられていた。王族としての立場故に、時に大きな危険を伴うレースに参加することは自重しているのだと。

 だがそれならば。国交のためだけに日本にいるのならば、わざわざトレセン学園に留学する必要などない。トレセン学園に通わないウマ娘など、本気でレースに興味がないウマ娘など世界中にいくらでもいるのだから。

 

 

 矛盾。いや、おそらくは葛藤。

 

 

 ファインモーションがトゥインクル・シリーズに挑戦することを望まないのであれば、いくらでも止める手段はあるのだ。

 何故なら、政治的にも常識的にも正当性は国王である父親側にあるのだから。ファインモーションの走る姿を見たいというのは自分ひとりのワガママでしかないのだから、真っ当な手段で諦めさせることなど容易いことである。

 

 故に、ファイントレーナーは賭けに出た。おそらくは。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()……と。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「先生からの伝言だ。ファインモーションのご両親の日程の調整は終わったって。さすがにオンラインでの……監視? 観察? んー、どう言えばいいのか……ともかく、モニター越しに走りを評価することになるってさ」

 

「そうか……助かる。セッティングを引き受けてくれたお前のお師匠さんはもちろんだけど、メジロドーベルのことで忙しいんだろう? まだ模擬レースを走るのも厳しいとかなんとか聞いたが」

 

「まぁ、ね。けどきっと、いや絶対に大丈夫さ。なにせドーベルは強いウマ娘だからね。メジロライアンも色々と話をしてくれているみたいだし、最近は向こうから挨拶もしてくれるようになったんだ。……おっかなびっくりだけど」

 

「そういう部分ではファインはこっちが驚くぐらい社交的だったなぁ。初対面でラーメン屋の案内を頼まれることなんて、後にも先にもあの一回きりだろうさ。ともかく、これでようやくスタートラインに立つための準備はできたワケだ」

 

 娘をトゥインクル・シリーズで走らせたいのであれば、それ相応の能力があることを証明してみせろ。

 

 条件としては納得のできる内容なのだが、如何せんファインモーションの両親は職業が特殊過ぎて気軽にトレセン学園へ招待することができない。

 最初は録画データで……とも考えた。しかしレースの着順判定のように事務的な処理をするものならばともかく、これはファインモーションというウマ娘の在り方に関わる話なのだ。

 

 ある意味では、少なくとも本人たちにとっては国際GⅠレースよりも重要な一戦。なにか上手い方法はないだろうかと友人たちに知恵を借りながらウンウン唸っていたところ。

 

 

「あら、それなら私が段取りを引き受けてあげるわ。ファインちゃんのお母さんとはお友だちなの」

 

 

 当たり前のようにファインモーションの母親と発言しているが、王族の、殿下と呼ばれる立場のウマ娘の母親とは国王の妻ということである。

 それを友人だからと気軽にLANEを送り始める老婦人トレーナーの姿にはファイントレーナーやドーベルトレーナーだけでなく、協力するために集まってくれていた同僚や先輩たちも「このヒト何者なんだ……」と驚いていた。

 

 もちろんソレを追求するような野暮なことは誰もしない。彼ら彼女らは中央トレセン学園のトレーナーという限られた者のみが手にすることができる栄誉を掴んだエリートなのだ。リスクマネジメントなどお手の物である。

 

 

「お前のことだ、とっくに調べているんだろうが……王族とか貴族とか、名門とは別の意味で立場が強いウマ娘のレースってのはどの国でも難しい問題みたいだな。それも、本人よりも外野のほうが、だ」

 

「安心しろ、すでに取材が何件か来たよ。いまのところ引き受けたのは乙名史さんの月刊トゥインクルだけだけど。ほかにも胡散臭い連中が学園の近くをウロチョロしてたらしいが、ウチにはほら、頼りになる先輩方が()()をきかせてくれているから」

 

「ハハッ。そんな先輩のひとりに模擬レースを仕掛けようっていうんだから、お前も大概だよ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 準備期間は充分にあった。

 

 ターフの状態も悪くない。

 

 対戦相手となるウマ娘たちは全員が格上だが、ファインモーションというウマ娘の走りを試すという意味ではむしろ好都合。

 王族の義務としての仮面の奥で燻っていた闘争本能、その煌めきを見せつけるには絶好のシチュエーションである。

 

 先輩の、ポラリストレーナーの一喝でスイッチが切り替わった瞬間に自分もファインモーションも気圧されそうになったりもしたが……それだけこのトライアルは“本気の勝負”として行われるという証明でもあった。

 

 レースはスタートの時点から実力の違いを思い知らされる展開となる。スタートダッシュの技術は対戦相手のウマ娘たちのほうが圧倒的に巧いのだから当たり前だろう。

 位置取りについてもファインモーションの脚と判断力によるものではなく、周囲のウマ娘たちがファインモーションのペースに合わせて様子を見ながら全力を出すタイミングを調整している結果に過ぎないのだ。

 

 

 勝ち目は、無い。

 

 

 だがそれでいい。勝てるから闘う、などという半端な気持ちでの挑戦では説得などできるワケがない。圧倒的な走りでクラシック三冠を勝ち取り、誰が呼び始めたか『皇帝』の二つ名を持つシンボリルドルフでさえも獲物として狙われるのが現在の中央トレセン学園なのだから。

