貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
まぁ、時代の違いもあるかもしれませんが。
弥生賞の結果は大衆が望んだ通りに、そして貴方の予想通りにメジロライアンが1着となりました。
しかしレースそのものは実に楽しめる面白い展開となったので貴方としては充分に満足できる娯楽だったようです。
アイネスフウジンを先頭に、それぞれの得意とする戦法に適した位置で様子見を続けるウマ娘たち。流れが変わったのは、後半戦が始まったタイミングでひとりのウマ娘がギアを上げたことが切っ掛けでした。
仕掛けるのがはやすぎた。レース後に各種メディアやインターネットではそう評価されてしまったウマ娘ですが、貴方は彼女が本気で勝ちに行ったことを正確に理解しています。
それは、100パーセントの走りから、101パーセントの走りへ進化した瞬間。
いわゆる主人公補正のようなご都合的なものとは違う僅か1パーセントの誤差レベルの成長でしかなく、タイムに反映されるほど劇的な変化が起きたワケではありません。
しかし“勝てないレース”が“勝てるかもしれないレース”に切り替わったのも事実。ゼロを1にする困難に比べれば、1を100にすることなど楽しむ余裕すらあることでしょう。
ひとりが魂を燃やし始めれば、それを追うために燃え上がるのがウマ娘のサガというもの。またひとり、さらにひとりと複数のウマ娘が“勝つために”前に出ようと速度を上げました。
それぞれの担当トレーナーたちに動揺した様子はありません。つまり、彼ら彼女らも己の愛バの選択を肯定的に受け止めているということです。自分を追放するための正義の芽は確実に育っているようだと、これには貴方もニッコリです。
それはそれとして、レースの展開ですが……もしもメジロライアンが優等生のままであったのならば、あるいは彼女たちにも勝ち目はあったかもしれません。
しかし残念ながらこの世界のメジロライアンは何故かレースに本気で挑むメンタルを備えています。貴方には全く微塵も心当たりはありませんが、メジロのウマ娘として堂々と走る彼女が周囲の本気を蔑ろにするなどあり得ないことでした。
そういえば絶好調だとステータスにボーナスが加算されたっけ。前世のアプリのシステムを思い出しつつ、最高のパフォーマンスを発揮しているメジロライアンの走りを楽しんでいた貴方でしたが……とあるウマ娘の異変に気がつきます。
アグネスタキオンの失速。いえ、正確に表現するのであればそれは失速というほど致命的ではないのですが、絶好調ボーナス状態で競り合うメジロライアンとアイネスフウジンに挑むことはもはや不可能な状態でした。
身体的トラブルではないことぐらいはチートに頼らずとも把握できます。となればメンタル的な部分のトラブルが予測されますが、アグネスタキオンの瞳にはしっかりとギラギラした輝きが宿っています。
ほかに考えられる可能性はなにか? 数瞬ほど思考を巡らせた貴方は──アグネスタキオンが皐月賞に向けて脚の消耗を加減したのではないかと仮定しました。
トレーナーとしての義務も責任も誇りも持ち合わせていない貴方は草レースも国際GⅠレースも区別なく楽しむことができますが、やはりウマ娘たちにとってはGⅠレースこそが特別なレースでしょう。
ならば納得もできるというもの。ロマンチストな部分もありますが、アグネスタキオンほどのロジカルな思考の持ち主であれば目先の勝利でなく大局を見るだけの冷静さと忍耐力ぐらいは備えて然り。
メジロライアンが1着、僅差でアイネスフウジンが2着。少し遅れてゴール板を通過したアグネスタキオンでしたが、3着であれば皐月賞の枠を得るには充分な成績です。
◇◇◇
「……おや、トレーナーくんじゃないか。わざわざ控え室まで様子見に来てくれるとは、キミも物好きだねぇ」
本人にとっては作戦通りだとしても3着は3着。可能性の導きはどうしたと煽りに来た貴方でしたが、どうにもアグネスタキオンの顔には通常の疲労とは違うなにかが表れているように見えてしまいます。
冷静で的確な判断を得意とする貴方は煽り文句の一切を飲み込み、慎重に言葉を選ぼうとしましたが……いまのアグネスタキオンには真向勝負を仕掛ける必要があると第六感が告げたので、ストレートにどうしたのかとたずねました。
「いや……大したことではないんだがねぇ。ただ、目標を達成するために必要なプロセスを実行した、それだけのことだよ……。そう、それだけのこと、の……ハズなんだがねぇ……いやはや、困ったものだよ。ハハ」
自嘲の笑み。なれどその双眸に闘志は変わらず滾るばかり。さて、これはいったいどう判断するべきか?
パッと思いついたのは“皐月賞をより確実に勝利するためにあえて速度を落としコンディションを維持するべきという判断で勝利を妥協したものの目の前で火花を散らすような鍔迫り合いを繰り広げたメジロライアンとアイネスフウジンの姿を見てスタミナにも脚にも充分な余裕があったのに早々に諦めに近い行動を選んでしまった自分は本当に正しかったのか不安になり精神が揺らいでしまっている”という誰でも思いつきそうな平凡な考えでした。
しかしこの予想が正解であるワケがないと貴方は即座に自分の考えを破棄しました。信頼関係がしっかりと構築されたトレーナー相手ならばまだしも、トレーニングどころか普段の学園生活ですら尽く駆けつけ邪魔をしている自分を頼るなど正気の沙汰ではないからです。
ならば可能性として考えられるのはそれとは真逆。疲れてイライラしているところに嫌なヤツが来てご機嫌ナナメであり、大したことがないと繰り返すのはさっさと失せろという意思表示である。これしかない!
なんという見事な推理でしょうか! 頭にネジの代わりになめこが突き刺さっていても通常通り稼働できる貴方の頭脳は本日も最高に冴え渡っているようですね!
貴方の脳内コンピューターにはメンテナンスが恒久的に必要ないことが判明したところで、さっそくアグネスタキオンにどのような言葉を投げ掛けるのが悪役トレーナーとして模範的であるのか演算してみることにしましょう。
こうなってはただ煽るだけでは面白くありません。より効果的に神経を逆撫でするにはどうすればいいか、導きだされた答えは『正論パンチ』でした。
分かりきったことを他人からわざわざ指摘されるのは、たとえ精神が安定しているときでも不快に感じるもの。
それをイライラしているときに嫌なヤツからされるのですから、アグネスタキオンの怒りのボルテージは最高潮となるのは確実です。
疲れたお耳でも聞き逃すことのないように、簡潔かつ確実に意図が伝わるようにと貴方が調えたのは「皐月賞はアグネスタキオンが勝つってことでいいんだよな?」というセリフでした。