貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答え合わせの時間。


『光の粒』

「いよいよクラシックロードの1冠目、皐月賞の開幕……か。それで? 偉大なる三冠ウマ娘であらせられる我らが皇帝サマは、今日のレースはいったい誰が勝つと踏んでるんだ?」

 

「順当に考えるのであればメジロライアンだろうな。メジロのウマ娘である以上にメジロライアンというウマ娘で走ることを是とするようになった彼女の走りは、まさに『天覇絶走』とでも評価するべきか。メジロ家の悲願たる天皇賞制覇は、もはや時間の問題だよ」

 

「つまり順当なレース展開でなければ……番狂わせが起きればどうなるかわからない、と。ハッ! さすがのルドルフでもあのバカの仕込みは読みきれねぇか」

 

「だから大阪杯で私は敗けた。タマモクロスの分析は完璧だった、いや完璧だと思い込んでいた。私も、それにマルゼンスキーも魂を揺さぶられるような勝負が出来たことに満足していたが……落ち込むトレーナー君を励ますのは一苦労だったかな?」

 

 

 名門シンボリ家のウマ娘を担当しておきながらレースで敗北させてしまったことへの責任感、などという面倒なモノでないことぐらいはシリウスシンボリにも容易に想像できた。

 

 目の前のバカが色々と吹っ切れる前のトレーナーは悪い意味で真面目で優秀で退屈な男でしかなかったし、シンボリルドルフもまた同じように悪い意味で生徒会長として全力だった。

 だがいまは違う。トレーニングや学生生活との向き合い方が真面目であることに変わりはないが、レースを“楽しむ”ということを覚えたふたりの雰囲気は以前とは全くの別物となった。

 

 少なくとも、マスコミ対策のためのウマ娘関係者席が隔離されているからといって──皐月賞という格式あるレースの開催をリンゴ飴を食べながら待つなんて真似は絶対にしなかっただろう。

 

 

「アイネスも悪くねェが……タキオンか?」

 

「フフッ、さすがだなシリウス。コンディションは勿論のこと、仕上がりも見事。だがGⅠレースに出走するウマ娘ならばそれぐらいは当然と言ってもいい。だが今日のアグネスタキオンは実に()()()空気を纏っているだろう? あぁ、実に楽しみだよ」

 

「唇にアメついたまま格好つけてもサマになんねぇぞ」

 

 

 これは失礼とハンカチを取り出したシンボリルドルフをよそにゲートを、そしてそのまま観客席にいる黒ジャージの集団に視線を動かす。

 

 身体能力に秀でたウマ娘の視力でもさすがに遠すぎて表情を確認することはできないが、目的の人物はいまこの瞬間もニヤニヤと楽しそうに笑っていることだろう。

 前哨戦の弥生賞では苛立ちを通り越してすっかり冷めるような走りを見せたのがアグネスタキオンというウマ娘だった。それが今日はどうだ? 理性的な鋭い気配と暴力的な熱量が同居しているではないか。

 

 あのバカがアグネスタキオンになにをしたのかについては当然知らないし興味もない。ただ、中央トレセン学園を好き勝手に引っ掻き回して愉快な遊び場に変えてくれた手腕だけは認めている。

 ならば、きっと今日のレースでも面白いものを見せてくれるに違いない。聞いてもいないのにリンゴへのこだわりについて語りだしたシンボリルドルフに適当な相づちを返しながら、シリウスシンボリはゲートが開く瞬間を心待にしていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 観客の歓声が遠くへ消えていく。

 

 金属が跳ねる音。

 

 蹄鉄越しに伝わるターフの感触と、風の壁を突き破る衝撃を全身で受け止める。

 

 

 今日も最高のコンセントレーションでスタートダッシュができたとアイネスフウジンは自画自賛しつつ、先頭を奪うために前へ前へと位置取りを上げていく。

 筋肉が充分にほぐれていない状態での加速が脚の負担になることなど知っている、ただ承知の上で勝つために必要だから前に出るというだけのこと。

 

