貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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えんむすび。

 貴方にとっては瓢箪を振ったらモノリスが飛び出すかのように当たり前の結果ですが、見事イナリワンを怒らせることに成功しています。

 

 

 先程までとは別人のように鋭い気配を貴方へと叩き付けています。もちろん悪のトレーナーとして常に心技体を高い水準でバランスよく鍛えている貴方にとっては心地好い薫風のようなもの。

 トレーナーライセンス獲得を目指していた修行時代に出会った、千匹近いナニかを引き連れた森の黒山羊に比べればお遊びレベルでしかありません。

 

 目的はそれはそれとして、初対面の相手に大事な仲間のことで好き勝手言われることが不愉快なのは貴方もしっかりと理解しています。

 だからといって、自分から売った喧嘩を途中で止めるなどという無作法をするつもりはありません。貴方はイナリワンへ対し「もしもチームの仲間が中央からスカウトされたのなら、キミはそのウマ娘がチームを去ることを惜しんで引き留めるのか?」と問いかけました。

 

「てやんでぇッ!! ナメるんじゃねぇやッ! 仲間が晴れ舞台に立てるかもしれねぇってのに、そんなしみったれたマネなんざするワケねぇだろうがッ!! ダービーでも有マでも、ぶっちぎりでゴールを走り抜けるのを楽しみに快く送り出して──ッ!? …………送り出して……やるに……きまってらぁ……」

 

 想像通りの反応に満足した貴方は、ダメ押しを決めるために玉子焼きを作りイナリワンへ差し出しました。弟妹たちがなるべく安く美味しく沢山食べられるようにと、卵の旨味が残るギリギリまで出汁でかさ増しされたプルップルでフワッフワに仕上がった一品です。

 一口食べて何故か無言で停止してしまったイナリワン──とついでにせっかくだからと提供したスーパークリークとニシノフラワーの反応を訝しげに思いつつ貴方は言いました。弟たちにも妹たちにもずいぶん世話を焼いて食事の用意もしたが、家を出ると伝えたときに誰も反対などしなかった……と。

 

 まぁ、そんな戯れ言などともかく。自分とは関係ない話ではあるが、一緒に夢の舞台を駆け抜けたいと思えるウマ娘を見つけてしまった中央のトレーナーはしつこいことだけは忘れずに伝えておきましょう。

 

「……ごちそうさん。ニイさん、ワリィんだが今日の支払いはツケにしちゃ貰えねぇか? キッチリ答えを出したら必ず払いにくるからよ」

 

 屋台に顔を出したときに比べてなかなか悪くない気迫が宿っていることを確認した貴方は黙って頷き、背筋を伸ばして堂々と歩いていくイナリワンの背中を見送りました。

 

 さて、残るは──。

 

 

「……はぁ。慣れねぇことはするもんじゃねぇな。悪いな若ぇの。俺んとこで面倒見てるウマ娘が手間ァ掛けさせちまったな。支払いは俺が責任を持って……」

 

 貴方は隠れて様子を伺っていた大井チームの指導者である『親方』に声をかけ、ツケの支払いについては丁寧に断りつつ簡単な料理と水出しの緑茶をテーブルに並べました。

 先手を打って出してしまえば箸をつけないほうがマナー違反というもの。親方は静かに美味いと呟いたものの、なにかを話すべきだがなにを話したものかと戸惑っているようです。

 

 まぁ、相手からしたらワケわからん展開だろうな。亀の甲より年の功という言葉があるように、この親方にはイナリワンやチームの仲間を貶める意図が無かったことなどお見通しであると考えた貴方は気楽な様子で話しかけました。

 

 イナリワンの活躍がいまから楽しみですねと言えば、親方はいくらなんでも気が早いと微かに笑います。ならばと続けて貴方はこう言いました。

 いずれは有マか宝塚か、イナリワンほどのウマ娘を誑かしたのだから、中央からスカウトしに来たという件の若いトレーナーさんにはGⅠ程度は勝つ姿を見せて貰わなければまったく割に合わないでしょう? と。

 

「──クッ。ハハッ、ハハハハハッ!! GⅠ程度と言いやがったか。だがまぁそうだな、お前さんの言う通りだろうさ。この俺から、チームの連中からイナリのヤツをかっさらっていくってんだ、トゥインクル・シリーズのGⅠぐらいは勝ってくれなきゃ割に合わねぇわな」

 

 貴方はもう一度、親方に気楽な様子で話しかけます。中央トレセン学園には努力する天才が大勢いると。スターウマ娘と呼べるような素晴らしい脚を持つ者が大勢いるだろうと。それでもイナリワンの活躍は楽しみですか? と。

 親方は今度は豪快に笑いながら答えました。そんなことは当たり前だと。イナリワンの脚ならば、例え世界が相手になったとしても負けるハズがないと。そんなイナリワンの活躍を拝むためにも、最後に少しばかり世話を焼いてやるのも悪くないだろうと付け加えて。

 

 

 ここで終われば良い話で済んだのかもしれません。しかし貴方は由緒正しき悪役トレーナー。親方に対してもしっかりと挑発をしてみせるべきだと思い付きます。

 貴方はそのときを楽しみにしている、しかしライバルに負けたからといって不貞腐れたりはしないようにと底意地の悪い笑みで作務衣をめくり、なにかあったときに備え身分証明のためにと内側に身に付けていた中央トレセン学園のトレーナーバッジを見せました。




ウマ娘だけでなく指導者からも忘れずにヘイトを稼ぐ模範的アンチ系主人公。

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