 いま、求められているのはファインモーションがずっと我慢して抑え続けてきた熱量を見せること。それは父親と母親であれば絶対に気がついていたハズのものなのだから、伝えること自体は簡単なハズなのだと若きトレーナーは確信していた。何故なら、あんなにも彼女は真剣に、そして楽しそうに走っているのだから。

 

 ファイントレーナーも、ギャラリーのひとりとして並んでいたドーベルトレーナー(仮)も、国王陛下ですらもこのトライアルレースに安心を感じ始めていた。

 

 だがそんな空気などは、顔にわずかに土の汚れを残したまま申し訳なさそうに微笑むファインモーションの姿を見てしまえば簡単に崩れさってしまうほど脆かった。

 ただの敗北とは違う、アクシデントによる失速。誰もがファインモーションの走りを認めつつあったからこそ、誰もが言葉を失っていたのだ。

 

 ただひとり。トライアルレースのライバル役を引き受けてくれたウマ娘たちの事実上のトレーナーである彼だけが動いていた。

 パチパチと手を叩きながら、ファインモーションの父親へ向かって「おめでとうございます」と、ただただ楽しそうに嗤っている。

 

 父親は怒りに震えながらも反論しない。否、できない。何故なら彼はファインモーションがトゥインクル・シリーズを走ることを許さないと公言していたのだから、ここでポラリストレーナーの挑発を否定することなどできるワケがない。

 

 

 

 

 

 

「いつまで呆けているッ!!」

 

 

 

 

 

 

「────ッ!?」

 

 目まぐるしく変化する状況に混乱していたファイントレーナーであったが、その一喝はあらゆる感情の動きをまとめて黙らせるほどの怒気が込められていた。

 意思とは無関係に背筋が伸びる。王族としての立ち振舞いを徹底していたファインモーションでさえもそれに逆らえない。集まっていたトレーナーやウマ娘たちも、秋川やよいや駿川たづなも、モニターの向こう側にいる国王でさえも。

 

 

 

 

「お前はその子の……ファインモーションのトレーナーだろうが」

 

 

 

 

 そのひと言で理解する。

 

 いや、理解させられた。

 

 彼の言う通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なのに動揺したまま黙っていた。ファインモーションが一生懸命“トレーナーが不安にならないように”微笑んでくれていたのに。

 ファイントレーナーは恥と、悔いと、憤りで。可能ならば自分を全力でブン殴りたい気分であった。そしてなにひとつ言葉が出てこないままポラリストレーナーを睨むような形になってしまったが──彼は満足そうに微笑むと、そのままターフを去ってしまった。

 

 なにも言わない。非公式とはいえ国賓を相手に、国際問題を危惧してトレセン学園から追放……いや、トレーナーライセンスそのものを取り消されるかもしれないというのに。エアグルーヴと僅かな会話を交わしただけでレース場からいなくなってしまったのだ。

 もちろんトレードマークである黒いジャージを羽織ったウマ娘たちも一緒に、である。あれだけのことを仕出かした、ファインモーションの父親に対する挑発もそうだが、ファインモーション本人すらも侮辱するかのような言い方をしていたというのに、誰もそのことについて追求することなく“当たり前のように”彼の後ろに続いていく。

 

 

 ぞくり、と。ファイントレーナーの背中に冷たいモノが走る。自分はまだ誤解していたことを思い知らされて。

 

 

 ポラリスの強さをミスターシービーの三冠を始めとした大舞台での勝利の数や、それらに挑むウマ娘たちの意気地にあると思っていた。

 だがそうではない。それだけではない。彼と、ウマ娘たちとの間にある絶対的な“機能としての信頼”こそがチーム・ポラリスの強さなのだ。

 

(そうか。俺は足りていなかったんだ。ファインモーションのトレーナーを名乗ろうとするのであれば、認めてもらうなんて考え方は甘かった。そうじゃない。俺は、ファインの走りを、()()()()()()()()()()()()んだ)

 

 

 

 ファイントレーナーの瞳に強い光が──半ば狂気にも近い炎のように煌めく光が宿る。

 

 

 

『あらあら。フフフ、やっぱり国が違ってもこういうときの男の子って同じなのね。懐かしい、誰かさんがわたくしを情熱的に口説いたときを思い出します』

 

『……キミのほうからトライアルを提案された時点でイヤな予感はしていたがね。だがまぁ、せっかく国王としての仮面を剥ぎ取られたのだし、ここからはプライベートとしてトレーナー君と話してみるのも悪くないかもしれん』

 

 ファイントレーナーがモニターの前にたどり着くと、そこには先ほどまでの威厳や気品とは無縁の──イタズラ小僧のようにニヤリと笑うひとりの父親がいた。




前回から投稿期間があいているのは、スペイン語を話す化け物相手にネコミミを探しにいったりホウエン地方でマグマ団の野望を阻止するためになみのりをしていたからです。

チェーンソーはまだ許す。

フェアリータイプってなんだよ。(←いにしえのトレーナー特有の苦難)


続きは地域の田植えが一区切りついたら、次の登場ウマ娘はイナリワンになります。
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