 もっとも、いまのトレセン学園には逃げることしかできないウマ娘たちのために“先駆け走法”なるリスクを抑えつつ前に出る走り方を教えてくれるトレーナーがいるのだが。

 

 

(ライアンちゃんの位置取りはいつもと同じ……より、少し後ろのほうかな? ラストスパートを仕掛けるタイミングが1秒でも遅れると簡単に差し切られちゃうし、なるべく警戒しながら走りたいところなんだけど)

 

 後ろを振り向きたい欲求を気合いで我慢しつつ、アイネスフウジンはもうひとりの要注意ウマ娘であるアグネスタキオンの鋭い気配を背中で感じていた。

 レースの前に特別なにかを宣言されたワケではない。だが言葉にしなくても肌がヒリヒリするほどの気迫を遠慮なしにぶつけられたのでは、よほどの鈍感でもない限り彼女の“無言の勝利宣言”に気づくだろう。

 

 どうやらアグネスタキオンというウマ娘は想像していたほどリアリストではなく、想像よりもずっとロマンチストなのかもしれない。

 

(んー。タキオンさんは駆け引きを仕掛けてくるよりは、自分が状況に合わせるタイプだと思ってたけど……今日の雰囲気だと、どこかでとんでもない爆弾を投げてきそうな気がするの)

 

 普段の生活はともかく、アイネスフウジンのレースは臨機応変とは真逆となる全力前進の一点張りである。それが一番勝率が高い走り方であるし、それが一番楽しい走り方であるし──そんな自分の姿を近くで見ることができた、それだけでトレーナーライセンスを獲得した価値は充分にある。そんなことを言われたのでは、いまさらこのスタイルを変えるワケにはいかないだろう。

 故に、自分の弱点もしっかりと把握している。どうしてもほかの作戦で走るウマ娘に比べて逃げウマ娘は集中力が乱されたときのリカバリーが難しい。そしてレースでは豊富なアルバイト経験で磨かれた洞察力が仇となり、状況の変化に反応()()()()()()()()

 

 

 アグネスタキオンはどう動く? 

 

 

 ほかのウマ娘のリアクションは? 

 

 

 メジロライアンはどこで来る? 

 

 

 あぁ困った、実に困ったものだ。前を向いてレースに勝つことだけに集中しなければならないのに、今日はいったいどんなレースになってしまうのか気になってワクワクを抑えられないのは本当に困った悪いクセだ。

 うん、そう。だからこれは仕方ない。だってアイネスフウジンは逃げが得意なウマ娘なのだから、ペースが乱される前に自分が前に出てレース展開を引っ張ってしまおうと考えるのは間違っていないのだ。

 

 

 ──誰よりも“速い”ウマ娘が勝つのが皐月賞なんでしょ? だったらあたしはあたしにできる最速の走りをするだけなのッ!! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 先頭を走るアイネスフウジンがギアを上げたことで、後続のウマ娘たちも否応なしに加速を要求される。

 逃げウマ娘はスタミナを使い果たして垂れてきたところを追い越せばいい……などという古い常識が通用する相手ではないことを、少なくともターフの上を走っているウマ娘たちは全員が理解しているからだ。

 

(いいよ、やってやろうじゃんッ! 私だって皐月賞を走るためにここにいるんじゃない、皐月賞を勝つためにここにいるんだッ! それで1着が取れるなら、ゴール板の先でブッ倒れたって構うもんかッ!!)

 

 世間の注目が3人のウマ娘に集中していることなど初めから知っていた。能力のある、魅力のあるウマ娘たちが各種メディアを賑わせることなどトレセン学園に入学する前から知っていた。

 いつか自分もスターウマ娘になれるかもしれないと夢を見て、きっと自分ではスターウマ娘どころかバックダンサーにもなれないと現実を見せつけられて……それでも夢を見なかったことにはできなくて、皐月賞の舞台まで意地と根性で這い上がったのだ。

 

 

 勝ちたいと、本気で声にした。

 

 

