貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ…………」
デフォルメされた漫画のキャラクターのように溶けるタマモクロスのうめき声を聞いてウマ娘たちが苦笑いをする中、貴方はそれらを全く気にすることなく黙々と脚のマッサージを続けています。
色気もなにもない、まるで精根尽き果てた地下施設労働者の中年男性とでも表現しましょうか。年頃の乙女が発してよい音とは思えない有り様ですが、こうなるのも仕方ないと誰もが納得してしまう活躍をしたのも事実です。
大阪杯での完全勝利。それも、マルゼンスキーとシンボリルドルフをふたりまとめて切り捨てる大奮闘。
アプリでは強者故の苦悩とでも言うべきか、競技者としての姿よりも指導者としての立ち位置で登場することのほうが多いのがマルゼンスキーとシンボリルドルフというウマ娘でした。
しかしこの世界では違います。頼もしいことに、ふたりに憧れるウマ娘だけではなく本気で勝ちを狙いにいくウマ娘が何人も在籍しているため非常に活力に満ちているのです。
おめめはキラキラ、お肌はツヤツヤ、尻尾はフワフワと、ライバルが選び放題であるふたりのコンディションは常に絶好調。それをまとめて撫で切る走りをしたのですから、当然ながら脚への負担も尋常ではありません。
もちろんチート能力を使えば疲労を消し去るなど簡単なことです。しかしチート能力による直接的な干渉をしてしまえば、目の前にいるタマモクロスというウマ娘は“タマモクロスの姿をした別のナニか”に成り下がってしまうため貴方がそれを選択する日は決してこないでしょう。
そもそもチート能力に頼らずともこの世界には素晴らしい名医がたくさんいるので、ケガの気配を感じたら普通に病院に行けば問題ありません。
貴方の父親の友人にも高校生のご子息がいるにも関わらずご本人も高校生に見える童顔のせいで威厳は無いものの規格外の腕を持つお医者さんがいますので、余程のことがない限り貴方は自分の出る幕は無いと安心しています。
では何故タマモクロスの脚をマッサージしているのかというと、コンディション調整が難しいことを承知の上で春の天皇賞に挑みたいと頼まれたからです。
アプリであれば仮に大阪杯のあとにコンディション低下が発生しても天皇賞までに簡単にリカバリーできますが、残念ながら貴方はアプリのトレーナーのようにやる気を容易く引き出すことなど自分には無理であると心の底から信じています。
ならばせめて、マッサージぐらいはしてやるべきだろう。様々なゲームでも強力な悪役がヒーロー側に施しを与えるのは定番の流れですから、たまには奇を衒わず定石に従うのも悪くないでしょう。
「ふぅン? なるほどマッサージか、いいじゃないか! トレーナーくーん、私の脚も整えておくれよー。さっきまで研究部屋の整理整頓をしていたのだがね、慣れない作業をしたせいか筋肉が変な疲れ方をしてしまったようでねぇ。困ったものだよ、アッハッハ!」
「あぁ……なにかゴソゴソと音がしていると思ったら……掃除をして──は? 掃除、ですか?」
「うん? まぁ散らかっている物を片付けたワケだから掃除と言えば掃除なのかな?」
「誰が?」
「そんなの私が自分でやったに決まっているだろう? そもそも薬品類を知識の無い者に触れさせるなど科学者にあるまじき……カフェ、なぜ私の額に手を当てているのかな?」
「熱は……無いようですね……。タキオンさん、なにか変なモノでも食べましたか? それともついに薬の副作用が頭に発症してしまったのか……トレーナーさん、お忙しいところ申し訳ありませんが……タキオンさんを、保健室……いえ、病院まで……お願いできますか?」
「おや珍しい! カフェがその手の冗談を口にするのは初めて見たかもしれないねぇ! しかし、だ。いくらなんでも部屋の掃除をしたぐらいで体調不良を疑われるのは私としては不本意で──ちょっと待ちたまえよキミたち。なんだい、その『タキオンが掃除してたらそれはそう』とでも言いたげな視線は」
驚くほどルームにいるウマ娘たちの心がひとつになったな……と。半分ほど意識が夢心地になっているタマモクロスの脚を蒸しタオルを使い丁寧に仕上げながら、貴方はアグネスタキオンの発言ではなく表情に注目しています。
少々寝不足の色が見えるものの、弥生賞が終わったあと控え室で見たときに比べれば気力が充実しているのがハッキリとわかります。
数日ほど大人しくしていたかと思えば扉が外れそうなほど勢い良くルームに飛び込んできてキングヘイローに注意されながらもトレーニングプランの改善を求めてきたりと忙しい様子でしたが、ともかく皐月賞へ向けてのコンディション調整はバッチリのようです。
「……ねぇねぇトレーナー、タキオンも脚が少しアレだったんでしょ? 弥生賞のときもなんか様子がヘンだったし、ダイジョーブなの?」
さすがはトウカイテイオー。自分の脚が自分の才能に追い付けないというジレンマを薄皮を一枚一枚重ねるような努力で克服しただけあって、ほかのウマ娘たちとは違い純粋にアグネスタキオンのことを心配している様子。
もちろんここでバカ正直に大丈夫だと答えてしまうような凡ミスをする貴方ではありません。なにより相手は天才トウカイテイオー、中途半端に言葉を飾った程度では貴方が本心では大舞台に挑むウマ娘のことを応援していると悟られる可能性もあるでしょう。
貴方はトウカイテイオーと、ついでに一緒に並んでいたマヤノトップガンの頭を鷲掴みにしてやや乱暴に撫でながら言いました。生憎とアグネスタキオンについてはまったく心配などしていないし、いつかお前たちの番が来たときも同じように答えるだろう、と。
夏休みの宿題をする前に部屋の掃除をすると捗りますし、部屋の掃除中に読む漫画は面白すぎる。
これって、トリビアの種になりますかね?