貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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ともしび。

「おぉ……! 見てくれトレーナー、このおにぎりは素晴らしいぞッ! お米が崩れてしまわないようにしっかり握ってあるのに口のなかで簡単にほぐれるし、中のイクラは潰れることなくプチプチとした食感が楽しめる……ッ!」

 

「いやオグリ、美味しいのは俺も認めるけれどさすがに食べ過ぎはどうかと思うぞ? そりゃね、いまから模擬レースだからしっかりと腹ごしらえしたいっていう意見もわかるけど。いや普通は走る前にそんな量のおにぎり食べないけどね普通は。ともかく少しは遠慮を──あぁもう、先輩、本当にすいません」

 

 

 理由は不明ですが貴方と取り引きをしているウマ娘たちの間では現在オリジナルおにぎりの開発が流行しています。

 具材さえ予め仕込みを終わらせておけば、授業が終わってから練習に向かうまでの間にパパッと栄養補給ができる。そのお手軽さが忙しいウマ娘たちにベストマッチだったのかもしれません。

 

 また、調子にのって大量に作りすぎてしまっても消費を心配することがないのも利点でしょう。生徒会など人が集まるところへ差し入れに持って行くこともできますし、単純にひとりあたりの消費量がヒトとは桁が違うのであっという間に消え去ります。

 中には影をも恐れぬ怪物とその導き手のように肉系のおにぎりばかりを狙い撃ちにしているコンビなどもいますが、ほとんどのウマ娘は適当に選んでランダムに出現する具材を楽しんでいるようです。

 

 一部、天才的な頭脳を持つアホの子が「お茶で作る茶飯という料理があるのだから、紅茶で作る紅茶飯も存在して然るべきだとは思わないかい?」と極限まで砂糖を溶かした紅茶を土鍋に入れようとして趣味部屋仲間のコーヒー党に脳天唐竹割りを叩き込まれて黙らされたりもしましたが、基本的には罰ゲーム的レシピを実行しようとする者はいない様子。

 

 

 と、いうワケで。自分が用意したおにぎりをウマ娘ちゃんたちが食べてくれたりウマ娘ちゃんたちが用意してくれたおにぎりを自分が食べてしまったりしているという事実の意味を理解してしまったアグネスデジタルが案の定愉快なことになりキングヘイローの膝枕でスヤスヤしているのを横目で見ながら、貴方はとある模擬レースの案内が書かれたプリントを読んでいます。

 

 内容としては、外部からスカウトされたウマ娘たちを歓迎しつつ腕試し、いや脚試しをしようという催し物です。

 

 トレーナーと契約できずにいるウマ娘が大勢いる現状でわざわざ外へウマ娘を探しに行くのか、そう思う部分もあるにはあります。

 しかしトレーナーが熱心にアプローチしてもウマ娘側がそれを拒むことがあるのも事実。特に実績のない新人トレーナーは頼りないと判断されてしまうパターンも少なくありません。

 

 貴方はトレセン学園から追放されるのが確定している前提なのでウマ娘との契約を必要としていませんが、まともなトレーナーであれば己の役目を全うするためにも仕方のないことなのだろうと納得しています。

 

 

 そんな事情はともかく。貴方はこの歓迎レースに出走するウマ娘たちの名前を見て観戦しに行くべきか悩んでいるところです。

 外部スカウト組の中にはイナリワンの名前が、トレセン学園側から参加するウマ娘たちの中にはオグリキャップとスーパークリークの名前があるからです。

 

 単純にデビュー前のウマ娘の中から選ばれただけなのかもしれませんが、アプリを知る貴方としては運命的なものを感じる素敵な偶然というもの。

 ひとりのウマ娘ファンとしては是非ともチェックしたいところ。しかしただの思い付きで行動した結果、ウマ娘を育ててトレーナーとして真面目に働く意思があるなどという的外れな勘違いをされてしまうのは困ります。

 

 ここは悪役トレーナーとしての判断力が試される場面でしょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「さてさて、誰よりもフットワークが軽い引きこもり至上主義のキミが気にかけているウマ娘とやらは……うん、あの小柄なのに誰よりも威勢のいい子のことだね。いまから走るのが楽しみで仕方ないって、ここまで伝わってくるよ」

 

「ふふッ♪ あのコにつられてほかのスカウト組のコたちの緊張もぜ~んぶどこかにいっちゃったみたいね! ただクリークと話しているときの表情がコロコロ変わっていたのが気になるところだけど。もしかして知り合いだったのかしら?」

 

 模擬レースに面白いウマ娘が参加している。

 

 なにをそんなに熱心にプリントを眺めているのだと聞かれたので、ウマ娘たちに観戦を勧めるつもりで答えたところミスターシービーとマルゼンスキーにガッシリ肩を鷲掴みにされて貴方はレース場へ連れてこられました。

 その気になれば振りほどくことも不可能ではありませんが、トレーニング内容に口出しをしているスーパークリークも参加しているのだからこれも取り引きに含まれるだろうと素直に受け入れたようです。

 

 イナリワンは私物のジャージ。

 

 オグリキャップは学園指定のジャージ。

 

 スーパークリークは貴方と同じデザインの黒ジャージ。

 

 識別という意味では、貴方は全校集会で学園に在籍するウマ娘が勢揃いしても誰が何処にいるのかすぐに探し出せる程度の能力は備えています。

 即座に見つけなければトウカイテイオーとマヤノトップガンが手を振って謎のアピールをしようとするので、それを防ぐためにも有効活用されている能力ですが、もちろんレースを楽しむことにも役立っています。

 

 なので色の違いがあろうとなかろうと見分けるのは問題ないのですが、わかりやすいのは良いことだと貴方も上機嫌です。

 はてさて3人のうち誰が勝つのか、それともあの3人をまとめて追い抜くような未知の才能が現れるのか。ミスターシービーとマルゼンスキーに対して両隣に立ってないでもっとコースの近くで楽しめばいいのにと思いつつ、貴方は走り出したウマ娘たちへ心の中で声援を贈るのでした。




次回はイナリ視点です。


※ルームメイト→趣味部屋仲間へ。ルームメイトだと表現としてややこしい(タキオンの寮での同室はデシたん)ので修正しました。

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