貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
生粋のGⅠハンター。大井競馬場からJRAへと移籍してからの3勝が有馬記念、宝塚記念、天皇賞(春)であることからイナリワンをそのように評価するファンもいますが、その競走馬を語るのであれば勝ち鞍以外にも注目すべきことはたくさんあることでしょう。
オグリキャップ、スーパークリークと並び『平成三強』と呼称されたこと。標準的な競走馬よりも小柄でありながらパワーに溢れていたこと。そして、あまりにも激しい気性は癖馬の扱いにも長けていた鞍上でさえ「どれだけ手綱を強く握っていても暴れるのではないか」と心配するほどでした。
ウマ娘のイナリワンがちょくちょくタマモクロスと衝突するのは、もしかしたらそうした気性難の部分が関係しているのかもしれませんが……義理人情に厚く、勝負事に熱く、宵越しの脚は残さないと宣言するような気風のよさは後輩たちにも頼れる姉御として慕われています。
もっとも、この世界ではまだ中央トレセン学園には所属していないのですが。
「簡単なものですが一品料理やお味噌汁もありますので、よろしければテーブルもご利用くださいね~」
「お、そいつぁ気が利くねぇ! お天道さまは機嫌がいいがまだちと肌寒いし、なにより握り飯にみそ汁ってなぁ最高の相棒だからな!」
「こちら、お品書きになります!」
「おぅ、ありがとよお嬢ちゃん。さぁて、食うと決めたからにはケチケチ注文するのは性に合わねぇ。せっかくの屋台飯だ、気になるモンは全部試させて貰おうかい」
聞いていて耳に心地好い、まさにターフを駆けるウマ娘のように軽快な会話を交わす未来のGⅠウマ娘たち。彼女たちがいずれはトゥインクル・シリーズで鎬を削るレースを見せてくれると思うと、ウマ娘ファンとしては感慨深いものがあることでしょう。
と、そこで観察が終わるようでは悪役として三流以下というもの。悪役トレーナーとして一流の中の一流を目指す貴方の観察眼は、表面上は明るく振る舞っているイナリワンがなにかしら迷いのようなものを抱えていることを見逃しません。
悪の美学を追求する貴方は、大勢の取引相手となるウマ娘との対話でも刹那の瞬間ほどの変化も見逃すことなく完璧な煽りを完遂してきました。故に、初対面だろうと心の迷いを察知するのは瞬きの如く容易いことなのです。
さて、アプリのストーリーを知る貴方が予測する悩みの種といえばズバリ“中央トレセン学園からのスカウト”が真っ先に思い浮かびます。大井レース場で走る仲間たちと、中央の大舞台に挑戦する機会のどちらを選ぶか迷っているのではないか……と。
もちろんこれは、あくまで貴方が前世の記憶と知識をベースに予測したものに過ぎません。可能性が高いというだけで、あたかも確定したかのように勘違いをして失敗するなど完璧なチート転生者を自負する貴方には当然許せるワケがありません。
注文を受けたおにぎりの具材──いかめんたい、こはだ、かわのりの仕上げをニシノフラワーに任せ、小鯵の南蛮漬けと素焼きにんじんの支度をしながら貴方はイナリワンに慎重に探りを入れます。
まずは小手調べ。歩き方にクセがあることを理由に中央トレセン学園の生徒かと聞けば、いいや大井レース場を拠点にしているチームのウマ娘だと返事がきました。
途中でニシノフラワーが不思議そうな様子でなにかを言いそうになったりもしましたが、スーパークリークがそっと両肩に手を置いて回れ右をさせたので質疑応答は滞りなく進み……イナリワンの悩みが貴方の予想した通りであると確定しました。
「中央から来たっていう若ぇトレーナーさんが信用できねぇってワケじゃねぇんだ。そりゃ、酸いも甘いも噛み分けたなんてデケェ口叩けるほど自惚れるつもりはねぇけどよ、あの目は……なんつーか、信じられる……いや、信じたくなるほど真っ直ぐだったモンでなぁ」
反応は悪くない。となれば、やはり大井レース場の仲間たちのことが気掛かりなのでしょう。
自分のような金儲けにしか興味のないトレーナーの屑とは違い、面倒見の良い姉御肌のイナリワンにはチームのウマ娘たちが成長するのを見届けなければならないという使命感があるのでしょう。
己とは真逆の、仲間を大事にするその精神性は実に天晴れですが……その部分についての説得は未来のイナリトレーナーの役目です。刺身に添えられた小菊のような脇役として活動することに誇りを持っている貴方に介入の意思はありません。
となれば──やるべきことは決まっています。いつも大勢のウマ娘たちにしているように、イナリワンの神経を逆撫でして闘争心を煽り、貴方への評価を下げつつ背中を押してあげることにしましょう!
貴方はイナリワンへ「挑戦することが必ずしも正解であるとは限らない。迷うということは、それだけ仲間たちのことを大切に想っている証だ」と優しく語りました。
気まずそうに、それでも嬉しいのか照れ臭そうに笑うイナリワンでしたが……もちろん褒めることが目的ではありません。
間を置かず貴方は続けます。中央に所属するウマ娘はいまのイナリワンよりも未熟な脚の者も大勢いるかもしれないが、可能性を掴めるなら泥だろうと噛み締めて踏ん張るウマ娘も大勢いる。
故に、どれだけ能力があろうとも仲間を言い訳にして前に進もうとしない臆病者が入れるゲートなど存在しないだろう、と。
「────あぁんッ!?」
「えっと、その、あの、クリークさん? ほんとうに止めなくても大丈夫なんですか……?」
「大丈夫ですよフラワーちゃん。いつものことですから」