貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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感想で有識者の方が解説してくれているとおり、無重力合金は作者の造語ではないです。

昔、作者が奪還屋さんの漫画で初めて目にしたときは造語だと思っていましたが。


うらみちのげどう。

「トレーニングに励むウマ娘ちゃんたちはもちろん最高に尊くて素敵なのは確定的に明らかですがこうして放課後にひとときの休息を求めて談笑をしながら商店街を歩いている姿は聖者の行進そのものと言ってもいい清らかなるオーラに満ち溢れてこうして遠くから眺めているだけでもデジたんのウマ娘性は漂白いえ浄化され天にも昇る夢心地ですがもちろんウマ娘ちゃんたちの笑顔を守護るという使命を成し遂げるまではたとえサハラ砂漠の中心で100万の自動人形に囲まれたとしても逃げ切ってみせる所存ですけれど無事日本に帰ってこれた暁にはできれば刹那の瞬間でもいいのでデジたんに微笑みかけてくれたりした日にはもう全身から生命の水が流れ出してまさに愉快痛快気分爽快の三快のアグネスデジタルとして一片の悔いもなく砂と消える自信がありますがやっぱりまだまだウマ娘ちゃんたちの活躍が見たいという理性と義務と欲望の終わらないワルツがれざぁましぉぉぉ「お待たせしました~、特製あらびきジャンボ焼売と海鮮蒸し饅頭で~す」おぉ~、これがウワサの焼売ですか~。前回も前々回も売り切れで食べられませんでしたし、楽しみですね~♪ あ、トレーナーさんお醤油取ってもらってもいいですか?」

 

 お醤油の入った小瓶を渡すと見せかけて直前で手前に引くというイタズラでアグネスデジタルを「んも~、子どもじゃないんですから普通に渡してくださいよ~」とプンスカさせながら、貴方は商店街の少しだけ裏道にある点心屋台から放課後を満喫するウマ娘たちを眺めています。

 

 学生であるウマ娘たちにとっては自由な時間である放課後ですが、学園に勤務する大人たちはまだまだ働いている真っ最中。

 本来であれば貴方もなんらかの業務に励むべき時間ですが、トレーナーとして給料を得ていながらひとりとしてウマ娘を担当していない貴方には励むべき業務など存在しません。

 

 真面目な大人たちがウマ娘のために汗水流して労働中であることを知りつつ、自分はこうして隠れ家的な屋台で悠々と美味しい料理をいただく。

 これぞまさに選ばれし者の特権。簡単な作りのパイプ椅子に座り火鉢で暖を取りながらの軽食ですが、気分は玉座にて最高級の酒を楽しむ独裁者そのものです。

 

 もちろんこの王様ごっこに満足したら学園に戻って夜間練習組の邪魔をするという大事な使命がありますので、ウマ娘たちの前で無様を晒すことのないようアルコールではなくオレンジジュースを頼んでいます。

 

 

 ちなみにアグネスデジタルは貴方が誘ったワケではありません。商店街の屋台飯を楽しむついでにウマ娘たちの様子を見に行くだけと告げたところ、何故か自動的に一緒に行動する流れになったのでそのまま出てきたというだけの話です。

 

 ウマ娘たちの尊みを広める伝道師としての矜持がそうさせるのか、相変わらずアグネスデジタルは悪役トレーナーである貴方を改心させるべくウマ娘たちの魅力についての説法を繰り返してきます。

 いい加減諦めれば楽になれるだろうにと思いつつも、この不撓不屈の姿勢こそがいずれ勇者と讃えられるに値する走りに繋がると考えれば相手をするのもやぶさかではありません。

 

 普通のトレーナーであれば、ウマ娘とおでかけとなれば気を利かせてお洒落なカフェテリアで流行りのスイーツのひとつでも頼むところなのでしょう。

 だからこそ敢えての逆張り、隠れ家的な屋台で色気の欠片もないお食事メニューを注文するという暴挙がより際立つというもの。ついでに何度も食べ損ねていたオススメにもありつけるという一石二鳥の名采配です。

 

 

 ときたま表通りを歩くウマ娘たちが貴方とアグネスデジタルの存在に気がつきますが、それもまた計算された悪役ムーヴのひとつに過ぎません。

 いまこの瞬間も、中央トレセン学園では貴方以外の真面目なトレーナーたちが一生懸命になって己の愛バを勝たせるために知恵を絞っていることはウマ娘たちも当然把握しています。

 

 そんな状況でいまの貴方を見ればどう思うか? トレーナーバッジを身に付けたまま堂々とサボタージュしているダメ人間にしか見えないでしょう。

 

 

 平日の、社会人が労働中の時間。

 

 雑誌では紹介されることのない美味。

 

 ウマ娘たちから注がれる侮蔑の視線。

 

 

 これだけの条件が揃っているワケですから、悪役トレーナーとして活動しているいまの貴方が最高の『メシウマ』という気分になるのも当たり前というものです。

 

 

 とはいえ……あまりのんびりしてばかりもいられません。何故なら商店街を歩いている途中で、偶然にも貴方は自分がまだ未熟であることを知る機会があったからです。

 

 それはとある老夫婦が営むたい焼き屋さんがあった場所を通過したときのこと。貴方にたい焼きの鉄板を貸し出したことでたい焼き屋さんを続けることができなくなってしまったからでしょう、現在はウマ娘をターゲットにした大型たこ焼き屋さんに変化していました。

 相変わらず日だまりのような優しい微笑みが似合う老夫婦でしたが、たこ焼きの鉄板の上を疾走する竹串の動きは神速の領域としか表現できないほど見事なものだったのです。

 

 チート転生者である貴方の目を以てしても、全てのたこ焼きが同時に回転したと錯覚するほどの恐るべき手際の良さ。

 なるほど、速い。これが本物か。練達、美しい。どれだけ鍛練を重ねても所詮はチート能力に頼らねば悪役ムーヴを完成させることができない自分とは大違いであると貴方は感動すら覚えたことでしょう。

 

 ですがご安心ください。貴方は足りぬものがあればそれを素直に認め、失敗から学び成長の糧とすることができる強い克己心の持ち主です。

 未熟を自覚したのであれば、あとはひたすら鍛練あるのみ。チート能力を用いて完遂してきた数々の悪役ムーヴを、チート能力に頼ることなく実行できるようになるまで心技体を磨き抜くだけのこと。

 

 

 自分には成長する可能性がまだたくさん残されているという喜びを噛み締める貴方は、今日の夜間練習組への妨害はたこ焼きにしようなどと考えつつ海鮮蒸し饅頭をアグネスデジタルと半分こにして食べ始めました。




次回はウマ娘たちの日常(主に高等部)です。

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