 メジロライアンにも、アイネスフウジンにも、アグネスタキオンにも勝って皐月賞ウマ娘になりたいのだと、ポラリスのトレーナーに頭を下げた。

 そして次の日にはトレーニングはもちろん、走り方の改善や食事のメニューに至るまでびっしりと書き込まれたノートを渡された。勝てる可能性はとんでもなく低い、それでダメなら皐月賞に関しては運が悪かったと思って諦めろと言われながら。

 

 

 その瞬間、納得してしまった。

 

 

 なるほどね、これはどうしようもなくクセになる。

 

 そりゃあ先輩たちもちょっとやそっと連敗したぐらいじゃブレないワケだわ。

 

 

 勝ち目はない、負けたら運が悪かったと諦めろとまではっきり言っておきながら──目の前のトレーナーは、自分が皐月賞に勝てるウマ娘であると本気で信じている。

 それはきっと、トレーナーとしての信念だったり職業倫理といったような難しい話ではない。もっと表面的で、単純で、だからこそ嘘も飾り気もない真っ直ぐな感情なのだろう。

 

 

 勝ってみせろと、背中を押された。

 

 

 メジロライアンにも、アイネスフウジンにも、アグネスタキオンにも勝って皐月賞ウマ娘になってみせろと行動で示された。

 勝てる可能性はとんでもなく低い、だけど決してゼロではないのだから諦める必要などないとトレーナーは笑いながらノートを差し出したのだ。

 

 ならばとことん燃え尽きてやる、そう決意を新たにウマ娘は脚に力を込めてターフを蹴るが──。

 

 

 

 

 

 

「──さぁ、可能性をッ! 導き出そうじゃないかッ!!」

 

 

 

 

 

 

 現実は、甘くない。

 

 凡人が天才に努力で勝つ創作物はたくさんあるが、中央トレセン学園に集う天才たちは凡人以上に努力を重ねている。生活態度のことで問題児扱いされているアグネスタキオンもまた、レースに関しては真剣そのものなのだ。

 

 大気が、爆ぜる。

 

 ターフが、爆ぜる。

 

 ドコのダレにナニを言われたのかは知らないが、彼女もまた本気で皐月賞を勝つために──いや、アグネスタキオンの本気の走りを純粋に楽しみにしているトレーナーの期待に応えるために。

 あぁチクショウ、これが現実か。わずかな可能性に賭けるしかない凡人では、どれだけ足掻いたところでこんなものか。才能に恵まれたウマ娘がこうやって壁を乗り越えてしまえば、あとはただ置いていかれるだけなのか。

 

 

 まぁ、知っていたが。

 

 

 頭の賢い部分ではちゃんと理解している。自分の勝ち目は完璧に消え去り、今年の皐月賞を勝つのはアグネスタキオンで決定したのだと。

 だがそれは、走ることを止める理由にはならない。仕方ないので皐月賞は譲ってやるとしても、まだ日本ダービーがあり、菊花賞があり、ジャパンカップも天皇賞も、とにかくまだまだGⅠレースの大舞台は続くのだ。

 

 

 今日の自分は負けてやろう。

 

 だが明日の自分は必ず勝つ。

 

 

(可能性を導き出そう、ね。イイコト言うじゃん? だったら私も私の中に眠ってる可能性ってヤツを、信じてやろうじゃんッ!!)

 

 心臓も、脚も、全身が悲鳴をあげそうなほど全力で走っても一方的に遠ざかる背中というモノを何度も見送ってきたウマ娘だが……先頭でゴール板を駆け抜けたアグネスタキオンを見つめるその瞳には、絶望が差し込む隙間など欠片も残されていないほど輝きに満ちていた。




知っていますか? ガイセンモンとメタルグレイモンは似ているようで少し違うんですよ。
ちなみに作者はがんばれゴエモンとかも好きです。4×4=16へぇのからくり卍固めとか。


続きは冷たいスイカの喜びが人々の心に届いたら、次の登場ウマ娘は極悪非道トレーナーの遊び場に迷い込んでしまった哀れな新入生モブウマ娘になります。
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